記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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第89話 たくさんの花

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その時教会の窓が割れて、外からソニアが降ってきた。

この世には二つの存在がいる。同一でいたいもの。個体でいたいもの。助け合おうとするもの、助け合わないもの。

「おかえりなさい、ソニア」
にっこりカタリは微笑んだ。
外から騒がしい人間の声が聞こえてくる。

「アル逃げるぞ。今ここら辺一帯が燃えている」
ソニアの口元は、血まみれである。苦しそうに短い咳をして、ソニアは口元をぬぐう仕草を見せている。

「ソニアさん、もしかして毒がまだ解除できていないんじゃ」
アルは血の気が引く。

「今はそのことはいい。ここから逃げるぞ」
ソニアがアルの腕をつかんだ。

ドア付近から人の大声と、カギがかかっているドアを開こうとする物音が聞こえてくる。この部屋にあの甲冑を着た騎士の男が、この部屋に侵入してこようとする物音だ。

このままじゃソニアは捕まる。この弱ったソニアと、足手まといの人間がいた状態では、逃げ切れないだろうことが分かる。
アルは一つの結論に達した。

「ソニアさん、よく聞いてください」
アルはソニアの腕を引いて、立ち止まる。

「なんだ、アル。話はあとにしろ」

「このままでは逃げ切れません。私はここに残ります。ソル君たちが、獣人の施設に掴まっているようです。助けてあげてください」

「アル。馬鹿なことを言うな。一緒に逃げるんだ!」
焦るソニアのその様子は、不思議と駄々をこねているときのソルによく似ていた。
その様子を見ていたら、こんな時だというのにアルは笑いがこみあげてくる。

「私はここに残ってやるべきことがあるので、一緒に行きません」

「アル!」
ソニアの悲しげな顔。

にっこりアルは微笑んで、言った。
「また、会いましょう」

ソニアの腕を振り払う。

ドアがけ破られる。
次の瞬間、アルは入口の方に走って、男にしがみついて、思いっきり目をつぶって願った。
どうか、ソニアが逃げきれますように。
すると、なぜか周囲を埋め尽くす花があふれ出してきて、部屋が花で埋め尽くされて何も見えなくなった。
そのままなんだかアルは強い眠気に襲われて、壮絶な花の匂いの中、目をつぶって意識を失ったのだった。
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