記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。（多分）

第48話 大家さんの登場

空気をきれいにする魔法も護符もあるが、家の外まではどうしようもないと、ジルは言っていた。
思い切って、自然のある家に引っ越したいが、お金がない。

急にどかんどかんと、家を叩く大きな音が聞こえてきて、アルは驚く。

「な、なんだい！？」
怯えるハウナに、「大丈夫。私が見に行ってきます！」そう告げて、短剣を持って玄関に向か。

玄関そこには、不機嫌な顔の大家のキリエがいた。
キリエはアルの顔を見ると、大きな声で怒鳴る。
「なんで、あんたたちがまだここにいるんだい！！とっとと出ていけ」

凄まじいキリエの怒鳴り声に、アルの耳の鼓膜がキーンとなる。

「す、すいません！すぐに次の家を見つけるんで、もう少しだけまっていただけませんか！」
アルは土下座してみる。

「そうやって居座るつもりだろう！」

「少しだけ待っていただけないでしょうか？すぐに出ていくのは無理です！少しでいいんで」
「ふん！あんた、人に対して仮面をつけながら話するんかい？信用できないね。まさか犯罪者か何かじゃないでしょうね？獣人と暮らす人間なんて」

仮面に慣れすぎて、あまり家の中でも外していないアルなのだった。仕方ない。アルは仮面を外す。

「少しでいいんで、引っ越す準備の期間をいただきたいんです」

アルが顔を上げてみると、キリエは目を見開いてアルのことを見た。

「あの？」
「…………」

止まってしまったキリエに、首をかしげる。

「あなた、男、女？どっち？」
「一応男です」
あまり性別なんて気にしたことないので、自分の身体的なことを言うのはなにか、違和感がある。

「そう」
「あの、大家さん」
「少しだったらいいけど、うちにいても」
「え」
「その代わり、私の生活の世話を、してくれるのならばだけどね」
どこか顔を赤くしたキリエにそういわれ、アルはどう答えたもんかと迷う。

「生活の世話って？」
「あんたとなら、寝てやってもいいんだよ」
そうキリエに耳元で囁かれ、アルは硬直した。
どうしてそうなるの？

「はは、か、考えておきます」

アルはなんとか笑顔で誤魔化し、キリエに帰ってもらった。

「ご愁傷様」
ジルがアルの背後に現れて言った。

「ま、まぁ、引っ越す準備の期間はできそうですね。はは」
なんとかポジティブにいこうと、アルは笑う。
「この近くに家を紹介するところがあります。教えましょうか？」
珍しくジルが優しいアルを同情する目で見た。
「ありがとう、ジルさん。ぜひ、教えてください」

それからさっさとジルは、ソルとライとシルカを瞬間移動で連れて行き、ぽつんとアルは残された。
早くみんなと暮らせるようになるといいなと、赤ん坊の泣く声を聴きながら、アルはしみじみと思ったのでした。

午後からは茶屋のジュラに、アルはお茶づくりを教えてもらう約束だ。
ハウナと、子供預かり所の対応について、入念にミーティングをしながら、昼食用のご飯をつくる。
「預かるお子さんには皆軽いマッサージと、手や顔を拭いて清潔にするのを忘れないようにしてください。あ、あと、うがいも。
マッサージはとてもこつがいるので、今度教えます。このマッサージをすると、お子さんが見知らぬところに預けられるストレスから情緒不安定になるのを、防げるんですよ。
お湯を沸かして、お子さんの顔や手を拭いてあげてください。あとよくうがいもするように。風邪や病気を防ぐことができます。特に外に出た後は、手洗いうがい徹底してください。
あ、あと、絶対お子さんから目を離さないようにしてください。お子さんが、食事時や昼寝時など喉を詰まらせて、亡くなる場合もあります。
ハウナさんは子育て経験もあるから大丈夫だと思いますが」
「分かった。あのさ、私ひとりじゃ、とても子供みんなみきれないよ。人増やせない？」

確かにハウナ一人では、勝手に預けていく子供全員を見るには大変だし、子供の命にもかかわることだ。

「そうだ。クワイエットさんにも働いてもらえるように、聞いてみます。だめだったら、私が早く帰ってきます。ここの大家さんから出ていくように言われてまして、なんとか落ち着いたら、人員増やせるように言ってみますので」
「そんな大事なこと急にあっさり言わないで！！」
とハウナにアルは怒られたのだった。
その後アルはクワイエットさんに子供預かり所の手伝いの仕事はどうかと聞くと、水商売のない昼間ならいいと言ってくれた。
クワイエットさんには教会で月見草の中毒が治るので、近いうちに教会に行こうと伝えてある。
クワイエットさんは、泣きながら中毒症状が治ることを喜んでいた。

よかったと、アルは嬉しくなった。