真夏のリベリオン〜極道一家壊滅計画〜

専業プウタ

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17.消滅

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「真夏ちゃん、大丈夫? ちょっと酔っちゃったかな? このグラスはこっちに片付けておくね」

ライ君がグラスを再び桐箱にしまって、私を心配そうに見つめてくる。
サラとルイと同じ吸い込まれるような綺麗な瞳。彼の真意は分からないが、今は子供たちとの安全をどう確保するかで頭がいっぱいだ。

「お水とか飲む? 今、到着したからとりあえず外に出よう」
「大丈夫。少し眩暈がしただけだから」

外に出るなり真っ先に大きな水音に驚いて、周囲を見渡す。
紅葉のナイアガラの滝だ。私がここに来たいと話していたのは移民の学校。移民の学校には、ブラジル人、メキシコ人、フィリピン人、イラン人等に加えアジア系の人も多くいる。

ビザがあれば語学学校代わりに日本人の駐在妻も通えてしまうのだから、そこから私の居場所が漏れてしまった可能性が高い。
私は平和な堅気の生活を手に入れたと勘違いしていたが、本当は追われていた事に今更気がついた。幸せな日々は清一郎さんの犠牲の元に成り立っていた逃亡生活。ヤクザの癖に酒も飲まず、常に気を張って清一郎さんは私たちを守ってくれていたのだ。

「明日、ナイアガラの滝の裏観光とかしよう。ホテルのレストランを予約してるから、こちらにどうぞ」

王子様のエスコートのように手を差し出してくるライ君の大きなに私は手をのせた。
ライ君の頬はほんのり赤く、私ほど酒は強くなさそうだ。

───何とか逃げ出して早くサラとルイを守らないと⋯⋯。

後続車が駐車場に停まったかと思うと、中から出てきた人物に私は絶望した。

「真夏、三年ぶりだな」

颯爽と現れたのは私の父である冬城組の組長、冬城源次郎だ。車から白い手が出て来たと思うと、胸の空いたピチピチの真っ赤な服を着た女が出てくる。恐らく父が今気に入っている女だろう。娘より若い女に手を出す彼に吐き気がする。
如何にも夜職出身の女である彼女は綺麗なつもりだろうが、振る舞いに育ちの悪さが滲み出ている。父はそう言った女を「公衆便所」と呼んでいた。父は女としてしか使えない人間は側には長く置かない。

彼女は自分の美貌と若さで父を落とした気になっているだろうが実情は違う。父はそういった見た目だけの浅はかな女を利用するのが得意だ。彼女をここまで随行させたのは、ナイアガラで国境を越えてアメリカに渡り彼女を売る為。父はアメリカの富裕層に日本人女性を売る売春ビジネスをしていた。

今まで父が売って来たのは薬漬けにした女だった。でも、この女は変な匂いもしないし、薬をやっていない。
父は私が家を出る前、臓器売買に興味を持っていた。日本の「公衆便器」が美しいのは外見ではなく中身だ。三歳までに大抵の予防接種を終える先進国の人間の臓器は健康的に育っていて高く売れる。


語学堪能で国際弁護士資格を持つ清一郎さんとのお見合い話は、父から京極組に持ち出したのかもしれない。そうでなければ、対立する京極組と縁を結ぼうだなんて話は出ない。
彼女たちは月に何千万使ってやれば、直ぐに自分を特別な女だと勘違いする。この女はこのままアメリカに連れられ、変態富豪の夜の相手をさせられても自分は選ばれた存在だと感じるだろう。売春で一頻り儲けた後は、彼女から臓器を抜き取り始末する。余すことなく「公衆便器」を使うようなやり方だ。

私の推測が確かなら、これは私の母である冬城渚のアイディア。
父にとって女は所有物、つまり物でしかない。その中で特別な存在がいるとすれば私の母。私の母は狂っていて、最高に父の役に立つ女だ。残酷で賢くて自分以外の人間を人とは思っていない。

「源次郎さん。この子が愛娘の真夏ちゃん? 大人しそうな顔して男と逃げるなんて、流石は渚さんの娘」
媚びたようなねっとりした声で父の腕に絡みつく女が私を頭の先から足の先まで観察してくる。

冬城渚とは父の正妻におさまっている私の母。
母は代々続く名家のお嬢さんだったのに、奔放過ぎる問題児だった。「一度きりの人生楽しまなきゃ」が口癖で自ら極道の男の世界に入ったクレイジーな女。

実家からは勘当されているが、顔の広い母は人脈を武器に父にとって右腕のような存在になっている。大人しい顔をして外見どおり内気な私とは真逆の性格をしていて、私は母とは昔から相入れない。
駐車場に続々と到着する後続車からゾロゾロと冬城組の顔見知りの舎弟が現れた。東京から十五時間の大移動を大勢でしてくるなんて、父の本気を感じる。

「お父さん、お願いだから子供たちと清一郎さんには手を出さないで。私のことは好きにしてい良いから」

一人娘の私は父にとって手駒だ。父の周りには常に女がいて、家では乱れた行為が連日連夜行われていた。それなのに父の子は私だけ。なぜ今まで疑問に思わなかったのだろう。私は父に中身だけでなく外見も全く似ていなかった。
(私の血筋⋯⋯DNA鑑定した方が良いかも)

もし、私が父の子ではないと分かれば私は極道の世界から抜け出せるかもしれない。父がここに来た以上、この場を逃げるのは不可能に近い。それならば、私の血筋を明らかにし解放されるまでは、双子を清一郎さんに託すしかない。

「京極清一郎には落とし前つけさせる。ここまでコケにされたのは初めてだからな」
私はショックのあまり目の前がチカチカしてきた。この現象は何なんだろう。先程のシャンパンには薬が入っていた訳でもないし、アルコール度数十二パーセント程度のワインを一本空けたくらいで私は酔わない。

(前にもこんな事があった気がする。あれはいつだったか⋯⋯)

「京極清一郎は私の夫よ」
「裏切り者とは離婚させる。お前はそこにいる涼波ライ社長と結婚しろ」

隣を見るとライ君はニコッとした。大好きな人だったけれど、結婚できると聞いても全く嬉しくない。暴力団と関係を結んだら、涼波食品は最悪倒産しかねない。父は涼波食品をフロント企業にして利用しようと考えているだけだ。ライ君は敏腕社長と聞いていたのに、暴力団と関係して抱えるリスクを全く理解していない。

駐車場にバスが到着する。ゾロゾロと人が降りてきた。トロントとナイアガラを結ぶカジノバスだ。

「ねえ、源次郎さん。カジノにでも行きましょうよ。ここで立ち話は疲れちゃうわ」

猫撫で声で胸を擦り付けながら父におねだりする女。彼女が父をここから連れ出してくれれば逃げやすくなる。

「真夏、お前も来い」
「私はライ君とレストランに行くわ」

「じゃあ、私たちもまずはレストランに行くか」

ニヤリと笑う父に私の思惑はバレている。
彼がゾロゾロと舎弟を連れて来たら、監視がきつくて逃げようがない。

父の女が腰をくねらせニヤニヤ笑いながら、私に近づいて来た。

「その程度のルックスでイイ男二人も手玉にとってたのに残念ね。源次郎さんは双子ちゃんも殺すって言ってたわよ」

女の囁きに、目の前に無数のフラッシュがたかれたようにチカチカする。
(サラ、ルイ、サラ、ルイ、サラ、ルイ、私の命、守らなきゃ⋯⋯)

「うっ、苦しい、ガハッ」
誰かが父の女の首を絞めている。指がかなり食い込んでいて、このままだと窒息死どころか首の骨が折れてしまいそうだ。
(色白の女の手なのに、怪物のような怪力⋯⋯誰?)

「お黙りなさい、この便所女が! 私の子に手を出す人間は誰だろうと許さないわ」

凛とした強い声は、どこか私の声に似ていた。いつも余裕な顔をして飄々としている父が血の気の引いた顔をしている。
(私の子? 意識が遠のいていく⋯⋯あなたは誰?)

「子供を守れなきゃ母親じゃないわ」突然頭の中にこだましてきたセリフはこんな事絶対に言わない人の声。でも、魂に刻まれたようなその言葉は「私」を守りたい世界から奪っていった。



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