初恋。

しりうす。

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初恋。

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 ある桜舞い散る春の日に、俺は、一人の少女と出会った。
 場所は、俺の家の近くにある大きな病院。
 これはその少女と、俺の物語だ。

 都内にある某高校に、この春から通い始めることになる俺の名は、末永紫苑すえながしおん。どこにでもいそうな普通の学生だ。
 俺は川沿いにある遊歩道を、川に浮かび模様を織りなし流れる花びらを見ながら歩いたり、たまに上を見上げ、桜がまだ散りきっていない木を見ていたりしていた。
 そんなことをしていて、何度目か木を見上げた時、俺の目には一人の少女が映った。
 歳は俺と同じくらいか、それより下。その容姿は誰が見ても美少女と評するほどの美貌を持っていた。
───これが、俺と少女、月下咲雪つきもとさゆきの出会いだった。

 俺はその少女に見惚れ、数分間目を離せなかった。
 その少女は、建物の中で本を読んでいた。表情は高すぎてよく分からなかったが、時々外を見ては、ため息を吐いていたように見えた。
 そして、そのため息の原因は、大体察しがついた。何故なら、その少女のいる場所が病院、だったから。
 俺はなんとかしてその少女と話したかった。何故そう思ったのかは、分からない。ただ、どうしても話したかった。
 結局この日は、俺が一方的に彼女を見つめていただけだった。

 その数日後。毎日彼女の所へと行っていた俺は、とうとう彼女とコンタクトを取ることに成功した。
 なんてことはない。たまたま彼女が下を見て、その時に俺がアピールして。それを繰り返しただけだ。
 その後、彼女は毎日会いに来る俺を見つけては手を振ってくれた。それが俺には何よりも嬉しかった。

 そしてやってきた、高校の入学式。どんな生徒がいるのか楽しみにしながら、俺は高校の門をくぐった。
 体育館に全新入生が集められ、入学式が始まった。周りを見渡して、他の生徒の顔を見ていた俺は、発見してしまった。車椅子に乗り、真剣な表情で校長の話を聞いていた、彼女の姿を。

 入学式が終わり、クラス表が渡された後、全員がクラスへ移動になった。
 そこで俺は、彼女の所へ向かった。
 すると彼女も俺に気付いたようで、「あ!」と言ってくれた。
「同じ高校だったのですね」
「偶然だ、ですね」
「無理して言葉遣いを変えなくていいですよ」
「ありがとう。丁寧な言葉遣いには慣れてなくて」
 この程度の会話をして、俺達は別れた。後に俺は名前を聞かなかったことを後悔した。

 クラスへの移動が終わり、担任が教室に入ってきた。残念ながら彼女とは違うクラスだったようだ。
 担任の話が始まったが、たった数分で終わった。曰く明日詳しく説明するそうだ。

 翌日、しっかり朝食を食べてから登校し、昨日言っていた詳しい説明を聞いた後、俺は他のクラスに向かった。彼女を探すためだ。
何故彼女を探しているのだろうか。ほとんど無意識に探しているのかもしれない。
 そしてすぐに、彼女が休みであることを伝えられた。

 帰り道、俺は春休みの間ずっと行っていたあの病院へ向かった。
 果たして、俺の予想通り、彼女はいた。春休み中同様、窓際で本を読み、時々物憂げにため息を吐く彼女が。
 俺はアポもなしに病院へ入った。彼女の病室は分からない。でも、大体の場所は予測できる。後は看護師とかに聞けばいいだろう。
 結果は、入れた。それも彼女の病室に。でもそれが彼女の弁解があったからだというのがなんとも。
 突然来たことに謝罪すると、彼女はコロコロと鈴を転がすような声で笑った。上品に口元を手で押さえて。
「まさかここまで来るとは思いませんでしたよ」
「ごめん」
「大丈夫です。それより、来てくださってありがとうございます」
「いや、えっと、今日学校来てないって言われて心配になって」
「そうですか。心配をかけてしまってごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。それより俺、君の名前を知らないんだ。教えて?」
「そうでした。まだお互いに名乗っていませんでしたね。私は、月下咲雪です」
「月下、咲雪……。俺は、末永紫苑。よろしく」
「末永、紫苑君。こちらこそ、よろしくお願いします」
 その時の俺の気持ちは、なんと表現すればいいのだろうか。『嬉しい』だけでは表現できない。いや、どんな言葉でも表現できないかもしれない。
 俺達はその後、今日あった事や今まであった面白い出来事など、他愛のない会話を楽しんだ。

 入学式から早数日。入学式以降学校に来ない月下さんは、最初の頃こそちょくちょく話題に上がるものの、すぐに学校内で月下咲雪という名前を聞かなくなり、段々と忘れられていった。
 しかし、それは学校での事。放課後を使って俺は月下さんの病室に行っていた。勿論休日だって。
 正直、気持ち悪いと思われるかもと考えたが、話を聞く限りあまり親が来ないので寂しかったようだ。そこに俺が毎日来るものだから、その寂しさを紛らわせているようだ。
 俺達が交わした会話は、今日の出来事だけじゃない。お互いの誕生日や好きな食べ物などの情報を伝え合ったりもした。
 俺が勇気を出して聞いた連絡先も、快く教えてくれた。

 そしてさらに時が流れ、五月に入った今日。俺はいつも通りに学校へ行き、放課後いつも通りに月下さんの病室へ足を運んだ。
 ただ、ここでいつも通りではないことがあった。俺と話している月下さんの目尻から顎にかけて、幾条かの線が入っていたのだ。それが何が原因でできたのか、それくらいわかる。涙だ。
 恐らく、俺が来る前に月下さんは泣いていたのだ。理由はわからないが。
「どうしたのですか?」
「あ、あぁ、いや別に?」
「嘘、ですね。私、小さいころから何故か嘘を見抜けるのですよ」
「そうなんだ。でも本当になんでもないよ」
「そうですか。私が泣いていた理由、ですよね?」
「……」
「無言は肯定と捉えますよ?」
「ごめん。でも、聞いちゃいけないのかなって」
「なら聞きませんよ、最初から」
 なるほど、最初から月下さんは俺の考えなんてお見通しだったのか。敵わないなぁ、月下さんには。
 俺が楽観的に考えていると、月下さんは段々と浮かべていた笑顔を崩し、遂には泣き出してしまった。俺が何かしてしまったのだろうか?
「ど、どうしたの?」
「じ、実は……」
 月下さんから聞かされた内容は、あまりにも信じ難く、俺には受け入れ難い事だった。
 だって、───あと一年も生きられないって、誰が信じられる?
「え?なんで……」
「私、結構重い病気らしいのです。詳しくは親にしか伝えられていません」
「それじゃあ……」
「はい。私は、なんの病気かもわからずに死んでしまうかもしれません」
 親や主治医は、どのような考えで月下さんに病名を伝えていないのだろうか。もし、知らない方が良いという考えで、優しさから伝えていないのだとしたらそれは───優しさなどではなく、残虐だ。
 もしかしたら、まだ助かるかもしれない。今の医療技術はとても進歩しているし、その可能性があるかもしれない。だが、誰も病名を教えないことから考えると、その可能性すらないのか……?本当に、月下さんは、助からないのか……?
 でも、俺がどう思ったところで月下さんの病気が治るわけじゃない。ならば、俺がすべきことは、あるのだろうか?
「月下さんは、死んじゃうまでに、なにかしたい事とかって、ある?」
 俺の考えがポツリと言葉になって、外へと出てしまった。
 それを聴き取ったのか、月下さんは答えてくれた。
「私のしたいこと、ですか?そうですね……遠くまで、遊びに行きたいですね。ずっと病院の中だったので、外で楽しく遊びたいです」
「……わかった。ごめん、月下さん。しばらく会えないかも……いや、会えない」
「え……?どうしてですか?」
「ごめん。本当にごめん。でも絶対にまた会いに来るから」
「……わかりました。ずっと待っていますね」
 月下さんが望むのは、遠くで遊ぶこと。それを叶えるために俺は、お金を貯めなければいけない。俺の親からお小遣いは貰っているが、それだけでは足りない。全然足りない。ならば、俺にできることはたった一つ。働いて稼ぐことしかできない。働いて働いて働いて、そして月下さんを外に連れて行く。
 それが、それこそが俺にある唯一の、月下さんのためにできること。

 それから数ヶ月。俺は学校以外の時間ほぼ全てをバイトに費やした。季節はすでに夏の終盤。暑さも和らぎ生活しやすくなっている。病気である月下さんが外に出るには、丁度いいくらいだろう。
 月下さんの主治医や親にはすでに話をしてある。意外にもすぐに許可を貰うことができた。俺に学校はどうするのか聞いてくるくらいだ。でも俺は喜ぶことができなかった。だって、すぐに許可が出るってことは……。
 学校に関しては、ずる休みすることにした。親からは事情を聞かれたが、しっかり説明すると、少し多めにお小遣いを貰うことができた。怒られる覚悟をしていただけに少し拍子抜けした。
 だが、それでも足りなかった。そこは友達に借りた。皆不思議に思っていただろうが、少し増やして返すと言ったら沢山貸してくれた。嬉しすぎて泣きそう。
あと数ヶ月で亡くなってしまう月下さんと遊びに行くにあたって、毎日病院に帰ってきては気持ち的に可哀そうだから、泊まりで行くように計画した。
 月下さんの荷物は、すでに預かっている。中身は見てない。鋼の意志で欲望に抗った。
月下さんはいつ行くかは聞かされていない。そもそも、あの時から一度もあっていないので何も知らされていない。ドッキリのような感じだ。
 病室のドアをノックして、中に入る。この感じ、久しぶりだ。
「末永、君……?」
「久しぶり、月下さん」
「本当に久しぶりですね。それで、今日はどうしたのですか?」
「月下さん、旅行に行こう」
「え……?いつ、ですか?」
「今から」
「今から、ですか?でも、荷物は?」
「月下さんのご両親から預かってる。ほら早く行くよ!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!大体、お医者様はなんと言っているのですか?末永君のご両親は?そもそも学校はどうするのです?お金の事だって」
「全部大丈夫。ちゃんと許可は貰ってるし、お金は今まで俺が働いた分で補うから」
 そのために、働いたのだから。月下さんに、楽しんでもらうために。俺の事なんてどうでもいい。俺にはまだ先がある。でも、月下さんにはない。ならせめて残りの人生は謳歌して欲しい。
「そんな……」
「いいから。ほら行くよ!」
 俺は強引に月下さんの手を引っ張って病院の外へ連れ出した。

 電車に揺られて俺達がまずやってきたのは、都内にある東京ツリー。高さ六百メートルを超える世界一の電波塔だ。展望台が二つあり、そこからはパノラマのように東京の街並みを見下ろすことができる。
「見てください末永君!全部小さく見えますよ!」
「凄いな、これは」
 展望台の床には、所々にガラス張りの場所があり、そこから真下をのぞき込むことができるようになっていて、そこから見ると、下にいる人が蟻のように見える。
「あ、富士山ですよ!遠くから見ても大きいですね!」
「本当だ。晴れてて良かったね」
「はい!」
 それにしても、月下さんがここまではしゃいでいるのは初めて見たな。その容姿とも相俟ってとても可愛い。その姿を見れただけでこの計画を立てた甲斐がある。
 その後も、俺達は都内を回り続けた。

東京ソラマチ(プラネタリウム)
「星がいっぱいです!綺麗ですね」
「綺麗だね」
「はい!あの星見たことがあります!夏の大三角ですよね!」
「そうだよ。デネブとベガとアルタイルで構成されているんだ」
「あれは織姫と彦星でしょうか。お話は読んだことがあります」
「織姫はベガ、彦星がアルタイルの事だよ」
「末永君は博識ですね」
「そうかな?」

東京ソラマチ(水族館)
「ペンギンさんです!可愛い!」
「本当に可愛いね」
「これチンアナゴだそうですよ?面白い名前ですよね、チンアナゴって。何故チンアナゴなのでしょう?チンアナゴ以外にもいい名前がありそうですが」
「チンアナゴ連呼するのやめよう?」
「あれはクラゲですね。癒されます」
「気持ちよさそうだよね」

雷門
「大きいですねー!」
「この後浅草寺に行くよ」
「その後は仲見世にも行きましょう!」
「何か買うの?」
「見るだけですよ。……欲しいものがあっても買えませんから」
「言ってくれれば買うよ」
「本当ですか⁉わーい!」

 その他にも、歌舞伎座、秋葉原の電気街、銀座、日本科学未来館など、沢山の場所を巡った。そして日が沈み、夜がやってきた。
 俺達は、都内でも有数の夜景が綺麗な所へとやって来ていた。
 周りには沢山のカップルがいて、夜景に桃色が混じっているように感じた。
「ここは恋人と来る場所なのではないのですか?」
「たぶんそう。でも、絶対にここの夜景は見た方が良いと思ったから。一緒に見るのが俺だけど、我慢してくれたら嬉しいかな」
「……末永さん。今日は、月が綺麗に見えますね」
「あ、本当だ。綺麗な満月だね」
 月下さんに言われ夜空を見ると、太陽の光を反射して黄金に輝く丸い月が出ていた。それは夜景と合わさってとても幻想的だった。
「そういう意味じゃないのですけど……」
 月下さんが何か呟いていたようだけど、俺にはよく聞こえなかった。
 夜景を十分に堪能した後は、ホテルへと向かった。勿論部屋は別々だ。

 翌日、俺達は東京駅へとやって来ていた。そう、今日からは東京から出るのだ。最初の目的地は、京都。俺は修学旅行で行ったことがあるが、月下さんは一度も行ったことがないと聞いていたから、そこを選んだ。
 新幹線に乗り、京都へ向かう。そこで昨日の疲れがまだとれていないからか、月下さんは眠ってしまった。俺の肩を枕にして。
 京都に来てからは、寝たおかげで元気になったのか月下さんがかなり楽しんでいた。
 清水寺に金閣寺、銀閣寺や嵐山など京都の有名どころを回った。
お土産も沢山買った。どうやって持って帰ろうか。
 そして時が流れるのは早いもので、もう夜になってしまった。
「もう夜です。早いですね」
「ホテルに行こうか」

 翌朝。ホテルから出た俺達は、今度は大阪に行った。ほぼUSJで一日を使ったが。
 その翌日は奈良へ。その次は静岡。そしてお金の問題で最後に行ったのは、神奈川県の横浜。中華街をぶらぶらしながら、食べ歩きをした。それだけなのに、とても楽しかった。月下さんといると、とても楽しい。それが何故なのか。俺は、もう気付いている。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、辺りが真っ暗になった頃。俺達は浜辺に来ていた。
「末永君。今日も、月が綺麗ですね」
「そうだね。このまま時が止まればいいのに。こんなに綺麗なんだから。でも、知ってる?月ってクレーターが沢山あってボコボコしてるんだよ?」
「そうなのですか?でも、それでも私は月が綺麗だと思います。見てください。月光のお陰で海が綺麗です」
「……風、冷たくない?」
「……そうですね。寒いです」
 俺はおもむろに、月下さんを抱きしめた。
 抱きしめて感じた月下さんは、とても華奢で、このまま力を込めてしまえば潰れてしまうのではないかとすら思った。
「暖かいです」
「暖かいね」
 月下さんの身体は、とても暖かかった。

 そして、翌日。俺達は病院に帰ってきた。
 月下さんの病室に入ると、そこには。
「おかえり、咲雪」
「……お母さん」
 月下さんのお母さんがいた。帰ってくる日は伝えてあったので、誰かいるだろうとは思っていたが。
「おかえりなさい。どうだったの?」
「楽しかったです」
「そう、それは良かったわねぇ……っ!」
 月下さんのお母さんは、何故か泣き出してしまった。
「ごめんなさい。少し席を外すわね」
 月下さんのお母さんが席を外し、俺と月下さんの二人きりになった。
 月下さんは、あの窓際まで歩いていくと、言った。
「末永君、今回はありがとうございました。最後の日に浜辺で言いましたけど、改めて直接言います」

「紫苑君。私、月下咲雪は。末永紫苑君。あなたが好きです。大っ好きです!」

 その言葉を聞いて、俺は。俺は、しっかりと、はっきりと返事をする。

「咲雪さん。俺、末永紫苑は。月下咲雪さん。あなたが好きです。愛しています!」

 羞恥心など捨て、何も包み隠さず正直に、直球に、自分の気持ちを、想いを相手に伝える。
「じゃあ、私達、両思いですね」
「うん、両思いだね」
「両思いです」
「両思いだ」
「……」
 月下さんは、瞳に雫を浮かべた。俺が確認できたのは、そこまで。
だって、ねぇ?俺の視界がぼやけて。自分が今どんな表情をしているのかなんて丸分かりで。そんなの見せたくないなら。選択肢は、二つしかないだろ?
 まず一つ目は、顔を逸らす。相手を見ないというこの選択。だが、俺はもう一つの選択肢の方を取った。だって、その方が雰囲気的に合っているだろう?
 その選択肢というのが……
「もう、放したくない……!」
「私も、私も放したくないです……!」
 見られたくない相手を抱きしめる、という選択。
 告白し、両思いだとわかり……まだ、忘れていることがあったな。それは……

「咲雪、俺と付き合ってください」
「こちらこそ、紫苑。こんな私で良ければ、付き合ってください」
「喜んで」

 告白が終わったのなら、残るは交際申請。気持ちを伝えるだけでもいいのだろうが、俺はやった方が良いと思った。だって、咲雪にとっては最初で最後だと思うから。体験できることは、何でもさせてあげたいから。

 それから俺達は、どちらともなく顔を離し、そして……

 あの日から時は流れ、今は木々に蕾ができ始め、少し暖かくなった頃。俺は、病院にいた。理由は……できれば言いたくないが、咲雪の病状が悪化し、もう手が付けられなくなってしまったからだ。
 病室に入った俺は、チューブが至る所に巻かれ、この前までの咲雪の面影がかろうじて残っている、というくらいにまで衰弱しきった咲雪の体を見て、言葉を失った。
 そしてフラフラと覚束ない足取りで咲雪の横まで行くと、服が汚れるのも構わず床に膝を突き、ほぼ骨と皮しかないように見える咲雪の手を両手で包んだ。
 すると、咲雪は苦しいはずなのに、俺の咲雪の手を包んだ手に、握られていないもう片方の手を、乗せた。
 やめてくれ。やめてくれよ。この前みたいな咲雪がいないってわかっているのに……。
「咲雪……」
「紫苑……ごめん、な、さい……もっと、一緒、に……いた、かった、です……っ」
「大丈夫。俺は大丈夫だから、な?」
「本当に……ごめん、ね……?」
 あぁ……もう咲雪が良く見えないよ。ごめん、最後まで見届けられなくて。ごめん、こんな不甲斐ない彼氏で。ごめん……

 それから間もなく、咲雪の死亡が確認された。運命の悪戯か、奇しくも今日は、咲雪の十六回目の誕生日だった。

 そして少し後に咲雪の葬儀が行われた。参加した同級生は、俺だけだった。
 棺桶に入れられた咲雪は、あの時のまま、衰弱しきった見た目をしていた。でも、化粧のお陰か、それとも元が良かったからなのか。凄く綺麗だった。まるで人形のように。
 火葬する時に、咲雪のご両親から二枚の紙を貰った。その紙は、少し記入されてあって、そこには『月下咲雪』と書かれていた。
 俺は迷わずその紙に自分の名前を記入し、片方を貰い、もう片方を棺桶に入れた。俺はその貰った紙を、一生大事にするつもりだ。俺と咲雪を繋いでいてくれるものだと、思うから。

 火葬が終わり外に出てみると、昼間なのに月が出ていた。それを見た俺は、不意に呟いた。

「辺りが静かだよ、咲雪。葬式なんだし当たり前だけど。ねぇ、咲雪?月は綺麗だけど、凄く、凄く凄く凄く、遠いんだよ。遠すぎるんだよ……っ」

 俺はこの時、生涯ずっと咲雪を愛すると決めた。
 その決意は果たされ、寿命によって死ぬまで、俺は恋人どころか酒にも煙草にも手を出さなかった。

 紫苑の葬式は、彼の友人が執り行った。その時、彼の家に遺書が見つかり、そこには彼の筆跡で書かれた手紙と、一枚の古ぼけた紙が入っていた。
 彼の遺書には一緒に入っていた紙を、棺桶に入れて欲しいと書いてあった。
 友人はその言葉の通りに、その紙を棺桶に入れた。
 そして紫苑は火葬され、埋葬された。












『やっと結婚できた。咲雪、待たせてごめんね?』
『紫苑……!ずっと会いたかったです!やっと会えました……!紫苑!』
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