細雪、小雪

松井すき焼き

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血まみれの狼の首を抱え、赤目は片腕で切りつけてくる男を切り落とす。
「すまない。鷹」
意識がぼんやりしていた鷹は赤目の声に、目を覚ました。
・・・赤目?無事?あれ?赤目、胴体とれかかっているよ。
赤目は深い傷をうけ、腹を半分切られていた。腸が零れ落ちていないから歩きやすいのが救いだと赤目は想った。
「お前はもうないが」
鷹は首だけの存在になっていた。
「どこかに僕の胴体があるよ、赤目食べれば?」
「馬鹿な奴だ。お前は生きたくはないのか?俺は今動けない。お前が食え。人が近づいてくるのがわかるか?」
赤目は立っていられず、砂利の上に腰をついた。
鷹は甲高い鳴き声をあげて、赤目の顔をなめた。
「僕はもう首だけの存在だよ。赤目の方が助かるよ」
赤目は長い、長い溜息をついていった。
馬鹿な狼。
「すぐに楽にしてやる」
赤目は鷹の目に手をあて、目を閉じさせると刀を抜いて鷹に向けた。
「健やかに眠れ」
赤目の俊足の居合い抜きは、切られたものが切られた時が付かないほどの速さだった。鷹は微笑んだ。やはり赤目は強くて恰好がいいな。鷹は最後にそんなことを想った。
流れ出した大量の赤目の血の跡を追ってきた男が、赤目にむかって刀を向けた。
走ってやってきた、首がない鷹の狼の胴体がその男に体当たりをしてそれを止める。首のない狼の動くからだに、男は悲鳴を上げた。
「ひ!化け物!!」
だがその鷹の胴体もすぐに力尽きて地面に倒れた。
赤目の目の前に義久は現れた。
「一緒にお越しください」
義久の言葉に赤目は笑う。
「よくやった。義久」
新な男の声が、その場に響いた。
いつからそこにいたのか、友野の王が大勢の兵を連れてそこにいた。膝を地につけようともせず、義久は冷淡な目で後から現れた友野の王を見た。
肉をはむ音がその場に突然鳴り響いた。多くの人間が赤目の方を見て息をのんだ。
赤目は大勢の男にまるで頓着せず、死んだ鷹の首を食い続けている。
見るに堪えぬと大勢は顔を赤目からそむける。
「やめろ!化け物!」
友野の心底おびえた声に赤目は笑う。
「俺は食べることしかしらぬ」
愛することも、食うのと変わらぬ。
血まみれ口。血よりも赤い目。肉を食らうその残酷な姿。友野はあるはずのないその光景に気が狂う。
「義久、殺せ!この化け物を殺すのだ!」
「しかし・・。永遠の命がそこにあるのかもしれません」
「殺さぬならば、私が殺す」
友野の王が赤目の前にでて、赤目に対して矢をむけた。
義久はとっさに赤目のもう片方の手を切り落とした。
吹き出す赤目の血しぶき。
「落ち着いてください。もうこれでこの者は両腕を失いました。もう何もできないでしょう」
友野は荒い息をつき、赤く目を充血させ、荒く息をつく。義久は友野の精神状態を危ぶむ。
赤目の両腕をなくしてしまった瀕死の体。死んでしまうかもしれない壮絶な痛みを赤目は感じ取る。生まれてからずっと何度も味わってきた痛み。
なぜ・・・死ねないのか?
痛みになれた体と、鷹の肉を食って再生する体は痛みに赤目に気を失うことも許さなかった。
幸い刀の切れ味がよかったので切られた当初は感じなかったが、耐えがたい苦痛に気が遠くなる。
何故こんな痛みに耐えて生きなければならない。
激しい怒り。赤目は歯を食いしばり、口に刀を加えて立ち上がる。
まさにその姿は激しい怒りの形相だった。
友野は甲高い悲鳴をあげる。
義久は友野の前に立ちふさがる。
「もう楽にお眠りください」
義久に赤目は飛び掛かるが、もう限界だった。義久に刀が届く瞬間、赤目は力尽きて崩れ落ちた。意識をなくした赤目の体を義久は抱え上げる。
友野は錯乱し、悲鳴を上げながら刀を振り向いている。誰かが止めなくてはならないと、義久は声を上げた。
「落ち着いてください、友野様。我々は不老不死を手に入れたのですよ」
義久の声は友野には届いたのかはわからないが、友野は奇声をあげてその場に崩れ落ちた。義久にはもう友野はどうでもよい存在だった。真に忠誠をささげる存在は今身近にいた。義久は暖かなその体を抱えている。そっと、忠誠をささげる神の背中を手で撫でた。

赤目が次に意識を取り戻したときに感じたのは微かな苦痛。
みると、泣きながら赤目の無くなった腕から男が血をすすっている。
血をすすっているこの男は確か、山賊に襲われ重傷を負っていたため赤目が血を飲ませて傷を治して助けた、仏師になるとか言っていた男だ。
名前は・・たしか、郷。
目を覚ました赤目に気付くと郷は憎しみを込めた強い力で赤目の首を強く締めた。
苦しい。まるで首の骨まで折るような力だ。
郷は呟いていた。
「お前のせいだ。お前のせいで、私はこんな体になってしまった。・・お前さえいなければ、化け物」
両腕がない今、首を絞める両腕をふせぐことはできない。赤目は黙って男を見上げていた。
すぐに正気付いたのか、郷は両手を赤目の首からはなすと、獣のように泣き出した。
「何故、死ななければならない。お前が死ねばいいんだ」
泣き叫ぶ郷のその言葉を聞いて赤目は笑った。
「何がおかしい!」
激昂した郷は赤目を睨み付ける。
「いや、何。そんなに生きたければ食えばいい。言ったはずだ。人や化け物を食らえば体が腐ることがないかもしれぬ」
「お前の血を飲めば、俺の両手はもとにもどるのか!お前のせいで、俺の両手が腐って動かなくなってしまった」
赤目の血をもらった日から、徐々に郷の体から腐臭がしだした。最初は気のせいかとおもったが、だめだった。郷の体の節々が緩慢に動かなくなりやがて両手が動かなくなってしまった」
 郷は生きながら腐っていくのがわかった。 
「・・おれは何のために生きたいのかわからなくなった。仏を彫れなければ死んだほうがましだ!」
「ならば死ね」
赤目の言葉に激情した郷は懐から取り出した彫刻刀を赤目の顔めがけて振りかざした。刃が赤目の右目にめり込む寸前、走ってやってきた義久が郷の首を飛ばした。
「大丈夫ですか?」
とっさによけて赤目の右目には負傷しなかったが、赤目の眉間から血が流れおちている。
「なぜ助けた?」
「あなたは私の神だからです」
義久の神だという言葉に、赤目はおかしくてたまらず腹を抱えて笑った。
「こいつはたまげた。皆俺を化け物と言ったが、次は神か。ご苦労なことだ」
義久は赤目に向かって頭を下げると、言った。
「すぐにごみを片付けるのでお待ちください」
郷の首のない死体の両足をつかんだ義久を赤目は止めた。
「まぁ、待て、そいつはおいていけ」
「わかりました」
何故とは聞かない。義久は赤目の言葉は素直に聞くことにしたらしい。
よくわからないが、赤目を神だと決めたこの義久という男は、なんでも赤目のいうことを無条件で聞くとでもいうことなのか?つくづく人間はわからないと、赤目は想う。
「何かありましたら、部屋の外にいるのでおよびください」
そう言葉を言い残し、義久は部屋を出て言った。
赤目は口腔内を歯で噛み、血を郷の首に垂らした。すると、郷の頭のない体は動きだし、自らの刎ね飛ばされた首を拾って、つけた。
元通りに首と胴体をつなげた郷は床に倒れ、泣き出した。
赤目は笑いながら泣いている男の頭を撫でた。
「何故、泣く」
男は泣きながら呟いている。
 何故生き返らせた。
赤目はおかしくてたまらないといったふうに笑い続けている。
その時男は想った。
 なんて禍々しく、美しい灯の目だろう。 この目を残せるのならば、死んでも構わない。郷はそんなことを考えた。
よく見ると、小さな異形の小人が赤目の肩を食らっている。
赤目は狂ったように笑っている。
そこで郷は気づいた。
もうこの赤目の男はとっくに狂っていたのだと。男は両手を伸ばし、この化け物を抱きしめた。それは狂ってしまった自分を抱きしめているのと同じで、癒しにはならないが、やっと郷本当に泣くことができた気がした。
赤目は郷の首に牙を突き立て、その血をすすった。
異形の妖怪はどんどん赤目と郷に集まってくる。肉をはぎ取られていくのをかんじる。二人とも神経が腐っているのか痛みを感じないことが救いだった。
このまま食われていくとおもったが、囲まれている闇から、光が見えた。赤目を囲んでいる妖怪を何者かが切り伏せていく。そして少女の声が聞こえてきた。
「助けにきた、よ、赤目」
「お前は?」
刀を持った、まだ十五、六さいの幼い見ず知らずの少女が赤目の目の前にやってきた。少女の体からは微かな腐臭がした。
「狼の鷹だよ」
妖怪を切り伏せたらしい、刀を懐にしまうと、鷹と名乗った少女は両手に持っていた、赤目の切り落とされた両腕を赤目に向かって差し出して見せた。
「これ、赤目の両腕だよ。探すの、大変だったんだ」
「鷹は狼で死んだはずだが」
友野の国の兵に鷹は殺された。生きているはずがない。赤目の疑問に鷹は答えた。
「女の人にお願いした。そうしたら死体の体をくれた」
「女?」
「朱音(あかね)と言っていた」
「・・・知らないな。なぜその女に頼めばお前を生き返らせてくれるんだ?」
「わからない。だけど、なんでも願い事をかなえてくれるっていったから、鷹はお願いしてみた。赤目のこと心配だったから」
「一つ聞く。お前と俺が出会った場所はどこだ?」
「友野の里の誰も近づかない崖の下」
その少女の答えはあっている。その崖の下で赤目は大勢の人間に殺されそうになっていた鷹を助けた。
死んだ狼ですら生き返らせられる朱音という女。その女が赤目の会いたがっていた女かもしれなかった。
「どうやら本当らしいな」
納得した赤目に鷹は甲高い鳴き声をあげた。狼だった頃の泣き声らしいが、人間の喉では鷹はうまく鳴けず、妙な声になっていた。
「逃げよう、赤目」
「ああ」
切り離されていた赤目の腕を鷹は赤目の肩の傷口に近づけると、すぐに肩が腕と接合できた。いよいよ赤目は人間ではないらしい。赤目は腕を試すように回しながら立ち上がった。これで完璧に刀をふれると、赤目は安堵した。
だが、赤目が立ち上がろうにも両足に鎖がつながれていて立ち上がれない。
「鷹、刀はないのか?」
だが少女の姿をした鷹の体は床に倒れ、横たわったまま動かない。
「おい、大丈夫か?」
鷹と名乗る少女を、赤目は腕を伸ばして抱き起す。
「う、うん。大丈夫」
少女は赤目の力を借りて、ゆっくり起きる。
「赤目。はい。これ」
鷹に渡されたのは刀。
くっついた両手で、赤目の両足に絡まる鉄の鎖を刀で切り裂いて外した。赤目の両足にはまっている重い鉄の輪を外すことはできなかった。このまま逃げるしかない。大分赤目は動きを制限されてしまった。
「赤目、逃げて」
少女の姿の鷹は座り込んでしまっている。
「お前は逃げないのか?」
「この体もう足が腐ってきて立てないから」
赤目(あかめ)は鷹の体を抱え上げた。
「わう!?」
犬の鳴き声をあげる鷹に、赤目は笑った。
聞こえてきた人の気配や物音に鷹の心臓が跳ね上がる。すぐさま赤目も身構える。ドアをあけて現れたのは義久だった。
抱え上げていた鷹の体を床に横たえると、目をつぶった鷹は身動きをすることもしないでぐったりとしていた。
鷹の口に赤目は手を当てると、鷹は呼吸をしていないことがわかる。鷹はまたしんでしまったのか?
「どちらへいかれるつもりですか?」
義久は刀を抜いている。赤目も刀を抜いた。
そしてすぐさま義久は刀を床に捨てて、赤目の前にひざまずいた。
「私の主はあなたです」
面倒なので、義久を無視して赤目は鷹を抱き上げた。その場を立ち去ろうとする赤目を遮るように、赤目の目の前を一匹の蝶が舞う。蝶は百匹を超え、嵐のようにさざめいて赤目の視界を遮った。赤目の視界が蝶々でまったく見えなくなった。そして何万何千という蝶々たちは一瞬にして消えて、いつのまにか赤目の目の前に角を頭に生やした女がいた。
女は遊女のような黒と真紅の着物を着ていて、胸は大きく、たいそう美しい女だった。
「初めまして、私は朱音。以後お見知りおきを、千鬼様。私は仏のつかいでございます。
そして地獄からのつかいでもあります」
美しいその女は言った。
朱音という名前。どうやらこの女が鷹を生き返らせた張本人らしい。この女は赤目が追い求めている女とは全然違った。
「お前は何者だ?」
「地獄に落ちたただの人ですよ」
朱音は微笑んだ。
「地獄?」
赤目が前世にいた地獄の光景を脳裏に思い浮かべる。あの亡者と亡者が食らいあい、体を永遠に傷つけられ続ける光景。
「はい。あなたさまと同じでございます」
「地獄の亡者が俺になんのようだ?なぜ死んだはずの狼が人の姿になっている?」
「あなたさまのためでございますよ、千鬼様」
朱音は挑発するように自らの大きな胸の谷間をみせるように腕を組んだ。
「その狼は生まれ変わることを拒み、死体の体をかりて現世にのこることを選びました」
「何故」
「その狼の人間の時の名は鷹里。その前はあなたの前世の姉の泉。そのまた前世はと、狼の魂はあなたとずっと、寄り添いありました。神代の時代からあなたを追いかけてきたそうです。」
「・・・・たか、さと?」
久方ぶりにその名前を聞き、赤目はきのせいだかと思う。いまさらあの男の名前がこんなところに現れるわけがない。
馬鹿なそんな偶然があるわけがない。
赤目の心臓が嫌な音をたてて軋んだ。
「生まれ変わるということは記憶をなくすことです。鷹里(たかさと)さんも狼の時に記憶をなくしていたそうですが。狼はそれを拒否しまして、死体の体を借り現世に生き残り続けることにしたらしいです。私はその手伝いをしました。私は地獄での刑期を早めるために、いろいろ地獄で閻魔様やら仏様やらのお手伝いをしていまして、ね。あなた様は覚えていないとは想いますが、あなた様と私は地獄でよくあっては良い夢をみさせていただきましてね。うふふ」
「さっさと続けろ」
「あら冷たいわね、旦那様」
艶めかしい朱音の視線を赤目は無視する。
「何故、鷹はまた動かなくなった?」
鷹と名乗る少女の体は、びどうだにせずに倒れていた。
「死体に魂を定着することは不可能ですので、すぐに死体に戻ってしまいます」
「もとに戻せないのか」
「ご安心してください。鷹様は死体さえあればすぐさまよみがえってきます。何度でも、終わりなく」
「何故そんなことをする?」
赤目刀を引き抜いて、朱音に向けた。朱音はふざけた様子で、両手を空に向かってあげて見せた。
「鷹様、そして鷹里様、神代の時代から続く一人の魂のお願いですもの。一人の人間を追いかけて天国には行きたくないなんて駄々をこねる人は大変珍しゅうございます。普通、一人の人間のことなんか生まれ変わる時点で完全に忘れるはずなのですが、すさまじい妄執でございますね。もう奇跡てきな確率の人間の妄執ですわね。あら?人ではなく、現世では狼でしたっけ?」
「馬鹿な!鷹里とはあの目が見えない男のことなのか?」
赤目の胸には期待が沸き起こる。あの盲目の男にもう一度あえるかもしれない。だが、赤目は大勢の人間を殺してしまっている。鷹里は赤目に失望するかもしれない。けれども赤目はもう一度あの鷹里に逢いたかった。
「さぁ?名前だけを聞き及んでいますが。実際お顔は知りませんしね。赤目様いい加減刀をおしまいくださいな。朱音は良い夢をみさせていただいた赤目様を傷つけるわけがございません。またよい夢をみさせていただけませんこと?」
赤目の刀が胸に刺さるのも構わず朱音は赤目の間近までやってくると、赤目の顎をすくいあげた。
赤目はその手をはたくと、女の胸から刀を引きぬきながら後ろに下がった。
「あら残念」
そういって笑う女の胸からは血の一滴も出てはいなかった。やはり異形のばけものなのか。
鷹里・・・・。赤目が一番聞きたくない名前。なのに、忘れていたはずなのに。何故かその名前を聞くと、いてもたってもいられない気持ちになる。
「何故、こいつは俺にそこまでのことをする」
倒れて動かない少女の体を赤目は見る。鷹も鷹里にも赤目はろくなことをしていない。傷つけただけだ。なのに、こいつらは赤目を追いかけてきた。
赤目は一人と一匹が何故、赤目の後ろを追いかけてきたのか本当にわからなくて、見知らぬ他人の女にそう聞いていた。
「さぁ?犬は主人に付き従うものですからね」
首を傾げながら、あっさり朱音は答えた。
「何故だ」
「あなたもいい加減妖怪どもに食われるのはいやでしょう?地獄もいい迷惑なのですよ。あなたのその赤い目に亡者どもがひきよせられて、ね。あの世が見える人間が問題なのです。気付かなければ、存在しないのと同じなのに。見えてしまうと具現化して現れてしまう。そうあなたのその赤い目を見えなくすれば、もう亡者どもや妖怪どもに狙われることはなくなりますよ。その赤い目をつぶしてしまいませぬか?」
朱音は優しく諭すように赤目に言う。赤目はそれをせせら笑う。優しく諭すように言う奴なぞ、赤目にはろくでもないことばかりだった。
「くそくらえだな」
赤目は刀を抜いた。
「争う気はありませんよ」
朱音は両手を上げてみせる。
「朱音といったな?お前に頼みたいことがある。仏にあわせろ」
「何故ですか?」
「俺はあの地獄にいた女の顔が見たいだけだ。地獄にいた時あの女は仏と名乗っていた」
俺が人を殺しているとき、
俺が鬼に食われているとき、
いつでもあの女が傍で俺のことを見ていた。憐れむような、悲しむようなその顔。
何故そんな顔をしていたのか知りたい。
何故俺を呪うのか、もっとも愛して、もっとも憎んでいる女でもある。殺して、俺のものに永遠にして食らってしまいたかった。そうすれば赤目のこの永遠の飢えも満たされるような気がした。
「それに俺は鷹を迎えにいってやらなければならない」
あの馬鹿な犬を思い出す。何故だか赤目になついているような様子をみせていた狼。赤目は正直、鷹のことなどただの非常時に餓死しないための食料の肉としてしかみていなかった。
「その目とひきかえといったら?」
「殺すぞ」
もう一度赤目は刀を抜き、女にむかって刀の切っ先を向けた。女は意に介さず、何故か嬉しそうに両手を合わせて言った。
「よろしい。あわせましょうといいたいところですが、仏なんて存在はいませんよ」
「なに?」
「あのかたは人々の慈悲という名前の思念体なのですよ。人々の想いの塊ですね。それで見る人によって姿かたちが変わるのです。別段仏なんて名前でもありませんよ。なぜだかあるとき天国の人間にわかりやすく名前を求められてですね、地獄の閻魔様が仕方なく仏と呼ぶように決めたのですよ。ここ十年の話でしたっけ?あなたが見たという仏の女はあなたを想っていた誰か、か、あなた自身の記憶の可能性がおおきいですね」
 朱音のいっていることがわからない。俺の焦がれている女はもしかして幻だとでもいうのか?でもあの女は赤目だけの女だ。
「どうすればあえる?」
「簡単ですよ」
「あなたが迎えに行ってあげればよろしい。あたらしい修羅の王。そして天上の王よ。あなたの強い思念はきっと仏と同等になっていますからね。
私があなたの前世の名前をさずけましょう。
阿修羅王よ」
「くだらんな。俺は赤目だ。それ以外にはない」
「さようでございますか。では赤目。また地獄か天でお会いしましょう」
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「どうせあの世に行くことになるのですから、もう少し生きてみたらいかがです」
何万という蝶々が舞う。目の前にいた美しい角の生えた女の姿はいつの間にか消えていた。
そう郷はあの血みたいな赤を残したいのだ。苦しみ、血反吐を吐いてそれでも生きようとしていたあの異形の人の赤い目を。
手が動かないのなら、口で色を塗ろう。
いつか迎えが来るまでの間に郷はしばらく生き続けることにした。

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