ひと夏の記憶

桐生 創

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1994年 夏

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「お前ら、アホ過ぎて付き合ってらんねえよ」

「じゃ、お前らの負けな」

 蝉が泣き始めるようになった、初夏の夕刻。タケこと塩谷岳(しおや・たける)と、オグシンこと小倉伸也(おぐら・しんや)は、二人並んで顎を突き上げ、ポケットに両手を突っ込んでいた。向かって立つは隣の村にあるK小学校の生徒三人。名前は知らない。学年が同じ五年であることだけは確認済みである。

「ここで釣りは禁止ってことでいいな」

「よくねえ!」

 K小のデブがたけった。まるでおっさんのような小学生である。たぶんそれなりに喧嘩は強いだろう。だが、こういう時は決して退いてはいけない。二人はその姿勢を心得ていた。喧嘩で勝てないと見たら、それ以外で吹っかけるのだ。
「腰抜けに人権はねえ」オグシンが間髪入れずに煽る。

「こんなもんできねえからって、何が腰抜けだ。おめえらが石投げやめればいいべよ」

 やたらと勝敗にこだわる。それが世間一般的な小学生の実態である。タケとオグシンには、その傾向が色濃く顕著けんちょに表れていた。何事においても、彼らは負けるわけにいかなかった。

「石投げじゃねえ、水切りだ。村民はそんなことも知らねえのか」

「何が村民だ、ふざけんなよ。お前らのとこも村みてえなもんだろうが」

「こっちは市ですぅ。はい、雑魚~」

「オグシン、もうやめろ。こいつらはなんだかんだいっても飛べねえんだからよ」

 タケもいさめる振りをしながらさりげなく相手をあおった。二人の戦術は実に巧みなそれである。ペースは完全にこちらにあった。村の三人衆もその事実を感じつつあったが、どうにもならない。あまりにアホな提案に、一度乗りかけてしまったためだ。全ては戦術なのである。

 ことの発端ほったんはこうだった。

 彼らの住む笠懸村とタケたちの住む桐生市は、群馬県内で隣り合っている。その桐生市側のエリアに小さな沼があった。この時のタケたちは、水を見たら石を投げずにいられなかった。つい最近、渡良瀬川で水切り勝負をしたのがきっかけである。勝負となると、二人はまわりが見えなくなってしまう。タケとオグシンの悪い癖だった。残念なことに、彼らにその自覚はない。

 その延長戦といえる対決で、舞台となったのがその市境しざかいにある沼だった。そこでK小の三人衆は釣りをしていた。黒く濁った沼である。こんなところで魚が釣れるとは到底思えなかった。

 魚が逃げるからやめろ。三人のいうことは、およそまともだった。ただ、沼は桐生市側に存在していた。これは紛れもない事実であり、村民にとやかくいわれる筋合いはなかった。

「勝負をして俺たちに勝ったらこの沼を使う権利をやろう。ただし、分かってると思うが、この沼があるこの場所は桐生市だ。こちらのやり方に従ってもらう」

 地権者でもなんでもない、一介の小学生に過ぎないオグシンは、意気揚々と言い放った。なんの迷いもなく堂々とほざく。そうすることで、発言に謎の信憑性しんぴょうせいが伴うのである。オグシンはそれを心得ていた。

 相手の思考が追い付かないうちに、ドラクエのボスキャラの如く「そういうことだから」調に言い切ってしまうことにより、相手の選択肢を先制的に潰すのである。ドラクエのボスキャラに勇者一行が意見できないのと同じ原理だ。タケたちはこれを「校長戦法」と呼ぶ。校長先生は小学生にとって常にラスボスであり、選択肢などというものは決して与えてくれない。諸行無常しょぎょうむじょうのトップダウンなのである。

 よって勝負は、「家畜の肥溜め水路をどれだけ手前から飛び越えられるか」によって決することになった。水路の幅は約二メートル。助走は可とされていた。水路には手摺りも柵もない。ただ、家畜の糞尿が混ざった汚水が、のろのろと押し流されるように流れているのである。水路の先には巨大な肥溜め池があり、漂う臭気は凄まじい。

 この勝負において、タケとオグシンにアドバンテージがあることはいうまでもない。タケは一回、オグシンは二回、着地に失敗して水路に落下している。いわずもがな、過去に二人の間で発生した勝負に勝つためだ。その度に母親に張り倒されたが、そんな経験も無駄ではなかったということになる。二人は、自身の「飛び越え可能ライン」を熟知していた。負けるはずがなかった。

 一方、村の三人は、完全に腰が引けていた。無理もない。こんなところに身体を突っ込んでしまったら、親の猛烈な叱責は不可避である。それにびびっていることを、槍玉に挙げるのが第一段階。びびっていることが喧嘩で負けるよりも屈辱的なことであるという物差しを、一方的に突き付けるのが第二段階。すると、「この場は喧嘩で相手をぶちのめしても制することはできない」という条理が構築される。校長をぶちのめしても、親が学校に呼び出され、その後自宅でぶっ飛ばされるのと同じだ。そういう条理をこの場に作り込んでしまうのである。

「頭おかし過ぎるわ。付き合ってらんね。他の池いくべ」

「そ、そうだな」

「おう。いけいけ」

 くして、校長戦法は成功に終わった。タケとオグシンは単なる嫌がらせを名誉ある撃退と勘違いし、謎の万能感に浸りつつ、水切り対決を再開させるべく平たい石を探し始めた。
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