記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。(多分)

松井すき焼き

文字の大きさ
162 / 172

幕間 狼は雪のなか ソニアの話 1

しおりを挟む

狼の里は深い深い雪のなか。
子供のソニアは、獣の生き血で自我に目覚める。それまではぼんやりただ存在しているだけだった。

ソニアの父親のヴォルガが獲物を仕留めている。

「さぁこい、いくぞ。手間取らせるな」
父親が呼んでいる。
ぼんやりしていたソニアは、歩き出そうとする。
死にそうな獲物の悲しい鳴き声と、血の匂いに、立ち止まる。

ソニアはぽつりと、呟く。
「かわいそう・・・」

ソニアの父親と母親は、ソニアに対して無関心だった。ソニアのご飯もあまり用意をしたことがない。
寒い雪山での生活は、みな自分のことで手一杯だ。幼子の面倒など見る者はいない。ソニアは一人で寒さと飢えを耐えていた。

 遠くで狼のなく声がする。

ソニアは飢えに耐えられない。ソニアを子減らしのためか、雪山から突き落とされた。
寒さ、悲しみ、苦しみ。それすらも圧倒的に打ち消すほどの、凄まじい飢餓。
ソニアは吹雪のなか一人うずくまっていると、巨大な白い狼が呻き声をあげながらやってくる。
ソニアを食らおうとするそのオオカミを、ソニアは素手で殺して、貪り食った。
狼は死の間際に、何かつぶやいたようだが、ソニアは聞き取れなかった。
獲物を殺して食べて、里に戻ることができた。

死の淵から戻ってきたソニアを、なぜか神殺し呼び、恐れられるようになった。
不思議なことにソニアはそれからいくら食べ物を食べても、満腹感というものを感じないようになってしまった。

満たされない思いは、ソニアの中でずっとくすぶっている。

いつからか、オオカミの神と呼ばれるフェンリルが死んだと伝え聞く。ソニアが殺して喰ったあの狼が、フェンリルだったのかは知らない。
そのせいか、雪山だった狼たちの住み家は、なぜか雪のすべてがとけ、雪山ではなく乾いた大地へと姿を変えていった。

「お前はバケモノだ。それを、忘れるな」
そう父親がソニアによく言っていたのを、覚えている。

いつしか狼のボスに、ソニアの父親ヴォルガがなった。ヴォルガは狼獣人の群れのなかで、ハーレムをつくり、何人もの子供を産んだ。

ソニアの母親は、ソニアにつらくあたるようになった。
そのうちソニアは笑えなくなってしまった。まぁもともとソニアは自分の感情が分からず、表情はほとんど無表情なのだが。

そのうち春が来て、ソニアの弟と妹が生まれた。
ソニアの弟も妹も、母親は「不細工」と呼んで、育児放棄してしまったので、ソニアが兄弟たちの親代わりになった。
必死に子育てをするが、ソニアの父親が族長であることで、他の狼獣人の男たちは嫉妬の目を向けられることになってしまう。

獲物は群れで分けなければいけないというのに、他の狼獣人たちはとらえた獲物の肉を、ソニアとソニアの兄弟たちに与えようとはしない。
ソニアの父親は、他のメス狼のもとにいて、もうソニアとは赤の他人だ。
このままではソニアの兄弟は飢えて死んでしまう。

ソニアが幼いころから、必死で魚や食べられる草を探し回った。
何度も風邪とか毒草で死にかけながらも、ソニアは奇跡的に生き残った。ソニアが十代のころ、もっと稼ごうと冒険者になるため、村を出た。

生きることに必死だったソニアは、死にそうだったエルフのジルに出会う。ジルや冒険の仲間に助けられながら、姉弟のソルとシルカを育てられることができた。

ソルとシルカの名付け親は、実はソニアなのだ。
ソニアにとって、ソルとシルカは兄弟でもあり、己の子供みたいな存在だった。

ソニアは獣人であり不細工であるため馬鹿にされ、冒険者としてのしごとの報酬も安くされてしまうことが多い。
金がなかった。
金がないので、仕事に行かねばならない。頻繁に外出するとき、ソルとシルカはピーピー泣く。
寂しい思いをさせていると、ソニアは申し訳なく思いながら、ソルとシルカの頭をなでて、振り切るようにでかける。

一人での子育ては辛かった。
ここはスラムだ。治安が悪いこのスラムで、まだ幼いソルとシルカを置いていくのが、ソニアにとって、身を切るようにつらかった。


何とか仕事をこなして帰り道ソニアは、道端で一人佇む少女に出会った。
少女はにっこり微笑むと、手招きして指をさす。
その指をさしたほうには、一人人間が立っているのが遠めに見えた。
少女はもう一度微笑むと、そこに存在していたのが嘘のように消えた。

少女が指さしたほうへと、ソニアは向かった。

そこには一人の凄まじい美貌の人間が佇んでいた。

凄まじい美貌の人間に、ソニアは内心動揺した。
なんでこんな治安の悪いスラムの街に、こんな美しい人間がいるのか?
ソニアはこの人間が心配になると同時に、警戒心がもたげていた。
上の方の都市に住む貴族の愛人か、誘拐犯から逃げてきたのか?

ソニアの兄妹を危険にさらすわけにはいかない。
けれど、その人には害意志を感じない。
その人間は記憶がないという。何かソニアたちを害をなそうとしたら、すぐその人間を排除しようと決意を込めて、ソニアはその人間を家に招くことにした。

ソニアは、名前も思い出せない人間のことを、アルと名付けた。

それが、ソニアとアルという人間との出会いだった。

アルという人間はソニアにとって、なくして叶わなかった家族のぬくもりそのものみたいな人間だった。
アルは、いつもソニアの調子が悪くないか心配してくれて、食事まで用意してくれる。
ソルやシルカのことまで、本当の親のように接してくれる。

勝手にソニアが調子悪そうだと、アルはいつも蜂蜜を入れたお茶というものを持ってきてくれる。
ソニアは物心ついてからずっと、誰かの面倒を見て過ごしてきたので、ソニアの面倒を見てくれる人に出会ったことに、正直どうしてよいのか戸惑っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない

仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。 トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。 しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。 先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...