/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□陸篇 Catch Me If You Can.

1.08.4 ノクシアにて(2)

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 片付けもひと段落し、敷物の汚れを払い綺麗に畳む。耳に届く笑い声にエドは頬を痙攣らせ鼻を鳴らした。
 敷物をしまう都合で通らねばならず、荷台に上がる。縁に座って何やら盛り上がる男二人を邪魔そうに睨みながら入るのだが、二人は気にも留めていないようだった。
「銃身は問題無さそうだ。綺麗だし、あんたで手入れしてんだろ?」
「わかる?やっぱお前出来んじゃん!」
「この程度で大袈裟な」
 嬉々とする男にカイルは首を振るが、顔は珍しく綻んでいて、彼の手が動きさらに銃を分解していく──男の銃は回転式銃リボルバーで、三連撃ちの他国の民間鍛治で作られたものだった。
 興味津々でカイルの手を目で追う男。男の首が夕日に照らされ、そこに彫られた刺青が垣間見える。

 出来ると答えた…答えてしまったカイル。
 男は破顔し喜んで、エドは慌てて間に入り閉店だと告げたのだが、
「お前は片付けしてりゃいいだろ、クソ見習い」
「!カイル、なぁ、」
「診るだけだ。邪魔しねぇし…退け」
 そう言ってエドを押し退け、男を手招きし荷馬車に案内してしまう。どうやら詮索のこともあって不機嫌は最高潮らしく、男も何か察したのか申し訳なさそうに苦笑いしていた。

(バぁカ、禁止のくせに…バレても知らないからな!?)
 心の内で悪態吐く。だがチラチラと様子を見れば、カイルはなんだか活き活きしていて、そういえばパール以降久々に見る表情だとも思ってしまう。修理士として働いてるほうが彼らしい。変装や偽名で息が詰まってたのなら息抜きになっているのだろうが…心配な気持ちも変わらない。
「どうだ?」
「あぁ…ゴミ、詰まってるかも」
「掃除はしてるぜ」
「ここだよ…完全に外せねぇとこだから、挟まって…、…ほら」
「!ホントだ…すげぇ!」
「これ薬莢屑だろ、前装式なのに?」
「いちいち弾込めなんて面倒だからさ」
 男がにっと笑ってみせる。薬莢を使ってる点で何か気になったのか、カイルは男を一瞥するが、
「…まだ残ってると危ねぇし、掃除したほうがいい」
「なぁ、薬莢だと危ねぇの?」
 カイルの言葉に疑問を感じたのか、男が素直な質問を投げかける。
「薬莢は軍の銃で使われてんだ、バルハラの。だから連中の銃の型に合わせられてる。それにそっちは後装式。他ので使ったら、暴発することがある」
「え…ウソ」
「今まで無事なら大丈夫かもしれねぇけど、ちゃんとした鍛治士が作ったんだよな?見様見真似の回転式銃リボルバーなら…心配だね、俺は」
「…これ気に入ってんだ。鍛冶屋もちゃんとした所だったし…怖ぇこと言うなよ」
 男は眉間に皺を寄せ考え込んだ。本来銃自体が高価な物なのに三連で、この手のものは金持ちのために作られた高級品だ。目の前の男は金持ちには見えなかったが、盗品でもなさそうで、カイルはエドの視線をひしひしと感じつつも助言がてら口を開いた。
「…銃に拘るなら、薬莢見直せよ」
「?…ほぅ」
「薬莢のが装填は楽だ。使うのも悪くねぇ、けど…もしかして布使ってる?」
 取り出した屑片を針金の先で突き観察すると、男が目を丸くした。
「ああ!それもわかるのか?」
「やっぱり。だから詰まったんだよ、燃え切らねぇで。安い紙でも重ねて作って、やってみな」
「ナイスアドバイス!やってみる!」
「銃はもう少し掃除したい。明日まで預かってもいいか?」
 カイルの申し出に男は嬉しそうに頷き、任せると言われたカイルも笑って返す。
「お代はあした、」
「先に払うさ、足りるか?」
 言葉を遮りポケットから硬貨を取り出す。全て銀貨、しかも10枚近く。カイルも遠目で見ていたエドも思わず目を丸くする。
「おい…こんな貰えねぇ、銅貨10枚だ」
「は?ウソだろ?!安過ぎっ!銃の修理で、アドバイスまで付いて?」
「大袈裟、買いかぶり過ぎ。それに修理じゃなくて掃除」
「いやおかしいって…じゃあせめてこれ、気持ちだ。ホントにありがてぇ!釣りもいらねぇから!」
「……まいどどーも」
 お互いの言葉に驚き苦笑いし合う。代金は銀貨3枚で決着がつきカイルはぺこりと頭を下げた。売上の悪い一週間でこの臨時収入、これなら国境も越えられる。この街ともおさらばだ…
 ふと通りが騒がしくなり、街人も商人も港のほうを指差したり駆けて行ったりして、カイルもつい目で追いかける。
「来たみてぇだな」
「何だ?」
「知らねぇのか?'砦'から移されたんだ、'ラッカム一味'の船」
 ガシャン!と派手な音がし二人して振り返る。ごめんなさいとエドが声を上げ、落としてしまったらしいランプの破片を片そうとしていた。危なっかしい手付きにカイルは思わず舌打ちする。
「それじゃ、頼んだ」
「ああ……大丈夫か?」
 手を振りながら男は立ち去り、カイルも返事をして、奥で四苦八苦するエドに近寄るとボロ布を引っ張り出し破片を集めていく。
「素手は止せ、怪我すんぞ」
「…ごめん」
「聞こえたか?」
「…ん」
「動揺すんな…」
「…キースに言われたくない」
 本当の名前を言われ溜息をもらす。声もビアンカに戻りかけてる気がした。あからさまだとぼやき、残りの片付けを奪い取るようにエドを追い払う。
「…なぁ…」
「見に行きてぇ、か?ダメだ」
「…見るだけ」
「お前が、だけで終わった試しねぇだろ」
「……わかった」
 いやに聞き分けが良く、まさか飛び出して行かぬかと振り返るが、エドは大人しく幌に寄りかかり座っていた。通りを眺める顔は窺い知れないが、泣いてもいないようだった。
「……」
 四人揃って一緒なら、などと思わず考える。船と言っていたが、ロムが言っていたことかもしれない。本当に見るくらいなら行かせてやるべきか。
 破片を片付け終え他のランプに火を灯す。腰を落ち着け預かった銃に手をかける。三連はバルハラ製なら弄ったことはあるが、珍しい他国の銃で、それも掃除といえど久しい修理業に胸が疼いた。
 ふと男の名前を聞きそびれたと思いながら、カイルは銃の手入れを始めた。


 しっかりと陽が落ち、松明や家の灯りだけが頼りになった頃。
 スタンとイザベラが荷馬車に戻って来る。二人の手には食べ物や酒でいっぱいだった。捜索隊と出会した酒場以降も代筆屋で地道に稼ぎ、ジェラルドのお陰で出費も少なく済んだので、皆で腹を満たせるように買い込んだのだ。
「ただぁいま……?」
「……いないわね」
 荷台を覗くが二人の姿は見当たらず、ランプは灯ったままなので近くに居るのかと思いきや、
「まったく…!」
 床板に括り付けられた紙に気がつき、それを見たイザベラが溜息を吐く。スタンも覗いて眉を寄せた。

『港に行く、二人で  船を見るだけ、すぐ戻る』

「あいつら」
「夕方の騒ぎじゃない?あの子気づいたんだわ」
「一人で行くよかマシ、ってか」
「どうする?」
「見つけて引っ張ってくる…留守番頼む」
 心なしか苛立ってそうなスタン。言うなり駆けて行って、一人になったイザベラは荷台で寛いだ。
(帰って来たら、叱るべきよね…でも…)
 パンで挟んだ料理を少しつまみ食い。まだ温かい。本当は皆で食べたかったのに。でもエドの気持ちもわかる…逆なら自分も気になっただろう。
 二人次第かしらなどと思いつつ、コルクを開け酒を飲んでいると、
「こんばん……あれ??」
「……なに??」
 荷馬車の前に男が現れる。なんだかやけに明るそうなタイプだ。首の辺りに刺青が見え、何処かで会った気もした。
「…この馬車、ずっとここにあるよな?」
「?ええ」
「ならここか…予想外だ…」
「ちょっと、何の用?」
「今日、銃の修理を頼んだんだ」
「修理ですって?」
「男が二人店番してただろ、カイルに頼んだ。明日が待ち遠しくて来ちまった」
 苦笑いする男の言葉に合点がいく。こっちの言いつけ破ったわけ、と…密かに苛立ちつつカイルの荷物を覗くと、案の定見覚えのない銃があった。
「……これ?」
「そう!それ!」
「終わってるのか、わかんないわ」
「組み立てられてるし、終わったんじゃねぇかな?あ、銃身磨いてくれてる…」
 イザベラが銃を掲げると男は嬉々として、銃を受け取り眺め回した。お代は貰ったのかしらとぼんやり考えていると、
「あいつすげぇな!仕事早ぇし綺麗になってるし、色々と良くしてもらえた。また頼みたい!」
「伝えとくわ。でも他に移る予定よ」
「そんなこと言わず、残ってほしいね。ダメ?」
 笑顔で話す二人。イザベラは柔らかくも警戒心が混ざったもので、男のほうは素直に楽しんでいるようだ。
「悪いんだけど、お代は、」
「さっき払った。でもこれ」
「?へ」
「急に来た詫びとこの街への永住願い。それから、あんたみてぇな美人に会えた礼」
「あら…」
 イザベラに渡されたのは銀貨1枚。カイルの提示額や先ほどのやり取りを知らないイザベラは、言葉(特に美人の部分)のままに受け取ってしまった。
 男はそのまま去って行き、イザベラは一瞬辺りを窺うと、銀貨をポケットにしまい込んだ。


 然程遠くない港に辿り着き、スタンは盛大な溜息を吐いた。正確には港を見下ろせる位置の防壁に、この一週間で見慣れてきた後ろ姿を二つ見つけたからで、当の二人は松明や軍兵に見張られた船を眺めていた。
「イケメンのお二人さん、デートですか」
 軽口を叩きながら近寄れば、案の定二人の睨みが返ってきて、カイルはすぐに前に向き直った。
「…ごめん、もう戻る」
「何事もねぇならいいさ、大目に見る。すげぇ簡単に見つかったし。もっと近くで見ねぇの?」
「さすがに、それは…危ない」
「やけに聞き分けいいぜ、こいつ」
「余計なこと言うな」
「へぇ…いつもこうならんもんかねぇ」
 ムッとするエド。笑いは起こらずとも珍しく和やかな空気。
 夕方、結局そわそわし始めたエドを見兼ねてカイルが甘やかし来てしまったのだ。それでも暴走せずにいるのは、これまでのことを振り返るとかなりマシで、進歩と言っていい。
 エドを挟むようにして、三人一緒に眺める。'ラッカム一味'の船は停泊する中でダントツに大きく、ガレオン船よりも大きいかもしれない。帆は畳まれていたが夜風に靡く小さな旗が見えた。
「船の名前とかあんの?」
「オフィーリア号、頭の船」
「へぇ、ラッカム?」
「親父は大頭。副で頭が三人」
「大海賊の息子の、オーウェンって奴。あの船は'黒'からの戦利品なんだと」
「博識だな相棒」
「その呼び方やめろ」
「頭や乗ってた連中は?」
「…オーウェンは無事って、ロムが言ってたけど…他の皆はわからない」
 エドの声が小さくなる。ドウェインの店でロムが話してた内容を思い出し、スタンも息を吐く。頭が無事なら他の連中も…そう思いたいがわからずじまいじゃ辛いだろう。ふと思い付き声をかけるが、
「街の連中に聞いてみるか?何か知ってるかも」
「!…ちょっと待て……あれ」
 カイルが身を乗り出し遮って、彼が指差した先に二人も注目する。沖のほうから何か影が近づいて来ていた。オフィーリア号へ真っ直ぐに。
「船、か…?」
「それにしちゃ小せぇ」
「漁船?っても妙だ、この時間に、」
「…スタン、ねぇ、眼鏡!」
 エドがビアンカに戻り手を伸ばす。スタンが頭に掛けたままだった眼鏡を貸してやり、ビアンカはそれを目の前で動かし調整しながら海を睨んだ。
 暗くてわかりづらかったが影の正体は小舟で、軍のものではなさそうで、人も乗っている。ビアンカの中であり得ない希望が芽生えていく…
「……仲間か?」
「わかんない、でも…」
「…言えよ、どうしてぇんだ?」
 促され隣を見る。声の主のカイルは真剣な表情で、彼の意図することがわかりスタンが眉を寄せる。
「おい止せ、トラブルの匂いプンプンだぞ」
「今こいつを放っといたら、また暴走する」
「お前のことも言ってんだけど」
「あぁ、巻き込まれたくねぇんだっけ?ならあんたは戻りゃいい」
 また言い争いになる。ビアンカは止めに入らず、じっと考え込み、
「…あれが誰なのか、気になる。それに…オフィーリアを、このままにしたくない」
「「あ?」」
「海賊は、皆捕まる。船は壊される。前からそうだ…なのに…なんで?使わせたくないよ…」
 はっとする二人──言われてみれば何故未だに存在するのか。ロムは奪われたと言っていた。ビアンカの言う通りの理由なら合点がいく。
「なんで残ってんの?あの船は、あたし達のだ…ッ…それをもし、本当に盗る気なら…!」
 壊すほうがマシだ、と。
 ビアンカは険しい表情で、それでも真っ直ぐな瞳で言い放った。
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