浮気な婚約者を捨て愛を知る。

専業プウタ

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2.役に立つ妹

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皇宮にも勝るとも劣らぬ豪華絢爛としたオクレール侯爵邸。
焦茶色の御者に「邸宅まで送れ」と伝えたら、馬車に揺られるがままに到着した。門の前で馬車が止められると、初老の執事が私に一礼して迎えてくれる。

(セドリック)

会った事ないはずの執事の名前が頭に浮かぶが、この記憶は何だろう。
丁寧に剪定された薔薇のアーチを潜っていると、様々な種類の薔薇が私を迎えてくれた。

剣弁のセミダブルの花サフラノ、アイボリー色のロゼット咲きのソンブレイユ俯き加減に大輪の花を咲かせるスパニッシュ・ビューティー。

私が猫として過ごした皇宮には何故か植えられていない薔薇。

それなのに、私は薔薇に非常に詳しい。ここにいる薔薇の特徴も育て方も頭に次々の浮かんでくる。

アンドレアが猫の私をここに連れて来た事はない。

「マイカイの花弁を使ったローズティーが飲みたいわ」

ショッキングピンクの花びらに触れると強く華やかな香りが私の鼻腔を擽る。

その時、目の前に亜麻色の髪に琥珀色の瞳をした目つきの鋭い女が現れた。

「お姉様、また追い返されたのですか? お姉様に女としての魅力が足りないから、聖女に皇太子殿下を取られるんですわ!」

耳を劈くようなキンキン煩い声に私は顔を顰めた。

「クラリッサ、煩いわ」

私の言葉に驚いたように身を縮こませたのは二歳年下のクラリッサ。

「お、お姉様。いつものオドオドした感じはどうしたのですか? それに、アンドレア皇太子殿下の愛猫まで抱えて⋯⋯」

脳裏に一瞬蘇った記憶、幼いブルーサファイアの瞳をした少年がオクレール侯爵邸の庭にある薔薇を一輪摘む

その薔薇を受け取る白い手に、滲む赤い鮮血。
薔薇の棘で怪我をした手を自分の口元にまで持っていく少年。
頬を染めながら血を吸う彼は、アンドレアだ。

(この記憶は何?)

「クラリッサ、少し話したいわ。部屋に戻ってローズティーでも淹れてくれる?」

「お姉様?」

「まだ、お茶は淹れられないのかしら?」

「淹れられます。⋯⋯やっぱり、お姉様はそうでなくっちゃ。三年、待ち侘びておりました。聖女シエンナ等、お姉様に比べたら⋯⋯ふふっ」

妖しく微笑むクラリッサに敵意は感じない。敵意を剥き出しで私を迎えた彼女はもういない。
(そうだ、クラリッサは私の忠実な下僕⋯⋯いや、可愛い妹だった)

さっきから、違和感ばかりだ。私は思わず頭を抱えると、その隙に腕の隙間から白猫がするりと逃げ出す。

「ノエル、待ちなさい!」

私の言葉にノエルは小さな足を止め、ゆっくりと振り向いた。私が「ノエル」だったはずなのに、名前が自分から離れていくようだ。私は「エスメ」と呼ばれた方がしっくり来る。

私は脇の下に手を差し入れ、ゆっくりとノエルを抱き上げた。

「嘘でしょ! オス!?」

私はあるはずのないものをノエルに発見し、目を丸くした。ノエルは恥ずかしがるように身を捩っている。

「お姉様? 何をおっしゃってるのですか? お姉様が猫をプレゼントした時にアンドレア皇太子殿下はオスのノエルを見て、僕の世界に女は君だけで十分だとおっしゃったではありませんか?」

うっすらと蘇る記憶。私からのプレゼントなら、小石でも名付けて大事にしただろう過去のアンドレア。彼は私に惚れ込んでいたのに、今は聖女に夢中。

「三年で恋から覚めてしまうなんて、もっと目も耳も塞いでやるくらい私に夢中にさせておくべきだったわね」

勝手に私の口が動く、私の言葉に感動したクラリッサは「流石お姉様」と言って目を輝かせた。

「ノエル。どういう事か説明してくれる?」
「にぃ⋯⋯」

ノエルはあからさまに私から目を逸らした。この猫、喋れないが人の言葉は理解してる。

頭が混乱しているが、色々な状況が私の頭にかかっている霧をはらってくれていた。。

猫として生まれたはずの私がなぜ二足歩行であっさり歩いているのか。

立ち居振る舞いの優雅さは一朝一夕で身につくものではない。エスメが断罪されては時を戻った繰り返しの記憶はあるのに、三年前の十六歳までの記憶が朧げ。

私は屈んでノエルの小さな手をとり、ピンクの肉球を指でグリグリした。

「ちゃんと話さないと、この肉球潰しちゃうわよ」

「にゃあ!」

「お姉様、猫は喋れませんわ。相変わらず、飴と鞭の使い手ですのね。皇太子殿下から飼い猫の躾を頼まれたんですか?」

「そういう事にしましょうか。さあ、早く邸宅に戻って聖女を陥れる計画でも立てましょ」

私はまた自分の口が勝手に動いていることに気が付く。私は人を陥れて、帝国の皇太子を誘惑し貴族令嬢の頂点にたった女⋯⋯だった気がする。

「お姉様なら、また社交界を牛耳れますわ」

クラリッサの言葉に舞踏会会場で私に跪いて、ダンスを誘って来たアンドレアの姿が蘇った。周囲の貴族たちの視線に高揚する心。

(あれっ?)

オーケストラの荘厳な演奏と共に踊り始める私とアンドレア。彼がプレゼントしてくれた金糸の刺繍が繊細な真っ赤なドレスが舞う。私はそんな自分の美しさに見惚れながら、自分の手にした栄光に酔いしれた十六歳の夜。

(あれれ?)

二歳歳上の麗しい皇太子。精悍な顔立ちに背が高く、将来帝国一の権力を持つ男。そんな男を落とせば、周りは私の存在を認めざるを得ない。

「エスメ、愛してる。僕の心を君に捧げるよ」

彼の言葉に私は口角を少し上げると、耳元で囁いた。

「心だけ? 私は心も身体もアンドレアに捧げられるわ」
瞬間沸騰したように赤くなるアンドレア。

(こんなもんか⋯⋯)

もう一度踊りたいと誘おうとする彼に気がつかないフリをして、私はバルコニーに出た。秋の夜風の寒さに少し震える。

「にゃあ」
月だけが照らすバルコニーの隅で丸くなる白猫を見て、私は溜息をつく。

「貴方も退屈そうね。私も退屈。欲しいものが全部手に入ったら、全てが色褪せて見えちゃった」

私はアンドレアのルックスと地位しか見ていない。彼を落とせば女性の最高位にまで上り詰められるからテクニカルに彼を落とした。もっと、刺激的な恋をしてみたかった。

「にゃん」

私が手を伸ばすと、白猫は私の手を避けた。

「私にそんな態度とって良いと思ってるの? 食べ物の匂いにでも釣られてきた野良猫風情が。こういう時は尻尾を振って、手の平に頬擦りするの。お高く止まっているのも良いけれど、相手を見て行動しなさい」

私の言葉に白猫のアクアマリンの瞳が琥珀色に光る。何かが混ざり合うような感覚に気が遠くなった私はその場に倒れた。



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