虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第1章 黒標対象と死神審問官

第7話 思わぬ珍客

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 それから、藍良と千景は二人並んで浴室の扉の前に立っていた。

 藍良が照明を点けると、白い光が一気に弾けて天井と壁を照らす。

 カタ…カタカタ……。

 換気扇の奥で、異音が途切れ途切れに鳴った。

 普段も音はするが、こんな音はしたことがなかった。それが気になっていたのだ。

「聞こえるでしょ? この音。昨日からなの」

 千景は無言で換気扇フードを見上げる。

 背伸びをして、指先でカバーの下端を押し、ほんの少しだけ隙間を開けた。

「ちょ、何してんの?」
「……正直ね、君をここに残したままやるのは気が引ける。でも、僕の話、ちゃんと信じてもらいたいから」

 千景は振り返り、藍良に向かって柔らかく笑う。

「ここで、見ててくれる?」
「ゴキブリ退治を?」

 藍良は、へへんと鼻で笑ってみせる。信じる気持ちが半分、もう半分は虚勢だった。

 千景はそのまま、さらにカバーを横にずらす。すると、湿った風が少しずつ浴室に漏れ出してきた。

「ここに、君の髪に付いてた邪気の原因がいる」

 言いながら、千景はそっと目を閉じた。呼吸を整え、掌を開いたまま換気口へ向ける。

 すると、千景の口元がわずかに動いた。そうして、低く、静かな声で厳かな言葉が紡がれる。


──

我が身の影よ 風となれ

邪なる者を 誘い出せ

月の光よ 我が手にまとい、

虚ろを晴らし まことを現せ

──


 すると、千景の掌にふわりと青白い光が灯った。

 それは静かに螺旋らせんを描きながら腕全体へと広がり、やがて柔らかな風となって空気を揺らす。

 そのときだった。

 千景の頬に、わずかなほころびが走ったのだ。めくれた皮膚の一部から覗いたのは、虚無だった。

 深淵しんえん。まるで、顔の奥に黒い宇宙が収まっているかのようだ。

 藍良は息を呑んだ。今、自分は本物の死神の姿と、その力の片鱗を目の当たりにしているのだ。

 風は千景の髪を撫で、そのまま換気扇の隙間へと流れ込んでいく。

 そして──

 ──ボテッ。

 場違いな間抜けな音が、浴室に響いた。

 一瞬、何が起きたのか分からず、藍良は目を凝らす。

 光の中、床に横たわっていたのは──


 蛇。


 黒く艶めく鱗。

 全長八十センチほどの細長い体を、微かにくねらせている。

 よく見ると、体の一部に白銀の三日月模様が浮かんでいた。

「へ……蛇ああああああっ!!??」

 反射的に悲鳴を上げた藍良は、気づけば思いきり千景の胸に抱きついていた。ガクガク震える手で、彼の制服の胸元をぎゅっと掴む。

「な、ななな……なにあれ!なんで!?どっから!?無理無理無理!!早くなんとかしてよぉぉぉ!!」

 千景はというと、突然の密着に面食らいつつも、耳までほんのり赤く染まり、気まずそうに頭を掻いた。

「藍良、落ち着いて。大丈夫、この子は敵じゃないよ」
「……はあ!?あんなのが!?」

 震える声を押し殺しつつ、恐る恐る顔を上げる藍良。床に鎮座ちんざする黒蛇が、にゅるりとこちらに顔を向け──

 ぴょろっ。

 舌を出した。

 つぶらな瞳が、どこか愛嬌たっぷりに藍良を見つめる。そして──

「いやぁ、驚かせてしまってすまなんだ、娘よ。わしは決して怪しい者では……」
「しゃ、しゃべったぁああああぁぁぁあああ!!」

 蛇から放たれた甲高く古風な声が、浴室中にこだました瞬間、藍良はその場でビクリと硬直し……。

 バタリ。

 白目をむいたまま、千景の腕の中で静かに気絶したのだった。
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