舜国仙女伝

チーズマニア

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異世界デートー周瑛視点ー

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食後、どこか行きたいところは無いか尋ねた周瑛に木蓮はしばらく考えこんでから答えた。


「本が読みたいなぁ……この国って図書館とかないの?」

「大量の蔵書を所有し利用者に貸し出す施設のことか?」

「そうそれ!知ってるってことはあるの?」


パアッと顔を輝かせた木蓮に、周瑛は首を横にふった。


「図書館という施設は存在しない。専門書や歴史書を数多く収蔵した書庫なら皇居にある。あとはそうだな、下町に貸本屋ならある。主に小説を取り扱っているため、学術書の類いはないが」


木蓮の目があらぬ方向にいっているのに気付き、周瑛は閉口した。

今までの経験から言えば、これは途中から話を聞いていない。


「貸本屋行きたい!!小説読みたい!!!」

「わかった」


やったーと喜び、クルクル回りながら木蓮はさっさと馬車に乗り込んだ。

あまり小説に興味がない周瑛としては何がそんなに嬉しいのかわからないが、とりあえず機嫌が良くなったのは何よりである。


「そんなに本が好きなのか?」

「本っていうか小説が好き!周瑛は読まないの?」

「子供の頃は読んでいたが、成人してからは全く読んでいないな。今流行っているものが何かもわからん」


観劇も中々反応が良かったのと貸本屋に異様な興味を示していたことから、周瑛は木蓮の趣味の範囲をなんとなく理解した。

常に明るく笑顔が絶えない彼女だが、今日はこの国に来てから一番笑っている。


「この国の小説って一体どんなのがあるんだろ」

「だいたい女児向けの恋愛ものか、男児向けの冒険ものの二択だ」

「両方読む!」


茶館から住宅街に戻るのにそれほど時間はかからなかったため、二人を乗せた馬車が下町に着いた時にはまだ陽は高かった。


「もう何年も通っていないが、多分店の場所は変わっていないと思う。こっちだ」


なるべく歩く速度を落としていた周瑛だが、木蓮は何度も人混みに流されかけ、そのたびにはぐれそうになるというのが続いた。

舜の成人女性の平均よりも一回りは小さい木蓮は、少し目を離せばあっという間に人波に埋もれてしまう。

これでは一向に前に進まないと感じ、周瑛は木蓮の手を掴んだ。


「お前一人で歩いていたらいつまで経っても目的地に着かない。しばらく我慢しろ」


目を点にしてされるがままに手を引かれている木蓮は、いやに静かだった。

急に大人しくなったことに疑問を持ちながら、周瑛は自分より二回り以上は小さい彼女のつむじを見下ろした。

突然目が合った瞬間、木蓮の眦がほんのりと赤く染まり、勢い良く目をそらされる。


(もしかしてこいつ、俺のことが好きなのか?)


頭に浮かんだその一言に胸が膨らみかけるが、理性的なもう一人の自分が冷静に反論する。


(いや、ただ単に男慣れしていないだけだろ。それにこんな風に顔を赤くするのはこいつだけじゃない。今まで出会った女の大半がそうだったじゃないか)


色気を振り撒き、気を引こうとしてくる宮女達を思い出し、周瑛の内側で生まれつつあった熱はたちまち無くなった。


「周瑛、ちょっと歩くの速い!」


ゼエゼエと息を切らしながら必死で訴える声を聞き、周瑛はハッと振り返った。

女性と手をつないで歩いた経験が無い周瑛は、普段歩く速度で木蓮を引っ張っていた。


「ああ、すまん。これだけだけ足の長さに差があるんだ、ついていくのが大変だったな」

「だまらっしゃい!嫌味か!」


膝蹴りと舌打ちをくらってから、配慮に欠けた発言であったことを自覚する。

しかし、足の長さにかなり差があるのは事実だ。


「こんなんでモテてるとか信じらんない。ぜーったいみんな外見と地位に騙されてる」

「別に騙した覚えはない。ほら、着いたぞ」


ぶつくさと文句を言っていた木蓮が急に華やいだ笑顔になり、貸本屋の入口目掛けて突進していくのを見送る。

怒っていたのがすぐに笑顔になり、表情がコロコロ変わる様はいつまで見ていても飽きない。

じんわりと心に広がる暖かさは、宮廷の女性相手では感じたことが無いものだ。

先ほどまで繋いでいた左手に目を落とす。


(華奢で柔らかい、小さな手だった)


あの短い時間で、木蓮の手がどんな感触だったのか完璧に覚えてしまった。

それを当たり前のように感じている自分に違和感を感じ、周瑛は居心地の悪さに顔をしかめた。


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