雪桜

松井すき焼き

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その二十一

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乗り込んだ車内に、義嗣の舎弟である仁枝和義の姿は珍しくなく、舎弟その2の東田東が運転席にいる。東は日焼けした顔のふくよかな彫りの深い顔の男だ。東は義嗣の顔を見ずに、真顔で陽気な声を上げる。

「へい!ボス!!忘れ物は取り返せたようだね」

「ああ、まぁな」

東はいつもなぜか義嗣のことをボスと呼ぶ。ボスは頭だ。義嗣ではない。いつもボスと呼ぶのをやめさせているが、今はそんな気力はなかった。

「ボスの自宅でいいんだね?向かうのは」

「ああ、頼む」

「ハイ!お安い御用だ」

東が運転する車は走り出した。



一方忍は車の中で、隣にいる義嗣のことを直視できないでいた。忍は義嗣のことを見て怯えたことを後悔しているが、忍の体は忍の思考と反して、義嗣のことを見て勝手に震えてしまう。

車は地下の駐車場に止まると、義嗣は忍の腕をつかんで歩き出す。



「兄貴おかえりなさいっす!!」

義嗣の所有のマンションのロビーに、義嗣の舎弟の和義の大きな声が響き渡る。和義は義嗣に憧れて同じ金髪にしたという、いちいち義嗣の真似をして憧れていると言って懐いてくる。柴犬のような男だった。今回も義嗣が腕をつかんでいる忍のことをじろじろ見てくる。

「兄貴、その方は兄貴のいろ(情婦)ですか?」

「うるせぇ」

和義の質問に、義嗣は答えず、無言で和義の前を通り越しマンションのエレベーターのなかに入る。



「義嗣さん!」

豪華なマンションの部屋に入ると、忍は沈黙で歩いて行ってしまう義嗣の歩みを止めようと、立ち止まって叫んだ。

義嗣は底光りする獣のような瞳で、忍の目の前まできて口を開く。

「俺が怖いか?」

忍はためらいがちにうなずく。

「すまねぇな。この部屋は俺の部屋だ。すきにしていい」

義嗣は忍に背を向けていってしまう。咄嗟に忍は義嗣の腕をつかんだ。

「どうかしたのか?」

義嗣のサングラス越しに見える不思議そうな顔。忍は義嗣のハンサムな顔も好きだが、いつもどこか戸惑うような不器用な優しさが好きだ。だが心の底では義嗣のことを怖いと思う気持ちは止められない。

「いかないでください」

そう忍は言うことしかできなかった。

信じたくないことだが、あの宗次という男と義嗣の酷薄そうな瞳はよく似ている。

義嗣の手が、忍の頬に触れる。

「大丈夫か?」

忍は義嗣のことが怖いがずっと一緒にいたい。

忍は義嗣の手の上に、自分の手を重ねた。

「暖かいです」

すると義嗣は獣のような低い唸り声をあげて、、忍の腰に腕を回して距離を縮めてきた。暖かな胸が密着する。

「キスしていいか?」

そう義嗣がきいてきたので、忍は驚いて目を見開く。

忍はゆっくり目を閉じようとしたとき、義嗣は腕を外して背中を向けてしまう。義嗣は前髪をつかんでため息を吐いた後、低い声でいう。

「すまねぇ。体が冷えてる。風呂でもはいってきたらどうだ。茶入れてくる」

そういうと呆然としている忍を置いて、義嗣はガラス張りの台所に行ってしまう。忍は己のうるさく鼓動する心臓を抱えて、床に座り込んだ。
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