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□陸篇 Catch Me If You Can.
1.08.3 ノクシアにて(1)
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ノクシアに着いてから一週間──
カイルの稼ぎは停滞していた。
それというのも大っぴらに修理の仕事をしていないからで、兎角これまで軍兵相手に行っていた銃の修理は、スタンから固く禁止されてしまったからだ。
「まいどあり…」
煙草を買っていった客に一声かけるも、イマイチ浮かない声だというのがわかる。傍らで紐を編むエドが様子を窺うと、今週で数百は吐いただろう溜息が聞こえてきた。今日は特に多いと思う。というのも、昨夜また揉めたからだ。
昨夜のこと…店を閉め夜もしっかり更け、人通りも少なくなった頃にスタンとイザベラが戻って来て、相変わらず酒の匂いを纏っているスタンにカイルはイライラを募らせた。
「くだらねぇもんに金遣うな、あんただけのもんじゃねぇぞ」
「今日は奢ってもらったんだ、勘違いしてんじゃねぇ」
「今日は?なら昨日や一昨日はなんだよ?」
「お前と違って俺は順調に稼いでんの」
言い返し小袋を投げつけるスタン。カイルの目の前に転がり落ち甲高い音がして、余計に彼の不満が増した。
「あんた達、毎晩止めて。放り出すわよ」
エスカレート防止のイザベラの釘刺しも、もうあまり意味を成さず。仁王立ちの彼女の視線に二人は顔を逸らしたが、舌打ちや嫌味の呟きは続き、それからずっと口を利かずだった。
今朝も二人は無視を決め込んでいた。一緒に行動するようになってから初めて目の当たりにする不仲。イザベラから相手にするなと言われたが、エドは戸惑いを隠せずにいた。
「綺麗ね」
「あ、はい!俺が作りました。一本銅貨2枚」
「ふぅん…一つ貰うわ」
「!ありがとう」
市場で働く女が一人、足を止め編み紐を買ってくれた。嬉しそうなエドに女も顔を綻ばせる。ノクシアに来てからというもの編み紐の売れ行きだけは良く、何故かというと試しにエドが編んだら女受けしそうな繊細さで、編み方も珍しいもの(南方諸島で流行っているらしい)だからだ。
女を見送るエドの背を見つめながら、カイルがまた溜息をもらす。
「エド、飯買ってこい」
「え…でも、」
「朝も食ってねぇだろ。俺だって空く」
昼も過ぎ、漸く膨らみはじめた財布代わりの袋を押し付けるようにして、カイルは腰を落ち着け並んだ煙草の葉を順に掬い取った。エドは持たされた袋と彼を見比べたが何も言わず行ってしまい、後ろ姿が見えなくなると、本当、何度目なのかもわからぬ溜息が出て、バンダナごと頭を掻く。いつもならもっと稼いでる。なんでか最近は美味い煙草も作れない。修理の仕事を取れたら…
ぼんやりと浮かぶこれまでのこと。昨夜のスタンの嫌味を思い出す。悔しいが正論であり、彼の稼ぎは正直助かっている。ノクシアに入るために遣った関所越えの金、さらに隣国リンブルへ入るために四人分の金が必要だ。すっかり暖かくなった風が吹く大晴天の下、賑やかで明るい露店の通りの中で、カイルだけが浮かない表情で思い悩んでいた。
葉を混ぜまとめ紙で巻く。慣れてるはずの手をゆっくり動かし、丁寧に。今日作った中では一番マシかも。燐寸を擦り火を点け、深く吸い込みゆっくりと吐き出すと、いつもの落ち着く香りが広がった。
「!」
その時、店の前で男と男がぶつかり、一人が持っていた杖を取り落としそれがカイルの元まで転がってくる。杖の主はそのまま体勢を崩し倒れて、もう一人は急いでるのかそのまま駆けて行ってしまった。杖の主が起き上がるが目が悪いようで、手探りで地面を探しているものだから、カイルは咥え煙草のまま駆け寄り杖を渡してやった。
「大丈夫か?ほら」
「ああ、ありがとな!助かった」
「あんた目悪ぃの?ここは人通りが多いから、気をつけ……」
男の顔が見え、そして言葉を失う。拍子に煙草がぽろりと地面に落ちる。
杖の主も声に聞き覚えがあり顔を上げ、カイルの顔がある辺りを向いた。その両目は真っ白になっていて、視力を失っているのは明白だった。
「お前…もしかして、キースか?」
「ッ」
「キースだろ?わかるぞ、声も、この匂いも!ははは!元気だったか!?」
「……人違いだ」
破顔する盲目の男。本当の名を呼ばれたカイルは動揺してしまい、首を振り後退るが、
「なぁ、待て。お前今どうしてる?…噂で聞いたぞ、お前の名前を。ホントにお前のことか?」
男は目が見えないのが嘘のように、逃げようとするカイルの腕を捕まえ詰め寄り話し続ける。
「何やってんだ、なぁ?ジェラルドが報せてくれた。全部な…お前のことも」
「…止めて、ください」
「あいつも最近は音沙汰無いし、心配してたんだ!」
「人違いだやめろ」
「キー、」
「違うッ」
何度も首を振り乱暴に振り払う。
様子がおかしい二人に周囲の視線が集まるが、
「カイル?どうした??」
エドが戻り、二人のやり取りが心配になり混ざってくる。男は違う名を耳にし口を引き結んだ。静かになったことで周囲の関心も削がれ、ただカイルだけが真っ青な顔をしていて、一人その場を離れ荷馬車へ行ってしまった。
「…すみません、無愛想な奴で。なんかやらかしました?」
「…いや。俺が悪いんだ、勘違いだった」
エドはカイルの様子が変だと気がつきフォローし、盲目の男も苦笑いしてみせた。
「お前さん達は、煙草屋か?」
「あ、はい。他にも編み紐とか売ってます」
「いい香りがしてな。幾つか欲しい」
「ありがとう!三本でいい?銅貨8枚。ちょっと待ってて…」
男が盲目だとわかるが、エドはにっこり笑ってすぐさま煙草を包んでやる。しかし金を出そうとする男をカイルが呼び止め、
「金は貰うな」
「え?」
「強く言って、すみません…足元、気をつけて」
また姿を現わすカイル。気のせいかフラついていて、彼はエドの横に立ちブツブツと告げ頭を下げた。
エドはわけがわからなかったが、男は小さく頷くと腕を伸ばした。手探りで伸ばされた手を今度は無下にせず、カイルもそっと掴み返す。
「俺がいけないんだ、悪かったな」
「…いえ」
「暫く此処に居るのか?」
「金が貯まったら、出ます」
「そうか…お前さんの煙草は、いい香りだ。懐かしいよ」
「……」
「また会おう、絶対。約束だ」
最後は握る手に力を込め…盲目の男は煙草を受け取り去って行った。
エドは理解が追い付かないままありがとうと背中に声をかけ、カイルはゆっくり息を吐き出すとその場に座り込んでしまった。
「どうしたんだ??」
「…ぃゃ…」
「もしかして、知り合い?」
「……人違い、だ」
呟き程度に答えバンダナを毟り取り、そのまま顔を覆い隠してしまう。明らかに狼狽えている。やはり何かあったと察し周りを見回す。人通りはあれどこの店は幸い閑古鳥続きで、現状としては助かる。
「…カイル、中で食べてな。具合悪そうだし。店番ちゃんとやるから」
「……悪ぃ」
一瞬間があったもののカイルは素直に応じて、エドが買ってきたパンを片手に荷台の奥へ姿を消した。
(誰なんだろう?あの人)
ぼんやり考えながら通りに目を向ける。盲目の男の姿はもう見えず、後でまた訊いてみようかと思ったが、彼の答えはきっと同じだろうとも思う。
エドは軒先に腰を据えると、パンを咥え食みながらまた紐編みを再開した。先ほどカイルが落とした煙草はとっくに火が消え、通りを行く人々の足に踏んづけられていた。
その頃、と或る酒場にて。
店は昼間でもそれなりに客が集まり、皆楽しそうに飯を食べたり酒を呑んでいた。カウンター席で代筆の仕事を熟すスタンは、店の賑やかさをBGMに手を動かし続けていた。傍らのイザベラはずっと黙ったまま、綺麗な字で綴られる手紙をぼんやり眺めている。彼の目の前に置かれた酒は数時間前に頼んだきりで、時折ちびりと飲み込まれるそれは、漸くグラスの半分を切ったところだ。
思うところがあっても言葉にせず。ただじっと見つめて、視線に思いを乗せるように念じてみる。と、
「言いたいことあんなら、ハッキリ言えよ」
「…別に」
「んな熱烈な視線で、なに?誘ってんの?」
「とんでもない勘違いね」
「あっそ」
「律儀って思っただけ」
「誰が」
「あんたよ」
「俺はいっつも、律儀で、真っ当だよ」
「嘘吐き」
調子いいんだからともぼやき、イザベラは自身の酒を飲み干した。今書いてるものが終わればまた客探しの時間、そろそろ娼婦達も姿を現わす頃だから、何かしらの仕事は入りそうである。
書き終えペンを置き眼鏡を外すスタン。欠伸をしながら目を擦っていると、軍兵が数人店に入って来て、何人かに見覚えがあり一瞬固まる。イザベラも気づいたようで、声も無く小突いてくる…現れたのはジェラルドやハリソン、そして捜索隊のメンバーだった。
捜索隊は二人を素通りし奥の席に陣取った。冷静に考えれば面識も無いので、ノーマークなのはありがたい。だがまさかこの街に来てるとは知らず、イザベラはスタンに寄りかかるようにして耳打ちした。
「店を変えましょ、っていうか、街を出たほうがいい」
「…そうだなぁ」
のんびりとした返答にイザベラは顔を覗くが、スタンは眼鏡をかけ直すと酒を飲み干して、急に席を離れるものだからイザベラが体勢を崩してしまう。驚く彼女を他所に、彼はあろうことか捜索隊の席へ向かっていった。
「?…何か?」
「お宅ら、見ない顔だと思って。ノクシア基地の人?」
「基地はここじゃない、パールだ」
「やっぱりねぇ」
テーブルの前に立ったスタンに全員の視線が向く。ハリソンは怪訝そうな顔をし、ジェラルドとは一瞬目が合うがすぐに逸らされてしまう。スタンはミチェルブルクの霊苑でのことを思い出したが、バレてないだろうと高を括った。
「あんたっ、何やってんのよ!?」
「なにって仕事」
「仕事?」
「俺、代筆屋やってんの。スタンってんだ」
慌ててイザベラがやって来てスタンの腕をグイグイ引っ張るが、彼は御構い無しに笑顔で挨拶までしてみせた。代筆屋と言われ、ハリソンや隊員達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「悪いが間に合ってる。皆字は書けるぞ」
「まぁまぁ、待て待て。副業もしてんだ」
「副業??」
「そ。情報屋」
「!おい、」
「最近問い合わせが増えたネタについて、何か知らねぇ?獣の…じゃなくて、<虎の眼の盗賊>」
スタンはニヤニヤしながら空いてる椅子に勝手に座ってしまう。彼の言葉にイザベラもハリソン達も目を丸くし、さらにジェラルドの視線も戻ってくる。
「パールって言ったろ?新しい手配書の発行元じゃん。なんか教えてくれよ、賞金稼ぎが騒いでんぞ」
「「……」」
テーブルに頬杖を付き、さらに笑ってみせる。思わず沈黙する捜索隊。
このバカなに考えてんの?探りだとしても普通直に行く?嫌な汗が出てきた…イザベラは見ていられず背中を向け、自身の動揺が悟られぬよう息を潜めた。
「…知りたいというのは、手配書以外のことか?」
「!隊長、」
「そうそう。パール基地が襲われたってのは知ってる」
「なら、他は手配書に書いてることが全てだ」
口を開いたジェラルドをハリソンは止めようとするが、彼は真っ直ぐにスタンを睨みあっさりと答えた。スタンはつまらなそうに肩を竦めてみせ、
「つまんねぇなぁ、面白いこと聞けると思ったのに」
「あったとしても、素性の知れぬ輩に聞かせることはない」
「わぁお、率直」
「情報屋だと言うなら、何か証でも見せてみろ。お前が信用出来るなら聞かせてやる」
「隊長!」
ハリソンが身を乗り出してくるが、ジェラルドはチラりと見返しただけでまたスタンに視線を戻した。冷たい黒い瞳。だが以前に感じた得体の知れない恐ろしさは無く、スタンも負けじと頭を働かせる。落ち着け、大丈夫。
「何ヵ月か前に、事件があったろ…ローザディ・ミホーレスだったな。'閣下'のお屋敷が襲われた。犯人は<三本傷>のあいつ」
「!」
「金目のものと一緒に奥方様の大事なもん盗んだんだって?何某の首飾り…なんだっけか??ほら、お伽話に出てくるやつ。聞いた時マジであるんだと思ったぜ」
「お前…何故それを?」
「だって情報屋だもん」
堂々と語ってみせるスタンにハリソンや隊員達は驚き眉を顰め、互いに耳打ちした。
「公にしてねぇ、ってか?世間様は知らなくても、俺や賞金稼ぎはしーっかり嗅ぎつけてますんで」
「情報源は?誰から聞いた?」
「企業秘密、って言いてぇがなぁ、この街は'閣下'のお膝元。奥方様が牢獄行きになったから、大分バレたぞぉ♪」
「……」
スタンが(楽しげに)告げたローザディ・ミホーレスでの一件。明言してはいないが<竜の首飾り>のことも含め、この事件については公表されていない。スタンはこの街に居ることを利用したのだ。ノクシアで稼ぐ情報屋だから掴んだネタ、という体を装い語っている。冷や汗をかきながら聞き耳を立てるイザベラからすると、危険過ぎるやり方なのだが…
また黙り込む捜索隊。聞く一方だったジェラルドも予想外だったらしく、眉間に皺を寄せたが、
「…情報屋というのは、嘘ではなさそうだ」
「お!信じてもらえた?」
「…余計信じられん」
は?とスタンがぼやいたのと同時にジェラルドが立ち上がり、イザベラの横をすり抜けカウンターのほうへ行ってしまう。スタンは何事かわからずイザベラと並び立ち様子を窺った。
程なくして戻った彼は、不機嫌そうに両手や指に酒瓶やグラスを挟み持っていた。それを見たハリソン達は困ったようにお礼を言ったり受け取ったりして、皆二人には目もくれずテーブルを囲み酒を注ぎ始める。
「……あの、えっと?」
「<虎の眼の盗賊>は単独じゃない、女を連れている。金髪の女だ。似つかわしい奴を見つけたら軍に報せろ」
「え、」
「奴も女も、生け捕れ。殺しでもしたら報酬は無しだ、'専門家'にも伝えておけ」
「ちょ、なぁ、」
「あと、お前達の分を払っておいた。5杯も飲んだのは彼女か?ったく…兎に角勘定済みなんだから、此処に居る用はもう無いだろ。話すことも無い、金輪際な」
「…あ??」
「さっさと失せろと言ったんだ」
ここまで捲し立てるように言うとジェラルドはスタンを一睨して、蚊帳の外だとでも言いたげに背を向けてしまった。
思いがけない展開にスタンもイザベラも呆然としていた。捲し立ての彼はスタンの饒舌にも似ていた。ハリソン達は慣れているのか我観せずで、もう誰とも目が合わない。本当にもう付け入る隙が無いほどに、酒呑みの場となっている。
「……行くわよ!」
杯数の言い当て(奢られたこともだろう)が癪に触ったようで、ご機嫌ナナメなイザベラがスタンを引っ張っていく。彼今度こそ引っ張られるまま歩き出すが、
「ごちそうさん……」
振り返り声をかけるが、ガン無視である。何事も無かったかのように澄まし顔で酒を呷るジェラルド──なんか思ってた奴と違くね?
スタンは謎の敗北感を味わい眉間に皺を寄せたが、二人はそのまま店を出て行った。
「よかったんですか?支払いまで…あんな見るからに怪しい奴」
二人が去った途端、ハリソンは扉のほうを窺いながらジェラルドに話しかけた。ジェラルドは喉を鳴らしてグラスの中身を飲み干し、満足気に息を吐き、
「余計な出費だが、鬱陶しかった。それにあの二人が<虎の眼>じゃないことは確かだ」
「そうですけど」
「本当に賞金稼ぎと繋がりがあるなら、協力してもらいたい」
「…そうですね」
「不服そうだな?」
「そりゃあ…今は、連中も来てるんですから」
「好都合だろ?」
「…あいつらはダメです」
俺達で捕まえたいとも付け足し、ハリソンは不貞腐れたように唸った。珍しい表情にジェラルドは眉を持ち上げて、他の面々も頷いたり彼に賛同しはじめたので、咳払いし向き直る。
「…すみません。あなたの言うことは、聞くべきでした」
そう言って頭を下げてみせれば、
「!またッ、そういう喋りかた、」
「出た、ハリソン真隊長」
「隊長お墨付きの真隊長」
「奴のことは右に出る者なぁし!」
「お前ら!止めろ!」
「頼りにしてます、真隊長」
「もう!やめてくださいっ!」
いつの間にか盛り上がり笑いに包まれる捜索隊。ジェラルドも彼らにしか見せない柔らかな表情で、揶揄われるハリソンも満更ではないようだった。
パールからノクシアまで、主要な街も村も立ち寄り捜査三昧。ここに来てやっと纏まった休息に有り付き、皆一様に肩の力を抜く。まだ茶化してくる仲間を小突くハリソンの頭から、先ほどの二人への怪訝は早々に消えていた。
日も暮れはじめた頃、カイルの店は結局閑古鳥のままだった。覗く客あれど商売にならず。盲目の男以降、暇だ。
「今日はもう閉めるぞ」
カイルは顔色も良くなり調子を取り戻していたが、特にやることも無く手持ち無沙汰で、同じく欠伸を噛み殺す隣に気がつき閉店を告げた。エドも頷き返すが何やら様子を窺っていて、言うなり片付け始めたカイルに続くが、思い切って口を開く。
「なぁ…さっきの、目が悪い人。知り合いか?」
「…人違いって言ったろ」
「なんか隠してる。わかるぞ」
「……」
「それに、煙草。あれから同じの作ってないよな?」
目も合わせず、しかし冷静的確に。荷物を纏めるカイルの手が僅かに止まった。数時間隣で観察していれば嫌でも気づく、彼自身も吸っている香りのいい煙草は、昼の出来事以来何故かお休みだ。
背中を向けていたカイルが舌打ち、振り返り真っ直ぐに睨み見る。
「…またかよ、詮索好き。人のことジロジロ見やがって」
「…ちょっと見てただけ。バレバレだからな!」
エドも負けじと言い返す。眉間の皺を深めたカイルの表情は辛そうにも見え、彼はそれ以上何も言ってこず、一瞬しまったと思った。怒らせるよりも面倒そうな雰囲気。どうやら立ち入り過ぎたか…謝るべきか迷っていると、
「なぁ、まだやってるか?」
快活そうな若い男が軒先を覗き、声をかけてきた。一瞬の間を置いてカイルは片付けの手を止め、肩を竦めてみせた。
「閉めようと思ってた…大したもん、置いてねぇけど」
「あぁ、いや、直せそうな人探してて。心当たりないか?」
「?」
「修理士。調子悪くしちまってさぁ、困ってんだよ」
苦笑いで言うと、男は腰ベルトに下げていた銃を取り出した。橙色に変わった陽射しが銃身で反射し煌めく。
ヤバい…直感が働いた。なんかヤバい気がする。他にも露店がある通りで、どうしてこんなピンポイントで来たのか。兎に角カイルを止めようと肩を捕まえる、が、
「少しなら、出来る」
「え?」「!」
「修理…診る程度なら」
カイルの言葉に男が顔を綻ばせる──何言ってんだダメだって!エドが出かけた言葉を我慢し顔を覗けば、カイルも笑っていた。
カイルの稼ぎは停滞していた。
それというのも大っぴらに修理の仕事をしていないからで、兎角これまで軍兵相手に行っていた銃の修理は、スタンから固く禁止されてしまったからだ。
「まいどあり…」
煙草を買っていった客に一声かけるも、イマイチ浮かない声だというのがわかる。傍らで紐を編むエドが様子を窺うと、今週で数百は吐いただろう溜息が聞こえてきた。今日は特に多いと思う。というのも、昨夜また揉めたからだ。
昨夜のこと…店を閉め夜もしっかり更け、人通りも少なくなった頃にスタンとイザベラが戻って来て、相変わらず酒の匂いを纏っているスタンにカイルはイライラを募らせた。
「くだらねぇもんに金遣うな、あんただけのもんじゃねぇぞ」
「今日は奢ってもらったんだ、勘違いしてんじゃねぇ」
「今日は?なら昨日や一昨日はなんだよ?」
「お前と違って俺は順調に稼いでんの」
言い返し小袋を投げつけるスタン。カイルの目の前に転がり落ち甲高い音がして、余計に彼の不満が増した。
「あんた達、毎晩止めて。放り出すわよ」
エスカレート防止のイザベラの釘刺しも、もうあまり意味を成さず。仁王立ちの彼女の視線に二人は顔を逸らしたが、舌打ちや嫌味の呟きは続き、それからずっと口を利かずだった。
今朝も二人は無視を決め込んでいた。一緒に行動するようになってから初めて目の当たりにする不仲。イザベラから相手にするなと言われたが、エドは戸惑いを隠せずにいた。
「綺麗ね」
「あ、はい!俺が作りました。一本銅貨2枚」
「ふぅん…一つ貰うわ」
「!ありがとう」
市場で働く女が一人、足を止め編み紐を買ってくれた。嬉しそうなエドに女も顔を綻ばせる。ノクシアに来てからというもの編み紐の売れ行きだけは良く、何故かというと試しにエドが編んだら女受けしそうな繊細さで、編み方も珍しいもの(南方諸島で流行っているらしい)だからだ。
女を見送るエドの背を見つめながら、カイルがまた溜息をもらす。
「エド、飯買ってこい」
「え…でも、」
「朝も食ってねぇだろ。俺だって空く」
昼も過ぎ、漸く膨らみはじめた財布代わりの袋を押し付けるようにして、カイルは腰を落ち着け並んだ煙草の葉を順に掬い取った。エドは持たされた袋と彼を見比べたが何も言わず行ってしまい、後ろ姿が見えなくなると、本当、何度目なのかもわからぬ溜息が出て、バンダナごと頭を掻く。いつもならもっと稼いでる。なんでか最近は美味い煙草も作れない。修理の仕事を取れたら…
ぼんやりと浮かぶこれまでのこと。昨夜のスタンの嫌味を思い出す。悔しいが正論であり、彼の稼ぎは正直助かっている。ノクシアに入るために遣った関所越えの金、さらに隣国リンブルへ入るために四人分の金が必要だ。すっかり暖かくなった風が吹く大晴天の下、賑やかで明るい露店の通りの中で、カイルだけが浮かない表情で思い悩んでいた。
葉を混ぜまとめ紙で巻く。慣れてるはずの手をゆっくり動かし、丁寧に。今日作った中では一番マシかも。燐寸を擦り火を点け、深く吸い込みゆっくりと吐き出すと、いつもの落ち着く香りが広がった。
「!」
その時、店の前で男と男がぶつかり、一人が持っていた杖を取り落としそれがカイルの元まで転がってくる。杖の主はそのまま体勢を崩し倒れて、もう一人は急いでるのかそのまま駆けて行ってしまった。杖の主が起き上がるが目が悪いようで、手探りで地面を探しているものだから、カイルは咥え煙草のまま駆け寄り杖を渡してやった。
「大丈夫か?ほら」
「ああ、ありがとな!助かった」
「あんた目悪ぃの?ここは人通りが多いから、気をつけ……」
男の顔が見え、そして言葉を失う。拍子に煙草がぽろりと地面に落ちる。
杖の主も声に聞き覚えがあり顔を上げ、カイルの顔がある辺りを向いた。その両目は真っ白になっていて、視力を失っているのは明白だった。
「お前…もしかして、キースか?」
「ッ」
「キースだろ?わかるぞ、声も、この匂いも!ははは!元気だったか!?」
「……人違いだ」
破顔する盲目の男。本当の名を呼ばれたカイルは動揺してしまい、首を振り後退るが、
「なぁ、待て。お前今どうしてる?…噂で聞いたぞ、お前の名前を。ホントにお前のことか?」
男は目が見えないのが嘘のように、逃げようとするカイルの腕を捕まえ詰め寄り話し続ける。
「何やってんだ、なぁ?ジェラルドが報せてくれた。全部な…お前のことも」
「…止めて、ください」
「あいつも最近は音沙汰無いし、心配してたんだ!」
「人違いだやめろ」
「キー、」
「違うッ」
何度も首を振り乱暴に振り払う。
様子がおかしい二人に周囲の視線が集まるが、
「カイル?どうした??」
エドが戻り、二人のやり取りが心配になり混ざってくる。男は違う名を耳にし口を引き結んだ。静かになったことで周囲の関心も削がれ、ただカイルだけが真っ青な顔をしていて、一人その場を離れ荷馬車へ行ってしまった。
「…すみません、無愛想な奴で。なんかやらかしました?」
「…いや。俺が悪いんだ、勘違いだった」
エドはカイルの様子が変だと気がつきフォローし、盲目の男も苦笑いしてみせた。
「お前さん達は、煙草屋か?」
「あ、はい。他にも編み紐とか売ってます」
「いい香りがしてな。幾つか欲しい」
「ありがとう!三本でいい?銅貨8枚。ちょっと待ってて…」
男が盲目だとわかるが、エドはにっこり笑ってすぐさま煙草を包んでやる。しかし金を出そうとする男をカイルが呼び止め、
「金は貰うな」
「え?」
「強く言って、すみません…足元、気をつけて」
また姿を現わすカイル。気のせいかフラついていて、彼はエドの横に立ちブツブツと告げ頭を下げた。
エドはわけがわからなかったが、男は小さく頷くと腕を伸ばした。手探りで伸ばされた手を今度は無下にせず、カイルもそっと掴み返す。
「俺がいけないんだ、悪かったな」
「…いえ」
「暫く此処に居るのか?」
「金が貯まったら、出ます」
「そうか…お前さんの煙草は、いい香りだ。懐かしいよ」
「……」
「また会おう、絶対。約束だ」
最後は握る手に力を込め…盲目の男は煙草を受け取り去って行った。
エドは理解が追い付かないままありがとうと背中に声をかけ、カイルはゆっくり息を吐き出すとその場に座り込んでしまった。
「どうしたんだ??」
「…ぃゃ…」
「もしかして、知り合い?」
「……人違い、だ」
呟き程度に答えバンダナを毟り取り、そのまま顔を覆い隠してしまう。明らかに狼狽えている。やはり何かあったと察し周りを見回す。人通りはあれどこの店は幸い閑古鳥続きで、現状としては助かる。
「…カイル、中で食べてな。具合悪そうだし。店番ちゃんとやるから」
「……悪ぃ」
一瞬間があったもののカイルは素直に応じて、エドが買ってきたパンを片手に荷台の奥へ姿を消した。
(誰なんだろう?あの人)
ぼんやり考えながら通りに目を向ける。盲目の男の姿はもう見えず、後でまた訊いてみようかと思ったが、彼の答えはきっと同じだろうとも思う。
エドは軒先に腰を据えると、パンを咥え食みながらまた紐編みを再開した。先ほどカイルが落とした煙草はとっくに火が消え、通りを行く人々の足に踏んづけられていた。
その頃、と或る酒場にて。
店は昼間でもそれなりに客が集まり、皆楽しそうに飯を食べたり酒を呑んでいた。カウンター席で代筆の仕事を熟すスタンは、店の賑やかさをBGMに手を動かし続けていた。傍らのイザベラはずっと黙ったまま、綺麗な字で綴られる手紙をぼんやり眺めている。彼の目の前に置かれた酒は数時間前に頼んだきりで、時折ちびりと飲み込まれるそれは、漸くグラスの半分を切ったところだ。
思うところがあっても言葉にせず。ただじっと見つめて、視線に思いを乗せるように念じてみる。と、
「言いたいことあんなら、ハッキリ言えよ」
「…別に」
「んな熱烈な視線で、なに?誘ってんの?」
「とんでもない勘違いね」
「あっそ」
「律儀って思っただけ」
「誰が」
「あんたよ」
「俺はいっつも、律儀で、真っ当だよ」
「嘘吐き」
調子いいんだからともぼやき、イザベラは自身の酒を飲み干した。今書いてるものが終わればまた客探しの時間、そろそろ娼婦達も姿を現わす頃だから、何かしらの仕事は入りそうである。
書き終えペンを置き眼鏡を外すスタン。欠伸をしながら目を擦っていると、軍兵が数人店に入って来て、何人かに見覚えがあり一瞬固まる。イザベラも気づいたようで、声も無く小突いてくる…現れたのはジェラルドやハリソン、そして捜索隊のメンバーだった。
捜索隊は二人を素通りし奥の席に陣取った。冷静に考えれば面識も無いので、ノーマークなのはありがたい。だがまさかこの街に来てるとは知らず、イザベラはスタンに寄りかかるようにして耳打ちした。
「店を変えましょ、っていうか、街を出たほうがいい」
「…そうだなぁ」
のんびりとした返答にイザベラは顔を覗くが、スタンは眼鏡をかけ直すと酒を飲み干して、急に席を離れるものだからイザベラが体勢を崩してしまう。驚く彼女を他所に、彼はあろうことか捜索隊の席へ向かっていった。
「?…何か?」
「お宅ら、見ない顔だと思って。ノクシア基地の人?」
「基地はここじゃない、パールだ」
「やっぱりねぇ」
テーブルの前に立ったスタンに全員の視線が向く。ハリソンは怪訝そうな顔をし、ジェラルドとは一瞬目が合うがすぐに逸らされてしまう。スタンはミチェルブルクの霊苑でのことを思い出したが、バレてないだろうと高を括った。
「あんたっ、何やってんのよ!?」
「なにって仕事」
「仕事?」
「俺、代筆屋やってんの。スタンってんだ」
慌ててイザベラがやって来てスタンの腕をグイグイ引っ張るが、彼は御構い無しに笑顔で挨拶までしてみせた。代筆屋と言われ、ハリソンや隊員達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「悪いが間に合ってる。皆字は書けるぞ」
「まぁまぁ、待て待て。副業もしてんだ」
「副業??」
「そ。情報屋」
「!おい、」
「最近問い合わせが増えたネタについて、何か知らねぇ?獣の…じゃなくて、<虎の眼の盗賊>」
スタンはニヤニヤしながら空いてる椅子に勝手に座ってしまう。彼の言葉にイザベラもハリソン達も目を丸くし、さらにジェラルドの視線も戻ってくる。
「パールって言ったろ?新しい手配書の発行元じゃん。なんか教えてくれよ、賞金稼ぎが騒いでんぞ」
「「……」」
テーブルに頬杖を付き、さらに笑ってみせる。思わず沈黙する捜索隊。
このバカなに考えてんの?探りだとしても普通直に行く?嫌な汗が出てきた…イザベラは見ていられず背中を向け、自身の動揺が悟られぬよう息を潜めた。
「…知りたいというのは、手配書以外のことか?」
「!隊長、」
「そうそう。パール基地が襲われたってのは知ってる」
「なら、他は手配書に書いてることが全てだ」
口を開いたジェラルドをハリソンは止めようとするが、彼は真っ直ぐにスタンを睨みあっさりと答えた。スタンはつまらなそうに肩を竦めてみせ、
「つまんねぇなぁ、面白いこと聞けると思ったのに」
「あったとしても、素性の知れぬ輩に聞かせることはない」
「わぁお、率直」
「情報屋だと言うなら、何か証でも見せてみろ。お前が信用出来るなら聞かせてやる」
「隊長!」
ハリソンが身を乗り出してくるが、ジェラルドはチラりと見返しただけでまたスタンに視線を戻した。冷たい黒い瞳。だが以前に感じた得体の知れない恐ろしさは無く、スタンも負けじと頭を働かせる。落ち着け、大丈夫。
「何ヵ月か前に、事件があったろ…ローザディ・ミホーレスだったな。'閣下'のお屋敷が襲われた。犯人は<三本傷>のあいつ」
「!」
「金目のものと一緒に奥方様の大事なもん盗んだんだって?何某の首飾り…なんだっけか??ほら、お伽話に出てくるやつ。聞いた時マジであるんだと思ったぜ」
「お前…何故それを?」
「だって情報屋だもん」
堂々と語ってみせるスタンにハリソンや隊員達は驚き眉を顰め、互いに耳打ちした。
「公にしてねぇ、ってか?世間様は知らなくても、俺や賞金稼ぎはしーっかり嗅ぎつけてますんで」
「情報源は?誰から聞いた?」
「企業秘密、って言いてぇがなぁ、この街は'閣下'のお膝元。奥方様が牢獄行きになったから、大分バレたぞぉ♪」
「……」
スタンが(楽しげに)告げたローザディ・ミホーレスでの一件。明言してはいないが<竜の首飾り>のことも含め、この事件については公表されていない。スタンはこの街に居ることを利用したのだ。ノクシアで稼ぐ情報屋だから掴んだネタ、という体を装い語っている。冷や汗をかきながら聞き耳を立てるイザベラからすると、危険過ぎるやり方なのだが…
また黙り込む捜索隊。聞く一方だったジェラルドも予想外だったらしく、眉間に皺を寄せたが、
「…情報屋というのは、嘘ではなさそうだ」
「お!信じてもらえた?」
「…余計信じられん」
は?とスタンがぼやいたのと同時にジェラルドが立ち上がり、イザベラの横をすり抜けカウンターのほうへ行ってしまう。スタンは何事かわからずイザベラと並び立ち様子を窺った。
程なくして戻った彼は、不機嫌そうに両手や指に酒瓶やグラスを挟み持っていた。それを見たハリソン達は困ったようにお礼を言ったり受け取ったりして、皆二人には目もくれずテーブルを囲み酒を注ぎ始める。
「……あの、えっと?」
「<虎の眼の盗賊>は単独じゃない、女を連れている。金髪の女だ。似つかわしい奴を見つけたら軍に報せろ」
「え、」
「奴も女も、生け捕れ。殺しでもしたら報酬は無しだ、'専門家'にも伝えておけ」
「ちょ、なぁ、」
「あと、お前達の分を払っておいた。5杯も飲んだのは彼女か?ったく…兎に角勘定済みなんだから、此処に居る用はもう無いだろ。話すことも無い、金輪際な」
「…あ??」
「さっさと失せろと言ったんだ」
ここまで捲し立てるように言うとジェラルドはスタンを一睨して、蚊帳の外だとでも言いたげに背を向けてしまった。
思いがけない展開にスタンもイザベラも呆然としていた。捲し立ての彼はスタンの饒舌にも似ていた。ハリソン達は慣れているのか我観せずで、もう誰とも目が合わない。本当にもう付け入る隙が無いほどに、酒呑みの場となっている。
「……行くわよ!」
杯数の言い当て(奢られたこともだろう)が癪に触ったようで、ご機嫌ナナメなイザベラがスタンを引っ張っていく。彼今度こそ引っ張られるまま歩き出すが、
「ごちそうさん……」
振り返り声をかけるが、ガン無視である。何事も無かったかのように澄まし顔で酒を呷るジェラルド──なんか思ってた奴と違くね?
スタンは謎の敗北感を味わい眉間に皺を寄せたが、二人はそのまま店を出て行った。
「よかったんですか?支払いまで…あんな見るからに怪しい奴」
二人が去った途端、ハリソンは扉のほうを窺いながらジェラルドに話しかけた。ジェラルドは喉を鳴らしてグラスの中身を飲み干し、満足気に息を吐き、
「余計な出費だが、鬱陶しかった。それにあの二人が<虎の眼>じゃないことは確かだ」
「そうですけど」
「本当に賞金稼ぎと繋がりがあるなら、協力してもらいたい」
「…そうですね」
「不服そうだな?」
「そりゃあ…今は、連中も来てるんですから」
「好都合だろ?」
「…あいつらはダメです」
俺達で捕まえたいとも付け足し、ハリソンは不貞腐れたように唸った。珍しい表情にジェラルドは眉を持ち上げて、他の面々も頷いたり彼に賛同しはじめたので、咳払いし向き直る。
「…すみません。あなたの言うことは、聞くべきでした」
そう言って頭を下げてみせれば、
「!またッ、そういう喋りかた、」
「出た、ハリソン真隊長」
「隊長お墨付きの真隊長」
「奴のことは右に出る者なぁし!」
「お前ら!止めろ!」
「頼りにしてます、真隊長」
「もう!やめてくださいっ!」
いつの間にか盛り上がり笑いに包まれる捜索隊。ジェラルドも彼らにしか見せない柔らかな表情で、揶揄われるハリソンも満更ではないようだった。
パールからノクシアまで、主要な街も村も立ち寄り捜査三昧。ここに来てやっと纏まった休息に有り付き、皆一様に肩の力を抜く。まだ茶化してくる仲間を小突くハリソンの頭から、先ほどの二人への怪訝は早々に消えていた。
日も暮れはじめた頃、カイルの店は結局閑古鳥のままだった。覗く客あれど商売にならず。盲目の男以降、暇だ。
「今日はもう閉めるぞ」
カイルは顔色も良くなり調子を取り戻していたが、特にやることも無く手持ち無沙汰で、同じく欠伸を噛み殺す隣に気がつき閉店を告げた。エドも頷き返すが何やら様子を窺っていて、言うなり片付け始めたカイルに続くが、思い切って口を開く。
「なぁ…さっきの、目が悪い人。知り合いか?」
「…人違いって言ったろ」
「なんか隠してる。わかるぞ」
「……」
「それに、煙草。あれから同じの作ってないよな?」
目も合わせず、しかし冷静的確に。荷物を纏めるカイルの手が僅かに止まった。数時間隣で観察していれば嫌でも気づく、彼自身も吸っている香りのいい煙草は、昼の出来事以来何故かお休みだ。
背中を向けていたカイルが舌打ち、振り返り真っ直ぐに睨み見る。
「…またかよ、詮索好き。人のことジロジロ見やがって」
「…ちょっと見てただけ。バレバレだからな!」
エドも負けじと言い返す。眉間の皺を深めたカイルの表情は辛そうにも見え、彼はそれ以上何も言ってこず、一瞬しまったと思った。怒らせるよりも面倒そうな雰囲気。どうやら立ち入り過ぎたか…謝るべきか迷っていると、
「なぁ、まだやってるか?」
快活そうな若い男が軒先を覗き、声をかけてきた。一瞬の間を置いてカイルは片付けの手を止め、肩を竦めてみせた。
「閉めようと思ってた…大したもん、置いてねぇけど」
「あぁ、いや、直せそうな人探してて。心当たりないか?」
「?」
「修理士。調子悪くしちまってさぁ、困ってんだよ」
苦笑いで言うと、男は腰ベルトに下げていた銃を取り出した。橙色に変わった陽射しが銃身で反射し煌めく。
ヤバい…直感が働いた。なんかヤバい気がする。他にも露店がある通りで、どうしてこんなピンポイントで来たのか。兎に角カイルを止めようと肩を捕まえる、が、
「少しなら、出来る」
「え?」「!」
「修理…診る程度なら」
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