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母親の墓参りに故郷の友野の国に帰ってきた赤鷹は途中、両親がよくいっていた渓谷の川に行き、長い旅で疲れた赤鷹は川で一休みすることにした。
赤鷹よりさきに先客が川に一人いた。一人の男が川につたっている。この川は結構深い。
「そんな真ん中にいると危ないですよ!」
親切心で赤鷹は叫んだ。
振り返った男の目は赤くて、赤鷹の心臓はとまりそうになった。
・・・・もしかして父親が言っていた、僕らの子孫の赤目の神様なのか・・・。赤鷹はその話を父親からよく聞いていたが、見たのは初めてだった。
川につかっていた男は岸へとやってきた。
赤鷹は小刀をぬくと、赤目の男に向けて言った。
「おい、お前。一緒に来てもらおうか?」
長年年老いた赤鷹の父親はこの赤目の神とやらに逢いたいと、話し続けていた。父親はこの化け物に憧れているようだった。
絶対この、赤目の男を年老いた父親の元に連れていってやりたい。
赤鷹はそのためならば手段を択ばないことにしていた。
赤い目の神様は答えずに、川の真ん中から黙ってこちらを見ている。
「おい、お前。お前は赤目の神様だろう。俺の母上の父親なんだろう?たまには家にあいにこいよ」
赤い目の男は黙って前を見つめている。
赤鷹の言葉を無視して赤目の神は川の向こう岸に歩いて行ってしまう。
「なんでだよ!」
赤鷹の叫びに、赤目の神は歩みを止めるといった。
「覚えておけ。赤い目の人間なんぞいただけで、周りの人間も化け物と知られて皆殺しにされるぞ。死にたくないならかかわるな」
赤目の男は赤鷹のほうを見向きもせずに、そういった。
赤い目の男は川の向こうへと歩き出した。
「知るか!父上はもう年なんだ。最後に逢ってやってくれ」
赤鷹は赤い目の男を追いかけて、川に入った。
溜息をつくと、赤目は赤鷹に近づいてきた。赤鷹は恐ろしくなって数歩後ろに下がった。赤目の神様は赤鷹の頭に手を置いて撫で始めた。赤鷹はかっとして、その手をはたいた。
「子ども扱いするな!」
目の前の赤い目の男に怒鳴ったはずだった。
だが目の前に誰もいなかった。
赤い目の男の姿かたちもどこにもいなかった。
あれは幻だったのか?
赤鷹は恐ろしくなって辺りを見渡すが、誰もいなかった。
赤目はただひたすら、香代と暮らしていた家や、思い出の場所へと足を運んでいた。
友野の国の渓谷の川。
この辺りで赤目は香代と雪とでよく魚を釣っていた。赤目が魚を釣っていると、偶然やってきた村人と出会うと、村人は悲鳴をあげて逃げるので、雪は面白がってよく笑っていたのを思い出した。
川へやってきた赤目に、香代は微笑んで言った。
「おかえりなさい」
川が流れる横の岩の上。そこには変わらぬ姿をした香代が座っていた。死んだはずの香代。何故生きているのか。それは赤目が血を与えたからだ。
あの時、雪に刺されて死にかけている香代に、赤目は血を与えた。
赤目は香代と決着をつけに、香代と雪と三人で暮らした村の渓谷を訪れた。
次に会うときには香代のことを、赤目は決着しなければならなくなる。それが赤目にはわかっていた。何人殺しても心が動かされることがなかった赤目が。たった一人のただの女との決着をためらう日が来るなんて思わなかった。
思っていたより、赤目は香代と雪と三人で暮らしていたことを気に入っていたらしい。赤目は笑みを漏らした。
「お帰りが遅いので体が腐ってしまいました」
香代は体を震わせ泣き出した。
「・・・すまない」
「遅いです。あなたに会いたかった」
赤目に近づいてこようとする香代の首に、赤目は刀を突きつける。
「赤目?どうしたのですか?」
「動くな、動けば切る」
「何故そのようなことを?あなたにとっておきの話があるのですよ、赤目」
「とっておきの?」
「ええ、とっておきの。あなたと私の子供が一人いるのです」
赤い目を見開いて赤目は心底驚いたようだ。香代が近づいても、今度は赤目は何もしなかった。赤目の体に香代は抱きついた。赤目の体が硬直している。
「あなたのやや子を私は産んだのです」
「・・・・目は何色だ?」
「黒です」
「そうか」
「だからあなたと子育てがしたいのです。あなたの血をもらわないと私は死んでしまいます」
赤目は香代の首に刀を向けた。
「離れろ」
赤目は冷たく香代を突き放した。
もう一度赤目の元へ、必死で近づこうとする香代。前に進もうとする香代の首を赤目の刀が傷つけるが、赤目は刀を引こうとはしなかった。
「何故私に刀を向けるのです」
赤目は答えない。
「子供の名前を決めなくてはなりません。私は春がすきだから。春と名付けました。あなたの考えた一文字と私の考えた一文字をあわせましょう」
「では鷹の一文字をつけよう。私の飼い犬の名前だ」
赤目の言葉に香代は笑った。
「飼い犬ですか?あの狼のことですか?」
「ああ、その犬を探しに行く。だからここにはずっといられない」
「ひどいひとですね」
物悲しそうな香代の顔。その物悲しそうな香代の顔は本当なのか偽りなのか、赤目にはわからない。唯一つ赤目にはわかっていることがある。
「すまない。俺はお前を守ることができなかった」
香代の死を看取ったことを赤目は生涯、忘れない。だからもう終わりにしないといけない。
「責任を感じてここに帰ってきたのですか」
「いや。おそらく俺は」
幼いころ頭を撫でてもらったことを赤目は思い出す。そして香代と雪と二人で過ごした短くも長い時間も思い出す。
「お前と別れるためにここに帰ってきた。俺はお前が都の人間だということ知っていた。知っていながら、俺はお前を引き留めていた。すまなかった」
香代は目を見開いた。そして香代は微笑んだ。
「馬鹿な人」
「ああ、そうだな」
「ごめんなさい。私はあなたを愛してはいませんでした」
「そうか」
「さようなら」
別れの言葉をいい、香代が微笑んだ。
それが香代の最後の笑顔になった。
香代の腹部にどこからか飛んできた短剣が突き刺さった。
香代は微笑んだ。
あなたのことを愛していました。
愛してくれなかったお父様の次に。
次の瞬間、香代の美しい姿は一瞬で骸骨になり、体の骨もばらばらになって地面に散った。
香代は妖怪も何も食わなかったのだろう。ここまで保っていられたのは奇跡だったのか。
「話はすんだ?」
子供の声。短剣を投げた声の主だろう。
「おかえり」
声が降ってきたのは木の上。見上げると、そこには一人の人間が座っていた。女とも男ともとれる幼さが残る中世的な顔立ち。
赤目が血を与え、雪と名付けた子供はたいそう美しい顔の鬼に育っていた。
「久しぶりだな、雪」
あの日、赤目が雪と名付けた子供。
「遅かったな、ななし」
「・・・俺の名前は赤目だ」
「名無しは名無しだ。赤目なんて名前は知らない」
赤目は刀を抜いた。
「私を殺すのか?」
問いに赤目は答えず、刀をかまえた。
「何故、私を殺す?お前と同じ妖怪を食っているだけだ。それとも香代を殺したからか?」
雪の赤い唇は赤目を嘲笑う。
「香代はお前を憐れんでいた。人になれないお前を」
「人にはなれない?私は人ではないのか?男でも女でもないこの体は帝にはたいそう人気だったよ。貴様はまだあの香代という女を信じているのか?」
「くだらんな」
「あの女は友野の間諜だよ。お前をころすためにはなたれたな」
「だからどうした?」
「あの女が憎くはないの?お前をだまして殺そうとしていたんだよ」
その言葉に赤目は笑う。
「どうでもよいことだな。お前こそ、香代を殺して何も感じないのか?」
「何故?あの女はお前を裏切っていたのに、私があの女を裏切ったぐらいでなにか感じないといけないんだ?何故名無しは香代をかばう?それとも、名無しは誰が裏切ろうとどうでもいいのかな?名無しと、私はよく似ているよ。人の肉がうまいか、うまくないか。それだけでしか人をみれないものね。名無しも私も」
「そうだな。お前と俺はよく似ている。でも違う。俺は化け物にはなりきれなかった」
赤目は遠い過去のことを思い出す。
鷹里、鷹、香代、そして目の前の子供の雪。
「私が化け物だとでも?」
「さぁな。誰しも化け物の心をもっているだろう。お前が人を殺すというのなら、俺が止めてやる。お前は一応俺の子供だからな」
「お前のすべてを食らいつくしてやる。だってお前は私の父さんだもの」
世にも甘い果物を口に含んだように、雪は笑う。
刀を引き抜いた雪は強かった。赤目よりも刀を振り上げる速さは雪の方が早い。雪の刀を避けられず赤目の肩が切り裂かれて血が流れ落ちていく。
赤目の肩に傷が増え、全身の着物が血まみれになった。
雪の笑い声が山彦のように森の中に鳴り響きながら、雪の気配が遠ざかっては赤目の近くに現れる。
赤目は目を閉じて雪の気配を探る。何も見えない闇の中、鮮明に雪の存在を感じることができた。目が一つ瞬くほどの短時間。
赤目は言った。
「哀れな奴だ。食らうことしかできない獣。俺が殺してやる」
次に赤目が目を開けた瞬間、刀で雪の肩から胸を切り裂いていた。
とっさに雪は赤目から距離をとっていた。
血を吐いた雪は赤目をにらんだ。
雪の刀が赤目の腹部を切り裂くのと同時に、雪の頸動脈を切りつけていた。
そして赤目の刀はもう一度雪の体を切り裂いた。
「ずるいや、名無し、強すぎる」
「何故来た」
赤目の元に来たら殺し合いになることはわかっていたはず。
「だっておなか減ったから。俺は名無しの血が好きなんだ」
「もう話すな」
雪は駄々をこねる幼子のように首を振り、「いやだ」と、そういって大声で笑う。
「ななしの全部を食らうんだ」
立っている赤目にしがみつき、赤目の体を倒すと、赤目の体を引き倒して雪はその上に覆いかぶさった。上体を起こして座り込んだ赤目の着物の衿を雪はつかんで、赤目に顔を寄せた。雪は血を吐きながら赤目の首に噛みついた。
「おなかが減った」
「我儘な餓鬼だ」
赤目は溜息を吐いた。昔から雪は貪欲に赤目の血を飲みたがっていた。
「食っても、食っても満たされぬ。お前のすべて食らいつくしてやる」
雪は赤目の血をすすると、血まみれの口でそっと、赤目に口づけた。
「名無しではだめなんだ」
きっと、満たされないで、もっともっとほしくなってしまう。
そういって雪は、赤目の膝の上で目を閉じた。
赤目の血を飲んだ雪は生き返るのかもしれない。
もし雪が生き返りでもしたら、永遠に満たされないものを抱き続け、雪は生きる。
それがこの男に与えられた罰だ。
血だらけの口を拭うと、赤目は歩き出した。赤目が目的としていた場所まで。目的としている場所はどこかわからないが、いつかあの女に出会うために赤目は生き続け、歩み続けようと想った。
赤い目の人間には安住の地などないから、赤目はひとつの場所にとどまることなく歩き続けた。
その日、砂が舞う道をまっすぐ歩いていると、赤目を取り囲む人の気配に、赤目は足を止めた。
四方から鋭い殺気を赤目は感じる。赤目は久々の戦の予感に笑みを浮かべた。
赤目が生き続けるのをよしとせずに、危害を加えようとする人間はいつでもあらわれる。だからそいつらを赤目は切って、切って、切るだけだ。あとは血を楽しみ、苦しみもがき死ぬだけだ。
だが想う。
複数の刀を抜いた男が赤目の目の前に現れる。
赤目は刀を抜いた。
赤目の遠い昔から現在の数々の不幸。せめての意趣返しになんとしても赤目は生き残ることに決めた。
切りかかってきた男を容赦なく赤目は切り伏せた。男の悲鳴、苦悶の呻き、すえた血の匂いが立ち上る。やがて、土の上は赤く血に染まり、赤目以外立っている者はいなくなった。
あらかた切り伏せたと、赤目は油断していた。
全員殺したと思っていたが、まだ生き残っていたらしい。森の中から出てきた残党に赤目は心臓を突き刺された。赤目は力を振り絞り、刀を振り上げその男の首を刎ね飛ばした。
地面に刀を突き刺し、膝をついて赤目は荒い息を整える。全身からの出血で立っているのもやっとの瀕死の重体だと、赤目は自らの体に苦笑いを浮かべる。
赤目の目の前にあの女が立っていた。見知らぬ女。でも何度も生まれ変わる前に出会っている。女は憐れむように、あの眼差しで赤目を見ている。
赤目は低い笑いをこぼすと、女の腕をつかみ、その柔らかな体を抱きしめた。
女は昔、したように赤目の頭を優しくなでた。
「俺はお前を愛している」
女の両腕が赤目の背中に回された。
やっと、出会えた。
赤目が前世の王の時代から、ずっと、
遠い昔から赤目はこの女を追いかけてきた。
女はおえつを漏らしながら、泣いていた。
「お帰りなさい。赤目」
相変わらず泣き虫なことだと、赤目は笑った。
赤鷹よりさきに先客が川に一人いた。一人の男が川につたっている。この川は結構深い。
「そんな真ん中にいると危ないですよ!」
親切心で赤鷹は叫んだ。
振り返った男の目は赤くて、赤鷹の心臓はとまりそうになった。
・・・・もしかして父親が言っていた、僕らの子孫の赤目の神様なのか・・・。赤鷹はその話を父親からよく聞いていたが、見たのは初めてだった。
川につかっていた男は岸へとやってきた。
赤鷹は小刀をぬくと、赤目の男に向けて言った。
「おい、お前。一緒に来てもらおうか?」
長年年老いた赤鷹の父親はこの赤目の神とやらに逢いたいと、話し続けていた。父親はこの化け物に憧れているようだった。
絶対この、赤目の男を年老いた父親の元に連れていってやりたい。
赤鷹はそのためならば手段を択ばないことにしていた。
赤い目の神様は答えずに、川の真ん中から黙ってこちらを見ている。
「おい、お前。お前は赤目の神様だろう。俺の母上の父親なんだろう?たまには家にあいにこいよ」
赤い目の男は黙って前を見つめている。
赤鷹の言葉を無視して赤目の神は川の向こう岸に歩いて行ってしまう。
「なんでだよ!」
赤鷹の叫びに、赤目の神は歩みを止めるといった。
「覚えておけ。赤い目の人間なんぞいただけで、周りの人間も化け物と知られて皆殺しにされるぞ。死にたくないならかかわるな」
赤目の男は赤鷹のほうを見向きもせずに、そういった。
赤い目の男は川の向こうへと歩き出した。
「知るか!父上はもう年なんだ。最後に逢ってやってくれ」
赤鷹は赤い目の男を追いかけて、川に入った。
溜息をつくと、赤目は赤鷹に近づいてきた。赤鷹は恐ろしくなって数歩後ろに下がった。赤目の神様は赤鷹の頭に手を置いて撫で始めた。赤鷹はかっとして、その手をはたいた。
「子ども扱いするな!」
目の前の赤い目の男に怒鳴ったはずだった。
だが目の前に誰もいなかった。
赤い目の男の姿かたちもどこにもいなかった。
あれは幻だったのか?
赤鷹は恐ろしくなって辺りを見渡すが、誰もいなかった。
赤目はただひたすら、香代と暮らしていた家や、思い出の場所へと足を運んでいた。
友野の国の渓谷の川。
この辺りで赤目は香代と雪とでよく魚を釣っていた。赤目が魚を釣っていると、偶然やってきた村人と出会うと、村人は悲鳴をあげて逃げるので、雪は面白がってよく笑っていたのを思い出した。
川へやってきた赤目に、香代は微笑んで言った。
「おかえりなさい」
川が流れる横の岩の上。そこには変わらぬ姿をした香代が座っていた。死んだはずの香代。何故生きているのか。それは赤目が血を与えたからだ。
あの時、雪に刺されて死にかけている香代に、赤目は血を与えた。
赤目は香代と決着をつけに、香代と雪と三人で暮らした村の渓谷を訪れた。
次に会うときには香代のことを、赤目は決着しなければならなくなる。それが赤目にはわかっていた。何人殺しても心が動かされることがなかった赤目が。たった一人のただの女との決着をためらう日が来るなんて思わなかった。
思っていたより、赤目は香代と雪と三人で暮らしていたことを気に入っていたらしい。赤目は笑みを漏らした。
「お帰りが遅いので体が腐ってしまいました」
香代は体を震わせ泣き出した。
「・・・すまない」
「遅いです。あなたに会いたかった」
赤目に近づいてこようとする香代の首に、赤目は刀を突きつける。
「赤目?どうしたのですか?」
「動くな、動けば切る」
「何故そのようなことを?あなたにとっておきの話があるのですよ、赤目」
「とっておきの?」
「ええ、とっておきの。あなたと私の子供が一人いるのです」
赤い目を見開いて赤目は心底驚いたようだ。香代が近づいても、今度は赤目は何もしなかった。赤目の体に香代は抱きついた。赤目の体が硬直している。
「あなたのやや子を私は産んだのです」
「・・・・目は何色だ?」
「黒です」
「そうか」
「だからあなたと子育てがしたいのです。あなたの血をもらわないと私は死んでしまいます」
赤目は香代の首に刀を向けた。
「離れろ」
赤目は冷たく香代を突き放した。
もう一度赤目の元へ、必死で近づこうとする香代。前に進もうとする香代の首を赤目の刀が傷つけるが、赤目は刀を引こうとはしなかった。
「何故私に刀を向けるのです」
赤目は答えない。
「子供の名前を決めなくてはなりません。私は春がすきだから。春と名付けました。あなたの考えた一文字と私の考えた一文字をあわせましょう」
「では鷹の一文字をつけよう。私の飼い犬の名前だ」
赤目の言葉に香代は笑った。
「飼い犬ですか?あの狼のことですか?」
「ああ、その犬を探しに行く。だからここにはずっといられない」
「ひどいひとですね」
物悲しそうな香代の顔。その物悲しそうな香代の顔は本当なのか偽りなのか、赤目にはわからない。唯一つ赤目にはわかっていることがある。
「すまない。俺はお前を守ることができなかった」
香代の死を看取ったことを赤目は生涯、忘れない。だからもう終わりにしないといけない。
「責任を感じてここに帰ってきたのですか」
「いや。おそらく俺は」
幼いころ頭を撫でてもらったことを赤目は思い出す。そして香代と雪と二人で過ごした短くも長い時間も思い出す。
「お前と別れるためにここに帰ってきた。俺はお前が都の人間だということ知っていた。知っていながら、俺はお前を引き留めていた。すまなかった」
香代は目を見開いた。そして香代は微笑んだ。
「馬鹿な人」
「ああ、そうだな」
「ごめんなさい。私はあなたを愛してはいませんでした」
「そうか」
「さようなら」
別れの言葉をいい、香代が微笑んだ。
それが香代の最後の笑顔になった。
香代の腹部にどこからか飛んできた短剣が突き刺さった。
香代は微笑んだ。
あなたのことを愛していました。
愛してくれなかったお父様の次に。
次の瞬間、香代の美しい姿は一瞬で骸骨になり、体の骨もばらばらになって地面に散った。
香代は妖怪も何も食わなかったのだろう。ここまで保っていられたのは奇跡だったのか。
「話はすんだ?」
子供の声。短剣を投げた声の主だろう。
「おかえり」
声が降ってきたのは木の上。見上げると、そこには一人の人間が座っていた。女とも男ともとれる幼さが残る中世的な顔立ち。
赤目が血を与え、雪と名付けた子供はたいそう美しい顔の鬼に育っていた。
「久しぶりだな、雪」
あの日、赤目が雪と名付けた子供。
「遅かったな、ななし」
「・・・俺の名前は赤目だ」
「名無しは名無しだ。赤目なんて名前は知らない」
赤目は刀を抜いた。
「私を殺すのか?」
問いに赤目は答えず、刀をかまえた。
「何故、私を殺す?お前と同じ妖怪を食っているだけだ。それとも香代を殺したからか?」
雪の赤い唇は赤目を嘲笑う。
「香代はお前を憐れんでいた。人になれないお前を」
「人にはなれない?私は人ではないのか?男でも女でもないこの体は帝にはたいそう人気だったよ。貴様はまだあの香代という女を信じているのか?」
「くだらんな」
「あの女は友野の間諜だよ。お前をころすためにはなたれたな」
「だからどうした?」
「あの女が憎くはないの?お前をだまして殺そうとしていたんだよ」
その言葉に赤目は笑う。
「どうでもよいことだな。お前こそ、香代を殺して何も感じないのか?」
「何故?あの女はお前を裏切っていたのに、私があの女を裏切ったぐらいでなにか感じないといけないんだ?何故名無しは香代をかばう?それとも、名無しは誰が裏切ろうとどうでもいいのかな?名無しと、私はよく似ているよ。人の肉がうまいか、うまくないか。それだけでしか人をみれないものね。名無しも私も」
「そうだな。お前と俺はよく似ている。でも違う。俺は化け物にはなりきれなかった」
赤目は遠い過去のことを思い出す。
鷹里、鷹、香代、そして目の前の子供の雪。
「私が化け物だとでも?」
「さぁな。誰しも化け物の心をもっているだろう。お前が人を殺すというのなら、俺が止めてやる。お前は一応俺の子供だからな」
「お前のすべてを食らいつくしてやる。だってお前は私の父さんだもの」
世にも甘い果物を口に含んだように、雪は笑う。
刀を引き抜いた雪は強かった。赤目よりも刀を振り上げる速さは雪の方が早い。雪の刀を避けられず赤目の肩が切り裂かれて血が流れ落ちていく。
赤目の肩に傷が増え、全身の着物が血まみれになった。
雪の笑い声が山彦のように森の中に鳴り響きながら、雪の気配が遠ざかっては赤目の近くに現れる。
赤目は目を閉じて雪の気配を探る。何も見えない闇の中、鮮明に雪の存在を感じることができた。目が一つ瞬くほどの短時間。
赤目は言った。
「哀れな奴だ。食らうことしかできない獣。俺が殺してやる」
次に赤目が目を開けた瞬間、刀で雪の肩から胸を切り裂いていた。
とっさに雪は赤目から距離をとっていた。
血を吐いた雪は赤目をにらんだ。
雪の刀が赤目の腹部を切り裂くのと同時に、雪の頸動脈を切りつけていた。
そして赤目の刀はもう一度雪の体を切り裂いた。
「ずるいや、名無し、強すぎる」
「何故来た」
赤目の元に来たら殺し合いになることはわかっていたはず。
「だっておなか減ったから。俺は名無しの血が好きなんだ」
「もう話すな」
雪は駄々をこねる幼子のように首を振り、「いやだ」と、そういって大声で笑う。
「ななしの全部を食らうんだ」
立っている赤目にしがみつき、赤目の体を倒すと、赤目の体を引き倒して雪はその上に覆いかぶさった。上体を起こして座り込んだ赤目の着物の衿を雪はつかんで、赤目に顔を寄せた。雪は血を吐きながら赤目の首に噛みついた。
「おなかが減った」
「我儘な餓鬼だ」
赤目は溜息を吐いた。昔から雪は貪欲に赤目の血を飲みたがっていた。
「食っても、食っても満たされぬ。お前のすべて食らいつくしてやる」
雪は赤目の血をすすると、血まみれの口でそっと、赤目に口づけた。
「名無しではだめなんだ」
きっと、満たされないで、もっともっとほしくなってしまう。
そういって雪は、赤目の膝の上で目を閉じた。
赤目の血を飲んだ雪は生き返るのかもしれない。
もし雪が生き返りでもしたら、永遠に満たされないものを抱き続け、雪は生きる。
それがこの男に与えられた罰だ。
血だらけの口を拭うと、赤目は歩き出した。赤目が目的としていた場所まで。目的としている場所はどこかわからないが、いつかあの女に出会うために赤目は生き続け、歩み続けようと想った。
赤い目の人間には安住の地などないから、赤目はひとつの場所にとどまることなく歩き続けた。
その日、砂が舞う道をまっすぐ歩いていると、赤目を取り囲む人の気配に、赤目は足を止めた。
四方から鋭い殺気を赤目は感じる。赤目は久々の戦の予感に笑みを浮かべた。
赤目が生き続けるのをよしとせずに、危害を加えようとする人間はいつでもあらわれる。だからそいつらを赤目は切って、切って、切るだけだ。あとは血を楽しみ、苦しみもがき死ぬだけだ。
だが想う。
複数の刀を抜いた男が赤目の目の前に現れる。
赤目は刀を抜いた。
赤目の遠い昔から現在の数々の不幸。せめての意趣返しになんとしても赤目は生き残ることに決めた。
切りかかってきた男を容赦なく赤目は切り伏せた。男の悲鳴、苦悶の呻き、すえた血の匂いが立ち上る。やがて、土の上は赤く血に染まり、赤目以外立っている者はいなくなった。
あらかた切り伏せたと、赤目は油断していた。
全員殺したと思っていたが、まだ生き残っていたらしい。森の中から出てきた残党に赤目は心臓を突き刺された。赤目は力を振り絞り、刀を振り上げその男の首を刎ね飛ばした。
地面に刀を突き刺し、膝をついて赤目は荒い息を整える。全身からの出血で立っているのもやっとの瀕死の重体だと、赤目は自らの体に苦笑いを浮かべる。
赤目の目の前にあの女が立っていた。見知らぬ女。でも何度も生まれ変わる前に出会っている。女は憐れむように、あの眼差しで赤目を見ている。
赤目は低い笑いをこぼすと、女の腕をつかみ、その柔らかな体を抱きしめた。
女は昔、したように赤目の頭を優しくなでた。
「俺はお前を愛している」
女の両腕が赤目の背中に回された。
やっと、出会えた。
赤目が前世の王の時代から、ずっと、
遠い昔から赤目はこの女を追いかけてきた。
女はおえつを漏らしながら、泣いていた。
「お帰りなさい。赤目」
相変わらず泣き虫なことだと、赤目は笑った。
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