雪桜

松井すき焼き

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その一

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花屋の仕事は結構早い。花の手入れや発注、そのほかもろもろあって忙しい。忍は花屋の一角で、いつもの花の茎きりにいそしんでいる。



忍は小さいころから花が好きで、花屋になるのが夢だった。忍が十五歳のころ、両親が旅行先の事故で他界し、天涯孤独のみになったとき、いつも花を見ながらここまで頑張ってきた。忍を育ててくれた忍の父方の叔父はとてもやさしい人で、随分忍を励ましてくれた。くじけそうになった時もあったが、忍は大学に通いながら、やっと夢であった花屋にバイトが決まった。



忍はまるで赤子のように花を丁寧に扱い、花の名前も覚えるのが早かったため、花屋の店長のに伊賀先伝次郎は、忍に色んなことを任せてくれるようになっていた。



「おはよう。忍君」

にっこり伝次郎が朝の挨拶をする。忍は微笑み返す。

「おはようございます。今日は売れ筋のリストにそって、花を仕入れてみました。確認お願いします」

「ご苦労様。今日は結婚式場で大量の花を使うから、搬入手伝ってもらえる?」

「はい」

忍はいつもにこにこ優雅に微笑む。まるで忍の周りにはぽかぽかの春の日差しが集まってくるようだった。

知らず知らずの間に、伝次郎の手は忍の頭をなでている。

「あ、ごめん。これもセクハラになるのかな?」

「なりませんよ」

「忍君がいるとなんか、朗らかになるんだよな」

「そうですか?そうだとうれしいです。店長も何か柔らかい雰囲気があります」

「そうかな?」

「そうです。一緒にいるとうれしいです」

伝次郎と忍は顔を合わせて、にこにこ笑いあった。

「さぁ、今日も頑張ろうか」

「はい」

柔らかく微笑む忍は、顔立ちは平凡なのに、おしとやかに優しく品がよいたいそう魅力的に見える。しかもおっとりとしているため、電車の中で臀部を触られても、ただ首をかしげて痴漢の男に、「手が当たってますよ。混んでいるから大変ですね」という忍は天然だった。



花を切り始めて、遠くで警察のサイレンの音がする。

「怖いよね。最近この辺り、やくざの抗争があったそうだよ」

伝次郎がまゆをひそめる。

「そうなんですか」

「なにもなきゃいいけど」

そういって、伝次郎は大量の花を運び始めた。その時の忍はやくざの方たちも皆怪我しなければいいなと、のんきに思っていた。



 その日忍は花屋の業務を終え、家へと帰ろうと、店の戸締りをしていると、遠くで銃声が聞こえてきてびくりと、肩をすくませる。

「銃声?まさか」

様子を見ようと、店の外に出ようとドアのノブに手をかけ開けた時、忍の手を握った手があった。血まみれの男が忍に向けて拳銃を向ける。

サングラスをかけた凶暴そうな表情の男だ。

忍は首をかしげていった。

「あの、大丈夫ですか?ケガしてるようですが。救急車を呼びましょうか?」

「いらね。警察に言うな。言ったら、殺す」

そういうとサングラスの男は忍の手を放して、あっさり歩いていこうとするが、大量に出血しているせいか、よろよろよろめいてすぐに膝をついてしまう。よろめいた男のもとへ、忍は歩み寄って男の腕を担ぎ上げた。

「僕の母親は看護婦なんです。応急手当くらいはできるかもしれません」

忍は男を放っておけず、花屋の中へと招き入れることにした。
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