蛇の抜け殻

松井すき焼き

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水葉は悠馬という人間と別れてから、深い深い溜息を吐いた。
新しい種の発見に進化。そのくだらない発見により、水葉は自ら自発的に適合体の異性と繁殖することもままならない。
今この時もどこぞの研究員に見張られているのを感じる。水葉が住んでいる家に月に一度健康診断書と、水葉の姿を撮った写真が複数送られてくる。その執拗さに水葉は辟易していた。
それによく見るあの醜い男を抱く夢。
まったく同性に興奮をしたことはない水葉だったが、ひごろのストレスのせいか、執拗に悠馬を抱く夢に、体が興奮し始めていた。
蓮が水葉に記憶を移す研究のせいかどうかはわからない。ただ自分とは違う蓮の感情をすこし垣間見えたきがした。
水葉は水葉でいたいのに、よくわからない人間に乗り移られたようで、非常に不快だった。
水葉はこの宇宙船のコンピューターの礎になるプログラミングを任されている。水葉の写真と健康診断書が、厚生所の職員の何者かが送ってきているところまでは分かっている。

水葉はハッカーとして、水葉に写真と健康診断書を毎月しつこく送ってくる人間のパソコンまで特定してコンピュターウイルスを送っておいた。今頃大騒ぎになっているだろう。その騒ぎに乗じて水葉は、厚生所にいきパソコンを直すという名目で、厚生所の内部で話を聞くことができた。
すぐに結果は出た。水葉にしつこく付きまとっていたのは、厚生所職員の西坐美里という女のパソコンからだった。水(みず)葉(は)は美里のことをよく調べた。
まぁ、そんなに調べてももうすぐこの星は隕石で壊滅するのだけれど。水葉は興味本位で美里を呼び出すことにした。
美里へ明日広場の前に来るように、パソコンのメールへ送信した。水葉は深い溜息をまたついた。

その日水葉が見た夢は、泣いているあの悠馬という男に口づける夢だった。夢の中なのに嫌悪感を感じた。それと、少しの何故か興奮も。水葉はまったく男が好きではないので、ぞっと、した。まるで蓮に体を乗っ取られたような気がした。蓮の論文は、蓮の死ののち、評価され、蓮の論文に沿って、水葉への人体実験を繰り返された。蓮という男が大嫌いだった。
蓮のせいで、水葉はさんざんなめにあった。誰が蓮を殺したかは知らないが、感謝状を贈りたいほどだった。

水葉との待ち合わせ場所に、美里はすぐにきた。美里という女はきっかりスーツを着て、とても美しい女だった。

「あなたが水葉?会えてうれしいわ」

「なぜしつこく俺に俺の写真と健康診断書を送ってきたんだ」

「だって、あなたのことを誰よりも知ってほしくて、ね。それが私の願いでもあったし」

意味不明な美里の言動に、首を傾げた。
「ねぇ、場所をかえない?ここじゃぁ、監視カメラだらけで筒抜けよ。ここ以外で一か所だけ監視カメラがない場所を私は知っているの」

歩き始めた美里の後ろを、渋々水葉は追いかけた。

「あの人を殺したのは、私よ」

にっこり微笑んで美里は言った。

「そうなんですか」

「あら、驚かないの?」

「別に」

「あは。そういうところも、あの人に良く似ているのね」

美里はナイフを取り出して、水葉に向けた。

「私あの人が大好きなの。あなたあの不細工な悠馬とかいう男にあったでしょう?」

「ええ」

「蓮は綺麗な存在よ。あんな男との汚らわしいこと許せない。全部全部あの人の遺伝子は全部私のものなの」

「誰のものではありませんよ」

「死んで頂戴」

ナイフをもった美里が近づいてきた。水葉はおもむろに懐から取り出した拳銃で、美里のことをうった。
美里は大きく目を見開き、その場に倒れた。

「な...んで?」

美里は大いに自分が撃たれたことが疑問らしい。自分は水葉を殺そうとしたくせに。

「急にストーカーを呼び出したら、それなりの準備をすると思いませんか?」

美里はそのまま目を見開いたまま動かなくなった。美女だというのに、本当に残念だなと、水葉は思った。水葉は自分の通信機で、警備の人間を呼び出した。美里は手にナイフを持っている。正当防衛は大丈夫だろう。
これで蓮とのつながりが完全にたてたと、水葉はほっと、した。
そう思っているのに、何故か水葉はあの人間の墓場の場所に向かってしまう。あの悠馬という人間がいる場所だ。
その場所は深い森が広がり、野生のリスが地面を走っていた。ぼんやり水葉はその場に立ちつくした。
何故蓮はあんな天才だったのに、自分のクローンを作らなかったのだろう?

この森に来ると、なんだかとても懐かしい気持ちに水葉はなった。
森を歩いていると、枯葉の中にうずくまるように悠馬が寝そべっていた。そのまま悠馬は森の中に埋まってしまいそうだ。とても気持ちよさそうに、悠馬は眠っていた。悠馬を見ていると、悠馬はとても穏やかな気持ちになれた。まぁ、この水葉の感情もきっと、蓮の脳波と記憶の映像を深層心理に植え付けられたものだということだろう。自分の思い通りにならない感情手に入らないなら殺してしまいたいと少し水葉は思った。美里の感情がすこし分かったような気がした。
そっと、水葉は悠馬の元へ歩み寄った。この感情も何もかもどうせ隕石によってなくなる。恐ろしいだけではなく、恐怖だけでもなく、何故か悠馬という存在を手に入れられたような気がしていた。
近くにいた水葉に気付いた悠馬は、甲高い悲鳴をあげて起き上がった。

「ひ、人の側に急に立つんじゃない!!」

震える悠馬の顔は、本当に不細工だと水葉は思った。でも何とはなしに見てしまう。

「もうすぐ隕石が落ちてきますね。地下に逃げますか?」

「地下に逃げても死ぬときは死ぬだろう」

「まぁ、そうですね」

水葉の隣にいる悠馬は、ぼんやり地面を見ていた。

「........蓮のこと嫌いでしたか?」

気が付いたらそんなことを水葉はきいていた。蓮が悠馬に対して行ったことは、ゆるされるはずのないことで、嫌悪しかないはずなのに。

「嫌いだよ」
「そうですか」

「嫌いだとしかいいたくはないけれど、俺は正直蓮のことなにも知らない。どうしてあんなことをしたのかも」

「蓮はあなたのこと好きだったんじゃないですか」

「........やめてくれ」

「すいません」

「君こそどうするんだ?もうすぐ隕石が落ちてくるんだ。どこへ逃げればいい?」

「さぁ?生存確率はどうでしょうね?僕はとにかく地下にもぐりますよ。あなたは?」

「さぁ。俺も地下にもぐろうかな」

おそるおそる水葉は手を伸ばして、悠馬の手に触れた。悠馬は深い溜息をついて、その手を振り払った。
怯えている悠馬の横顔を、水葉は見た。

「........大丈夫。俺は何もしません」

恐る恐る悠馬がこちらを見た。水葉は微笑んで見せた。今度は強く伸ばした手で、悠馬の手を握った。震えているその手は、温かかった。

「生き残れるといいですね」

「そうだな」
言って悠馬は俯いた。そんな悠馬の横顔を見て、水葉は口づけたくなったが、こらえた。これ以上悠馬を怯えさせたら、もう二度と水葉にあってくれなくなるだろう。ただ悠馬の手を強く握った。

「ここの森は温かいですね」

「あのもう手を放してくれないか?」

もう少し水葉は悠馬の手を握っていたかったけれど、仕方なくすぐに悠馬の手を放した。
水葉が悠馬に会う口実はもうない。水葉が悠馬に出会うためには、この場所で偶然出会うことしかないだろう。
水葉は悠馬の姿を目に焼き付けた。

水葉のもとに、一枚の写真が送られてきた。それはあの森の写真だった。その写真を見て水葉は、もしかして蓮はいきているのかもと思った。写真はどうでもいいので、一応机の引き出しにしまった。
いまさら水葉にとっては、どうでもよいことだった。こうしている間にも、ラジオからは人々が隕石落下に怯える声が聞こえてきていた。

悠馬はぼんやりこの星の終わりの時を、一人森の中で見つめた。鼻歌が聞こえてきて、悠馬は驚いて後ろを振り向いた。
そこには綺麗な女の人が微笑んで立っていた。その女性の微笑みが、なんだか禍々しいものに見えて恐怖で悠馬の心臓が飛び跳ねた。

「あ、の?」

「もうすぐ地球が亡びる。この時をずっと予想してきた」

着々と女性は悠馬の元へ歩み寄ってくる。ついに女性は悠馬の隣に来ると、悠馬の手を握って隣に座ってきた。
女性は空を見た。

「好きだよ、悠馬」

早くなりつつある自らの心臓の鼓動を感じつつ、悠馬は問いかけた。

「お前は誰だ?」

その問いに女性はにっこり微笑んで見せた。

「........クローンは一体だけ作った。死んでしまった」

とだけ女性の姿であるそいつは言った。
悠馬は混乱する頭で事態を掴めず、ぼんやりしていた。

「隕石は落ちてこない。あれは自作自演だ。すべて機械でできているこの状況で人間を欺くのは容易だ」

「なにを」

「人類を滅ぼすのは俺だ」
すさまじい爆発音が響いた。悠馬の耳の鼓膜が破れ、痛みと共に血が流れ落ちた。
女の顔をしたそれは、にこりと悠馬に向かって微笑んだ。

「爆弾を仕掛けておいた。俺と君以外滅んでしまえばいいんだ」

その女の正体を、悠馬はもう気づいていた。

「蓮」
あの殺されたはずの悠馬の同級生。その同級生が何故こんなところに女の姿になっている?悠馬はただただ焦る。こうしている間にも、地面を揺るがすような爆発はとまっていない。

「何故?お前は殺されたはずじゃ」

悠馬の心臓の鼓動が苦しかった。冷や汗が止まらない。

「俺は知りたかった。君への気持ちが残せないのか?汚らしい子孫を残すという以外の行為で」

「それは答えに」

口を開いた悠馬の言葉を、大きな少年の声がさえぎった。

「動くな」

何故か拳銃をもった水葉が立っていた。水葉の拳銃の銃口は、ぴったり蓮に向けられていた。

「俺らは何のために生きているのか?種を存続させるための道具にすぎないのか?俺は...その答えが知りたかった」

蓮は水葉の銃口をまったく気にせず、遠い目を彼方に向けた。

「それで満足したのか?」

水葉の問いかけに、蓮は何も答えなかった。

「分からない。...ただ、俺は悠馬に出会えてよかった」

「勝手なこと言うな!相手をレイプしたくせに!」

「お前は悠馬のことが好きか?水葉」

「黙れ!俺はお前の玩具じゃない」

蓮は立ち上がり、そっと悠馬に口づけようとしたその時、水葉の銃声が辺りに響いた。それでもかまわず蓮は悠馬に口づけた。ひどく身勝手な口づけ。その口づけは血の味がした。
「好きだ、悠馬。どちらにせよ、俺は長生きができない存在だったんだ」

にっこり蓮は微笑むと、地面に倒れ込んだ。
泣いている水葉の顔を、悠馬は見た。

「まるでここは墓場のようだな」

悠馬はけらけら笑った。
「俺は一ミリもお前のことなんか好きじゃなかったよ」

惑星カエルに爆弾が落ちた。惑星上の生物はほとんど亡びた。人類が生き残ったのかは知れない。
誰もいなくなった世界。男は涙をぬぐって、歩き出した。
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