真夏のリベリオン〜極道一家壊滅計画〜

専業プウタ

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9.出会い(ライ視点)

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時は遡ること三年前。
早瀬ライは友人に誘われ長期休みにガソリンスタンドのバイトをしていた。
バケツをひっくり返したような大雨の日、彼は自分の運命を狂わす女と出会う。

♢♢♢

「すみません、店長、この傘借ります」
「おい、ちょっと!」
店長の静止も無視して、俺は店の傘を持って駆け出した。
大雨の中をうつむき加減に走る女の子を見て、居ても立っても居られなくなったのだ。

自分の足元に雨の滴が落ちない事に気がついたその子が振り向く。俺を見た瞬間、目を輝かせて照れたように俯く彼女。
今まで一目惚れしたと近付いてくる女は山ほどいたが、彼女のように目に見えて恋に落ちた瞬間を見せられたのは初めてだった。

「ガソリンスタンドの方ですか? 私は駅までダッシュすれば良いので大丈夫です。見苦しい姿をお見せしてすみませんでした」

ガソリンスタンドのバイトは夏休み限定。アルバイトというものに興味があって、してみただけだった。
結果は最悪。客だから偉いのかというくらい横柄な人間ばかりで直ぐにやめてやろうと思っていた。

女の子の艶やかな黒髪はビチョビチョ、白いTシャツは雨で濡れて透けていた。俺はなんとなくその姿を他の人には見られたくなくて、バイト中なのに不思議な申し出をする。

「駅まで送るよ」
「はぅ。えっと、ありがとうございます」

手に取るように心が分かる女の子。それが冬城真夏だった。申し訳ないと思いながらも俺に惹かれている彼女は、駅まで無言でカチカチになりながら相合傘をした。

「気をつけて足を滑らさないように階段を降りてね」

地下鉄の出口で彼女をリリースしようとすると、名残惜しそうに俺を見上げている。
その姿が妙に印象的で、このまま持ち帰ってしまおうかと邪な考えが過ったところで彼女が徐に口を開いた。

「私、涼波食品に今年度入った冬城真夏と申します。このご恩は一生忘れません。傘、ありがとうございました」

「傘、持って行って良いよ」
俺が傘を差し出すと首を振る彼女。

「駅から降りたら直ぐ家なんで大丈夫ですよ」
「どこの駅」
「港南台という神奈川の駅です」

彼女は嘘つきだ。優しい嘘をつく女の子。涼波食品の寮に住んでいるだろう彼女。港南台の古い寮は駅からは徒歩で二十分以上は掛かるはずだ。なんだか体中がむずむずした。

彼女だけが世界で発光しているようにキラキラして見えた。気が付けば、翌日には最近できたばかりの恋人に別れを告げていた。
寝ても覚めても冬城真夏の事ばかり、俺は火曜と金曜の週二回だけガソリンスタンドのバイトを始めた。

「ガソリンを入れてください」
火曜の夕刻バイト先を訪れた彼女に思わず笑みが漏れる。

「真夏ちゃん、車乗るんだ」
「最近、免許をとったんです」

俺は彼女がここに来る口実の為に免許をとったのだと確信した。寮から涼波食品の本社まで電車で来た方が便利だし時間も掛からない。
俺に会う口実を見つけたくて、わざわざ車通勤の申請をしたのだろう。

「車を綺麗にして頂きありがとうございます」
顔を真っ赤にしながら告げてくる彼女が可愛過ぎて思わず目を逸らす。
「いや、仕事だから」

女は黙って寄って来たからか、自分から言い寄るやり方が分からない。だから、本当に好きな相手ができた時、どう口説いて良いか分からず時にはそっけなくなってしまった。

「ガソリンスタンドのお仕事好きなんですね。私も今の仕事大好きなんです」

涼宮食品の素晴らしさと、工場見学ガイドの楽しさを目を輝かせながらする彼女に俺はただ見惚れていた。

───涼波食品は俺の父である涼波圭吾が経営する会社だ。母親が亡くなった時、葬儀の場で涼波圭吾は俺を会社の後継者に指名してきた。

母を捨てて政略結婚の相手と結ばれた男。嫁とは子ができなかったらしく、自分の血の繋がった俺に会社を継がせたいらしい。今まで入学式や卒業式といった節目だけに現れた父親が都合の良い時だけ擦り寄ってくるのに吐き気がした。
母はいつも彼に感謝していた。十分な養育費を貰えているから、俺に何不自由ない生活を送らせられると笑顔で彼を語った。

母が立派だと語る涼波圭吾は反吐が出るような男だ。
女一人幸せに出来なかった癖に、自分は家族を大切にしているという顔をしている。俺は彼を好きになれなかったが、俺は大学を卒業したら彼の養子になる。

彼は俺を涼波食品の後継者に指名してから過干渉になった。昨年、某チェーンホテルグループの社長令嬢を婚約者として紹介された。
佐々木雫は当時二十二歳。お仕事体験とばかりに涼宮食品の預かりになった彼女は普通に綺麗な子だった。でも、俺は週二回会える真夏ちゃんに夢中で、他の女に何も感じなくなっていた。

今まで来るもの拒まずで惰性で女と関わって来た自分が嘘みたいだ。俺の頭の中にはいつも冬城真夏がいた。彼女はどこから来たのかというくらい透明で、彼女をこの世の汚いものから守ってやりたいとばかり思っていた。

佐々木雫とは三ヶ月に一回は必ず会うように言われた。
高級中華で適当に彼女を接待していると、急に溜息をつかれる。溜息をつきたいのはこっちの方だ。
回転テーブルをぐるぐる回して不満を表現する俺を佐々木雫は冷めた目で見つめていた。

「雫さん、君も俺に興味ないでしょ。お互い様なのに溜息はないわ。幸せが逃げるよ」

「ふふっ。溜息つくと幸せが逃げるって同僚の子も言ってました。一個上なんですけれど凄く可愛い子なんです。ガソリンスタンドでバイトしてる男の子に会う口実を作る為に免許取っちゃうくらい一途なんですよ。本当に純粋で天然記念物みたいで見ているだけで眼福です」

「冬城真夏?」

「そうです。冬城さん、ご存知なんですか? 私、大好きなんです。なんか、汚い人間ばかり見てきたせいか、綺麗なもの見ると堪らなくなるんですよね」

佐々木雫の含みを持たせたような物言いにイラっときた。
そして、俺が初めて彼女に会った時に感じた直感は当たってたらしい。
普通の女の子は俺を初めてみると瞳孔が開き、俺が涼宮食品と後継者と知ると目の色を変えて擦り寄って来る。
しかし、佐々木雫が俺を見る目は初めてあった時から冷めていた。
おそらく彼女の恋愛対象は男ではない。

彼女は自分が一番、冬城真夏を知ってるとばかりに饒舌に彼女を語り出した。
真夏ちゃんは敢えて皆が希望しない古い遠方の寮を希望するような気遣いの子らしい。そのお陰で車出勤できて、ガソリンスタンドの彼に会えると前向きだという。

「佐々木さんは彼女の事が好きなの?」
「当たり前じゃないですか。 あんな優しい人を見た事ありません」
「残念だったね。冬城真夏は俺の事が好きなんだ」
「⋯⋯まさか、ガソリンスタンドの彼って早瀬さん?!」

優越感に浸りながら彼女に告げると、彼女の顔は一瞬曇るも直ぐに輝きを取り戻し身を乗り出してきた。俺と佐々木雫は定期的に冬城真夏について語る仲になっていた。
冬城真夏は全身で俺が好きだと語り、俺に会うと失神しそうなくらいの好きビームを送る。

それなのに、一向に告白して来てくれない子だった。
俺は女に自分から告白した事がなく、彼女が告白してくれるように隙を作ったりしたけれど無駄。
俺と彼女の関係は一生平行線なのかと諦めかけた時、奇跡が起こる。

俺と冬城真夏の一向に進まない時計の針が進み出したのは、彼女の二十五歳の誕生日の雪の日だった。

着物姿に泣きそうな顔をした彼女がタクシーから降りてきて俺に声を掛けてくる。
お見合いから逃げて来たという彼女を家に連れて行き、怯える彼女を半ば無理矢理抱いた。

もっと、順を追ってゆっくりとことを進めればよかったのに、積りに積もった想いが溢れて我慢できなかった。
着物で水族館に行くのを悩む冬城真夏に、母の遺した洋服を差し出した。女物の洋服が必要だったとはいえ、亡くなった母親の洋服を好きな女に着せようとした自分の気持ち悪さに吐き気がする。

『素敵なお洋服を貸して貰えて私は凄く嬉しい。それに、マザコンっていうのは母親想いってことでしょ。理想の息子だよ』

心臓が止まりそうな程、ドキッとするカウンターを彼女から喰らう。世界中が真夏ちゃんだったら良いのにと、彼女に出会ってから何度も思った。
俺の母は未婚のシングルマザー。実家に勘当されている彼女は亡くなってからも日陰の存在。

信用していた親友に自分の家庭環境を暴露したら同情された。
俺の周りは両親そろった裕福な人間が多い。同情などされたくない。ちゃんと母の存在を認めて一緒に墓参りしてくれるような存在を俺は求めていた。

真夏ちゃんはまさに理想の女だった。
水族館デートをして、らしくもなく震えながら彼女に合鍵を渡す。一生一緒にいたいくらい好きな人に出会えるとは思っても見なかった。

告白され流されるままに付き合っては別れるを繰り返す日々。俺も結局は自分しか愛せない父の血を継いだクズだと自分で自分を諦めていた。
そこに現れた冬城真夏は俺の全てをひっくり返すとんでもない女の子だった。

想いが通じ合った彼女と出会えなくなってから二ヶ月。新しい季節が始まっているのに俺の心はどん底だった。

今日はブロッサムホテルの桜のアフタヌーンティーで佐々木雫と定例会議だ。
彼女は真夏ちゃんをよく知っているから、彼女の行く先を知ってるのではないかと期待した。
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