愚者の世界と弟餅 ―私は餅だ―

こおりもち

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第一話 弟餅と唯我の魔術師

弟餅と四人の異分子

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 私はもちだ。
 白くて四角。それが私の姿だ。
 生きるために工場を飛び出してきたが、今は死なぬことに必死だ。

「ぶぅもぉぉぉぉぉーーーー!」
 
 工場から脱出し道を歩いていたら、唐突にイノシシに絡まれてしまった。
 必死で森の奥地に逃げ込んだつもりだったが、私はこのイノシシに追い詰めれらてしまったのかもしれない。
 イノシシが咆哮しつつ、私の身に突撃してくる。
 かなりぎりぎりのところまで引きつけてから、私は横に飛び跳ねた。
 
「止めるのだ。このイノシシめっ」
「ぶもぉ」

 私は話せるはずもないイノシシに、それでもつい声をかけてしまった。
 イノシシは地面を前足で掻くような動作をして、私に突撃準備をしている。
 本来ならば、私は不味いから喰ってくれるな、と懇願するところなのだが、私は誇り高く生きると決めた餅だ。
 この様な場においてすら、誇り高くあらねばなるまい。

「確かに私は美味しいかもしれん。いや、全ての食物の中で一等旨いに違いあるまい」

 例え喰われる気がなかったとしても、餅であることを誇るには、この身の旨さも誇らねばなるまい。
 イノシシは偶然だろうが、口元によだれを垂らしている。

「だがな、私は喰われる気など毛頭ない。故に、私はお前に全力で抵抗する。よいか、喰らう覚悟があるならば、喰われる覚悟を、……おおぅっ!」

 目を血走らせたイノシシは、私の口上の最中に突撃してきた。
 最後まで語らせてくれぬとは、なんとも無粋で厄介な生き物だ。
 私は力をこの身に込めて跳躍を行ったが、タイミングを間違え弾き飛ばされてしまった。
 わたしは錐揉み回転しながら、宙高く舞い上がってしまった。 
 飛びながら私は、イノシシと距離が取れるから逃げ切れるのでは、と思ったが、直後に別の脅威が襲ってきた。
 風を切り裂き近づく鷹が、前足で私の身を掴んだ。
 翼をはためかせ、私をさらに空高くに持ち上げていった。
 このまま、巣に持ち帰って私を喰らうつもりか?!
 させぬ。

「ええい。離さぬか、鳥類」
「ぴいぃぃぃぃぃぃ」

 離せと言われて、手を離す野生動物はいない。
 奴らも生きるのに精一杯なのだ。
 そう、奴らにだって生きている。
 けれどもな。
 私だって生きているのだ。

「おのれ。私の一撃を、喰らうがいい」

 私は身を柔らかくして、反動をつけてから鷹の腹部を打ち据えた。

「ぴ、ぴいぃぃ」
 
 鷹は前足から力が抜け、私を取り落した。
 ふっ、と地面に意識を向けると、地平線が見えるほどの高さにいたようだ。
 地面がものすごい勢いで近づいてきている。
 いかに優れた私の餅の身であっても、このまま何もしなければ落下の衝撃で爆散してしまうだろう。
 私は固くなって耐えるべきか?
 否、柔らかく。
 私はボールのように身を丸め、表面のみを少し固めに、内面を極限まで柔らかく変えた。
 地面にぶつかった瞬間、ゴムボールのように再び高く飛び上がる。
 それを何度か繰り返すうちに、やっと無事に止まることが出来た。
 さすがの私も、少し疲れて動けなかった。
 ボールの形から、潰れた形になって、しばらく空を眺めた。
 けれども、早く安全な場所に行かないと、再びイノシシや鷹に襲われてしまう。
 私は気を取り直して、再び、ぴょんぴょんと歩き始めることにした。
 そのまま森を少し進むと、人間の声が聞こえた。

「ああああぁあああぁぁぁ」

 嘆いている様な。苦しんでいるような。
 しかし、放っておくべきだ。人間など敵の極致で天敵だ。
 私達を創り出しては、食らい尽くし、あまつさえ数が多いと要らんと言って捨てる生き物だ。
 それに知恵も回る分、イノシシや鷹などより厄介極まりない。

「ああぁああぁぁぁぁぁ」

 声だろうか、悲鳴だろうかは、まだ続いている。
 人間の危険性についてはよくよく考えなければならない。
 奴らは百獣の王の獅子や海の王のシャチすら見世物にし、空の王の大鷲すら愛玩する。
 月に渡る船も造れるというではないか。

「あ、ああ、あ……」

 それでも消え入りそうな声を聞いて、ぺたこん、ぺたこんと私はその場に近づくことにした。 
 声を追っていくと、透明度の高い湖のほとりにつくた。
 若く裸の人間が、地に膝と手をつけてうなだれていた。
 けれど私は、その人物が男性か女性かが分からなかった。
 胸の膨らみを見ると女性のようであるが、下腹部には男性のものがついている。
 顔つきも中性的でもあるし、両性具有というものだろうか。
 とりあえず私は、声をかけてみることにした。

「おい、人間。何かあったか?」

 私が声をかけると、人間は近くにおいてあった服で身体の全面を隠した。

「誰?!」

 人間は女の声で反応して、きょろきょろと周囲を見渡した。
 私の姿に気づいていないのかもしれない。
 身体は約12cmしかないから仕方がない。
 
「……誰か、何か見える?」

 その場に一人しかいないのに、人間は奇妙な事を口走った。
 すると人間の声は、がらりと変わった。

「いや、俺には見えん。お前らはどうだ」
「んー。私にも見えないねー」
「ふ。オレの秘められし能力チカラ覚醒めざめに違いあるまい。カルマは、オレを恋人のように追いかけてくる」

 一つは低い男の声で、もう一つの声は甘ったるい女の声質だ。
 最後の一人は、何か別の言語で話しているのだろうか。意味が不明だった。

「私は、ここだぞ」

 彼ら? というべきなのだろうか、その目の前にいるのに気づかれてはいない。
 ならば、と思い私は、ぴょんとその場で飛び上がった。

「は?」
「え?」
「ん?」

「「「餅!!?」」」

 三人は驚いたようだ。

「……訳が分からない」

 人間は灰色の仮面をつけた。
 しかし、訳がわからないとは失礼な。
 訳が分からぬのは、そちらも同じだ。

「はいはいー。じゃあちょっと私にお任せだよー」

 ささっと、着替えをしながら、間延びした女の声がした。
 服装は体型が隠れるくらいのブカブカの赤い服と、顔が隠れるくらいの大きな帽子を身に着けた。

「ええとー、あなたは何者ですかー?」
 
 そもそも、人間には普通の動かぬ餅だと思わせているほうが、危険は少ないやもしれない。
 けれどもこのふわっとした喋り方をしている人間は、姉とか兄とか呼ばれていた。
 この者も、兄弟姉妹を助けようとしているのかもしれない。
 それに、私も兄餅に助けられた身の上だ。
 ならば兄弟姉妹を救おうとする者に対しては、私も誠意を持たねばなるまい。
 故に私は、正体を答えるとしよう。
 
「私は餅だ」

 ぴんとこの身をはって堂々と答えた。

「そうじゃない。そうじゃなくてねー」
「名前は弟餅おともちだ」

 名乗っていなかったことに気がついたので、名乗ることにした。
 兄餅あにもちから貰った名だ。

「だーかーらー違くてー、なんで喋れるのかって聞いてるのー」
「お前は自分がどうやって言葉を発しているか明確に答えられるか? 何故、自分に意識があるとか、何故、今自分が物事を考えることができるのだろう、とか理解しているか?」

 『自分とは一体何者であるか』というのは私の命題でもあるが、人間にとっても永遠の命題でもあるだろう。
 おいそれと答えが出るものではあるまい。

「そんなこと急に言われてもー。分からないよー」
「私も同じだ。何故かは分からない。だが、私は生きている。君らも同じだろう」

 結局、動ける答えは分からない、だ。

「えー、いいのかなぁ、それで……」

 人間はぽりぽりと灰色の仮面を指で掻いた。

「ええい、埒が明かん。俺が話す」

 人間は、やや低い男のような声に変わった。
 膝を少しだけ落として前傾姿勢になったのは、いつでも飛びかかれるようにしているためかもしれない。
 
「あんたは、俺達の敵か?」

 男の声はシンプルな質問をしてきた。
 餅にとって人間は、本質的に天敵ではある。
 だが、彼らの聞きたいことはそういうことではないだろう。
 私は彼らに対して、何の敵意も持たない。

「私は君等に敵意をもたない。ただ、苦しむ声が聞こえたからやってきただけだ」

 私の声に人間は頷くと、その場にどかりと座り込んだ。

「ふうむ。変わった餅だな。……だが、悪い餅ではなさそうだ」
「喰われることを否定し、工場から抜け出した不良餅ではあるぞ」

 他の兄弟姉妹の餅たちは、大人しく喰われる道を選んでいった。 

「かもしれん。だが、俺たちにとって大事なのは、お前が俺たちにとってどんな餅かという事だけだ。だが、今の情報だけでお前という餅を理解はできん。何故、俺たちに声をかけた」

 彼らはおそらく訳ありだ。
 故に、何故自分たちに近づいたのか、理由が知りたいのだろう。
 それほど明確な意図があったわけではない。
 私は何と答えようかと考えた。
 何となく気になったから、というのが正直なところだ。
 だから、こう言った。

「……例えば君らは、誰かが目の前で溺れているとして、放っておくのだろうか? 私は否だ」

 人間は思うところがあったのか、深く頷いた。

「あんたは、いい餅だな」
「少なくとも君らにとっては、都合が悪くはないはずだ」

 いい餅と、都合のいい餅の定義はこの際、置いておくとしよう。
 人間は私の答えに腕を組んで、沈思した。

「……そうだな。俺たちは溺れている。通りすがりの親切な餅よ。溺れるものは餅を掴む、だ。少し頼みたいことがある」

 人間は深々と頭を下げた。

「まずは、話を聞こう」

 私は、彼らの話を聞くことにした。
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