記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。（多分）

第94話 シルベリアの騎士 １

　教会では一人目覚めない人間がいた。
正義と裁定の女神であるシルベリアの騎士は、皆その目覚めないアルという人間を取り囲んでざわめいていた。
「なんて、美しい人間なんだ」
シルベリアの騎士からは、そんな声が漏れる。そして執拗に眠っているアルを見る視線に、熱いものが混じり始める。

責任者の立場のヴェルディは、内心舌打ちする。

この治安の悪いこのスラムに派遣された裁判の役目のシルベリアの騎士は、王族直轄である新鋭騎士の軍部とは違って、上層部も含めたエリートコースから外れた反貴族派が多い。よって容姿もすぐれず、このスラムである下町などで女をあさるものが多い。
シルベリアの騎士たちは、美しい人間に耐性はない。そんな人間が次にとる行動は想像に難くない。

ヴェルディは自身がシルベリアの騎士であることに誇りに思っている。裁定と正義の女神であるシルベリアは人々のために血の涙を流し続ける神なのだ。
アルという人間がどうなろうが知ったことではないが、シルベリアたる騎士が下種な行動をとることは、ヴェルディには許せない。

「しかし、なんでこの人間目覚めないんだろうな？」
ヴェルディの部下であるキタリスが呟く。

「これはシルベリア様に聞く必要がありそうだな」
　シルベリアとは女神の名前を与えられ、生神としてこのシルベリアの役目をする人間のことである。
今は第三王女のロゼットが、その役目についている。

「シルベリア様を呼んできてくれ」
ヴェルディはキタリスにそう命令すると、彼は敬礼して教会を出ていく。

「ヴェ、ヴェルディ様、俺ここでこいつを見張っています」
部下のソラルはひきつった笑みを浮かべながら、そういう。
相変わらずソラルの顔は不細工であった。
まぁ、ヴェルディも人のことはいえないが。

顔面など関係ない。その人の行いこそが、すべてだと、ヴェルディはそう信じている。

「いや、いい。何故か外が騒がしい。全員外を見回ってきてくれ」
ヴェルディの命令に、一応に部下は剣を掲げ上げ、騎士は外へと出ていく。
ヴェルディは、ソラルの顔が一瞬不満げになったのを、見逃さなかった。

ヴェルディは、忌々しく眠っているアルの顔を見降ろす。剣をアルの首元に突き付ける。

「獣人どもをたらしこむ、売女め」

その瞬間、腹が立ったヴェルディはアルを引き寄せて、むさぼるように口づけた。
この人間への罰が必要だと、ヴェルディは思う。無防備な様子でヴェルディを、誘った。
無防備であるこの人間が悪い。
ヴェルディは罪を裁く人間だ。その人間が間違いなどあるわけがないのだった。