虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第1章 黒標対象と死神審問官

第14話 覚悟と恋の押し問答

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 藍良のひと言に、千景は息を呑んだまま押し黙った。そのとき、天井を叩く「ぽつ、ぽつ……」という音が小さく響く。いつの間にか、曇り空が本降りになったらしい。

 けれど千景は、まるで雨音など聞こえていないように、ただ呆然と藍良を見つめていた。その目には、言葉にできない驚きと動揺が宿っている。

「……千景?」

 藍良の問いかけに千景はようやく我に返り、瞬きをひとつ落とす。だが、それでも言葉を返さない。

「千景、神気を持つ者しか映らないって言ってたよね。なのに、私が映ってないなんて変じゃん。どういうこと?」

 藍良は鏡をぐっと自分に向け直しながら、勢いよく問い詰めた。そんな藍良に、タマオも続く。

「まことに不可解じゃ!藍良はまごうことなき人間のはず!映らぬ理由など、あるはずがなかろう!」

 千景は言葉に詰まり、視線を逸らす。

「いや……僕からは、何も……」

 その言葉を聞いた瞬間、藍良の中で何かが切れた。ぐい、と千景の胸ぐらをつかみ、思わず声を荒げる。

「また誤魔化すつもり!?今の顔、絶対何か気付いてたでしょ?わたしのこと、舐めてんの!?」

 藍良の剣幕に千景は青ざめた。だが、千景は言い訳を探すように、視線を泳がせた。この男は今、どう誤魔化そうか思考を練っている、と藍良は直感した。

 ──そうはさせるか。

 藍良はふふんと笑うと、高らかにこう言い放った。

「……言っとくけど、そっちがその気なら、こっちにも考えがあるから」
「か、考え……?」
「言わないなら、今すぐこの家から出ていって!休み明け学校で会っても、もうぜーったいに口きかないから」
「え、えぇぇぇええ!?そ、そんなあああ~~~~!」

 千景は顔をふにゃりと歪め、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。その様子は、見ていて気の毒になるほどだ。どうやらこの心理攻撃は、想像以上に効いているらしい。

「藍良の傍にいられないなんて、考えられないよ……」

 千景が弱々しく呟く。だが、藍良は一切の情けを見せず、グイッと千景の顎を指先で上げ、鋭く睨んだ。

「あっそう。そう思ってるんだったら、ホレ。さっさと言わんかい!」

 脅し文句のような一言に、千景は観念したのか小さく肩を落とす。

「わかったよ。ちゃんと話すから」

 そのまま力なく、ぺたんと床に座り込んだ。藍良も、それに合わせて向かい合うように腰を下ろす。そして、千景は静かに口を開いた。

「藍良が“虚映ノ鏡”に映らなかったのは……僕やタマオと同じ、神気を潜在的に宿しているからだと思う」
「……え?」

 藍良は、ポカンと口を開けて固まる。一方、タマオはというと、まるでカエルのように、目をむいて口をあんぐりと開いていた。

「なっ、なんじゃとおおぉぉぉっ!?!?どういうことじゃ!?藍良は人間じゃぞ!」
「……そうなんだけど……藍良の生い立ちが関係してるっていうか……多分だけど」

 千景の声は曇り、言葉の端がぼやけていた。あからさまに歯切れが悪すぎる。その言い回しが、藍良は余計気になった。

「どういうこと?」
「藍良のひいおばあさんは百年前、巫女だったんだ。人間でありながら、珍しく神気をまとった、ね。藍良が鏡に映らないってことは、その力を受け継いでるんだよ。稀だけど、神気は子孫に継承されることがあるから、そのケースだと思う」

 今度は藍良が言葉を失った。ひいおばあちゃんが巫女?この場所が百年以上続いていることは知っていた。だが、そんな事実、今まで一度も聞いたことがなかった。

「どういうこと?この場所はずっとお寺!尼僧にそうならわかるけど、巫女とは違うでしょ」

 藍良は戸惑っていた。そもそも寺は仏教の施設で、仕えるのは僧侶や尼僧にそう。修行や法事を担う者で、巫女はいない。巫女は神社で神職を助ける女性のこと。寺とはまったく役割が異なるはずだ。

 すると、千景は遠慮がちにこう口を開いた。

「このお寺、昔は寺と神社が同じ境内けいだいにあったんだよ。聞いたことない?」
「え……うええええ!?」

 驚きのあまり、声が飛び出た。初耳だ。そんな話、藍良は慈玄からも、祖父母からも聞いたことがなかったのだ。

「昔はね、このお寺みたいに、神社と一体化しているところが多かったんだ。でも、明治になって政府が神仏分離令しんぶつぶんりれいっていうのを出して、寺と神社はハッキリ区別された。それからこの場所は、神社じゃなくお寺として残されたんだよ」
「し、神仏分離令しんぶつぶんりれい……」

 日本史の授業でうっすら習った言葉がよみがえる。それが自分の家の歴史に直結していたことが、藍良には衝撃だった。

「だけど、藍良のひいおばあさんには役目があったみたいで、しばらく巫女として役目に就いてたんだ。役目を終えたあと、神社だったこの寺に巫女はいなくなったはずだよ」
「役目って?」

 間髪入れずに問いただす。すると、千景はにっこり笑い、さらりと言った。

「さあ。そこまでは」

 藍良は言葉の真意を見極めるように、千景をじっと見つめる。だが、彼は眉ひとつ動かさずに微笑みを返すだけだった。

 ──本当に知らないのか……?

 藍良は諦めのため息をひとつ吐く。すると、千景もゆっくりと考え込んだ。

「……それにしても驚いた。神気をまとう人間はごくわずか。それが継承されるケースはもっと少ないんだ。まさか、神気まで継承されていたなんて」

 ──神気、

 千景の発言に目を細める藍良。まだ何か秘密があるような気がして、問いかけようとしたまさにそのとき、タマオがしゅるりと千景の首に巻きついた。

「千景よ。お主どうしてそんなに藍良の家について詳しいんじゃ?」

 このとき、千景の眉がピクリと動いたのを、藍良は見逃さなかった。ずっと藍良の心の奥でも燻っていたのだ。この疑問が。

「……百年ちょっと前に会ったんだ」
「は?」
「君のひいおばあさんに。だから知ってたんだ。彼女が巫女で、神気を宿していたことも。虚映ノ鏡のことも」
「百年ちょっと前?」
「うん。そうだけど?」

 きょとん、と首を傾げる千景。その無防備すぎる反応に、藍良は思わず、ぷっと吹き出した。

「なーんだ!あんた、おじいちゃんなんだ。てっきりわたしと同じ歳くらいかと思ってた。本当は何歳なワケ?」

 言いながら、藍良はニヤニヤと千景をつつく。その瞬間、千景は盛大にズコーッと崩れ落ちた。そして、顔を伏せ、肩をぴくぴくと震わせたまま、微動だにしない。

 ──しまった。わたしってば、また余計なことを……。

 藍良は小さく咳払いをすると、なるべく穏やかに声をかける。

「あのさ……その……落ち込まないで?あんた見た目は全然若いしさ。百歳超えなんて、言われなきゃわかんないってば。ね?」

 どこまでがフォローでどこからが地雷なのか、もはや自分でもよくわからないまま、藍良はポン、と千景の肩を軽く叩いた。しばらくして、千景はゆっくりと顔を上げる。そしてそのまま、強気な眼差しを藍良に向けた。

「嫌?」
「はい?」
「僕の年齢が百歳超えてたら、藍良は抵抗ある?」

 千景の声は意外なほど真剣だった。一方の藍良は、目を泳がせながら曖昧な笑みを浮かべる。

「……抵抗っていうか……さっきは勢いでおじいちゃんって言っちゃったけど、年齢なんてさ、ただの数字じゃん」

 どこかで聞いたようなフレーズを、まるで自分で考えたかのように口にする。だが千景は相変わらず、真顔のままだ。

「じゃあ好き?」
「え?」

 藍良は目をぱちくりとさせる。

 ──来た、このターン。

 言い回しは違えど、千景のスキスキ砲は予告なしで飛んでくる。藍良は冷静に、諭すように微笑を携える。

「それはちょっと、話が飛躍ひやくし過ぎじゃない?」
「つまり、藍良は僕の年齢を気にしない、ってことでいいのかな」

 千景はまるで自己解釈のプロのように、うんうんと一人で納得し始める。

 ──なに勝手に話まとめてんじゃい。

 そうツッコミかけた藍良だったが、次の言葉に心臓をち抜かれる。

「まあ、気にしてたとしても関係ないけどね」

 千景はにっこりともせず、ただ凛とした目で藍良を見つめた。その表情は、強くて静か。まるで誓いを立てるかの如く。

「そんなの忘れるくらい、僕のこと好きにさせてみせるから」

 その言葉が放たれた瞬間、藍良の顔が燃えるように熱を持った。藍良は咄嗟とっさに顔をそむけるが、その拍子に思いきりむせてしまった。

「けほっ、けほっ!……と、とにかくさ!この鏡、持っていこう」

 藍良は虚映ノ鏡の持ち手をしっかりと握り、千景とタマオに掲げた。

「わたしたち以外で、この鏡に映らない奴がいたら、そいつが黒標対象!そういうことでしょ?」

 威勢よくそう告げる藍良。千景は一瞬、驚いたように目を見開くと、すぐに穏やかに微笑み、藍良の手を包み込むように虚映ノ鏡の持ち手を握った。指を伝う唐突なぬくもりに、藍良は再び顔を赤らめ、むせてしまったのだった。
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