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18.理解できない男
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「馬車を止めてー!」
私の叫びと共に馬車が止まる。
フレデリックが私の声に驚いたように目を見開いていた。
「フレデリック、今、馬車の前に人影が見えたわ」
「えっ、そうでしたか?」
「フレデリック、貴方って悪い男ね。傷ついた私の心の隙に漬け込んでドレスを脱がして何をするつもりだったの?」
冷たく言い放って身なりを整えながら馬車の外に出る。今、自分でもびっくりするくらい頭がクリアーだ。真っ直ぐな太陽のような瞳のユリシスが私の目を覚ましてくれた。
馬車の前にユリシスが倒れ込んでいる。
「酷い。なんて事」
「いえ、ギリギリで止まれました。赤髪の方はご自分で転ばれたのです」
御者があたふたしている。どうやらギリギリ馬に踏まれずに済んだようだ。
「こんな暗い夜道を猛スピードで走っていたこちらに非があるわ」
フレデリックが馬車から降りてきて、私に近寄ってくる。
「シェリル、その方は?」
フレデリックの声にユリシスが目を見開く。太陽のような瞳の圧が強い。彼は相当フレデリックに恨みがあるのだろう。フレデリックもユリシスから目を逸らさない。もしかしたら、今世でも彼を利用しようと目をつけてたのかもしれない。そこに、私が都合よく現れ、私を利用するプランに変更したと考えて良いだろう。
「そんなに見つめ合って、二人はもしかして恋に落ちたの?」
私がクスクス笑っていると、ユリシスは怒りを秘めた瞳で睨みつけてきた。
彼はどうやら察しの良い方ではなく、演技ができないらしい。冗談も通じるタイプではない。
そして、流石は革命の英雄だけあって「この男は何かをやり遂げる」感が半端ない。フレデリックが彼を警戒しているのがひしひしと伝わってくる。
「シェリル、私の気持ちを知りながら、残酷な事を言っている?」
フレデリックはここで私に愛の告白をするつもりなのだろう。勿論、それは私を利用する為の演技。私もユリシスから真実を聞かなければ、彼の思惑通りに動いていた。オスカーの裏切りに絶望していたし、友人のフレデリックが助けてくれて嬉しかった。私に隠していた想いがあると言って愛の告白をされたら間に受けていただろう。
「貴方の気持ちなんて知らないわ。それよりも今は赤毛の青年の手当てが必要でしょ。魔法使いを同行させているなら、お願いできないかしら」
私の言葉にフレデリックは手を挙げて、人を呼んだ。黒いローブを着たブルーサファイアの瞳をした男性が近付いてくる。
「この赤毛の男を治療して欲しい」
長いローブから出た褐色の手から、光の粒子が降ってくる。
ユリシスの首の爛れたような黒い跡はそのままだ。
「この青年は禁忌に触れた事で腐りかけています」
黒いローブの男が低く地鳴りのような声で呟くと、フレデリックの目が途端に鋭くなった。
「禁忌の魔法? 『時戻し』か」
フレデリックが見たこともないような険しい顔をして、ユリシスを見下ろす。
私は慌てて倒れているユリシスを抱き起こした。
「魔法って時を戻したりできるの? 私でも使える?」
すっとぼけながら小首を傾げて尋ねると、フレデリックが困った顔をした。
「魔力がない人間でも、生命力を魔力代わりにする事はできる」
「私もやってみたい。やり方を教えて!」
「ダメだ。大切な君の命が削られる方法は教えられない」
私はピクッとしたユリシスをギュッと抱きしめる。きっと、今、回帰前にフレデリックに利用された苦い記憶を思い出し怒りに耐えているのだろう。
「この赤毛の青年の体を治すことができる人はいないの?」
「大魔法使い様なら⋯⋯」
私の問い掛けに黒いローブの男が答える。大魔法使いはおそらくバロン帝国にいる。バロン帝国に行けばユリシスを助けられる。
「フレデリック、赤毛の青年を大魔法使い様に合わせて欲しい」
「こんな身元の分からない男をバロン帝国に連れて行く訳にはいかない」
フレデリックの冷ややかな目をしていた。この二年間、彼と沢山の時間を過ごして来たが一度も見たことがない冷たく無慈悲な瞳。今の彼が本当の彼なのだろうか。
「今、私たちは彼の事を知ったわ。彼は今、苦しんでるの。それだけで助ける理由になるでしょ。それに、私、この赤毛の青年の気持ちが分かるの。私も時を戻せたらって思った瞬間があったから」
処刑前、私は民衆から罵倒され、自分がいかに王妃として不適格だったか知った。オスカーを癒し愛される女でいる事が一番大事だったが、それではいけなかったのだ。民衆は私が処刑される時に一番熱狂していた。私は皆が思っているように体でオスカーを籠絡した訳ではない。でも、回帰前、私を最優先に考えていたオスカーが私に莫大な国家財産を使ってたのは事実。民衆はそんな私たちを見て怒り、その怒りをフレデリックは利用した。
「結婚の事を言ってる? それなら問題ない。シェリル、君はオスカー王子とまだ結婚してないよ」
予想外のフレデリックの発言に驚いていると、彼の侍従が昨日私とオスカーが祭壇で記入した結婚証明書を持ってきた。
「フレデリック、何でこんな事⋯⋯」
オスカーのような裏切り者などどうにでもなってしまえと思っていた。でも、いざ彼と私の名前が並んだ結婚証明書を前にすると、彼を愛していた思い出が蘇ってくる。
私はその思いをかき消すように首を振り、結婚証明書を侍従から取り上げビリビリに破り捨てた。その様子をフレデリックは満足げに見ている。
「早く、この国を出ましょ。貴方の名前は?」
「⋯⋯ユリシス」
「ユリシス」は神話に出てくる英雄の名前でもある。利用されてたとはいえ、実際彼は人々の希望になった英雄。その英雄は失敗を認めて、己を犠牲にして時を戻した。彼の英雄になりたいなんて言ってしまったけれど、今世でこの国の民を救いまた彼を英雄にしたい。私は今まで抱いた事のない未知の感情を彼に抱き始めていた。
「ユリシス、良い名前ね。今からバロン帝国に体を治しに行くわよ」
ユリシスの腕を肩にかけると、フレデリックが手で制してくる。
「その男は連れて行けない」
「じゃあ、私もここから動けないわ。この子を見ていると弟を思い出して、とてもじゃないけど放っておけないのよ」
「シェリル、君の弟はまだ八歳だろ」
フレデリックが何気なく言った言葉だが、私は彼に一度も弟の話をしていない。ビジネスパートナー兼友人のふりをしつつも、私の事を色々調べていた彼の思惑は何だろう。
「私には未来が見えるの。私の弟もこの青年みたいになるわ。だから、放っておけないの!」
フレデリックは溜息を一つついた後、ユリシスを馬車に乗せることに了承してくれた。
私の叫びと共に馬車が止まる。
フレデリックが私の声に驚いたように目を見開いていた。
「フレデリック、今、馬車の前に人影が見えたわ」
「えっ、そうでしたか?」
「フレデリック、貴方って悪い男ね。傷ついた私の心の隙に漬け込んでドレスを脱がして何をするつもりだったの?」
冷たく言い放って身なりを整えながら馬車の外に出る。今、自分でもびっくりするくらい頭がクリアーだ。真っ直ぐな太陽のような瞳のユリシスが私の目を覚ましてくれた。
馬車の前にユリシスが倒れ込んでいる。
「酷い。なんて事」
「いえ、ギリギリで止まれました。赤髪の方はご自分で転ばれたのです」
御者があたふたしている。どうやらギリギリ馬に踏まれずに済んだようだ。
「こんな暗い夜道を猛スピードで走っていたこちらに非があるわ」
フレデリックが馬車から降りてきて、私に近寄ってくる。
「シェリル、その方は?」
フレデリックの声にユリシスが目を見開く。太陽のような瞳の圧が強い。彼は相当フレデリックに恨みがあるのだろう。フレデリックもユリシスから目を逸らさない。もしかしたら、今世でも彼を利用しようと目をつけてたのかもしれない。そこに、私が都合よく現れ、私を利用するプランに変更したと考えて良いだろう。
「そんなに見つめ合って、二人はもしかして恋に落ちたの?」
私がクスクス笑っていると、ユリシスは怒りを秘めた瞳で睨みつけてきた。
彼はどうやら察しの良い方ではなく、演技ができないらしい。冗談も通じるタイプではない。
そして、流石は革命の英雄だけあって「この男は何かをやり遂げる」感が半端ない。フレデリックが彼を警戒しているのがひしひしと伝わってくる。
「シェリル、私の気持ちを知りながら、残酷な事を言っている?」
フレデリックはここで私に愛の告白をするつもりなのだろう。勿論、それは私を利用する為の演技。私もユリシスから真実を聞かなければ、彼の思惑通りに動いていた。オスカーの裏切りに絶望していたし、友人のフレデリックが助けてくれて嬉しかった。私に隠していた想いがあると言って愛の告白をされたら間に受けていただろう。
「貴方の気持ちなんて知らないわ。それよりも今は赤毛の青年の手当てが必要でしょ。魔法使いを同行させているなら、お願いできないかしら」
私の言葉にフレデリックは手を挙げて、人を呼んだ。黒いローブを着たブルーサファイアの瞳をした男性が近付いてくる。
「この赤毛の男を治療して欲しい」
長いローブから出た褐色の手から、光の粒子が降ってくる。
ユリシスの首の爛れたような黒い跡はそのままだ。
「この青年は禁忌に触れた事で腐りかけています」
黒いローブの男が低く地鳴りのような声で呟くと、フレデリックの目が途端に鋭くなった。
「禁忌の魔法? 『時戻し』か」
フレデリックが見たこともないような険しい顔をして、ユリシスを見下ろす。
私は慌てて倒れているユリシスを抱き起こした。
「魔法って時を戻したりできるの? 私でも使える?」
すっとぼけながら小首を傾げて尋ねると、フレデリックが困った顔をした。
「魔力がない人間でも、生命力を魔力代わりにする事はできる」
「私もやってみたい。やり方を教えて!」
「ダメだ。大切な君の命が削られる方法は教えられない」
私はピクッとしたユリシスをギュッと抱きしめる。きっと、今、回帰前にフレデリックに利用された苦い記憶を思い出し怒りに耐えているのだろう。
「この赤毛の青年の体を治すことができる人はいないの?」
「大魔法使い様なら⋯⋯」
私の問い掛けに黒いローブの男が答える。大魔法使いはおそらくバロン帝国にいる。バロン帝国に行けばユリシスを助けられる。
「フレデリック、赤毛の青年を大魔法使い様に合わせて欲しい」
「こんな身元の分からない男をバロン帝国に連れて行く訳にはいかない」
フレデリックの冷ややかな目をしていた。この二年間、彼と沢山の時間を過ごして来たが一度も見たことがない冷たく無慈悲な瞳。今の彼が本当の彼なのだろうか。
「今、私たちは彼の事を知ったわ。彼は今、苦しんでるの。それだけで助ける理由になるでしょ。それに、私、この赤毛の青年の気持ちが分かるの。私も時を戻せたらって思った瞬間があったから」
処刑前、私は民衆から罵倒され、自分がいかに王妃として不適格だったか知った。オスカーを癒し愛される女でいる事が一番大事だったが、それではいけなかったのだ。民衆は私が処刑される時に一番熱狂していた。私は皆が思っているように体でオスカーを籠絡した訳ではない。でも、回帰前、私を最優先に考えていたオスカーが私に莫大な国家財産を使ってたのは事実。民衆はそんな私たちを見て怒り、その怒りをフレデリックは利用した。
「結婚の事を言ってる? それなら問題ない。シェリル、君はオスカー王子とまだ結婚してないよ」
予想外のフレデリックの発言に驚いていると、彼の侍従が昨日私とオスカーが祭壇で記入した結婚証明書を持ってきた。
「フレデリック、何でこんな事⋯⋯」
オスカーのような裏切り者などどうにでもなってしまえと思っていた。でも、いざ彼と私の名前が並んだ結婚証明書を前にすると、彼を愛していた思い出が蘇ってくる。
私はその思いをかき消すように首を振り、結婚証明書を侍従から取り上げビリビリに破り捨てた。その様子をフレデリックは満足げに見ている。
「早く、この国を出ましょ。貴方の名前は?」
「⋯⋯ユリシス」
「ユリシス」は神話に出てくる英雄の名前でもある。利用されてたとはいえ、実際彼は人々の希望になった英雄。その英雄は失敗を認めて、己を犠牲にして時を戻した。彼の英雄になりたいなんて言ってしまったけれど、今世でこの国の民を救いまた彼を英雄にしたい。私は今まで抱いた事のない未知の感情を彼に抱き始めていた。
「ユリシス、良い名前ね。今からバロン帝国に体を治しに行くわよ」
ユリシスの腕を肩にかけると、フレデリックが手で制してくる。
「その男は連れて行けない」
「じゃあ、私もここから動けないわ。この子を見ていると弟を思い出して、とてもじゃないけど放っておけないのよ」
「シェリル、君の弟はまだ八歳だろ」
フレデリックが何気なく言った言葉だが、私は彼に一度も弟の話をしていない。ビジネスパートナー兼友人のふりをしつつも、私の事を色々調べていた彼の思惑は何だろう。
「私には未来が見えるの。私の弟もこの青年みたいになるわ。だから、放っておけないの!」
フレデリックは溜息を一つついた後、ユリシスを馬車に乗せることに了承してくれた。
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