そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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沢村 奏介(サワムラ ソウスケ)

2:好奇心と衝動

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 彼女の第一印象は『ひたむきに頑張っている子』だった。
 小学三年からバスケスクールに通い続けて五年経ったとき、新しく入会してきた女の子で別の中学だったが俺と同じ二年だ。俺と同じように中学でもバスケ部に所属していて、より技術を磨くために志願したのだとか。誰よりも早く入室し、コーチに帰宅を促されるまで自主練を繰り返し、妥協を許せない彼女にだんだんと惹かれていった。名前は染川そめかわ真紀花まきかという。
 基本レッスンは男女別になるが、一緒のフロアで行うので顔見知りがほとんどだ。男女という違いはあれど、実力を高め合うライバルとして真紀花の存在は不可欠だった。
 冬のある日、レッスン終わりに下駄箱に向かうと先に帰ったはずの真紀花がいた。壁に寄り落ち着かない様子の彼女に声をかけてみる。

「よう。お疲れ」
「……おす」
「こんなところでどうしたんだ? 忘れ物か?」
「うーん……まぁ……」

 彼女は依然として返事にならない受け答えをするばかりで全く会話にならなかった。ふと目線を下ろすと、彼女の手にラッピング済みの小包を握っていた。しばらくすると真紀花は俺の目を見て言葉をポツリと投げかけた。

「ねぇ、今日何の日かわかる?」
「今日? バレンタインデーだけど」
「うん。あんたが最も嫌がる日」

 どの学校でもそうだろうが、うちの中学は菓子の持ち込みを禁止している。当日ロッカーや机の中まで調べられるほどの厳しさで、見つかると職員室で注意を受ける。もちろんそれが他の生徒にふれ回り、誰々が誰々を好きだという辱めを受けてしまうらしい。
 しかしそんな教師の目を潜り抜け、目的の人物に渡す者も一定数いる。それが俺に付き纏う女子たちだ。甘い食べ物は好きだが、どうでもいい相手から貰っても反応に困る。ここで真紀花と会っても敢えて話題に触れなかったが、バレンタインデーがどうしたというのだろう。

「これあげる」
「ん?」
「チョコ」

 なるほど。周りに冷やかされたくなくて寒い中待っていたのか。俺は彼女の好意を素直に受け取った。

「義理ってやつか?」
「違うよ。本命」
「……え?」

 何を言っているんだ? 練習中邪魔だからと無造作に一本に縛り上げた黒髪。他の男子にも分け隔てなく話しかけ、もちろん女子の友だちも多い。それにまだ俺たちは中学二年だ。恋愛なんてまだまだ遠い未来……そう思っていたのに。
 少しの静寂のあと、彼女は意を決したように口を開いた。

「私、初めて会ったときから……奏介が好き」
「そう、なんだ……」
「この教室の女子にも学校の女子にも人気あるからさ、無駄だと思ったんだけど……」

 唇が震えている。初めて伝えられる彼女の気持ち。学校で何度も告白されるが、どこが好きなのかを尋ねるとみんながみんな『顔』『カッコいいから』だそうだ。お前ら内面を知ろうともしないのな。もし整形手術をした嘘のイケメンでさえも飛びつくのか? まぁ、どっちにしても付き合う気なんて毛頭ないが。
 しかし真紀花は約一年間、俺と決まった時間を共にして冗談を言い合える仲になっていた。そんな彼女が勇気を振り絞って俺に……

「奏介が良ければだけど……付き合ってくれる?」
「付き合うって?」
「それは……こ、恋人同士になるってこと! 女から言わせないで!」

 顔を真っ赤にさせながら真紀花は声を張り上げる。だってわからないものはわからないんだもの。あまりピンとこなかったが、ここまで真面目に気持ちを伝えられるのは初めてだったので興味を持った。

「いいよ。付き合おう」
「本当に!?」
「うん」
「ありがとう!」

 正直、真紀花に対しての恋愛感情は皆無だった。しかしこれからもっと彼女のことを知りたいと同時に大事にしようと思った。彼女の手を握る。真冬だというのに汗ばんでいた。

「これからよろしくな」
「うん! ふふ、なんか変な感じ」

 俺にはその『変な感じ』というものが理解できなかったが、きっと幸せな毎日が続いていくのだろう。ふたりで玄関を出ると雪がしんしんと降っていた。東京で降るのはめずらしい。俺はこの情景と感情を忘れないと決めた。



……


 真紀花と付き合い始めて一週間が経ったころ、俺は言葉にできない疑問を抱えていた。もちろん彼女を嫌いになったとか離れたくなったとかそういったマイナスの意味でないのは確かだ。そのモヤモヤの原因が去年成り行きで読んだ姉のマンガだと気づくのはしばらくあとのことだった。
 ある週末に本屋でバスケ雑誌を物色していると、帰り際女性向けの月刊マンガ雑誌の見出しに目を奪われた。

『愛してる~独占欲に囚われた私~』

 独占欲。ネットで検索しなくてもその意味を知っている。独り占めすること。
 結局あのマンガを読んだあと、薄茶色のカバーを掛け直してソファーに戻した。俺が読んだなんて微塵も思っていないだろう。見た直後はこれのどこが女子の琴線に触れるのかと全く理解できなかったが、真紀花という恋人の存在で事情が変わった。
 告白された翌日に一緒にいると、他の女子からニヤニヤとした表情をしながら声をかけられた。話を聞くとあの日俺と真紀花をふたりきりにするため、急いで生徒を全員帰したらしい。今考えると道理で人が通らなかったわけだ。

「で、上手くいったの?」
「うん。おかげさまでね」

 良い報告を聞いた女子グループは自分のことのように喜んだ。男子も『こっそり狙っていた』と嘘とも本気ともとれないぼやきを真紀花につぶやいた。その瞬間にチクリと針が心臓に刺さったような感覚があった。最初は気のせいだと思った。しかし顔を合わせるにつれ疑念はモクモクと雷雲のように膨らんでいった。
 やめろ。真紀花は俺と付き合っているんだ。話しかけるな。
 俺の独りよがりだと思いたくなくて、レッスン前に真紀花を用具室に呼び出した。彼女は何も警戒心を持たず、素直に付いてきた。

「話ってどうしたの?」
「……あのさ、俺たち付き合ってるんだよな?」
「いきなり何? 当たり前でしょ」

 照れの表情の裏に喜びが見える。俺は真紀花のこういうところに惚れたんだ。もっともそれに気づいたのは付き合ってからだったけど。

「俺のこと好きか?」
「……もちろん。だから先週チョコ渡したんじゃない。奏介……さっきからちょっと変」

 警戒されてしまったが好きと言ってくれたので安心した。俺は歩み寄り彼女の両肩をしっかり掴んだ。その瞬間ビクリと身体を強張らせる。

「何---」

 彼女の言葉を聞くより先に、俺はその口を己の唇で塞いでいた。お互い好き同士なら構わないと思っていたし、少し強引なくらいが女子のハートを掴むとマンガに書いてあったから。
 また茹でダコみたいに顔を真っ赤にした彼女が目を逸らすんだろうな。俺はそんな期待を抱えながら唇を離す。しかし俺の目に映った君は顔面蒼白で涙を流していたんだ。

「……う……し……す……」
「え?」

 彼女の声が聞き取れなかったので聞き返すと、目が釣り上がり顔を赤くさせた。もちろん、それは照れではなく怒りの感情。

「どうして! いきなりキスするのよ!」
「だって……俺のこと好きだろ? だったら……」
「だからって順序ってものがあるでしょ!? 信じられない……初めてだったのに……」

 涙を流しながら袖口で何度も唇を拭う。どうして自分の思い通りにならないんだ? 予定だったらいつものように抱きしめて練習したあと、手を繋いで帰るはずだったのに。
 彼女は俺から背を向け、荷物を大雑把にまとめると引き戸に手をかけた。

「帰る」
「どうして?」
「だって! こんな顔じゃみんなと練習できないもん! もう最悪!」

 最悪、か……俺はよかれと思ってやったことなんだけどな……

「いくらカッコよくてもね、女の気持ちを考えられない男とは付き合いたくない。さようなら」
「ちょっと---」

 今度は俺の言葉を聞き終わる前に、彼女はホールに出ると扉をピシャリと閉めた。遠ざかっていく足音と、女子が彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
 さようなら、さようなら、さようなら、さようなら……同じ言葉が何度も反芻した。彼女の言う通り、あらかじめどうしてほしいか聞くべきだったんだ。後悔してももう遅い……壁に全体重を預け子どものように蹲った。

「ゴメン……ゴメン……」

 本人はもうこの場所にいないのに虚しく謝罪を繰り返す。

 また明日になったら来てくれるよな?
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感想 33

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みんなの感想(33件)

ゲンジパイ
2020.08.31 ゲンジパイ

主人公たちとどう絡んでいくか楽しみです(*´∇`*)

2020.08.31 エツハシフラク

お楽しみに(*´ω`*)

解除
SHO
2020.08.31 SHO
ネタバレ含む
2020.08.31 エツハシフラク

複雑なのです(´・ω・)

解除
ゲンジパイ
2020.08.26 ゲンジパイ
ネタバレ含む
2020.08.26 エツハシフラク

歳の離れた彼は家族からかわいがられます(*´ω`*)

解除

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