/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□陸篇 Catch Me If You Can.

1.07.2 <獣の盗賊>現る

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「…んでいんだよ」
「…それはこっちの台詞だ」
 ぼやくキースにジェラルドは眉間の皺を深めた。
「今夜は休みじゃないんですかぁ?」
「これ見よがしに、部屋の前に落し物があってな」
「……」
「物音もしたからここで待ち伏せしてみたんだ。案の定'こそ泥'が出てきて、お陰で探す手間が省けた…お前、異動祝いだの言ってたか?」
「……地獄耳」
 忌々しげに言うジェラルドの足元、自身が置き去りにしてしまった書簡や本が見えた。一緒に部屋へ入れておけばよかった…己の明らかな凡ミスに苛立ちが募り、頬が引き攣る。
「それと、俺がいつ休もうと、俺の勝手だ」
「あーはい、そうですね…ついでに、昇進おめでと」
「思ってもないことを」
「つーかなんでお前が副指揮官なんだ?」
「煩い…両手を頭の後ろに」
 銃口が顳顬に当てられ思わず溜息を吐く。
 キースは言う通りに両手を挙げ頭の後ろに付けた。ジェラルドは警戒しながらも彼に近寄り、腰に下げられた袋を奪い取った。
「これは?」
「…金が入ってるやつ」
「基地から盗んだのか?」
「盗られたもん、盗り返しただけ」
「何だと?」
 怪訝な表情を向けられほくそ笑み続ける。
「第一小隊、ベイノン隊長の机、左側の引き出し…いつもあそこにある」
「…どういうことだ?」
「あぁ、異動して間もない副指揮官殿はご存知ありませんか?パールの仕組み」
「わけわかんねぇことほざくなよ」
「うっわ、口悪ぃ」
「昨日のことだろ?問題を起こした馬鹿共なら懲罰中だ。お前が出る幕じゃない」
「懲罰、それで解決…おしまいか?」
「あ"?」
 ジェラルドの本性が姿を現しはじめ、キースは面白そうに喉を鳴らし笑った。
「軍規だろうとクソだろうと、誰も守んねぇよ…南部はな、黙認する代わりにピン撥ねしてんだ」
「!…まさか、」
「もっとしっかりお勉強してください、デュレー・副指揮官・殿」
 飛び切りの嫌味をぶつけてやれば、当てられた銃口に力が籠り皮膚ごと捻られてしまう。
「だから盗むのか、お前は」
「だったらなんだよ?」
「これもばら撒くつもりだったのか?義賊なんて呼ばれて、いい気なもんだ」
「…んだと、」
 皮肉を返され顔を動かそうとするが、銃口で押し返される。金が詰まった袋が床に落とされ、さらにポケットの中も探られ、運悪く見つかったのは手に入れたばかりの二枚の手紙だった。
「ホントの狙いはこれか…」
「…さぁね。なんか隠してたみてぇだから、盗ってやった」
 ジェラルドは紙を自身のポケットにしまい、ゆっくりと動きキースの正面に回った。銃口も帽子の鍔を押し上げながら動かし、眉間にピッタリ付けてみせる。
「何故'ラッカム一味'に関わる?あの女と、どうして一緒にいた?」
「質問は一つにしろよ」
「女は何処にいる?」
「知らねぇ」
「答えろチビ」
「お前がくたばったら教えてやる、木偶の坊」
「強がってねぇで吐け、風穴空けんぞ」
「うっせぇなテメェ、このネチネチ野郎がっ」
 二人共小声なのだが、どちらも圧が強い。最早それは口喧嘩でキースのは対ビアンカの時以上、互いに睨み合ったまま…ジェラルドがあからさまに舌打ちし、キースは無意識に歯軋りをして、暫く沈黙のメンチ切りが続く。
 沈黙を破ったのはジェラルドで、彼は気になっていたことを口にした。
「…お前、何を盗んだ?」
「今話したろーが。ボケたか?」
「そうじゃない…軍の荷馬車を襲った時だ」
「はぁ??」
 意味不明とばかりに露骨に顔に出すキース。ジェラルドは構わず続ける。
「軍の資料だ、盗っただろ。二ヵ月くらい前。ソロウがお前に固執してるのはそれだ…<竜の首飾り>もだが」
「…資料…?」
 素で考え込むキース。そんなもん盗んだか?軍の荷馬車という言葉も引っかかり、はっとする。ハズレを引いた時のだとわかり思わず笑ってしまう。
「思い出したっ、何かの作戦の紙!あと帳簿。あんなので目くじら立ててんのかよ?」
「まだ持ってるんだな?」
「ああ、いらねぇし返してさしあげます。だから、」
「見逃せとでも?」
 ジェラルドの言葉に怒気が含まれ、また鋭く冷たい眼差しに睨まれる。
 今になって、5にまともに会話したというのに、'知人'同士の二人の関係は最悪だ。キースは今更ながらこの状況がおかしくなり、また笑いをもらした。
「意地悪だな…この間は助けてくれたのに…」
 冷たい黒い瞳が微かに揺らぐ。けどわかってる。自身も大概意地悪で、ミチェルブルクの霊苑や雪山で出くわした時も同じ…今此処に昔のような感情は無い。
 すっかり立ち話になってしまい、ジェラルドはひとまず牢へ連行しようと腕を掴んだ。が、
「隊長?」「「!」」
 階段から声がかかる。ハリソンの声に一瞬意識が逸れる。
 直後、掴んだ腕ごと勢いよく捻られ、もう片方の手が銃身を掴み上げる。反動で引き鉄を引いてしまい建物全体に銃声が響いた。
 ハリソンは最初何が起こっているのかわからなかった。事態に気がつき咄嗟に小銃を取り駆け寄るが、掴み合い状態で動き回る二人に照準が定まらない。
「ハリソン!…何してるッ、撃て!」
「しかし…!」
 互いの腕を捕まえた状態で押し問答する二人。ジェラルドが声を上げてもハリソンは撃つのを躊躇った。このまま力勝負になれば負ける。不本意でも理解したキースは無理矢理身体をぐんと引いた。腕に引っ張られ体勢を崩したジェラルドが間近に迫るが、片脚を折り腹へ入れてやり、小さく呻き力が緩んだ隙に振り払い、さらに体当たりを喰らわせた。
 よろけたジェラルドは向かってきたハリソンにぶつかり、二人揃って転んでしまう。キースはすかさず脚の革袋から煙玉を取り袖口で擦り、ジェラルドが強引に飛びかかってきたが寸でで床が爆ぜ、一帯を黒煙が覆った。諸に喰らったジェラルドは思わず身を引き咳き込み、ハリソンも煙に巻き込まれ身動きが取れず、キースの手の内となる。
「サンキューッ、ハリソン!」
 床に落とされた袋をちゃっかり回収し、廊下の反対側へ走り出すキース。
「ッげほ!ぐ…今のは、」
「<獣の盗賊>だ!」
「えっ」
「捕まえる!警鐘!!」
 ジェラルドが遅れて追いかけていき、背後のハリソンへ怒鳴る。状況に付いていけずな彼はビクりと反応したが、壁掛けの鐘に飛び付き打ち鳴らした。


 キースはもう一つの階段を駆け下りていた。が、銃声や警鐘を聞きつけた軍兵達が向かってくるのがわかり、途中で引き返すと部屋が並ぶ廊下を走った。
 部屋に居た兵が何事かと出てくるが、眼前に迫ったキースに腕を取られ、壁を駆ける彼の支点にされた挙句、そのまま捻り倒されてしまう。さらに隣の扉も開くが、キースの脚が開けた主ごと扉を押し返し、反動で転げたのか部屋から物凄い音がしそれ切りとなった。
 銃声とともにすぐ先の壁に穴が空く。後ろを振り返れば向かってくるジェラルドの姿。いつかの再来に舌打ちし階段に辿り着くが、
「賊だ!捕らえろ!」
 階下から兵達が現れ慌てて引き返す。迫り来るジェラルドと目が合うが、目当てはそっちじゃなく、
「ッ!」「!?な、」
 左腕の袖を捲り廊下の窓へ勢いよく飛び込む。キースは飛び散る硝子とともに宙に舞い、間髪入れず飛び道具を発射させた。
 壊れた窓枠からジェラルドが下を覗こうとし、飛んできた金具と紐が彼の鼻先を掠め驚かせた。身を乗り出して覗くと、キースが紐でぶら下がりながら建物の壁を蹴り降りていた。つい舌打ちするが手を伸ばし紐を掴み、力任せに引っ張る。思った以上に頑丈そうな紐が革手袋の中で暴れ、バランスを崩したキースはぶら下がった状態で慌て出し、苛立ちを顕に見上げた。
「テんメッ、放せバカ!」
 怒鳴ってもジェラルドは御構い無しで、駆けつけた兵達も紐を掴み、キースを引っ張り上げようとする。
「クソが…!!」
 キースの不機嫌がピークを迎える。右腕を背中に回し回転式銃リボルバーを掴むと、吊ったままの左腕を支えに窓枠目掛け問答無用で撃ち込んだ。ぶら下がり状態でも命中率はよく、弾は兵達の顔や頭を掠め、怯んだ彼らは紐を放してしまった。
「!…ッ」
 さらに一発が枠に残った硝子を捉え破片が飛び、六発目は散った破片ごとジェラルドの頬を掠め、彼も思わず目を瞑り後退る。
 やっと紐が解放され、キースはなんとか下まで降りられた。飛び道具が勢いよく左腕に戻り演習場へと駆ける。目指すは基地の裏門。ジェラルドも不機嫌マックスで廊下を走った。騒ぎは基地全体に伝わり、当直の兵達が建物や演習場に集まりはじめる。
「そいつを捕まえろぉ!!」
 先回りしていたハリソンがキースを見つけ声を上げる。このまま走り抜けようとしていたキースはわらわらと出て来た兵達に慌て踵を返した。逃げながら薬莢屑を捨て、新しいものを込める。真っ先に駆けてきた兵達を撃ち、上手いこと脚に当て動きを封じるが、彼らの後ろからまた数人が向かってきて…
(ヤベぇな)
 マズい、弾はあれど込めてる余裕がない。舌打ちをもらし銃をしまい、代わりにナイフを取り剣を振り翳した兵を迎え撃つ。何度か弾き返し拳と蹴りで打ちのめす、が、他にもどんどん現れる。内心焦っていると、真横から影がすり抜け前に躍り出た。

「!?お前!なんで、」
「うるさいッ」
 現れたのはビアンカで、彼女は持ち出したキースのバンダナで顔を隠すように巻き付けていた。
 剣を振るい兵達と交戦する。屈強そうな兵よりも速いビアンカの剣。しかし以前のように斬り伏せたりはせず、最後は強烈な蹴りで伸した。
「この出しゃばり!」
「お節介がよく言うよ!」
 怒鳴り合いながら共に戦い兵達を伸していき、また演習場を走る。厩舎に近づいたところでキースが呼び止め、二人して中に逃げ込んだ。
「使ってください!」「すまんッ」
 ジェラルドも追いつき、ハリソンが身一つな彼に剣を投げ渡す。ハリソンは先に厩舎へ入っていったが、中から馬達が取り乱し駆けてきて咄嗟に身を躱した。さらに馬達が暴れ出入口を塞いでしまう。キースが手当たり次第に手綱を解きけしかけたのだ。兵達が馬を抑えようとして場が混乱するが、
「隊長!外ぉッ!」
 ハリソンの声が聞こえ厩舎の脇を見ると、窓から逃げ出る二人が見えた。外壁に向かって真っ直ぐ駆ける二人だったが、
「待て!!」
 追いついたジェラルドが行く手を塞ぐ。キースは真っ向から斬りかかり押し通ろうとする。
 剣とナイフがぶつかるがこれまでの兵達とは明らかに違う、鋭く疾いジェラルドの剣。得物の長さの違いもあり、すぐに劣勢になるキースだったが、
「らあッ!」
 ビアンカが勢いよく剣を振り割り込んで、二対一になる。山の時よりも冷静なビアンカと、上手いこと合間に入ってくるキース。だがジェラルドは動じずブレもせず、的確に二人の剣を捌き隙も与えず。二人がかりでも押され気味で、ビアンカはやはり強いと解り冷や汗をかいた。
 キースが懐に潜ろうと身を屈め急接近する。動きを読んでいたのかジェラルドは剣を横払いし、彼のナイフを思い切り弾き飛ばした。ビリビリと左手に衝撃が走り、キースはナイフを落としてしまうが…
「はぁ''あ"!!」「!?!」
 屈んだままの彼の頭上、剣のような速さで降りかかるビアンカの脚。即興の連携技。
 咄嗟に腕で受け止めるジェラルドだったが、さらに回った彼女の二撃目が襲いかかり、女の蹴りにしては重い衝撃に身体がよろけた。雪山の時とは違うと一瞬気が逸れ、その隙を待ち構えていたようにキースが飛びかかり、二人して地面に転がってしまう。
「ッ、ぐぅ…!」
「…ざまぁみろ!!」
 受け身も取れず倒れるジェラルドに対し、キースは寸でで彼から離れ前転し、すぐさま起き上がった。さらにジェラルドの剣を蹴り飛ばすと捨て台詞を吐き、駆け出して行く。
「早く!」
「うっせぇわかってる!」
 前を行くビアンカの声に言い返し、二人で外壁に向かう。ジェラルドと対峙したというのに彼女が深追いしなくてよかったと、キースは安堵していた。今は基地から逃げるのが先決だと、彼女も理解しているようだった。
「おい!つかま……」
「何してんの、急げ!」
 高い壁に飛び道具を掛けるキース。またドウェインに怒られると思いながら一緒に跳ぶべく呼ぶが、ビアンカは近くの木を蹴るようにして登り、枝を辿って跳び、さっさと壁の天辺まで辿り着いていた。まるで猿のようで呆気に取られる。ビアンカがまた怒鳴りキースも宙へ飛んだ。
 ここからどうするかとビアンカが迷っているとキースが肩を掴み止めて、指笛を吹いてみせる。二人の足下が弾き飛び、嫌でも振り返れば追いついた兵達が銃で狙っていた。
「しつけぇなぁ…!」
 今度こそ素早い手捌きで全弾込め、連続で彼らに撃ち返す。キースが放った銃弾は上手いこと兵の腕や脚を捉え、さらに銃にまで当てて弾き飛ばし、単発式の銃しか持たぬ兵達は弾込めも間に合わず怯んでしまった。
 ギリだったがOK。見つかったわりに、まぁまぁ。空になった弾倉から薬莢屑を出し、手の中で回し息を吐く。壁の外側から近づき来る蹄の音が聞こえた。
「獣の!!降りて来いッ!」
「はいわかりました、ってなるかアホ!」
「何を盗った!?」
「それは新しい隊長さんに聞いてくれ!」
 追いつき怒鳴るハリソンにキースは帽子をしっかりと被り直し、笑ってみせる。唐突にビアンカを突き飛ばし壁の外に落とすと、わざとらしく手を振り自身も落ちていった。
「…ちょっとッ、なんか言ってよ!」
「礼ならこいつに言え」
 急に落とされビアンカは悲鳴を上げたが、落下点にいたサーシャがしっかりと受け止め乗せていて、キースは落ちるのと同時に飛び道具を使い、難なく着地していた。
 前方、基地の正門側も騒がしく、直にここにも兵がやって来るだろう。キースもサーシャに跨り手綱を引き、二人と一頭は夜の街へ向かった。


 パールの細路地を駆け抜けるサーシャ。
 ビアンカはキースにしがみ付きながら背後を振り返った。軍兵や騎馬は追って来ていない。ひとまずホっとして、抱いていた疑念を目の前の背にぶつけた。
「ねぇ!なんでこんなことを?」
「…意味わかんねぇ、主語付けろ」
「スタンから聞いた!ロムやあたし達のこと、調べに行ったって!」
「あの野郎…余計な、」
「なんで!?」
 半ば不機嫌なビアンカ。それもそのはず。暫く一緒にいたとはいえ陸で出会った二人は部外者で、スタンの言う通りお節介。しかも腹まで殴られた(これは大して気にしてないのだが)。
「……興味本位。あと、他にも用があった」
「興味って、」
「ごちゃごちゃ言ってっと舌噛むぞ!」
「!わっ…」
 キースが鐙を蹴り速度がぐんと増す。直角のようにサーシャが曲がり、さらに細い道へ跳び込む。道を塞ぐ木箱や台車を難なく越え開けた道に出ると、目の前は市場だった。
「ちょっと寄り道するからな!」
 キースは手綱を手放し軍帽を投げ捨て、代わりにいつもの黒布を出すと頭や顔を巻き隠した。手放し状態でもサーシャはきちんと走り、静かな市場の一角で止まった。さらにキースが基地から盗んだ袋を取り出し、中から硬貨を鷲掴み露店の屋根や店先に投げ入れていく。
「これが用事だ。お前のが、ついで」
 振り返ることなく告げられ、ビアンカも黙ったまま彼の姿を眺めた。
 <獣の盗賊>としてのキースの行い。こんなに堂々と、本当にばら撒いている姿を見るのは初めてだった。
 異変に気がついた街人達が外に出てくる。噂の的の盗賊だとわかった者もいるようで、歓声や拍手が聞こえた。最後は袋ごと投げ捨て手綱を引き、嘶いたサーシャが走り出す。
「ほら」
「?」
「ロムのだろ…持っとけ」
「…ぁ…」
 腰を掴むビアンカの手に、ロムの首飾りを持たせてやる。一番の手がかりである紙はジェラルドに取られてしまったが、これはバレずにポケットに残っていた。ビアンカは手の中の首飾りを見てまた目が潤んでしまい、泣くまいと奥歯を噛みしめ、キースの背中に頭を押し付けた。
 サーシャはキースの手綱に従い、また細路地の闇へと姿を消した。向かうはスタンとの待ち合わせ場所だ──


「巡回の隊に伝令を!手の空いてる者は怪我人を運べ!」
 怒り気味なジェラルドの指示に兵達が慌てふためく。当直も非番も基地に居た者は皆駆り出され、騎馬兵達が馬と共に街へ向かって行った。
 足早に進むジェラルドをハリソンが追いかける。
「隊長…どうして<獣の盗賊>が、」
「俺に聞くな」
「盗んだ物は、あなたに聞けと」
 言い返されても負けじと食い付くハリソン。ジェラルドは無意識に眉間の皺を深めた。
「奴の狙いは'ラッカム一味'だ、朝の捕り物のことを調べに来たんだろ」
「…どういうことですか?」
「理由は知らん。だが、さっきのもう一人は一味の者だ」
「!…女、でしたよね?」
「…女だったらなんだ?また手加減するのか?」
 つい苛立ってしまう。声の調子が変わりハリソンが顔を強張らせ、ジェラルドは足を止めると歯止めもかけずに吐き出した。
「あの時、どうして撃たなかった?」
「…あの状況だと、あなたにも当たってしまうと…」
 真っ直ぐにハリソンを見据えるジェラルド。先ほどの廊下でのことだとわかり、押し黙る。あの時撃っていればジェラルドまで怪我する可能性もあったが、<獣の盗賊>を捕まえられていたかもしれない…言いたいことが充分に伝わってきて、つい目を逸らしてしまう。
「躊躇ったのは間違いだ。賊が、基地の中にいたんだぞ。しかもあんたがずっと追ってた奴が、目の前にいた!」
「…わかってます」
「どうかな、口でなら何とでも言える。ホントにわかってるならもう二度と躊躇うなッ…誰が怪我しようと女相手だろうと、職務を果たせ!」
「……」
 ハリソンの返答にも冷たく厳しい返し。本性であろう口の悪さも出ていたが、ド正論には何も返せず。これがジェラルドの正義、彼の良過ぎる所なのだ。ぐうの音も出ないどころか泣きたい気持ちにまでなる。
 ハリソンは黙ったまま拳を握りしめ、先に歩き出したジェラルドに必死に付いていった。
「…隊長、急ぎの報せが…これを伝えようと、あなたを探してた」
「…報せ…?」
 気まずい空気。それでもハリソンは肩を並べ、紙を差し出した。ちょうど屋根のある食堂に入り、ジェラルドはまた立ち止まると溜息を吐いて、
「……すまない。少し言い過ぎた」
「ッ違いますっ!おれ…私が、悪いんです」
 急な謝罪に焦ってしまう。一瞬素が出たハリソンにジェラルドは思わず苦笑いし、紙を受け取る代わりに借りていた剣を返した。
 近くにあった松明の光に翳し目を通す。紙の正体は別働の捜索隊から届いたものだった。

『調査報告  クウェントンの件、偽物と思われる。詳細は後日  現在パールへ帰還中  別件・重要連絡!  本部から調査員  告知無し…』
「副指揮官殿」

 最後のほうの文に眉を寄せた時、低めだが凛とした声が聞こえた。振り返るとバルハラ軍には珍しい女の軍兵、その見知った声と顔にジェラルドは珍しく表情を崩し…狼狽えた。
「お久しぶりです、デュレー君」
「……お久し、ぶりです。ミス・コールドウェル」
 ハリソンはつい二人を見比べた。狼狽えたのか驚いたのか(なんだかバツが悪そうでもある)様子のジェラルドと、ミス・コールドウェルと呼ばれた青髪の女軍兵。
 薄っすら笑みを浮かべる彼女の胸で、バルハラ軍本部の隊が付ける記章が煌めいた。
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