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15.ボタニカルウォーターよ。
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強引に連れてかれた店には、私と綾野先輩しかいなかった。
「他のお客さんは?」
「ああ、ここ夜はバーとして開いているけれど、今、特別に営業時間外に開けてもらったんだ」
終始微笑みながら語る綾野先輩は、どの面下げて私に会っているのだろう。
「私、綾野先輩と話すことなんてないので帰ります。子供が家で待っているんで⋯⋯」
「日陰の子じゃないだろ。全く、白川社長って酷い人だよな。家政婦とベビーシッターが欲しかったんだろ。奥さん亡くなって3年も経ってないのに、節操がなさすぎ。日陰が勿体無いよ」
「節操がないのは先輩でしょ。私から陽子にあっさり乗り換えたじゃない」
思い出しても嫌な記憶で、気分が悪くなる。
「好き」だとか「愛している」なんて言葉に何の意味もなく、力もなかったと思い失望した苦い思い出。
私が綾野先輩と思いを通じ合わせて付き合ったのは1ヶ月程度。
周囲も公認のカップルのように祝福されて、毎日一緒に登下校したりした。
1ヶ月間は夢のように楽しかったが、唐突に彼に「陽子が好きになった」と言われ振られた。
私は自分が惨めになるのが嫌で笑って2人を祝福した。
「心はずっと泣いているだろう」と言ってずっと私を慰めてくれたのは勇だった。
「ずっと後悔してたよ。俺は日陰のことを忘れた日は1日もなかった」
「私はすっかり先輩のことは忘れて他の男と付き合ってましたよ」
「川瀬勇だろ。俺に振られて慰めてもらって情が湧いた? 日陰と彼じゃ不釣り合いだよ。白川社長は少し俺に似ているよな。俺の面影をいまだに日陰も求めているんじゃないのか?」
「全然似てませんよ。勇から聞きました。小笠原製薬に勤めているんですね。陽子の靴の裏でも舐めそうなあなたと緋色さんを一緒にしないでください!」
綾野先輩は優秀だったが、家が貧しくて苦学生だった。
それでもバイトをして家計を助けながら、研究者という夢に向かって勉強を頑張っている彼は眩しかった。
陽子は私に見せびらかすように、彼と付き合った。
私は陽子と付き合い生活が派手に変わっていく綾野先輩を見て軽蔑した。
おそらく、小笠原家に生活や就職の経済的面まで面倒を見てもらったのだろう。
私は席から立ち上がり、店の外に出ようとした。
(もう、彼と話すことなんて何もないわ⋯⋯)
彼が立ち去ろうとする私の進路を塞いで、無理やり抱きしめてくる。
「日陰、怒っても綺麗だな。白川社長となんて別れろよ」
私は思いっきり綾野先輩の股間を蹴り上げ、彼が蹲っている間に逃げ出そうとするとした。
すると、扉から陽子と数人の男たちが入ってきた。
「何? 何なの?」
「日陰、そんな怯えなくて良いのよ。私はあなたにお祝いが言いたくて来たの。改めて結婚おめでとう。お祝いに日陰の初恋の人を返してあげようと思ったんだけど気に入らなかった?」
数人の男たちが私を無理やり席につかせる。
「綾野先輩のことは私の中でとっくに終わってるわ。改めて見ると、こんなクズ男だったかとガッカリしたくらい」
思わず刺々しい本音が漏れてしまう。
私の意思を無視して、強引に迫ってきた綾野先輩は陽子の命令に従っていたのだろう。
(こんな男に恋していた瞬間があったなんて、一生の不覚だわ)
「ここ、夜はバーなのよ。結構オシャレでしょう。日陰はバーとか行ったこともなさそうね」
目の前に白ワインが注がれる。
私の思い込みかもしれないが、白ワインの割には薄ら琥珀色をしている。
(酸化している? もしかしたら毒をコルクから注入したワインなのかも)
「そんな毒入りのワイン飲まないわ。須藤玲香さんもそんな風に殺したの?」
急にグラスをひっくり返して、私の頭からワインを掛けてくる陽子を思わず凝視する。
何だか目がいっちゃってて、彼女の精神状態が普通じゃないようで怖くなってきた。
「毒なんか入ってないわよ。ワインを飲まないなんて妊娠でもしているの? アバズレの娘はやっぱりアバズレね。白川社長といつから出来てたのよ。あんたみたいな下賎な女が結婚できる男じゃないでしょ」
「アバズレは陽子でしょ。人の夫の前でパンツ脱がないでくれる? 恥ずかしい女!」
私は目に力を入れて言い返すと、思いっきり陽子が私を引っ叩いてきた。
私もやり返したいけれど、男達に椅子に押さえつけられて手を拘束されてしまって動けない。
そのような私を感情を無くしたような目で見つめる綾野先輩に心底ガッカリした。
「ワインが飲めないなら、お水を用意しましょうか」
水が目の前に用意される。
「この水、鈴蘭の香りがするわ。これも毒入りでしょう。小笠原家の人間って平気で人を殺すのね」
鈴蘭を浸した水を飲むと呼吸停止や心不全を起こす危険性があると聞いたことがある。
(今、殺されるかもしれないという気持ちで注意深く見ているけど、今まで小笠原家で私は毒を盛られ続けてきたかもしれない)
「ボタニカルウォーターよ。貧乏人の日陰は水道水しか飲んだことなさそうだけれど、私は小笠原陽子よ。生まれた時から特別な人間なんだから。私から見ればあんたも、あんたの母親も人間じゃないの」
陽子は水の入ったグラスを思いっきり壁に叩きつけた。
破片が飛んで頬を切った気がして、血の匂いが鼻を掠める。
「そうだね。ある意味、陽子は特別な人間だよ。特別、空っぽな人間。何にもできない癖に、就学も就職も何でも思い通りになるんだもの。でも、陽子が空っぽなのは近くにいたらすぐ分かるよ。見ていて痛々しいから、私は小笠原家の人間じゃなくて心から良かったと思う」
「あんた何なの? 殺されたいの? はっきり言って私があんた殺しても、何にも罪に問われないから。あんたを痛ぶるのも飽きたから、もう殺してあげる」
陽子が思いっきりワインボトルを振り上げた。
私はこれから来るだろう衝撃に備えて目を瞑った。
(彼女を煽ることなどしないで、和かに前みたいに対応していれば良かった? でも、もう限界だよ)
「ちょっと、何するのよ」
陽子の声が聞こえて、目を開けると綾野先輩が陽子の手首を掴んでいた。
「もう、やめろ⋯⋯」
「あんた、私の言うこと聞かないと職も何もかも失うわよ。あんたの家族も路頭に迷わせてやるんだから」
「勝手にしろよ。もう、うんざりなんだよお前には」
綾野先輩の絞り出すような苦しそうな叫びが響き渡る。
「こいつ、もうやっちゃってよ」
陽子の命令で男たちが、綾野先輩に乱暴をしだした。
どうして、こんなことをやって許される人がいるんだろう。
何をやっても許され、何を望んでも叶うと信じる陽子と、その通りになってきた世の中が狂っている。
私が誰の娘だとか本当にどうでも良い。
それなのに、陽子は異常なまでに私に固執している。
私を陥れ、私の不幸を願いながら離れてくれない彼女は異常だ。
(父親の愛人の娘で目障りなら放っておいてよ。もう、うんざりだわ)
私に固執する彼女を避けようとしてもダメだった。
愛想を振り撒いて、やられっぱなしでいたらこんなことにはならなかったのだろうか。
(もう、ダメだ⋯⋯どうしたら良いの? 最期に緋色さんとひなたに会いたいよ)
私が諦めかけた瞬間、扉が開いて暗い室内に光が差し込んだ。
「他のお客さんは?」
「ああ、ここ夜はバーとして開いているけれど、今、特別に営業時間外に開けてもらったんだ」
終始微笑みながら語る綾野先輩は、どの面下げて私に会っているのだろう。
「私、綾野先輩と話すことなんてないので帰ります。子供が家で待っているんで⋯⋯」
「日陰の子じゃないだろ。全く、白川社長って酷い人だよな。家政婦とベビーシッターが欲しかったんだろ。奥さん亡くなって3年も経ってないのに、節操がなさすぎ。日陰が勿体無いよ」
「節操がないのは先輩でしょ。私から陽子にあっさり乗り換えたじゃない」
思い出しても嫌な記憶で、気分が悪くなる。
「好き」だとか「愛している」なんて言葉に何の意味もなく、力もなかったと思い失望した苦い思い出。
私が綾野先輩と思いを通じ合わせて付き合ったのは1ヶ月程度。
周囲も公認のカップルのように祝福されて、毎日一緒に登下校したりした。
1ヶ月間は夢のように楽しかったが、唐突に彼に「陽子が好きになった」と言われ振られた。
私は自分が惨めになるのが嫌で笑って2人を祝福した。
「心はずっと泣いているだろう」と言ってずっと私を慰めてくれたのは勇だった。
「ずっと後悔してたよ。俺は日陰のことを忘れた日は1日もなかった」
「私はすっかり先輩のことは忘れて他の男と付き合ってましたよ」
「川瀬勇だろ。俺に振られて慰めてもらって情が湧いた? 日陰と彼じゃ不釣り合いだよ。白川社長は少し俺に似ているよな。俺の面影をいまだに日陰も求めているんじゃないのか?」
「全然似てませんよ。勇から聞きました。小笠原製薬に勤めているんですね。陽子の靴の裏でも舐めそうなあなたと緋色さんを一緒にしないでください!」
綾野先輩は優秀だったが、家が貧しくて苦学生だった。
それでもバイトをして家計を助けながら、研究者という夢に向かって勉強を頑張っている彼は眩しかった。
陽子は私に見せびらかすように、彼と付き合った。
私は陽子と付き合い生活が派手に変わっていく綾野先輩を見て軽蔑した。
おそらく、小笠原家に生活や就職の経済的面まで面倒を見てもらったのだろう。
私は席から立ち上がり、店の外に出ようとした。
(もう、彼と話すことなんて何もないわ⋯⋯)
彼が立ち去ろうとする私の進路を塞いで、無理やり抱きしめてくる。
「日陰、怒っても綺麗だな。白川社長となんて別れろよ」
私は思いっきり綾野先輩の股間を蹴り上げ、彼が蹲っている間に逃げ出そうとするとした。
すると、扉から陽子と数人の男たちが入ってきた。
「何? 何なの?」
「日陰、そんな怯えなくて良いのよ。私はあなたにお祝いが言いたくて来たの。改めて結婚おめでとう。お祝いに日陰の初恋の人を返してあげようと思ったんだけど気に入らなかった?」
数人の男たちが私を無理やり席につかせる。
「綾野先輩のことは私の中でとっくに終わってるわ。改めて見ると、こんなクズ男だったかとガッカリしたくらい」
思わず刺々しい本音が漏れてしまう。
私の意思を無視して、強引に迫ってきた綾野先輩は陽子の命令に従っていたのだろう。
(こんな男に恋していた瞬間があったなんて、一生の不覚だわ)
「ここ、夜はバーなのよ。結構オシャレでしょう。日陰はバーとか行ったこともなさそうね」
目の前に白ワインが注がれる。
私の思い込みかもしれないが、白ワインの割には薄ら琥珀色をしている。
(酸化している? もしかしたら毒をコルクから注入したワインなのかも)
「そんな毒入りのワイン飲まないわ。須藤玲香さんもそんな風に殺したの?」
急にグラスをひっくり返して、私の頭からワインを掛けてくる陽子を思わず凝視する。
何だか目がいっちゃってて、彼女の精神状態が普通じゃないようで怖くなってきた。
「毒なんか入ってないわよ。ワインを飲まないなんて妊娠でもしているの? アバズレの娘はやっぱりアバズレね。白川社長といつから出来てたのよ。あんたみたいな下賎な女が結婚できる男じゃないでしょ」
「アバズレは陽子でしょ。人の夫の前でパンツ脱がないでくれる? 恥ずかしい女!」
私は目に力を入れて言い返すと、思いっきり陽子が私を引っ叩いてきた。
私もやり返したいけれど、男達に椅子に押さえつけられて手を拘束されてしまって動けない。
そのような私を感情を無くしたような目で見つめる綾野先輩に心底ガッカリした。
「ワインが飲めないなら、お水を用意しましょうか」
水が目の前に用意される。
「この水、鈴蘭の香りがするわ。これも毒入りでしょう。小笠原家の人間って平気で人を殺すのね」
鈴蘭を浸した水を飲むと呼吸停止や心不全を起こす危険性があると聞いたことがある。
(今、殺されるかもしれないという気持ちで注意深く見ているけど、今まで小笠原家で私は毒を盛られ続けてきたかもしれない)
「ボタニカルウォーターよ。貧乏人の日陰は水道水しか飲んだことなさそうだけれど、私は小笠原陽子よ。生まれた時から特別な人間なんだから。私から見ればあんたも、あんたの母親も人間じゃないの」
陽子は水の入ったグラスを思いっきり壁に叩きつけた。
破片が飛んで頬を切った気がして、血の匂いが鼻を掠める。
「そうだね。ある意味、陽子は特別な人間だよ。特別、空っぽな人間。何にもできない癖に、就学も就職も何でも思い通りになるんだもの。でも、陽子が空っぽなのは近くにいたらすぐ分かるよ。見ていて痛々しいから、私は小笠原家の人間じゃなくて心から良かったと思う」
「あんた何なの? 殺されたいの? はっきり言って私があんた殺しても、何にも罪に問われないから。あんたを痛ぶるのも飽きたから、もう殺してあげる」
陽子が思いっきりワインボトルを振り上げた。
私はこれから来るだろう衝撃に備えて目を瞑った。
(彼女を煽ることなどしないで、和かに前みたいに対応していれば良かった? でも、もう限界だよ)
「ちょっと、何するのよ」
陽子の声が聞こえて、目を開けると綾野先輩が陽子の手首を掴んでいた。
「もう、やめろ⋯⋯」
「あんた、私の言うこと聞かないと職も何もかも失うわよ。あんたの家族も路頭に迷わせてやるんだから」
「勝手にしろよ。もう、うんざりなんだよお前には」
綾野先輩の絞り出すような苦しそうな叫びが響き渡る。
「こいつ、もうやっちゃってよ」
陽子の命令で男たちが、綾野先輩に乱暴をしだした。
どうして、こんなことをやって許される人がいるんだろう。
何をやっても許され、何を望んでも叶うと信じる陽子と、その通りになってきた世の中が狂っている。
私が誰の娘だとか本当にどうでも良い。
それなのに、陽子は異常なまでに私に固執している。
私を陥れ、私の不幸を願いながら離れてくれない彼女は異常だ。
(父親の愛人の娘で目障りなら放っておいてよ。もう、うんざりだわ)
私に固執する彼女を避けようとしてもダメだった。
愛想を振り撒いて、やられっぱなしでいたらこんなことにはならなかったのだろうか。
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