虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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最終章 運命の死神審問会

第86話 守る者、試す者

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「待ってください!そんなこと、ありえない!」

 藍良は声を張り上げた。だが、幻道は微動だにせず、鋭い眼差しを向ける。

「そうかもしれない。けれど、そうではないかもしれない」

 胸の奥がざわつき、藍良は首を振った。焦りとともに、怒りが込み上げる。真白が危険な化身でないことは、充分すぎるほどわかっている。そもそも真白がカグヤなど、時系列が合わない。彼女は藍良の前世──片寄藍良の頃からずっと、心の中にいるのだから。

「違う!だって真白は……わたしが生まれる前からずっと……」
「それも、精神干渉だとしたら?」

 淡々と告げる幻道の声が、藍良の言葉を断ち切った。その声色はとても冷静で、氷のように冷たかった。

「それすらも、彼女が作り出した“記憶”かもしれない。すでに彼女を信頼しきっているあなたには、絶対に判断できない。もちろん、あなたに好意を寄せている千景にも。だからわたしが確かめる」
「やめて!そんなこと……」
「落ち着け、水無瀬。幻道様を信じろ。真白をカグヤだと決めつけているわけではない」

 兼翔は、低く、静かな声でそうなだめた。

「幻道様は、精神干渉を見極めることができる。だからこそ、ここにお前を連れてきた」
「……どういうこと?」

 藍良の問いかけに、幻道は言葉を続けた。

「わたしはね、一度会った者の癖や言葉を決して忘れない。辻褄が合わない言葉や行動があれば、すぐに気付ける。だからこそ、過去カグヤに精神干渉をされてきた死神たちの異変にも気付くことができた。カグヤがどんなに精神干渉をしようとも、わたしの目は誤魔化ごまかせない。さあ……彼女を出すのよ」

 幻道の言葉は、徐々に強さが増していた。
 だが、藍良は思考が追い付かないまま。呼吸は浅く、速くなる。すると、程なくして心の奥底から声が響いた。

≪藍良の……身の安全の保証が先だ。それを約束しない限り、幻道には会わない。そう奴に伝えろ。万が一、わたしがカグヤだと疑われたら、藍良は……≫

 ここまで声が響いたところで、藍良は頭をいてうなだれた。こんなときまで、何を言っているのか。どんなときでも真白は、藍良を一番に考える。自己犠牲もはなはだしい。昨夜、それをやめてと言ったばかりなのに。どうして彼女はこんなにも、自分をかえりみず、藍良を守ろうとするのか。やるせない想いが、胸いっぱいに満ちていく。

 どんなときでも自分を守り続けてきた真白が、カグヤなわけがない。そして、そんな彼女を守れるのは自分しかいない。

 藍良は唇を噛み、顔を上げた。そして鋭く、幻道を見据える。

「わたしは、精神干渉なんてされてない。真白は絶対にカグヤじゃない。信じてください!」
「そう思うなら、彼女を出しなさい」
「あなたを信用できない。確かめると言いながら、本当は真白を呼び出して、封じるつもりなんじゃないですか?真白に会いたいなら、彼女を絶対に封じないって、今ここで証明してください!」

 涙目になりながら、必死に訴える藍良を前に、幻道は困ったように目を細める。

「証明は……できない。彼女が本当にカグヤだったら……わかるでしょ?」

 藍良は俯き、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。真白がカグヤなわけがない。けれど万が一、少しでも疑われてしまったら、問答無用で封じられてしまうのではないか。そんな状況で、彼女を出すわけには──。

「……あなたも千景も……そっくりね」

 幻道は背もたれに身を預け、呆れるように呟いた。

「お互いを想い合っている。相手を守るために、嘘だって平気でく。見ようによっては尊くて、美しいように見えるけど……この際だからはっきり言わせてもらうわ。そんな思いやりは今、何の役にも立たない。無駄なのよ。あんたたちの思いやりが、状況をややこしくしてるの。わたしは公正公平な審問官。感情に流されず、真実を確かめなければならない」

 幻道の言葉に、藍良は何も言えず、ただ歯を食いしばるしかなかった。言っていることはわかっている。彼女を守るために、たくさんの嘘をいた。千景にも、嘘をかせてしまった。それでも、どうしても、藍良はそうすることでしか、彼女を守れなかったのだ。

「……まったく、らちが明かないわね。言っておくけど、わたしは千景や兼翔、蘭丸みたいに生ぬるくないわよ。この声、聞こえてるでしょ?真白ちゃん」

 その瞬間、藍良の胸がどくんと跳ねた。真白だ。彼女が、幻道の言葉に強く反応している。

「十秒あげる。数え終わる前に出てきなさい。出て来なければ、彼女に月詠を放つ」

 その瞬間、空気が凍りついた。背後に控える兼翔とタマオ、蘭丸も、幻道の言葉に息を呑む。

「幻道様!?」

 兼翔の静止の声が飛ぶ。だが、幻道は藍良から視線を外すことなく、厳かな声で月詠を唱え始めた。

 ──

 深紅の炎よ 我が身に纏え
 虚妄きょぼうき 火柱と化せ
 抗う者を 高天に晒し
 因果もろとも 灰燼かいじんに帰せ

 ──

 言い終わるのと同時に、幻道のてのひらに深紅の松明のような光が宿る。彼はそれを保ったまま、淡々と数字を数え始めた。

「十……九……八……七……」

 数字が落ちるたび、幻道の身体から、赤いもやが立ちのぼる。それは焔のように揺らぎ、ゆっくりと天井へと伸びていった。

 確実に上昇していく、周囲の熱。逃げなければ、攻撃される。頭ではわかっているものの、幻道の圧に押され藍良の身体は動かない。

「六……五……四……」
「やめんか!幻道!」
「幻道様!」

 タマオと蘭丸の声が重なる。兼翔は炎の月詠を唱え始めていた。自らの月詠で、幻道の攻撃を相殺するつもりなのだ。藍良は目を閉じ、身構える。

 そのときだった。

 ふわりと身体が浮き、聴覚や触覚……すべての感覚が後方へと遠のいていく。世界が切り離されたのと同時に、心の奥底からひとつの月詠が鮮明に響いた。

 ──

 我が身の影よ 炎となれ
 この掌に 力をまと
 紅き炎よ 虚を喰らい
 我が意に従い 焔となれ

 ──

 次の瞬間、幻道の掌から赤い炎が放たれた。それと同時に、藍良の掌から真白の意志に応えるように、炎を帯びた剣が生まれ、一直線に伸びる。炎の刃は幻道の炎を正面から貫き、打ち消した。炎の刃はそのまま迷いなく伸びると、周囲の空気を焼き切りながら進み、幻道の喉元寸前でぴたりと止まった。

 一瞬の静寂。
 兼翔は月詠を中断し、一秒にも満たない攻防に息を呑んだ。蘭丸とタマオも、目の前の光景を呆然と見つめている。一方の幻道は、喉元に炎の刃を突き立てられながらも、藍良を──真白を見据えていた。

「三十分だ」

 静かな有無を言わさぬ声色で、真白が告げる。

「それ以上は藍良の身体に負担がかかるのでね。わたしがカグヤか確かめるというのなら、きっちり時間内にお願いしますよ。最高審問官殿」

 挑発的な真白の言葉に幻道は一瞬目を見開く。そしてにやりと、不敵に笑った。

「……随分生意気ね。嫌いじゃないわよ、そういう子」
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