そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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越方 しおん(エツカタ シオン)

8:挙動不審と勇気

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 月曜日。登校すると、大量の本を入れたトートバッグを机の脇にぶら下げて彼を待つ。どれも結末だけは覚えていたが、目を通したくなるのを我慢した自分を褒めてあげたい。

 八時過ぎ。女子たちの騒ぐ声で、読んでいた別の本から顔を上げた。普段やかましくてイライラするこの声も役に立つんだなぁ。
 だけど彼は受け答えするものの、先月までのように無理に会話しようとせず、スマホをいじっている沢村くんにあいさつをした。あまりしつこく割り込むとキレるので渋々女子同士で固まった。オウムやキュウカンチョウみたいに『カワイーカワイー』ってバカじゃないの?
 彼が自分の席に座ったタイミングで、バッグを胸に抱え立ち上がり一歩一歩近付いていく。深呼吸をして気づいてもらえるように……

「アカシくん!   おはよう!」

 騒がしかった教室内がストップウォッチで止めたように静まり返った。学校でこんなに大きい声を出したのは中学の卒業式以来かも。とめどなく汗が噴き出すのは暑さだけのせいじゃなさそうだ。

「おう。おはよ」
「おはよ!   越方さん!」

 誰が見ても挙動不審なのに、平然と返事をしてくれる彼と沢村くん。

 ---何あれ
 ---ちょっと図々しいんじゃない?

 小言で耳が痛い。でも彼らは私の要件を待っているようだ。

「あの、約束した本持ってきた。返すのいつでも良いよ!」
「お、サンキュ」

 バッグごと本を渡すと素直に受け取ってくれた。

「越方さん。こいつから聞いたよ。最近仲良くなったんだってね。良かったら俺とも友だちになってくれないかな」

 沢村くんがアカシくんを指さししながら言った。まさかあらかじめ知らせてくれるなんて……
 私が目を丸くしながら彼を見るとそっぽを向かれてしまった。

「う、うん!   ありがとう、沢村くん」
「奏介で良いよ。あと勉強教えてほしいな。こいつに頼んでもキレてばっかりでさ」
「それはお前がバカだからだ」
「うるせ。段階が大事なんだよ段階が」

 学校が楽しいと感じたのは久しぶりだ。『勉強はいつでも相談に乗る』と言いながら連絡先を交換し自分の席に戻る。
 話せたのは良いけれど言葉につまるのをどうにしたいなぁ。達成感を噛みしめつつ、一時間目の教科書の用意をしようとしたとき。

 ---バンッ!

 衝撃がお尻に響く。後方の女子が自分の席に座ったままこっちの椅子を蹴り上げたのだ。振り向くと案の定知らん顔。
 こいつは沢村くんのファンで、告白したのち振られたらしい。悔しいなら直接言えば良いのに。今歯向かっても『証拠は?』とか屁理屈言ってきそうで、時間の無駄だからやめておこう。
 よし、そっちがその気ならこっちだって。
 担任が教室に入るまであと五分弱。まだ時間がある。私はスマホを取り出してアカシくんにLINEを送る。

 シオン:『お昼食べ終わったらさ』
    :『教室で待っててくれる?』
    :『面白いもの見せてあげる』
 アカシ:『了解』
    :『嫌な予感しかしないけどな』
    :『メシも教室で食うよ』
 シオン:『ありがとう』

 既読を確認しチャイムが鳴ったので鞄に仕舞う。見つかっただけで一週間トイレ掃除なんてやりたくないもんね。
 昼休みまで授業が頭に入るかわからないけど、あとでノートを見れば問題ない。

 反撃開始。



……


 授業と授業の間の休み時間にいちゃもんつける輩をスルーして訪れた昼休み。
 アカシくんと奏介くんがご飯を食べるところを見届け、購買に急ぎあるものを買う。そして職員室前の自販機と休憩スペースで軽くお昼を済ませる。ここだったら下手に攻撃できないもんね。
 教室に戻り、いつものように文庫本を引っ張り出し読むフリをする。

「ねえねえ、しおんちゃーん」
「聞いてよぉ」

 猫なで声で擦り寄ってくるカレンとサラ。気持ち悪い。虫酸が走る。しゃがんで目線を合わせてくるな。

「この前のことは謝るからさ、どうして真黒くんと仲良くなれたのか教えてほしいんだけど」
「最近全然話し相手になってくれなくてさぁ」

 知るかバカ。お前らがしつこく付きまとうからだろうが。

「しおんちゃんさぁ、朝『アカシくん』って下の名前で呼んでたけど、もしかして付き合ってるの?」

 この発言でさりげなく後ろを見ると、彼が明らかに不機嫌な顔になった。声がデカいんだよ。
 本を閉じ、つけまつげでバサバサの目を見てスパッと言い放つ。

「付き合ってない。ただの友だち」
「えー。あんなイケメン目の前にしたら誰だって好きになると思うんだけどなぁ」
「うんうん。学年成績一位二位同士だし」

 それ関係ないと思うけど…… 押され気味になりながらも必死に否定する。

「だから友だちだって」
「相手が真黒くんじゃないとしたら沢村くん?」
「沢村くんも人気あるよねぇ」

 ダメだ。話が通じない。
 壁掛けの時計を見ると昼休み終了まであと十五分を示していた。そろそろ良い頃合いだろう。
 席を立ち思い切り見下し吐き捨てた。

「それ本人に言ったら?   嫉妬で見え見えなんだけど」
「……え?」

 唖然とした顔。最高に気持ちいい。

「根暗だから言い返さないと思った?   これでも真っ当な人間なんで。残念でした」
「このガリ勉メガネ……」
「そっちも本性現したようだね。あーあ、せっかくの猫被りが台無しよ?   あ、猫に失礼か」
「おい、お前その辺で……」

 アカシくんが慌てて私に話しかける。彼から見てもふたりの怒りがわかったようだ。

「大丈夫。ただ殴りかかるのを抑えてくれると助かる」

 私は落ち着いて彼にやってもらうことを伝える。
 教室の後方まで歩き、大きめのゴミ箱を持って教卓に向かった。それを足で挟み投げ出すように座る。
 蓋を開け中身を見るとハンバーガーショップの紙袋、コンビニ袋、ジュースの紙パックなどが詰め込まれていた。多少の臭いはガマンしつつ、ポニーテールを結んだゴムを解きメガネを外した。
 きっとみんな驚いているんだろうけど、ボヤけて表情が見えないのが悔しい。何人か察しがついたようで囃し立てる声もところどころ混ざる。
 スカートのポケットから購入したハサミを取り出し、肩甲骨付近まで降ろされた髪の毛を適当に掴み、拳の上あたりにセットした。
   ハサミを動かすたび、ザクッザクッという軽やかな音と共に、髪の毛が落ちていく。暑くなってきたしちょうどいいかもね。磯貝くんの好みがロングヘアーだったらまた伸ばせば問題ない。言われっぱなしだと悔しいから、私だってやればできるんだってところを見せつけたかったんだ。
 途中教卓を降り、両親が美容師だというクラスメイトに手伝ってもらう。ありがたいことにゴミ袋を開きポンチョ風にしてくれた。これでブラウスやベストに髪の毛が刺さらない。
 鏡を貸してもらい見てみると綺麗に切り揃えられたショートボブができあがった。
 その子にお礼を言うと時計をまた確認。チャイムが鳴る二分前。

 ゴミ袋を脱ぎ、掃除をアカシくんにお願いして水道へ向かう。コンタクトケースの蓋を開けよく手を洗う。Lは左、Rは右……
 耳と眉間に負荷がなくなったうえで視界が良好になる。
 自分への誕生日プレゼントに買ったのだが、家で練習してから今まで放置していたのだ。イメージチェンジを終えた私は女子ふたりに宣言する。

「男と女が友だちになっちゃいけないの?   それに私には違うクラスに好きな人いるよ。あ、探りを入れるような変なことしないでね。まぁ、自分の手を汚すマネはゴメンだけど」

 チャイムが鳴ったので席に座る。するとLINEの通知を告げる音。

 アカシ:『髪の掃除大変だったぞ』
 シオン:『ありがとね』
    :『今度何かおごるよ』
 アカシ:『当たり前だ』
    :『あと良く言った』
    :『頑張ったな』
 シオン:『おう』
    :『じゃあ、また放課後』

 ニヤける顔をこらえ前を向いた。授業の先生が私の変化に気づかなかったのはちょっと残念だけど。髪の毛を切ったことでエアコンの当たる風が心地よい。
 ゆりねえにもあとで報告しなくちゃ。驚いてくれるといいな。だって今回ショートヘアの彼女に憧れてしたことなんだから。

 本音を言う勇気をくれたアカシくんとゆりねえに感謝だ。
 磯貝くんにも告白できるよう頑張ろう。
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