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□陸篇 Catch Me If You Can.
1.05.3 ホームカミング(2)
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一緒にサーシャの世話をし、納屋を後にする。
周囲からは修理屋師弟と呼ばれる二人(あながち間違いではないのだが)は、また市場を通り自身らの店へ戻った。パール市場で軒の店を構える雑貨屋兼修理屋だ。
緑の塗装が剥げてきている扉を開け、壁や天井に染み込んだ煙の匂いの中へ入る。昼間なのに薄暗いのは窓を塞ぐくらいに品物を積んでいるからで、売れだの捨てろだの言ってもこの店主は頑なに聞かずだ。一人奥に行ったドウェインに構わず、キースはカウンターに荷物を置くと壁掛けの梯子を使い、慣れた足取りで屋根裏部屋まで上がった。
暫く留守にしていた部屋なのに埃っぽさはなく、奥側の窓が開いており、風が室内を通っていく。あるかと思ったもの(というか臭い)がなく下に声をかける。
「なぁ、あいつ来てねぇの?」
「万年アルコール中毒者?」
「そう。酒臭くねぇ」
「何度か顔は出したが…最後はいつだったか…?」
「…あっそ」
嫌な想像が頭を過る。これ以上考えるのは(イライラが溜まって)身体に毒だ。関所で金は遣い果たしたはずだから無一文の筈、なのに…それでよく出歩けるもんだ。
キースはうんざりとばかりに溜息を吐き、屋根裏部屋に足を踏み入れた。此処が彼の塒であり、現在は帰る場所となっている。窓辺に腰掛け陽だまりを背に浴びる。呼吸が欠伸に変わり、ぼんやりと外を眺める。意気揚々と駆けて来たものの、風邪で消耗した体力はまだ回復してないようで、少しだけと思い寝転がってしまう。
「降りてこい、荷物片せ。お前の手ぇ借りたいもんがある、働け」
「…少しは休ませろよ」
「何言ってやがる。そこの掃除、サーちゃんの世話、これまでの借金、返すもんはたらふくあるぞ」
「そうだ…悪ぃ、また貸してくれ…宿代、払わねぇと。それに…むかえ…」
「宿ぉ?テメェ、ホントどこほっつき歩いてやがった?」
「……」
「……おい、キース」
ドウェインが梯子を上り屋根裏を覗く。狸寝入りかと思ったが、キースは寝床で丸くなっていた。開けておいた窓から風が吹き、彼の髪を揺らす。マジで寝てやがる…これじゃあそこら辺の野良猫と大差ない。
(油断してやがるな、まったく)
昼寝するキースを睨み見るドウェインだったが、起こしたりはせず。鼻で笑うと梯子を下り今朝手に入れた紙を眺めた。
「こんにちわ~!」
「よぉ、相変わらず元気だな」
「聞いてよドウェインさん!船また遅れてる!」
「しょうがねぇさ、気長に待ってろ」
元気よく店に入ってきた少女、ローズは、ドウェインに愚痴りながらもカウンターの荷物に気がつき表情を一変させた。
「もしかして!キース帰って来たの?」
「ああ、寝てる」
聞くなり梯子を上ろうとするローズだったが、ドウェインに止められバツが悪そうな表情に変わる。ころころ変わる可愛らしい顔に笑いをもらし、ドウェインは紙を壁に括り付けた。
「それ見たわ、どんどん有名になってく!」
「額が上がりゃあいいってもんじゃねぇ」
「でもカッコいい!」
「…それでもひよっこだ」
ローズは軋む椅子に飛び乗り、カウンター越しに紙を見つめた。頑固な老人もどこか誇らし気である。
二人の目は更新された<獣の盗賊>の手配書を捉えていた。
一方、その頃──
スタンとエドは酒場にいた。二人のテーブルを囲う娼婦達にエドは肩身の狭さを感じる。彼女達の目的はスタンが書くもので、現在彼は代筆屋の仕事中だ。
それなりに値がするだろう紙を持ち寄り、思い思いの言葉を伝え、時折スタンのアドバイスが混じりながら想いが綴られていく。手紙が仕上がると女は嬉々として帰っていき、そして入れ替わりで新しい女が席に座り、順番を待っていた。ちりつもの代金がどんどんテーブルに置かれていく。一文無しだがここの飲み代くらいは払えそうで、初めて見る代筆屋のスタンはパールで大人気のようだった。
「…なぁ…スタン」
「さっきと同じ質問は無しだぞ」
目もくれずに返事をするスタン。顰め面になったエドを周りの女達が揶揄う。
エドはキースが寝込んだことや宿の話を伝えたのだが、スタンは大丈夫の一点張りだった。迷子性のせいで道どころか宿のこともうる覚えで助けてもらえず、唯一教えてもらったのはキアとはパールの直前で別れてしまったということ。彼此数時間も酒場に居座り、エドは手持ち無沙汰のままで溜息をもらした。
「ならさぁ、ロムと会わなかったか?こっちに来てからまだ会えてなくて…心配なんだ」
「知らね」
「…真面目に答えろ、情報屋。それともまた金払えって言う気か?」
スタンはペンを走らせながら首を傾げてみせた。エドはついに舌打ちまでして、キースのイライラ症が感染ってしまったようだ。
また一枚手紙が仕上がる。不意にスタンが顔を上げ、手招きされる。思わず眉を寄せるが彼の横に座ると、スタンは反対側に座る女と何やら会話を始めるが…試し書きの紙端にペンが走った。
『騒ぐな、頼む』
綺麗な文字とその内容にエドは目をぱちくりさせる。また文字が走り、
『紙を見るな、盗み見ろ さっきみたいに話せ つけられてる』
はっとしてスタンと目が合う。彼はいつもと変わらずの笑みでウィンクして、エドは指示の通り視線を逸らし、飲みかけのグラスを引き寄せた。
周囲を見回すのも我慢するが、今更ながら異様な気配を感じ取る。誰かがこちらを窺っていた。
「んじゃ、この間のお礼から書くか」
『お前が字読めるお利口さんで助かる 説明したほうがいい?』
女との会話を続けながら、ペンは違う言葉を発する。キースとは異なる器用さに舌を巻いた。
「…そりゃあ、その、本当なら。つけ…俺か?それとも、」
『俺だ、面倒なのに会った』
「もう少し積極的に誘ってもいいんじゃね?歳下でも金持ってんだろ?」
「…そう、なんだ?」
『賞金稼ぎ 昔の馴染み』
「…スタン、今度は何したの?」
手紙と並行して文字が綴られていく紙端。女達も器用なスタンに釘づけになる。読み書きが出来ず首を傾げる女もいれば、理解して何やらひそひそと話す女もいた。
スタンは手紙を仕上げると鞄に手を伸ばし、情報屋稼業で使う紙端の束を取り出した。数枚捲り、ある二枚をエドにも見えるようにしてやる。それは<獣の盗賊>と<壊し屋ティシアーノ>の手配書で、またペンが走る。
『俺じゃない あいつと、あいつ 今度はってどういう意味?』
「すげぇよなぁ、額が上がったんだ」
スタンは<獣の盗賊>の手配書だけ取り出して、周りの女達に見せびらかした。手配書の彼は人気者のようで黄色い悲鳴が上がった。一方でエドはもう一枚に気を取られてしまう。<壊し屋ティシアーノ>はロムのことだ。バレてしまい苦虫を噛み潰したような顔になる。
「こうも人気だと、賞金稼ぎも動くってわけ」
『だから、俺は暫く動けない。お前の待ち合わせも、協力すると危ない Rの付くお前ら 巻き込んじまう』
言葉の意味がわかり目を逸らしてしまう。Rの付く、とはエド達'ラッカム一味'のこと。完璧にバレている…
「こっち来てから思い出したんだけどなぁ。いいとこの出だなぁ?ただのエドちゃん」
「…それ、持ち歩いてんの?」
「まぁ本業だから。こっちが副な」
「…っ…」
反論も出来ず溜息を吐いたエドの背を叩くと、スタンは娼婦の一人に顔を寄せて、
「ちっと困っててな、この迷子のエドを送ってやってくれねぇか?」
「迷子?」
「そ。市場まで行きてぇらしいんだが、市場も行けねぇの!へへっ、困った奴だろ?」
へらへら笑うスタンと怪訝顔になるエド。女は一瞬きょとんとするが笑顔になり、エドの手を取った。
「そういうの可愛い♡送ってあげる♪」
「か、かわい…?」
「サンキュ。手紙代、二回くらいチャラにするよ」
「貸したお金、返してもらってない」
「ありゃぁ…そうだっけ?」
互いの頬にキスするが、女は誤魔化そうとするスタンの頬を思い切り抓り上げ、痛がる彼を他の女達が笑った。エドは流れに付いていけずだったが、女に手を引かれるままその場を離れて行き、
「またな~」
スタンは何事もなかったように手を振った。
エドは女を止めようとするが、
「大丈夫、付いて来て」
夜の帳。賑やかなパールは灯火で照らされ、市場も静かになる。
エドは娼婦に連れられ市場へやって来た。荷台や幌が出されたままの道を進み、チラりと振り返る。怪しい気配は感じず自身は尾けられていないようだった。
「あいつまた何かしたの?」
「…よくわかんない、というか…こういうの、前にも?」
「そりゃあ、スタンだからねぇ」
不安気なエドに対し女は笑顔だ。甘い香りを漂わせ如何にも娼婦という彼女だったが、何やら困っているであろうエドには優しく、無粋な質問もなく市場まで道案内してくれた。と、駆け寄ってくる足音が聞こえ、
「お前!どこ行ってやがった!?」
声の主がエドの肩を捕まえる。キースだった。見覚えがあるのか女が目を輝かせた。
「やっぱり!あんたが絡んでたのね!」
「あ?ぇ…」
「手伝って正解だったわぁ♪」
女がエドそっちのけでキースに詰め寄る。彼はわけがわからずつい後退るが、エドに向き直ると頭を叩いて、
「宿に迎えに行ったんだぞ。そしたら戻ってねぇって言うし」
「いったいなぁ…叩くことないだろ!」
「うっせぇ迷子!」
「初めての所なんだから、しょうがないだろ!」
「初めてならほっつき歩くな!ガキかッ」
いつもの口喧嘩に発展するが、女の視線に気がつき揃ってはっとする。彼女はクスクスと笑い歩き出して、
「迷子案内は終わりね。今度はあなたも来てよ!」
そう言うとキースにウィンクし、彼女は立ち去って行った。
二人共黙り込み顔を見合わす。今のはそういう意味に違いないとエドは確信し、キースは我に返るように首を振った。
「やっぱ迷子じゃねぇか」
「ッ、うるさいな!」
「お前、ずっと一人だったのか?」
言われてスタンのことを思い出す。
「さっきまでスタンと一緒だったんだ、でも…賞金稼ぎに尾けられてるって、暫く動けないって言ってた」
「?賞金稼ぎ?」
「昔の馴染みとか言ってて…狙ってる、って…」
思わず辺りを窺いながら、控えめに手を出しキースを指差す。彼は眉を寄せたが、
「とりあえず来い…中で聞く」
「え?」
言うなりキースは近くの店の扉を開けてしまう。驚くエドだったが、中から初老の男が顔を出し、
「…この子か?」
「そう、ビビりの泣き虫」
「……おい」
終始わからずなエドだったが、嫌味な言葉にだけは苛立ちを覚える。喉を鳴らし笑うドウェインの横から少女も姿を現わして、
「おかえり、キース!」
ローズは嬉しそうな顔だったが、見知らぬエドを見るなり表情が怪訝なものに変わる。
「この人誰?」
それはこっちが聞きたいよ…と、心の内で思ってしまうが口には出さず。エドはドウェインに促され店の中へ入った。
目と鼻の先だったその店は、雑貨屋だった。
同じ頃、パール港の一角。
三人と同じく街へ来ていたロムは繋留された船の中に身を隠し、怪我した脚を手当てしていた。
(なんで、バレてんだ?)
パールへは漁師の船に乗せてもらいやって来たが、着いて早々に軍兵に追い回されたのだ。数日逃げ回りこの様。賞金首とは言えバレないように気を遣っていた、のに、申し合わせたように軍兵の一隊が港にいて…思い出し苦虫を噛む。
(待ち伏せしやがって…やっぱり…)
先日から嫌な考えが頭を離れない。それは今回のことでさらに確信を増し、ロムに大きな不安を抱かせていた…仲間の裏切りだ。
(早いとこビアンカを見つけねぇと…だが…)
そしてもう一つの不安、ビアンカのことだ。
ロムが陸に来ている理由は二つある。海賊討伐から仲間を守り海へ逃がすこと。そして、ビアンカを連れ戻すこと。必ずと念を押されて。
ローザディ・ミホーレスで別れる時かなり迷ったが、今回のことを考えると正解だったとも思う。合流したらすぐに此処を立たなければ。しかし彼女の居処はおろか安否もわからぬまま、どうしたものか思い悩んでいると、
「…誰?そこに居るのは…」
「!」
積荷に紛れしっかりと身を隠していたが、女の声は真っ直ぐにこちらへ呼びかけていた。こっそり様子を窺うと、
「…あら…?ねぇ、もしかして!」
「!っ…マリアか?あんたなんでここに?」
「今は違う名前よ…助けが必要そうね」
互いに驚き顔を綻ばせる。思いがけない再会にロムは一つ希望を見出した。
さらに同じ頃、某所にて。
ジェラルドは軍兵と二人、何やら話していた。その兵は先日ソロウの執務室で会った奴だ。
「そいつで間違いない」
「…生け捕りにする理由はなんだ?」
「それはあんたに関係ない」
「理由も知らずに協力しろと?」
「知りたいなら、あんたの上司に聞いてくれ」
「……」
「そんな恐い顔すんなよ。って、あんたいつも恐そうだよな」
「余計な世話だ」
「もう一人は、もういい。絞れたんだ。捕まえて手柄にでもしろ」
「…どの口が」
「…なんだ?俺も取っ捕まえてぇの?」
「そうだな…同じ海賊なら」
睨みつけるジェラルドに軍兵は終始笑顔だった。わざとらしく軍帽を外し、敬礼してみせる。
「それはまた今度。今は'協力者'だからさぁ」
「……」
「頼んだぜ、副指揮官殿」
余裕ありありでそう告げると、'協力者'は一人立ち去ってしまう。彼が居なくなってもなおジェラルドは不機嫌そうだったが、入れ替わりでハリソンが現れ、
「隊長、また現れたようです」
「…今度は何処だ?」
視線を逸らし感情を抑えて応える。隠し切れていない怒りを感じ取りハリソンは少し躊躇うが、入ったばかりの報せを告げた。
「クウェントン…それも、基地に入られたようです」
「……」
「いつもの三本傷もしっかりと…」
ジェラルドの眉間の皺が増える。ルクスバルトのは偽物だと思うが、今回のは当たりの可能性が高い。逃げたあいつは妨害者の女と一緒のはずだ。だが、
「山から抜けて行った可能性があります、どうしましょうか?」
「…ハリソン、皆の力量は?」
質問の意図がわかり内心驚く。同時に彼への信頼感もまた増す。ハリソンが首を縦に振ると、ジェラルドは少し考え決心した。
暫く此処に居たほうがいい。留守を任されているし…動くとしても、山より南に位置する街だけ──
窓から見えるパールの街に目を向ける。なんの確証もない、ただの勘だったが、ジェラルドはそれを信じることにした。
周囲からは修理屋師弟と呼ばれる二人(あながち間違いではないのだが)は、また市場を通り自身らの店へ戻った。パール市場で軒の店を構える雑貨屋兼修理屋だ。
緑の塗装が剥げてきている扉を開け、壁や天井に染み込んだ煙の匂いの中へ入る。昼間なのに薄暗いのは窓を塞ぐくらいに品物を積んでいるからで、売れだの捨てろだの言ってもこの店主は頑なに聞かずだ。一人奥に行ったドウェインに構わず、キースはカウンターに荷物を置くと壁掛けの梯子を使い、慣れた足取りで屋根裏部屋まで上がった。
暫く留守にしていた部屋なのに埃っぽさはなく、奥側の窓が開いており、風が室内を通っていく。あるかと思ったもの(というか臭い)がなく下に声をかける。
「なぁ、あいつ来てねぇの?」
「万年アルコール中毒者?」
「そう。酒臭くねぇ」
「何度か顔は出したが…最後はいつだったか…?」
「…あっそ」
嫌な想像が頭を過る。これ以上考えるのは(イライラが溜まって)身体に毒だ。関所で金は遣い果たしたはずだから無一文の筈、なのに…それでよく出歩けるもんだ。
キースはうんざりとばかりに溜息を吐き、屋根裏部屋に足を踏み入れた。此処が彼の塒であり、現在は帰る場所となっている。窓辺に腰掛け陽だまりを背に浴びる。呼吸が欠伸に変わり、ぼんやりと外を眺める。意気揚々と駆けて来たものの、風邪で消耗した体力はまだ回復してないようで、少しだけと思い寝転がってしまう。
「降りてこい、荷物片せ。お前の手ぇ借りたいもんがある、働け」
「…少しは休ませろよ」
「何言ってやがる。そこの掃除、サーちゃんの世話、これまでの借金、返すもんはたらふくあるぞ」
「そうだ…悪ぃ、また貸してくれ…宿代、払わねぇと。それに…むかえ…」
「宿ぉ?テメェ、ホントどこほっつき歩いてやがった?」
「……」
「……おい、キース」
ドウェインが梯子を上り屋根裏を覗く。狸寝入りかと思ったが、キースは寝床で丸くなっていた。開けておいた窓から風が吹き、彼の髪を揺らす。マジで寝てやがる…これじゃあそこら辺の野良猫と大差ない。
(油断してやがるな、まったく)
昼寝するキースを睨み見るドウェインだったが、起こしたりはせず。鼻で笑うと梯子を下り今朝手に入れた紙を眺めた。
「こんにちわ~!」
「よぉ、相変わらず元気だな」
「聞いてよドウェインさん!船また遅れてる!」
「しょうがねぇさ、気長に待ってろ」
元気よく店に入ってきた少女、ローズは、ドウェインに愚痴りながらもカウンターの荷物に気がつき表情を一変させた。
「もしかして!キース帰って来たの?」
「ああ、寝てる」
聞くなり梯子を上ろうとするローズだったが、ドウェインに止められバツが悪そうな表情に変わる。ころころ変わる可愛らしい顔に笑いをもらし、ドウェインは紙を壁に括り付けた。
「それ見たわ、どんどん有名になってく!」
「額が上がりゃあいいってもんじゃねぇ」
「でもカッコいい!」
「…それでもひよっこだ」
ローズは軋む椅子に飛び乗り、カウンター越しに紙を見つめた。頑固な老人もどこか誇らし気である。
二人の目は更新された<獣の盗賊>の手配書を捉えていた。
一方、その頃──
スタンとエドは酒場にいた。二人のテーブルを囲う娼婦達にエドは肩身の狭さを感じる。彼女達の目的はスタンが書くもので、現在彼は代筆屋の仕事中だ。
それなりに値がするだろう紙を持ち寄り、思い思いの言葉を伝え、時折スタンのアドバイスが混じりながら想いが綴られていく。手紙が仕上がると女は嬉々として帰っていき、そして入れ替わりで新しい女が席に座り、順番を待っていた。ちりつもの代金がどんどんテーブルに置かれていく。一文無しだがここの飲み代くらいは払えそうで、初めて見る代筆屋のスタンはパールで大人気のようだった。
「…なぁ…スタン」
「さっきと同じ質問は無しだぞ」
目もくれずに返事をするスタン。顰め面になったエドを周りの女達が揶揄う。
エドはキースが寝込んだことや宿の話を伝えたのだが、スタンは大丈夫の一点張りだった。迷子性のせいで道どころか宿のこともうる覚えで助けてもらえず、唯一教えてもらったのはキアとはパールの直前で別れてしまったということ。彼此数時間も酒場に居座り、エドは手持ち無沙汰のままで溜息をもらした。
「ならさぁ、ロムと会わなかったか?こっちに来てからまだ会えてなくて…心配なんだ」
「知らね」
「…真面目に答えろ、情報屋。それともまた金払えって言う気か?」
スタンはペンを走らせながら首を傾げてみせた。エドはついに舌打ちまでして、キースのイライラ症が感染ってしまったようだ。
また一枚手紙が仕上がる。不意にスタンが顔を上げ、手招きされる。思わず眉を寄せるが彼の横に座ると、スタンは反対側に座る女と何やら会話を始めるが…試し書きの紙端にペンが走った。
『騒ぐな、頼む』
綺麗な文字とその内容にエドは目をぱちくりさせる。また文字が走り、
『紙を見るな、盗み見ろ さっきみたいに話せ つけられてる』
はっとしてスタンと目が合う。彼はいつもと変わらずの笑みでウィンクして、エドは指示の通り視線を逸らし、飲みかけのグラスを引き寄せた。
周囲を見回すのも我慢するが、今更ながら異様な気配を感じ取る。誰かがこちらを窺っていた。
「んじゃ、この間のお礼から書くか」
『お前が字読めるお利口さんで助かる 説明したほうがいい?』
女との会話を続けながら、ペンは違う言葉を発する。キースとは異なる器用さに舌を巻いた。
「…そりゃあ、その、本当なら。つけ…俺か?それとも、」
『俺だ、面倒なのに会った』
「もう少し積極的に誘ってもいいんじゃね?歳下でも金持ってんだろ?」
「…そう、なんだ?」
『賞金稼ぎ 昔の馴染み』
「…スタン、今度は何したの?」
手紙と並行して文字が綴られていく紙端。女達も器用なスタンに釘づけになる。読み書きが出来ず首を傾げる女もいれば、理解して何やらひそひそと話す女もいた。
スタンは手紙を仕上げると鞄に手を伸ばし、情報屋稼業で使う紙端の束を取り出した。数枚捲り、ある二枚をエドにも見えるようにしてやる。それは<獣の盗賊>と<壊し屋ティシアーノ>の手配書で、またペンが走る。
『俺じゃない あいつと、あいつ 今度はってどういう意味?』
「すげぇよなぁ、額が上がったんだ」
スタンは<獣の盗賊>の手配書だけ取り出して、周りの女達に見せびらかした。手配書の彼は人気者のようで黄色い悲鳴が上がった。一方でエドはもう一枚に気を取られてしまう。<壊し屋ティシアーノ>はロムのことだ。バレてしまい苦虫を噛み潰したような顔になる。
「こうも人気だと、賞金稼ぎも動くってわけ」
『だから、俺は暫く動けない。お前の待ち合わせも、協力すると危ない Rの付くお前ら 巻き込んじまう』
言葉の意味がわかり目を逸らしてしまう。Rの付く、とはエド達'ラッカム一味'のこと。完璧にバレている…
「こっち来てから思い出したんだけどなぁ。いいとこの出だなぁ?ただのエドちゃん」
「…それ、持ち歩いてんの?」
「まぁ本業だから。こっちが副な」
「…っ…」
反論も出来ず溜息を吐いたエドの背を叩くと、スタンは娼婦の一人に顔を寄せて、
「ちっと困っててな、この迷子のエドを送ってやってくれねぇか?」
「迷子?」
「そ。市場まで行きてぇらしいんだが、市場も行けねぇの!へへっ、困った奴だろ?」
へらへら笑うスタンと怪訝顔になるエド。女は一瞬きょとんとするが笑顔になり、エドの手を取った。
「そういうの可愛い♡送ってあげる♪」
「か、かわい…?」
「サンキュ。手紙代、二回くらいチャラにするよ」
「貸したお金、返してもらってない」
「ありゃぁ…そうだっけ?」
互いの頬にキスするが、女は誤魔化そうとするスタンの頬を思い切り抓り上げ、痛がる彼を他の女達が笑った。エドは流れに付いていけずだったが、女に手を引かれるままその場を離れて行き、
「またな~」
スタンは何事もなかったように手を振った。
エドは女を止めようとするが、
「大丈夫、付いて来て」
夜の帳。賑やかなパールは灯火で照らされ、市場も静かになる。
エドは娼婦に連れられ市場へやって来た。荷台や幌が出されたままの道を進み、チラりと振り返る。怪しい気配は感じず自身は尾けられていないようだった。
「あいつまた何かしたの?」
「…よくわかんない、というか…こういうの、前にも?」
「そりゃあ、スタンだからねぇ」
不安気なエドに対し女は笑顔だ。甘い香りを漂わせ如何にも娼婦という彼女だったが、何やら困っているであろうエドには優しく、無粋な質問もなく市場まで道案内してくれた。と、駆け寄ってくる足音が聞こえ、
「お前!どこ行ってやがった!?」
声の主がエドの肩を捕まえる。キースだった。見覚えがあるのか女が目を輝かせた。
「やっぱり!あんたが絡んでたのね!」
「あ?ぇ…」
「手伝って正解だったわぁ♪」
女がエドそっちのけでキースに詰め寄る。彼はわけがわからずつい後退るが、エドに向き直ると頭を叩いて、
「宿に迎えに行ったんだぞ。そしたら戻ってねぇって言うし」
「いったいなぁ…叩くことないだろ!」
「うっせぇ迷子!」
「初めての所なんだから、しょうがないだろ!」
「初めてならほっつき歩くな!ガキかッ」
いつもの口喧嘩に発展するが、女の視線に気がつき揃ってはっとする。彼女はクスクスと笑い歩き出して、
「迷子案内は終わりね。今度はあなたも来てよ!」
そう言うとキースにウィンクし、彼女は立ち去って行った。
二人共黙り込み顔を見合わす。今のはそういう意味に違いないとエドは確信し、キースは我に返るように首を振った。
「やっぱ迷子じゃねぇか」
「ッ、うるさいな!」
「お前、ずっと一人だったのか?」
言われてスタンのことを思い出す。
「さっきまでスタンと一緒だったんだ、でも…賞金稼ぎに尾けられてるって、暫く動けないって言ってた」
「?賞金稼ぎ?」
「昔の馴染みとか言ってて…狙ってる、って…」
思わず辺りを窺いながら、控えめに手を出しキースを指差す。彼は眉を寄せたが、
「とりあえず来い…中で聞く」
「え?」
言うなりキースは近くの店の扉を開けてしまう。驚くエドだったが、中から初老の男が顔を出し、
「…この子か?」
「そう、ビビりの泣き虫」
「……おい」
終始わからずなエドだったが、嫌味な言葉にだけは苛立ちを覚える。喉を鳴らし笑うドウェインの横から少女も姿を現わして、
「おかえり、キース!」
ローズは嬉しそうな顔だったが、見知らぬエドを見るなり表情が怪訝なものに変わる。
「この人誰?」
それはこっちが聞きたいよ…と、心の内で思ってしまうが口には出さず。エドはドウェインに促され店の中へ入った。
目と鼻の先だったその店は、雑貨屋だった。
同じ頃、パール港の一角。
三人と同じく街へ来ていたロムは繋留された船の中に身を隠し、怪我した脚を手当てしていた。
(なんで、バレてんだ?)
パールへは漁師の船に乗せてもらいやって来たが、着いて早々に軍兵に追い回されたのだ。数日逃げ回りこの様。賞金首とは言えバレないように気を遣っていた、のに、申し合わせたように軍兵の一隊が港にいて…思い出し苦虫を噛む。
(待ち伏せしやがって…やっぱり…)
先日から嫌な考えが頭を離れない。それは今回のことでさらに確信を増し、ロムに大きな不安を抱かせていた…仲間の裏切りだ。
(早いとこビアンカを見つけねぇと…だが…)
そしてもう一つの不安、ビアンカのことだ。
ロムが陸に来ている理由は二つある。海賊討伐から仲間を守り海へ逃がすこと。そして、ビアンカを連れ戻すこと。必ずと念を押されて。
ローザディ・ミホーレスで別れる時かなり迷ったが、今回のことを考えると正解だったとも思う。合流したらすぐに此処を立たなければ。しかし彼女の居処はおろか安否もわからぬまま、どうしたものか思い悩んでいると、
「…誰?そこに居るのは…」
「!」
積荷に紛れしっかりと身を隠していたが、女の声は真っ直ぐにこちらへ呼びかけていた。こっそり様子を窺うと、
「…あら…?ねぇ、もしかして!」
「!っ…マリアか?あんたなんでここに?」
「今は違う名前よ…助けが必要そうね」
互いに驚き顔を綻ばせる。思いがけない再会にロムは一つ希望を見出した。
さらに同じ頃、某所にて。
ジェラルドは軍兵と二人、何やら話していた。その兵は先日ソロウの執務室で会った奴だ。
「そいつで間違いない」
「…生け捕りにする理由はなんだ?」
「それはあんたに関係ない」
「理由も知らずに協力しろと?」
「知りたいなら、あんたの上司に聞いてくれ」
「……」
「そんな恐い顔すんなよ。って、あんたいつも恐そうだよな」
「余計な世話だ」
「もう一人は、もういい。絞れたんだ。捕まえて手柄にでもしろ」
「…どの口が」
「…なんだ?俺も取っ捕まえてぇの?」
「そうだな…同じ海賊なら」
睨みつけるジェラルドに軍兵は終始笑顔だった。わざとらしく軍帽を外し、敬礼してみせる。
「それはまた今度。今は'協力者'だからさぁ」
「……」
「頼んだぜ、副指揮官殿」
余裕ありありでそう告げると、'協力者'は一人立ち去ってしまう。彼が居なくなってもなおジェラルドは不機嫌そうだったが、入れ替わりでハリソンが現れ、
「隊長、また現れたようです」
「…今度は何処だ?」
視線を逸らし感情を抑えて応える。隠し切れていない怒りを感じ取りハリソンは少し躊躇うが、入ったばかりの報せを告げた。
「クウェントン…それも、基地に入られたようです」
「……」
「いつもの三本傷もしっかりと…」
ジェラルドの眉間の皺が増える。ルクスバルトのは偽物だと思うが、今回のは当たりの可能性が高い。逃げたあいつは妨害者の女と一緒のはずだ。だが、
「山から抜けて行った可能性があります、どうしましょうか?」
「…ハリソン、皆の力量は?」
質問の意図がわかり内心驚く。同時に彼への信頼感もまた増す。ハリソンが首を縦に振ると、ジェラルドは少し考え決心した。
暫く此処に居たほうがいい。留守を任されているし…動くとしても、山より南に位置する街だけ──
窓から見えるパールの街に目を向ける。なんの確証もない、ただの勘だったが、ジェラルドはそれを信じることにした。
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