浮気な婚約者を捨て愛を知る。

専業プウタ

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12.プロポーズ

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雲一つない青空。やや寒く感じる秋風に震えていると、ジェイクがそっと私にジャケットを掛けてくれる。

広場で開かれている演劇には多くの人が集まっていた。皆、顔を寄せて楽しそうに会話をしている。オクレール侯爵領はすっかり日常を取り戻していた。

感染症に勝ったとばかりに賑わっているが、病とはそんな甘いものではない。

勝って兜の尾を締めろという東洋の諺の通りだ。油断は禁物。

演劇は一日に四回上映されるというものだった。
問題はこの演劇が無料であるが故に四回とも同じ内容なのに人々が居座ってしまう事だ。
立ち見のお客は密着し過ぎている。

私たちは騒ぎになりながらも前列の中央の席に用意された椅子に座った。

舞台が始まる。オクレール侯爵がバルベ帝国の建国から献身的に携わり、それを支えた妻がいたという至って普通の内容。夫婦における内助の功は共感を得やすく、しばしば演劇の題材に使われる。私とノエルにあった不可思議な出来事に比べると、よくある話でつまらない。

退屈⋯⋯などと思っていたのは私だけのようだ。

周囲の観客は皆涙を流しながら舞台を見ている。夫婦愛に感動しているのか、主人公のバルベ帝国への忠誠に感心しているのか分からない。彼ら平民が共感しやすいのは恐らく前者だろう。

突然、隣に座っているジェイクから手を握られる。

舞台を見ると身分違いの二人が結婚を反対されている場面だ。
ロマンス小説で人気なシンデレラストーリー的要素も含んだ演劇。

確かに妻であるレイラは貧しい男爵令嬢だが、結婚すれば侯爵夫人。

この後、彼女に支えられながらオクレール侯爵が初代バルベ皇帝の我儘に寄り添いながらも建国の中枢に携わるという結果を知っている。

なぜ、皆、こんなに心を揺り動かされているのか理解できない。

私の祖先の話なのに、演劇がすすむ程に恋が愛に変わり永遠になるような話になっていき怖くなった。

恋や愛という感情が理解できないから?
それとも、自分がそんな不確かな感情に振り回され始めている気がしているから?

「唆すだけで君は誰にも心を渡さない」と切なそうにアンドレアに言われた言葉が脳に響く。
「本当は貴方にこの心を渡したかった」と言えたらどんなに良かったか。
三年で心変わりした男の言葉など私には届かなかった。

「エスメ、賎民の血の混ざった俺を受け入れてくれてありがとな」

ジェイクの言葉が私の罪悪感を煽る。そもそも私は彼を受け入れたのだろうか。侯爵令嬢でありながら、私が身分を気にしないのは平等の精神を持っているからではない。
私より愚かな高貴な人間を見てきて、身分を尺度にすることを馬鹿らしく思ってるからだ。

こんな風に世の中を斜に構えて見ている私を彼は理解しているのだろうか。

私は隣にいるジェイクを覗き見ると、彼の透き通るブルーサファイアの瞳と目が合った。深い色をしているのに透き通った瞳はまるで彼自身を表現しているようだ。

私はそっと彼の手に反対側の自分の手をのせた。女のように美しい顔には不似合いなゴツゴツした剣術をする男の手。常に近衛騎士に守られて、手習い程度の剣術稽古しかしていないアンドレアの手とは全く違う。

純粋に私に心があると信じてくれるジェイクを受け入れたい。私はそんな初めての気持ちを持っていた。

私は舞台が終わるなり、立ち上がる。
振り返った私を見て領民たちが拍手をした。

「エスメ・オクレールです。皆様、公演はいかがでしたか?」
私の問いかけに一斉に拍手が巻き起こる。

私が微笑むと、より拍手の音は強まった。

「この公演は次回より有料になりますわ」

一瞬、場が静まり返る。でも、この密集した状況を打開する為に公演の有料化は必須。過去三回帝国全土を襲った感染症を甘くみてはいけない。

「練習に裏打ちされた演者の表現力、脚本の素晴らしさ、一流の歌声。この公演が無料で今まで観覧できた事に感謝しなさい。足るを知る事もまた大事なことですわ」

私の顔を隣にいるジェイクが不安そうに私を見ている。
(言い方が悪かったかしら、言葉って難しいわ)
言葉を喋れたら伝えたい事を沢山考えてた猫時代。実際、喋られる人間に戻っても、感じた事を正確に伝える事は難しい。

私は皆に今の生活甘んじろと言っている訳ではない。身分の垣根なしに優秀な人材はいるべき場所で力を発揮するべきだ。その環境は私が作る。移民の二人の活躍が帝国に大きな利益をもたらした事で、首都に戻って私がすべき事が分かった。

私が今伝えたいのは感染症に勝ったとはいえ、気を抜かず身近な幸せを守って欲しいと言う事。

「演劇で得た収益は病院の増築に使います。愛する人を守る力をこの領地にもたらしたいのです」

私の言葉に空間が裂けそうなくらいの拍手が巻き起こる。
(伝わったかしら?)

人を愛せるのは貴重な事だ。私には無理。相手の気持ちがいつ変わるか分からないのに、心を預けたりはできない。

でも、きっと今拍手している人々は勇気を出して愛する人に心を捧げている。

「エスメは領民を⋯⋯バルベ帝国の民を家族のように大切に思ってるんだな」
澄んだ瞳で私を見つめるジェイクを私はただ見つめ返すしかなかった。

彼は実の父親に捨てられ、気まぐれに引き戻されている。実の母親の不審死は恐らくグレンダ皇后の仕業。客観的に彼が家族愛を知ってるとは思えない。それでも、彼は家族愛を理解しているように見えた。

冬はそこまで来ている。バルベ帝国に戻れば病魔より恐ろしい人の悪意と戦う。

私は悪女エスメ・オクレール。

目的の為なら手段を選ばない女。どんな不利な状況もひっくり返す。
エンペラーメイカー⋯⋯私なら隣の男を皇帝にできる。

「ジェイク、貴方を絶対に皇帝にするわ」

自然と心より湧き出た言葉を紡ぐ。アンドレアの為の対抗馬として用意しただけの駒。でも、その駒が二つとない宝石だと私は気がついてしまった。

「俺も君を皇后にする」

「ふふっ、本当はもうその地位に興味ないの」

彼が怒るかもしれない本音を漏らしたのに、愛おしそうに目を細めて私を見ている不思議な男。

「知ってる。でも、今のは俺からエスメへのプロポーズだから素直に頷いて」

一世一代の告白を聞いても、一向に頷かない私を見て彼は何故か笑った。
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