ある勘違い女の末路

Helena

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プロローグ ある夜会にて

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 わたしはアン。
 今夜は、幼馴染みで婚約者のウィリアムにエスコートされ、とある侯爵家の夜会に来ている。



「さすが侯爵家の夜会ね、素晴らしいわ」



「ああ、大盛況だな。あそこに侯爵ご夫妻がいるな。ご挨拶に行こう」



ウィリアムは伯爵家の三男で、現在内務省の将来有望な優秀な官僚として活躍している。わたしの家もウィリアムと同じく中堅の伯爵家だ。首都にかまえているタウンハウスが近所で昔から家族ぐるみの付き合いをしている。三年前、ウィリアム十八歳、わたしが十五歳で婚約を交わし、わたしが貴族女学校を卒業するこの秋に結婚する予定となっている。そのため現在、社交にも力を入れ貴族社会に顔を売り、家庭を築くための準備に追われている。


わたしたちが知り合いの貴族たちに挨拶をしながら、今夜のホストである侯爵夫妻の側へ進んでいると、おおよそ貴族女性らしからぬけたたましい笑い声が耳に入ってきた。


わたしはどっと疲れを感じ、小さくため息をついた。


(あの女、来ていたのね。)


隣のウィリアムを見上げるとわたしと同じくげんなりした顔をしていた。もはや表情を取り繕うこともできないらしい。

あの女とは、新興子爵家の令嬢メーガンだ。


女学校の級友ではあるが、断じて友人ではない。下品な勘違い女だ。ほんとうに大嫌い。


メーガンは、未成年で未婚だというのに肩やデコルテを大きく露出させたドレスをまとい、グラスの酒を呷りながら、数人の男たちに囲まれ、笑い声をあげているのだ。

メーガンは自分がモテると勘違いしている、なんとも痛ましい女。

今、彼女を囲んでいる男たちは、貴族家の次男、三男で国の役職にも就いていない、かといって自力で事業を起こすこともできない部屋住みの穀潰しである。どこかの国では「にーと」とかいうらしい。彼らは貴族令嬢と婚約することも、恋人を作る甲斐性もできないので、あわよくば、メーガンと一夜の楽しみを得られればと彼女が喜びそうな言葉をやアホほど言ってちやほやしているのだ。言葉は無料だものね。

ヤツらがメーガンの勘違いを加速させているのは間違いない。

メーガンはわたしたちに気がつくと、嬉しそうに乱暴に近くの人たちをかき分け、近づいてきた。押されたはずみで、ワインがこぼれたり、つまずいたりする人もいて非難の声があがるがメーガンはお構いなし。


(コレ、ほんとうに貴族令嬢なの? 狩場で見たイノシシみたいだわ)


わたしは現実逃避をしたくて、以前領地で参加した狩りの場面をぼんやりと思い出していた。あのときお父様が仕留めたイノシシはとっても美味しかったわ。父は将軍職を務める武闘派貴族である。


「ウィリアム様!! お会いできて嬉しいですわ! ご機嫌よう」


メーガンは当然のようにわたしを無視して、ウィリアムに馴れ馴れしく話しかけてくる。



「こんばんは、ご令嬢」



ウィリアムは、わたしの腰を引き寄せると、作り笑顔でぶっきらぼうに返事をする。



「まあ、『ご令嬢』だなんて他人行儀な。メーガン、と呼んでくださいませ」



照れないでいいのですわ、と身体をクネクネさせている。……気色悪いことこの上ない。



「わが婚約者とともに、ご挨拶の途中なのでこれで失礼します」



ウィリアムは、メーガンの言葉をまるっと無視して、わたしをエスコートし身を翻す。

普通の令嬢ならば、ここまであからさまにされれば、自分はお呼びでないと気づくものだ。しかしメーガンは手の施しようのない勘違い女。



「まあ、アンもいたのね。こんばんは。あなた、夜会だというのに相変わらず華やかさのかけらもないのね」



なぜか優越感に満ちた笑みを浮かべてマウントをかけてきた。今夜のわたしはミッドナイトブルーのハイネックのドレスを着ている。ミッドナイトブルーはウィリアムの髪の色。無数のラインストーンをあしらっており、わたしが動くたびにキラキラと輝き、私の明るい栗色の髪にも青い瞳にも映えている。どこが地味なのか、あんたの目は節穴か。



「あなたじゃ社交もままならないでしょ。そろそろウィリアム様を解放してさしあげたら? 」


わたしも社交界に身を置く貴族令嬢の端くれ。この程度のマウントを取られてメソメソするようなヤワな教育は受けてはいなのだ。わたしはエスコートするウィリアムの腕に少しだけ力を込めて合図をし、立ち止りゆっくりと振り向くと



「ごきげんよう、メーガン。あなたはそろそろドレスコードくらい学んだ方がいいのでは?」



と冷笑とともに嫌味をあびせ返してやった。似合ってないとはいわないけれど、どこぞの遊女かと思うような胸が零れ落ちそうなカットの衣装とか未婚の令嬢の格好ではない。ウィリアムもわたしには向けたことがないような冷ややかな目をメーガンに向けていたが、何も言わず改めて背を向けた。

メーガンの悔しそうな表情を一瞬垣間見てわたしはちょっと溜飲がさがる。「なによ、自分が魅力のない体型だからって妬いているのね。」とか「婚約者の手前、ウィリアム様もああするしかないわよね……」とつぶやきにして大きな声で言っているのが聞こえてきて思わず笑ってしまう。きっと大きな紫の瞳を潤ませて周囲にアピールしているのだろう。


そして今度は、わたしたちのやりとりを目撃していた女学校の級友たちが数人いる女性グループを見つけたようで、大声で会話に割り込んでいった。



「皆様、ご覧になった? ウィリアム様はお気の毒だわ。アンのような地味な女が婚約者なんて!!」



なぜかメーガンはウィリアムが自分のことを好きだと思いこんでいる。そして彼が素直に言い寄ってこないのは婚約者であるわたしが邪魔をしているからだと思い込んでいるのだ。


たしかにウィリアムは好男子だ。わたしが言っては「婚約者の欲目」と言われそうだが、伯爵家の生まれという立派な出自であり、性格は優しく誠実で、仕事もできるし、見目もよい。光に透かすと微かに青く輝く黒髪に漆黒の瞳を持ち、背は高く官僚でありながら武官の兄との鍛錬を欠かさない引き締まった体躯をしている。ちなみにウィリアムの長兄は爵位を継ぐため現在は領地で領主見習い中、次兄は軍部で若手参謀として活躍している。


ウィリアムが、メーガンのことなど好きではない、婚約者を侮辱するのはやめろと何度本人に言っても直らない。ウィリアムの父である伯爵が正規のルートでメーガンの実家である子爵家に申し入れしても勘違いをやめない。父親の子爵が伯爵家へ飛んできて平謝りし、もう迷惑はかけないというがその約束が果たされたことは、いまだにない。そろそろ次の手を打たないといけないと考えているところにまたこれだ。


「メーガン、そんなことを言うのはお止しなさいな」
「ウィリアム様はアンをそれはそれは大切にしているわ。見てわからないの?」
「お願いだから、大きな声でそんなこと言わないで」


そこに集まっていた貴族女学校の級友たちはまだ婚約者の決まっておらず、誰か好ましい御曹司の目に留まろうと慎ましく振る舞っていた。そこにメーガンが友人面して乱入してきたのだからたまらない。同類に思われたら婚活に支障をきたす。だから必死でメーガンを止めようとするが、ごく普通の令嬢たちに太刀打ちできるものではない。


「まあ、あなたたちも地味だものね。わたしが男性に人気があるからって意地悪を言うのでしょう?!」
「あなたたちの一人でも、今夜だれか男性に声をかけられた? ダンスに誘われた?」
「あははは、ごめんなさいね、わたしばかりモテて!」


令嬢たちが唖然とする中、言いたい放題言うとメーガンは取り巻きの男性たちのもとに戻り、大きな声で下品な振る舞いを続けた。


わたしは夜会ホストの侯爵夫妻への挨拶を済ませて、そんなメーガンの様子を横目でみていたら、ウィリアムに手を強く握られた。



「アン、気分が悪くなったかい?」



心配そうな表情でわたしの顔を覗き込んでくる。



「そうね、メーガンは相変わらず困った人ね。でもウィリアムが守ってくれるからわたしは大丈夫よ」



そう、あんなバカ女のためにわたしたちが動揺するなんてあってはならない。わたしは明るくそう答えた。

わたしたちは、少しだけダンスを楽しんだあと、隙きあらば寄ってくるメーガンを巧みに避けながら、若いながらも常識ある貴族社会の一員として挨拶まわりをしてしっかり社交につとめてから帰宅した。


メーガンは、会の半ばで、ついにホストの侯爵家から帰りを促されて、男たち(にーと)に囲まれながら退場。帰り際、追い出されたくせに、なぜか級友たちに向かって優越の笑みを浮かべていた。あれは「わたし、男にモテるの」アピールなんだろうか。ほんとおバカさんね。あんな男たちにモテても誰も羨ましくないのにね。
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