記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

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第112話 牢屋の中

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この牢屋の中にいるのはなぜか、オオカミ族の獣人が多い。人間にろくに裁判されずに、無罪や、それに近い獣人が牢屋にいれられている。

牢のなかは過密でトイレはあるが、水浴びはできず不衛生で、病気になっても放っておかれ、取り調べなどで傷を負っても、手当も何もされず放置である。
牢の中は死臭と吐き気がするほどの異臭で満ちている。
獣人たちは、人間を憎んでいる。

獣人専用のはずの牢屋に、ある日一人の人間が入れられてきた。
その人間は異様に美しい人間で、女が全くいない牢屋の中で、牢屋の中の皆そわそわしていた。
何も楽しみもない生命の危機になっているなかでの、美しい性の相手の登場である。
牢の中は生き地獄であるし、生命の危機だと、異様に欲があがる。
ほとんどの皆が、その人間に触れたいと願う中、狂人の黒狼のクロウが、そのなぜか眠り続けている人間の首を絞めては殺し、また絞めては殺し続けていた。
そしてその人間は首をおられて死んだはずなのに、なぜか元に戻って死んではいない。

その様子を、茶色狼獣人のミストは内心戦々恐々しながら見ていた。ミストはヴェルディというお偉いさんから、投獄されてくるアルという人間を守れば、刑を軽くしてくれると確約されている。
なんとかアルという人間に近づきたいが、クロウがその人間の上から離れない。クロウに犯され、首を何度もへし折られているのを見たミストは、刑を軽くしてもらうのを、諦めていた。

「ふぅー」
ミストは手に入れていた香り煙木の、煙を吐き出す。今日もクロウはその人間の上にまたがっている。
その人間さえ守れれば、外に出て他の女も抱きたい放題なのにと、ミストは苛立ち、声を上げる。

「クロウ!お前いい加減にしろよ!何度その人間を殺そうとするんだよ!!見てて、ねざめがわるいんだよ!」
ついにミストは切れた。
牢の中のやばい連中以外は、一様に頷く。

一方言われたクロウは、ぽつぽつ呟いている。
「殺さねば、殺さねば、殺さねば」
ずっと狂ったように、殺さねばとつぶやいている。
クロウは眠り続けるアルという人間しか見ていない。

ミストは手で顔を覆って、ため息をつく。
いつものようにそのまま地獄のような時間が過ぎていく。そう思われていたのだが、その日は違った。
間が抜けた澄んだ声が牢に響き渡る。
「あの、痛いのですけど」

聞いたことがない人間の澄んだ声に、牢屋の中の皆が息をのんだ。そして牢屋の皆、恐る恐るその人間の顔を見た。
その人間は怯えた様子で、きょろきょろ周りを見ている。
その人間は想像以上の美貌の持ち主であった。
牢屋の中で、歓声が上がる。その美貌の主のアルは、その歓声にきょとんとしていた。
アルは突然クマのぬいぐるみからの牢屋の中にいる本体の帰還に、寝ぼけていて脳味噌がついていけてなかったのだった。

前の前の晩、その人間が目覚める前。
クロウはある晩も首を絞めていた。その眠っていた人間は目をさまして、口を開く。
「ねぇ、殺せないでしょう?」
その人間はにやりと妖艶に笑う。

クロウは憎しみをこめて、その人間を睨みつける。
「殺すさ。害虫どもは駆除しなければならない」
そう人間どもは虫と同じだ。殺さなければ増えて、獣人に牙をむく。クロウは人間の頭を引き寄せると、口づけた。
人間の首に爪を立てた。

くすくすその人間は笑う。
「まるで私を犯すあなたは、あなたが憎む人間のようだね?」
魔人は人の暗い心を読んで、笑む。

クロウはそう聞くと、血のような目を細めて、笑った。
「くく、本当に面白いことを言う。人間は虫だ。救いようのない害虫。お前らと俺を一緒にするな」
「そう?残念だね」
もう一度クロウはアルの首に手をあてると、思いっきり人間の首を締め上げた。
そして、殺した。
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