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第111話 ソニアたちの行方
しおりを挟むそこにはこのデルヘア国の第一王子のオウルが、守護聖獣を連れてそこにいた。
「疲れたな」ぼんやりアルは呟く。
早くソニアたちと穏やかな、あの忙しい日々に戻りたい。
「みんな」
「何を泣いているんだ?」
ソニアの顔がアルの前に現れる。
「そ、ソニアさん!?」
アルは驚愕し、手を伸ばすが、ソニアだった顔は崩れて、闇に変わり、そこからにやにや顔の漆黒の髪と瞳の男に変わる。
魔人のキリルがにやにや笑いながら、そこにいた。
「君さ、殺されかけて死にかけているのに、寝ているなんて暢気なもんだ。君が無事でいるのは俺と龍の卵のおかげなんだけど、ねぇ」
真っ暗な空間だ。
「あの、ここは夢の世界ですか?私は薄暗い牢屋の中にいたはずなんですけど」
そうアルは牢屋の中にいたはずだ。ろくな目に合わなかった。
「そう。ここは君の意識下の世界だよ。俺は君の内部にいる」
「内部って?私の体の中ってことですか?」
「まぁ、そういうことになるね」
「あなた何なんですか?あなた、私の体勝手に少し動かしていますよね?」
アルは目の前のキリルを睨みつける。
「君さ、君の内部なんの神かはわからないが、喰われて、浸食されたのに気づいている?だからこそ、君を犯そうとした人間の連中は、君の下半身の内部に入ることはできない。
君の内部は無だからね。一部だけだけど。
だから魔人である俺が、君の何もない内部を俺が支えているんだけど。感謝してほしいね。所詮は俺の本体が作っている偽物だけど。男どもは君を犯すことができたと喜んで、俺の擬態した手のひらにますをかいていくよ。げっそりするね。
このまま君が神に侵食されたら、君は神隠しと同じでどこの世界にも存在できなくなくなるんだよ」
キリルはげっそりしながら、そんなことを言う。
アルにはキリルの言っていることが分からず、首をかしげる。
キリルの言っていることはわからないが、アルには一つだけ気になる点があった。
「……昔、一度私は神に願ったことがあるんです。姉を返してほしいと。だからその代償でしょうか?」
アルはどうしてこの世界に来たのだろう?
そうあの時すべてを失ったのだ。アルは。その後の記憶が何故かまったくないのだが。
「俺は魔人だよ。魔人は人の影だ。君の後ろめたい感情気持ち、君の薄汚い心、そう魔人は人の心をかなえる存在だ。君が認めたがらない、ね」
キリルは手を伸ばして、アルの額に触れた。
アルは俯く。
「君はとっくに死にたいと願っていたのだろう?」
魔人のキリルには、人の想いの暗い影が克明に見ることができる。
「そんなこと思っていないと、…思いますけど」
そういっていてアルは気づいた。
記憶は戻っていたと思っていたけれど、ほとんどまだアルの記憶は戻ってきていないことに。
「そう」
にやりキリルは笑う。
「私は行かなければならないところがあります。あまり私の体で好き放題しないでくださいよ!」
「どうしようかな?まぁ、そのほうが面白そうだし、今は眠っていてもいいよ」
「よろしくお願いします!」
アルは夢の中、クマの姿になるとその場から走り出した。
アルはてぃでぃべあの熊の姿で目を覚ますと、目の前には何やら言い争う人たちの声がした。
アルのクマのぬいぐるみの足の部分が、なぜかちぎれかかって綿が見えている。
何故こんなことに?
「起きたのか、アル殿」
にこにこ鬼のギゾルが、アルの顔を覗き込んだ。
「は、はい」
筋肉粒々ででかいギゾルは間近で見ると、圧力があるなと、アルは内心少し怯える。
「物言わぬものに戻ったのかと、驚いたのだぞ?よかったな」
ギゾルはポポムの肩を叩く。
目を覚ましたクマのぬいぐるみに気づいたポポムは目を見開き、アルに抱き着く。アルは「ぐぇ!!」と内臓が出るような心地を味わう。
「しかし、なんで皆争っているのですか?」
そうアルの目の前で、人々が争いの声を上げている。
「それがな、アル殿を独り占めしようと争っているのだ」
「わ、私を!?」
「正確には万病を治す花を求めてな。アル殿が寝ている間、花の取り合いが始まったのだ。花は次々消えていくから、阿鼻叫喚だ。獣人が隠したのではないかと叫ぶ奴もいて、な。そもそも獣人を嫌う人間いて、収集つかんのだ」
やれやれと、ギゾルは肩を回す。
「すぐに花を出しますね」
一瞬どう花を出していたのか、アルは忘れていて、とにかく強く願って、もふもふの手を前に出す。
そこから花が大量に飛び出した。
大量の花は、言い争っている人々を吹っ飛ばした。
あ、花だしすぎたと、アルは冷や汗をかく。
人々は大量の花を見ると、歓喜の声を上げる。
アルは叫んだ。
「獣人も人も仲良くしてください!!そうしないと、私は花をだしませんから!」
獣人を奇異の目や憎悪の目でみていた何人かの人々は、アルから目をそらした。
「アルさん」
懐かしいその声に、アルはそちらに視線を向ける。
そこには相変わらず美しい顔のエルフのジルがいた。
懐かしいようなやっと会えた感情がこみあげてきて、アルは涙ぐみながら、ジルの方へとぽてぽてと駆け寄る。
「あなたは、また妙な姿になってしまって。何故そんな姿なんです?」
訝し気なジルの顔が、アルのことを見る。
「ジルさん、よく私の今の姿で、わかりましたね」
「それは、一応あなたには、私の刻印が刻まれていますからね。姿かたちが変わったくらいでは、私の刻印からは逃れられませんよ」
「なんですか、その刻印。怖いですけど。あ、あの、ソニアさんたちは、子供たちは、皆はどうなりましたか!!」
焦った様子のアルは、ジルにつかみかかる。
「落ち着きなさい。あなたの家の皆は無事です。スノーリーとかいう男はうるさいですけど」
「……スノーリーさん、何かしましたか?」
「あなたと妻を探せ、探せうるさいんですよ。ソルやシルカは無事戻ってきました。ソニアと狼が助け出したそうですが、ライは捕まってしまったそうです。ソニアもライを助け出そうとして、行方が分からないです」
「そんな」
アルの目から涙がこぼれ落ちる。その涙をぬぐい、必ずソニアとライを助け出そうと覚悟を決める。
「馬鹿者どもは獣人を排除せよとか言ってきかないですし、一部の獣人も人を憎んでいるしで、もう仲裁が大変で問答無用で、今魔法で黙らせている最中です」
異様に目が座っているジルである。
どうやらジルは苦労しているらしい。
ジルはため息をついて、口を開く。
「それで、あなたの本体は今どうなっているのですか?詳しく聞かせていただけますか?」
アルはジルに今現在の状況を詳しく、全部話すことにした。
「ほう?アル殿は今現在の熊の姿ではなく、本当は人の姿なのか?」
隣でアルの話をきいていたらしいギゾルが声を上げる。
「そうです。無実の罪を着せられて、今現在は収監中なんですけど。無罪も何も、罪状は別にないように思うんですが」
「また厄介なことになっていますね」
「はい。でもヴェルディっていう方が、ソニアさんたちの無実を証明してくれると言ってくれているので、大丈夫だと思います!」
(多分)
「どうせその男はあなたに言い寄っているんでしょう?」
静かなジルの瞳が、アルを射抜く。
「な、なんでわかったんですか!?」
ジルはため息をつく。
「そりゃわかりますよ。捕まえておいて無罪を証明してくれるなんて、怪しさ満点じゃないです。どうせあなたの顔に惹かれたのでしょう」
「いえ、きっと正義の女神のシルベリア様も味方してくれるでしょうし、大丈夫だと思います!」
ポンっと、アルは胸を叩く。
「ほう?アル殿は別嬪なのか?アル殿の本体を見るのが楽しみだな」
興味津々と言った様子でギゾルが、話に入ってくる。
「男ですけどね」
「そりゃぁ、残念なことよ」
くくっと、ギゾルは笑う。
鬼は酒と女に弱いというのが、昔からの業よ。とギゾルは言って笑う。
ジルは頭をもんで、ため息をついた。
「そうだ。ジルさん、ジルさんもエルフですよね?ポポムさんと同じ」
「そうですが?」
いぶかし気にジルは、ポポムの方を見る。人見知りのポポムは、アルの背中に隠れた。背の低いアルの後ろでは、ポポムの姿は丸見えだが。
「同じエルフ同士で、ポポムさんのこと頼みます!」
そう元気よく言ったアルのジルの刻印のある場所が、壮絶に痛みアルは泣きながら悶絶したのだった。
絶対零度のジルの瞳が、アルを見た。
アルは怖くて、よくわからずに一応ジルに何度か謝った。
「まったく厄介ごとをもってくるんじゃありませんよ!」
ジルはぷんぷん怒りながら、芋をゆでてつぶしたものをぼろぼろになって、横たわっている人に配り歩いている。
アルもそれを手伝う。
「すみません。けどポポムさん心細いと思うんです。同じエルフだったら心強いと思いまして」
そういうアルを見て、鼻をならすジル。
そうもしながらジルは横目でポポムの様子を隠れてみていることを、アルは知っている。相変わらずなんだかんだ言って、面倒見がいいジルなのだ。
アルには極端に冷たいけれど。
早くソルとシルカに会いたいと、アルはジルの元へと走る。ところがアルはジルの元へと早くいきたいのに、ひどい眩暈を感じて走れず、その場でよろめいた。
視界が揺れて、意識が遠くなっていく。
「アル!」
珍しいジルの切羽詰まった声。
いつもジルはアルさんと、さんづけでよぶので、呼び捨ては珍しい。
心配してくれてるのかなと感じつつ、アルはぱたりとその場の面に倒れこんだ。
「アル!!」
ポポムが走って、倒れこんだアルの元まで走ってきてくれた。
アルの口元から大量の血が流れ落ちた。
いや、クマのぬいぐるみ姿でも血を吐くんですか?と不思議に、アルは思う。
会いたいなと、アルは漠然と思う。ソニアたちに、ソニアに会いたいとアルは願った。
意識がもうろうとしている中で、アルは大切なことを思い出す。
「ジルさん!私の花を食べると、傷とかなんか少し回復するみたいです。いろんな人に食べさせてあげてください」
ジルは静かに、クマのぬいぐるみを拾い上げた。
「知ってますよ。聞きましたし、見れば異様な魔力を帯びた花だとわかります。あなた今極端に魔力が減って見えます。おやすみなさい」
ジルはアルのガラスの瞳に、手のひらを当てた。
アルの目から涙がこぼれ落ちる。
アルはとても疲れていた。
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