記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。（多分）

第119話 牢屋の夜 中 撃破

正確な時刻や、牢屋には日の光はあまり届かない。だが、なんとなく眠たくなるので、わかる。
アルの体がカタカタ震えてくる。
夜になると、クロウは毎夜アルを殺そうとやってくる。凄まじい苦痛の時間の始まりだった。

「今度こそお前を殺す」
巨大な狼の姿のクロウが、アルの元へとやってくる。
牢屋の中は魔力を封じられているせいか、皆狼獣人は人の姿ではなく、本来の狼の姿をしていた。

クロウは毎夜アルの元へとやってくる。
アルを傷つけ、犯し、最後には首を絞めて殺す。そうアルは何度も殺されているのに、なぜか死なない。
何度も凄まじい苦痛と死を経験し、アルは精神的に病んで狂いそうになる。そんなときは、アルはソニアたちや、子供預かり所のみんなを思い出して、なんとか心をつなぎとめていた。
ここでアルが狂ってしまったら、みんなに会えなくなってしまうのだ。

そう思っているのに、アルは恐怖で体が硬直してしまう。
「あ、う、あ」
意味のない言葉が勝手に口から突いて出る。

クロウは、アルの目と鼻さきにやってくる。血のような鮮やかなクロウのよどんだ赤い瞳が、アルの目を覗き込んだ。
「あいつらは俺のエミルナの腹を裂いて、子宮をえぐり出していたんだ」
そうクロウは言うと、うずくまるアルの腕を、鋭い爪先で引き裂き、アルの腕をつかんだ。

「お前の腹の中も見てやろう」
クロウは無表情に宣言する。

アルは恐ろしくて、怖くて、ソニアの姿を強く思った。
強い想いは魔法になると、言っていたから。


『アル』
聞きなれたソニアの声が聞こえてきて、アルはびっくりして、
ソニアの声の方を見ると、そこには狼の形をした黒い影があった。その陰の狼は黄金色の瞳をしていた。
『アル、俺はお前とともにある。俺はお前の力になる』
そう影の狼は、ソニアの声で言う。
すると、アルの体に力が湧き、不思議なことにアルの右手が不思議な輝きを放って見える。
「な、なんだろう？これ」
アルが影の狼をみると、影の狼は一つうなずいて見せる。
それだけでアルはすべてを、なぜか理解する。

『敵を打ち払え！』

アルは右手を振り上げ、クロウに向かって思い切り、振り下ろした。クロウの体は吹き飛び、牢屋の壁を突き破った。

すごい力である。
アルは呆然としてしまう。

それで終わりだったらよかったのだが、牢屋の瓦礫の中からクロウが口元の血をぬぐい、すぐさま立ち上がったのが見えた。
「よくもやってくれたな」
萌えるような狼の姿である赤いクロウの目が、アルを見据える。
アルは恐怖で謝罪をしそうになるのをこらえ、クロウを睨みつける。
クロウには、アルを取り巻く狼の守りの力の魔法がうずめいているのが見えた。クロウの属性は、影だ。
憎悪し、腐食で相手をむしばむ魔力がある。
魔力をここでは使えないはずなのに、クロウの魔力は戻ってきていた。

「俺に逆らうな」
「お前を殺す」
「お前は存在してはならない。俺が俺でいるために」
「お前は俺の獲物だ」
クロウは区切り区切り、重々しく言う。まるで死刑を宣告する死神のように。