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幕間 狼は雪のなか ソニアの話 2
しおりを挟む弱みを見せると襲ってくる人間や獣人が多い。
アルにも弱みを見せまいと、ソニアは気をはっていたが、アルがお茶を入れていれてくれるたび、なにか緊張が解けていくのを感じる。
だが人間はいつ裏切るかわからないと、油断はできない。
もしアルが裏切った時に、ソルやシルカが傷つくことがないように、エルフの冒険者仲間のジルに依頼して、家の室内を遠くでもわかるようにしてある。
人やアルに害なす意志がある時には、アルをこの家から外に放り出して、二度と入れないようにもしてある。
ジルの従属の印もアルに刻んであるし、大丈夫だろう。
アルが家に来て何日してから、あれだけソニアが離れるたびに、泣き叫んでいた弟のソルに変化が訪れた。
アルにべったりになり、ソニアが出かけても、笑顔で見送るようになった。
「アルと結婚するー!」
「シルカもー!!」
ソルとシルカはにこにこ笑顔でそんなことを言い出した。
「……アルは天女だ。天にいつか帰るかもしれない」
ソニアはぽつりと気が付いたら、そんなことを呟いていた。
アルをずっと留めてはおけない。
「天女ってなに?天??」
「別の世界から来た人間のことだ。いつかその世界に帰るかもしれない」
「そんなのやだー!!!!」
泣き叫ぶソルとシルカをなんとか、なだめる。なかなか泣き止まず、アルがやってきて、ソルとシルカを抱きしめている間に、ソニアは仕事のために外へ出た。
アルはいつか消えてなくなるかもしれない。ソルとシルカには、夢を見すぎてほしくはない。
ソニアの仕事は冒険者だ。冒険者と言えば聞こえはいいが、ようは何でも屋だ。
その日の仕事はコクロの森に出没する人食いの獣を狩ることだ。
仲間と打ち合わせをしていると、大柄な冒険者の男が近づいてくる。
「よお、ソニア、お前の家に、別嬪さんがお前のうちにいるんだって?」
熊獣人のニコルだ。
ニコルはいちいちソニアを目の敵にする厄介な存在だ。
「ただの客人だ」
「はん!お前みたいな不細工に、女が近づいてくるわけないもんな。今度いい女がいる店に連れて行ってやるよ。お前みたいな不細工は相手にされないかもしれないがな」
ニコルの瞳に、嘲りが見える。そして、少しの嫉妬心も。
わかっている。アルがソニアに親切なのは、ソニアにたいして同情や親切心だということを。
「興味がない」
ソニアがそう言った瞬間、ニコルが投げた短剣が、ソニアに向かって飛んでくる。
ソニアは素手でその短剣をつかんだ。
「悪い。手が滑った。今度そのお前の家にいる不細工な女見せてくれや」
にこにこニコルは笑いながら去っていく。
「ニコルの奴、先輩が強いから、突っかかってきてるんすよ」
冒険仲間のレニンがニマニマ笑いながら、ソニアに寄り掛かってくる。そのレニンの顔は、面白がって見える。
ソニアは仕方ない奴だなと、呆れながら見て、次のレニンの言葉に動きを止める。
「アルって人間、先輩の奴隷でしょ。一度抱いてみたいっす。今度俺にも貸してくださいよ」
レニンはソニアの本気の殺気を感じて、動きを止める。
ソニアの体から黒い大きな狼の形の影が出てくるのを感じる。
「アルは物じゃない」
「そ、そうすよね。もちろんソニア先輩から、その女とらないっす!」
慌ててレニンは、降参のポーズ、両手を上げる。
「せ、先輩怖いっす。冗談冗談」
焦るレニンだった。
アルを信用せずにいいように使っている、ソニアもレニンのことをいえた義理ではないと、ソニアの中に罪悪感がこみあげる。
アルは不細工なソニアを見ても、態度を変えずに接してくれているというのに。
その日はついていなかった。
ソニアが倒した獣が、「ふん!いまいち状態がよくない!」と言われて、冒険者ギルドに安く買いたたかれた。
他の冒険者には、同じ状態の獣でも倍の金額で買い取っているのを、知っている。
ソニアは容姿のせいか、冷遇されることが多い。
「不細工」と陰でよく言われているのも、知っている。
容姿で人を判別する人間が多い。
どんな侮蔑も、シルカやソルを守りたい気持ちで、負けない。
顔をよくする魔法や手術だけは、この世界ではなぜか無効化されるらしい。何者かに呪われているのか
ソルやシルカにいい食べ物を買ってやれない。
休みに獲物を狩に行くことにする。
「ただいま」
ソニアは家の布をめくり、室内に入る。
「おかえりなさい」
室内の部屋にいるアルは、眠っているソルやシルカの頭をなでている。
その光景を見ていると、ソニアの中に暖かなものがあふれそうになる。心底ほっとする気持ちだ。
これが幸福というものかもしれない。
「ご飯ありますよ。食べますか?」
「ああ、頼む」
アルはにこにこ微笑みながら湯気立つご飯を置いていく。
アルの料理は、ソニアが見たことないものばかりだ。アルはやはり、異世界から来たものなのだと思う。
スープを飲むと、じんわり体が暖かくなる。
「アルは料理がうまいな。美味しい」
ソニアの言葉に、アルは顔を赤くして、「い、いえ」と、なぜか慌てている。
ソニアは内心不思議に思う。
いつもソニアは冒険者のしごとや、食事作りと子育てで精一杯なので、こんなにリラックスしてゆっくり食事をできるのは、アルのおかげだ。
・・・・しかしアルが目の前にいると、ソニアの心とは裏腹に勝手に体の心臓が高くなってしまう。警戒とは別の意味では緊張にもする。この感情はなんなのだろう?ソニアは疑問に思う。難しい自身の感情はわからない
「すまない。ここ最近食事を作ってもらってばっかりだな。明日の朝は俺が作る」
「あの、私が作ります。ここにおいていただけているだけでありがたいですし。それに、すこしはなしがかわりますが、
あの、私は子供預かり所を始めたいと思っています」
「子供預かり所?」
「働いている親御さんが心配ないように、ここでお子さんを預かりたいと思っています。勝手にすみません。いいでしょうか?」
「好きにしていい」
「子供預かり所で、食事を出したいと思っています。その時にソニアさんたちの食事も同時に作るので、大丈夫です」
「俺も手伝う」
「ありがとう。ソニアさん」
「さんづけしなくても、ソニアでいい」
「さんづけでお願いします」
そこは頑固なアルだった。
食事を食べていると、食事の机に両腕を乗せてアルが眠っているのが見えた。
「アル?」
声をかけるが、アルは起きない。
アルもなれない場所で疲れているのだろう。
ソニアはアルを抱え上げ、寝室に向かう。
ソニアは、静かに布団の上にアルの体をおろす。
寝ているアルの姿が見える。
ソニアは男には興味がない。
アルは男だというのに、美しかった。性別を超えた美しさだ。ソニアも男だ。アルの美しさに何も感じないわけではない。
胸が激しく脈打つこの気持ちはなんなのだろう?
アルは無防備だ。
ソニアには複雑な感情はよくわからない。わかることは生き物は守らなければ、死ぬということだけだ。
だから大事な家族を守る。それだけが、ソニアの存在理由だ。
この満たされない喉の渇きにも似た気持ちは、何なのだろう?
あの日からソニアは飢えたままだ。ソニアの強さに稀によってくる女を抱いても、食べ物を食べてもなお、凄まじい飢えが止まらない。
アル、お前を食らえばすべてが満たされるのか?
ソニアの手から爪が鋭く伸びていく。その爪の先が自然とアルに向かう。
全部アルを血も肉も食らえば、この飢えを満たされるのか?
「馬鹿なことを」
ソニアは爪を引っ込め、天井を見上げた。
ソニアはアルの頭をなでて、寝室を出た。
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