浮気な婚約者を捨て愛を知る。

専業プウタ

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14.消えた妹

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「帝国の太陽、ライナス皇帝陛下にエスメ・オクレールがお目にかかります」

私が挨拶している隣でジェイクが複雑な心を必死に隠しながら礼をしているのが分かった。

ライナス皇帝の隣に座っているグレンダ皇后がずっと睨みつけてくる。ライラック色の髪に鋭いアメジストの瞳。彼女は昔から私が大嫌いだ。ちなみに私も彼女とは合わないので、気を遣った事はない。

「エスメ、よく戻って来たな。病には罹らなかったか?」
ライナス皇帝は私を実の娘のように可愛がっている。彼は美しく有能な私を皇室に迎えいれたいのだろう。父は随時状況をライナス皇帝に報告していると言っていたが、私のマイナスになる情報は伏せているようだ。

「一ヶ月以上前ですが、感染症に罹患して寝れぬ程苦しい日々を過ごしましたわ。隣にいるジェイク皇子殿下は私と同じように感染症と戦っていたのに、病を発症しなかったんです。やはり、普段から鍛えている方は違いまわね」
「皇族は常に強くならねばならぬ」

ライナス皇帝がジェイクを一瞥し、従者に合図する。
従者が盆に乗せてきた銀の盃をジェイクとライナス皇帝に手渡す。
ジェイクは一瞬戸惑った顔をした。

「あら? 毒でも入ってると疑っているのかしら?」
扇子で口元を隠しながら、グレンダ皇后がクスクスと嘲笑する。

「疑う事を知らないと足元を掬われます。ジェイク皇子殿下は聡明な方ですわ」
ジェイクが私をチラリと見て来たので、私は毒など入っていないとアイコンタクトで伝えた。ヒ素などの毒が混入した場合は銀が変色する。

ライナス皇帝がジェイクの手元の盃をひょいっと取り一気に飲み干した。そして、自分の盃を彼に渡す。グレンダ皇后が目を丸くして見ていた。ライナス皇帝はジェイクの疑いは当然だと伝えている。立場的に十年前、彼を追い出した事を謝罪するのは難しい。でも、今の行為は謝罪とジェイクを受け入れたいという思いを伝えている。

ジェイクはライナス皇帝の瞳を見つめながら、盃の酒を飲み干した。

ライナス皇帝の顔が一瞬だけ緩むと、また無表情に戻る。

「エスメ、この短期間に特効薬まで作ったと聞いたぞ。そなたには昔から驚かされる」
「私は何もしていませんわ。ジェイク皇子殿下の持ち込んでくださった薬草のお陰です。薬草に関する知識も豊富で薬を作った医師も薬師も驚いてました」
「ほお」

ライナス皇帝がジェイクをまじまじと見る。

「公爵家にいた時に勉強しました」
皇帝がジェイクの言葉に一瞬顔色が変わる。隣のグレンダ皇后が意地悪そうに笑った。

無自覚に皇帝を攻撃している事にジェイクは気がついていなそうだ。

「ジェイク皇子殿下は第一騎士団の団長として身につけた剣技も素晴らしいのですよ。道中、暗殺者に命を狙われたのですが、殿下のお陰で命を救われました」

胸を抑えながら語る私にライナス皇帝が目を見張る。

「暗殺者?」
「父には秘密にしてください。心配を掛けたくないのです。中には戦闘能力が高いとされるリスラム王国の先住民もおりました。私が今ここにいるのはジェイク皇子殿下のお陰ですわ」

私の言葉にグレンダ皇后の唇も手も震えている。
やはり、暗殺者を雇ったのは彼女だろう。

「ジェイク、私の方からも礼を言おう。エスメはバルベ帝国にとって必要な人材だ。お前もよく無事に戻って来てくれた」

「いえ、愛する人を助けるのは当然の事です!」
ジェイクの言葉にずっこけそうになった。アンドレアもそうだが、皇族の癖に兄弟揃って愛だの恋だのが大好物だ。

「腹違いの弟の婚約者を愛しているなんて、平民の血が混じっていると貞操観念も緩いのね」

嫌味を言うグレンダ皇后はこの場でジェイクを怒らせたいのだろう。私は彼が挑発に乗る前に彼女を海底に沈める事にした。

「アンドレア皇子殿下は婚約者がいるのに平民の聖女に夢中でしたわ」
「それは、エスメ嬢が足らなかったせいではないのですか?」
扇子で口元を隠しながら、私を馬鹿にしたように笑うグレンダ皇后。

(まあ、確かにノエルに乗り移られてた私は足りなかったかもね⋯⋯)

「成程、女が至らないと浮気されるのですね。子まで作られたら、憎くて自分の至らなさも顧みず浮気相手を殺してしまう方もいるでしょうね。皇后陛下のお言葉はいつも勉強になりますわ」

流石に攻撃的過ぎたのか、グレンダ皇后だけでなく、ライナス皇帝まで表情管理を忘れ私を凝視している。

「何の話をしているのかしら。そもそも、平民と私たち皇族の命は平等ではないわ」

グレンダ皇后が当たり前のように語る言葉を受け入れる事はできない。やはり、この女は皇后の椅子に座らせていてはいけない。元々、アンドレアと結婚したら、彼女を皇室から追い出してやろうと思っていた。
だから、母親より私を選ぶように彼を深く惚れさせたが、三年で心変わりされたのだから私も大した事ない。

隣にいるジェイクの手が怒りで震えていた。私はそっと彼の手を握る。

「この度の感染症の特効薬を作った医師はレイロ王国より移民して来た平民。身分と能力は別物ですわ。皇后陛下、お言葉にお気をつけになってください。ここにいるのは貴族ばかりですが、国民の九割が平民です」

「たかだか、侯爵令嬢が皇后である私に苦言を呈しているのか? 優秀な移民を受け入れた手柄をひけらかしているつもりだろうが、レイロ王国の才能など私の祖国が侵略すれば手に入った。」

一触即発のような緊張感のある空気。
(この緊張感、嫌いじゃないわ)

ライナス皇帝が心配そうに私を見ている。彼は帝国一の権力者なので、真っ先に私という人間に惚れ込ませてある。私はライナス皇帝にニッコリと微笑むと、陛下もゆっくりと頷いた。

「親を殺され、子を殺され、住んでいる土地を奪われた人間が自分の大切な人を殺した人間たちの為に薬を作るでしょうか?」

私の問い掛けが舞踏会会場に響く。オーケストラの音楽が止まっている。先ほどから演奏が控えめだとは思っていた。おそらく私たちの会話に聞き耳を立てている貴族の誰かが指揮者に頼んだのだろう。

グレンダ皇后は返す言葉が見つからないのか、斜め上を見て長考に入った。感情的な方だが、皆が聞いていると思うと流石に言葉を選ぶ。建国祭の舞踏会会場には記者もいるから、言動には気をつけなければならない。ようやく皇后である自分の発言は帝国の意志として捉えられると気がついたようだ。たかだか、侯爵令嬢の発言とは重みが違う。

「エスメ、今日のドレスも似合っているな。オクレール侯爵がそなたが男なら良かったと嘆いていたが、余はそうは思わない」

「ライナス皇帝陛下、勿体無い程のお褒めの言葉ですわ。私も最近まで生まれる性別を間違ったのかと思っておりましたが、今は女に生まれて良かったと思ってますわ」

「気持ちが変わるような事があったのか?」

「言わせないでください。恥ずかしいですわ」

私がそっとジェイクに寄り添う仕草を見せると、なぜか後ろから拍手が巻き起こっていた。「浮気され傷ついたエスメ・オクレール、真実の愛と出会う」といったストーリーに感動してくれているのだろうか。

(強い視線を感じる、アンドレアだ⋯⋯)

「長いお時間頂いてしまいましたわ。私たちはこれで失礼します」
丁寧に礼をして、私は次のミッションへと向かう。

「エスメ、どこ行くんだ? バルコニーは?」

私に小さな声で聞いてくるジェイクに私はウインクをして返す。

「それは次のミッションが終わった後よ」

私は令嬢たちの待つ場所に向かう。自分の思うような流行を作ったり女の世界は刺激的だ。

悪女エスメは当然、「女」の楽しみ方を知っている。

私が近付くと令嬢たちが一斉に私に近付いてくる。

私の不在中に既にマーメイドラインで繊細な刺繍の入ったドレスは流行していた。こうなると、シエンナの流行らせたレースのドレスを着ているのはミランダ一人。流行遅れのドレスを着てきたのを嘲笑された後なのか、隅の方で俯いている。

(ふふっ、クラリッサ、流石ね)

「エスメ様、今日のお召し物も素敵ですわ」
「これからも私たちを引っ張ってください」
「皇帝陛下もエスメ様を一目置いてるのですね」

わらわらと私に駆け寄ってくるのは、お茶会を欠席した令嬢たち。私に取り入ろうと必死だ。

「皆様、お久しぶりですわ。ところで、私の可愛い妹を見ませんでしたか?」

どんな時も私を見掛けると目を輝かせて駆け寄ってくるクラリッサがいない。違和感と拭いきれない嫌な予感がした。
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