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第113話 牢屋の中の改善作戦①
しおりを挟むあと少しでシルカやソルに会えたのにと、アルは唇をかみしめる。薄暗い牢屋の中は強烈な臭さが充満していて、アルの鼻をつく。
何だろうこの臭さ。
アルが牢屋の周囲を見ると、獲物を狙う目でアルを見ている狼の獣人や、傷口を抑えて苦しんでいる狼獣人の姿がある。
ひどいありさまに、アルは心を痛める。
牢屋の中の人権がまったく守られていないことが分かる。アルは自分の手を見る。
「いやぁ、助かりました。性処理係、僕だったんで」
そんなことを言って、白い狼がアルの横にやってきて、アルの肩をポンっと、叩いた。
「性?」
なんのこと言っているのかアルはわからない。
「ああ、自己紹介まだでしたね。僕はシラノという狼獣人で、この牢屋では一番下っ端で、この牢屋で男どもの性処理をさせられてたもんで」
「え」
嫌な予感に、アルから血の気が引く。
シラノはアルの腿に手を置く。
「今度僕も、お願いしますよ。女抱くの久しぶりだから」
そんな不吉なことを言う白狼だった。
「いえ、わたし、男ですし」
「大丈夫!女にしか見えないです!それに僕も男です」
ポンっと、シラノに肩を叩かれるアル。
アルに注がれる視線が、空恐ろしいものなのに気づく。まるでアルのことを獲物のように狙っているような。
その中で、アルは苦しんでいる獣人のうめき声にも気づいた。衛生面がすこぶる悪い中、傷を抱えていたり、力なくうずくまっている獣人に気づく。
アルはそちらに向かって歩き出した。
今のアルには花を出す力がある。
苦しんでいる獣人を救えるかもしれない。
「大丈夫ですか?」
アルはうずくまって無くなった手をかかえる獣人に声をかける。
「うるさい。人間がこちらにくるな!それともなにか?抱かれたいのか?お嬢ちゃん?」
にやりと笑う獣人の男は、相当憔悴して見える。
アルにそんなことを言うので、アルは花を出して説得することにしたのだが、魔法の花が出すことができない。
どうしたものかと、アルは焦る。
「傷をお医者さんに診てもらいましょう?私が頼んでみますから。大丈夫ですからね!」
必死にアルがいう。
すると獣人の男はせせら笑う。
「あいつら人間が俺らのことなんて見るもんか。あいつらは俺らを同じ人間だと思ってないからな。まぁ、俺らは獣人だから」
「そんなことないです!私が頼んでみますから!」
「おいお嬢ちゃん、何してる?俺らの相手してくれない?」
背後からアルは肩を掴まれ、強引に後ろに振り向かされた。背後には灰色狼そのままの顔をした大きな口の男がいた。
口は磨いていないのか、ひどい臭気を放っている。
だからアルは正直に言うことにした。
「臭いから、無理です!!みんなお風呂、いえ水浴びできるように、お願いしましょう!このままじゃ皆さん、病気になってしまいます!!」
そう叫んだアルに、皆目をまん丸と見開いた。そして皆ではなく、半分の獣人はげらげら笑いだした。
そのころヴェルディは部下に、軍にいるソニアたちのことを探らせていた。だがことごとく失敗した。一切軍はソニアたちの情報を隠匿してる。
「これは厄介だな。もみ消しているか」
軍が隠したがっているものを、無理やり暴くのは、ヴェルディにも命がけになるだろう。そんなことはどうでもいいが、もしソニアがアルにとって大切な人間だとしたら、どうしたものかと、ヴェルディは考える。
ヴェルディの手にならば、法律なぞいくらでもかえられる。
一夫多妻でも一妻多夫でも改ざんできる。人は法律のために存在しているのではない。法律は人のためにあるのだ。
ヴェディは人の視線を感じて、鏡の方に目を向ける。
そこには金の長い髪に、銀の瞳の長身の男が映っていた。男は無表情なのに、どことなくヴェルディのことを呆れたように見ている。
鏡に映るその男こそ、シルベリアの剣の化身の神の姿だと、ヴェルディは知っている。
「すまないな。俺には法よりも大切な人間がいる。その人間を俺は守る」
正義なんぞヴェルディにはどうでもいい。ふさわしくもないだろう。天秤のように平等ではもうないのだ。
ヴェルディはそのシルベリアの剣に触れ、無造作に飛んできた黒い剣をはじく。
酷い臭気をはなつ黒い短剣だ。触れたら命はないだろう。
黒い影からまた人が浮かび上がる。また一人浮かび上がる。複数の仮面をかぶった男が、ヴェルディの前に現れる。
一瞬またヴェルディの父親の資格かと思ったが、その男たちの制服を見て、すぐにヴェルディは気づく。
「お前達軍部の刺客か」
軍には要人を暗殺する部隊があるのを、ヴェルディはよく知っている。どうやらヴェルディは、軍にもう目をつけられたらしい。
軍相手に、ヴェルディはどこまでやれるかわからない。
だがヴェルディは私利私欲に走ったとはいえ、シルベリアの下僕だ。ヴェルディは、シルベリアの剣を引き抜いた。
シルベリアの剣は、もとは女神シルベリアの兄神の化身だ。
罪を裁くもの。
「かかってこい」
ヴェルディはこの法庁のなかで、最強の剣技の持ち主だ。負けるわけにはいかない。刺客は左右に動く。
ヴェルディの視覚をくらまそうというのだろう。
飛んできた短剣をヴェルディはよけた。
刺客は前からと、背後からと、ヴェルディに迫ってくる。ヴェルディは咄嗟にそれを横に避ける。
刺客はそれを呼んでいたようで、横に避けたヴェルディの背後すぐにあらわれる。
ヴェルディの背後から剣を振り上げようとする刺客は、突如前に現れた剣に貫かれて、倒れこんだ。
ヴェルディはそれをよんで、背後に剣を向けていたからだ。そのままヴェルディは前からくる刺客に、剣を振り上げた。
ヴェルディの周囲の地面の影から、複数の剣が具現化する。影から剣を呼ぶことができる。これはヴェルディの力だ。ヴェルディの父親にも似たような力がある。
この法庁は、魔法は使えない。それに厳重に警備されて、害意志がある人間は入ってくることはできないはずだ。
「何者かが、手引きしたか?」
ヴェルディは思案していると、慌てた様子でドアが開かれた。
「ヴェルディ様!ご無事ですか!」
部下のキタリスだった。
「ああ、大丈夫だ」
「こいつらは、軍部の制服ですね。刺客ですか?」
「ああ。俺を襲ってきた。厄介だな」
「でもどうしてでしょうか?俺たちは王族直属ですから、軍部も手出しできないはずですが」
「日頃から軍部は俺たち法庁を消し去って、併合したがっているからな。いつかこういうことになると思っていたが。だがこうなっては好都合だ。こいつらの死骸をもって、王に直訴してみよう」
ヴェルディはシルベリアの剣を握る。
シルベリアの剣は熱く、波打っていた。
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