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陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.01.3 キャプテン・ビアンカの航海記(2)

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『 25日目…たぶん。
 だいぶ寝ちゃった、今何時?二人は?
 今は夜、波穏やか。鼾が聞こえるから、たぶん見張りはキース。
 スタンにバレて、ご飯多く貰って、なぜか持ってた薬もくれて、甘えてしまう…あれよく効いた。スタンの薬だったのかな?
 あたしのせいで食糧が減った。ごめんなさい。忘れたりしないで、薬草も買っておくべきだった…キャプテン失格。
 針路、大丈夫かな…』

 朝を迎え、錨を上げて、また舵を握る。
 徹夜や働きづめというのは、これまでも経験したことがあるのでまだ大丈夫だった。船酔いもしなくなったし、朝の風が気持ちいい。
 が、キースは苛立っていた。具合が悪いとなってから、ビアンカはずっと船室に籠っている。キャプテンだから許されるかもしれないが、正直働けとも思った。
「おはよ、相棒」
「その呼び方やめろ…ビアンカは?」
「まだお休み中。俺が代わるから寝てこいよ」
 姿を現したスタンが交代を告げるが、キースは余計苛立ってしまう。スタンは彼の機嫌がわかったのか無視するように目を逸らし、久々に眼鏡をかけ舵を握る。が、
「……甘やかし過ぎだろ」
「あ?」
 ついぼやいたキースの言葉をスタンは聞き逃さなかった。
 二人のやり取りはそのまま口論に発展した。
「だぁから、しょうがねぇの!お前だって雪山とかで迷惑かけたんだろ?」
「あんたに言われたくねぇ!酔っ払い中毒者!」
「お前も吐いてたろーがッ」
「吐こうがなんだろうが、こっちはあんたの分も働いたんだぞッ!昨日も懲りずに飲みやがって!」
「うっせぇ黙れッ!今日は嵐来ねぇし!」
「あんたがわかんのかよ?!」
 段々とエスカレートし、物理的な喧嘩になり兼ねない状況。二人共歯止めが利かなくなり、何故か苛立ちは増すばかりで、口から出る言葉とは異なる感情が湧いていた…と、
「「!?!」」
「何してんの」
 勢いよく海水をかけられ、揃って全身ずぶ濡れになる。気がつけば目の前にはキャプテンが桶片手に仁王立ちしていた。
「いや、その…」「話してた、っつか…」
 二人は気まずそうに黙り込んだ。日焼けした肌に海水が染み、地味に痛い。
「…あたしのせいで、喧嘩になったんだろ?」
「「……」」
「ごめん、休んで悪かった。もう大丈夫だから、ちゃんと働く」
「…ホントに?無理してねぇ??」
「平気平気!ご飯食べたら元気になった!」
「ならいいけどよぉ」
「……」
 じっと見つめるスタンに対しビアンカは笑って答える。しかし、嘘だ。また無理してやがる。キースは黙っていたが、彼女が無理な笑い方をしていると気がつき眉を寄せた。
 その後キャプテン命令が下り、二人は強制休憩になった。さらに真水を使って水浴びするようにも言われ、つい顔を見合わせた。キャプテン曰く気分転換。頭冷やして、とのこと。

 船底まで降り磯臭い中で水浴びをする。キースもスタンも暫く黙っていたが、久々の垢落としは最高の気晴らしで、気がつけば二人して笑い言葉を交わしていた。
 ふとあることに気がつく。
「水…昨日作れてねぇ」
「あぁ。雨も降ってねぇし…悪ぃことしちまった」
「あとで作る」
「俺もやるよ」
 キャプテンの言う通り頭を冷やして、冷静になった。きっと彼女も水の残量をわかっていて告げた。貴重な水だが、このまま苛立ち怒り任せな言葉や行動をし続けるほうがよろしくない。長い航海とはそういうものなのだと、二人は漸く理解した。
 悪かったとスタンが呟き、キースも続く。この二人で素直に話すのは珍しく、陸でもそうだった。ビアンカに会ってから少し変わったと、キースはぼんやり考えていた。
 先に甲板へと戻るスタンだったが、梯子の途中で止まりキースをチラ見した。彼の背中や身体の至る所にある傷と…水浴びの最中も外さない左腕の包帯を。


『 33日目、曇り。波やや荒れ、西に嵐らしき黒雲発見。逃げ切りたい。
 針路を確認、合っているはず。この間の凪かな?それとも、アレで寝てた時に、大きくズレたかな…
 この間の喧嘩以降、二人が揉めることはなくなった。よかった。ここからはあたしだ。キャプテンだから。一ヶ月はとうに過ぎたぞ、ビアンカ。
 今日また、釣りをした。キースが中々上手くて7匹も釣った。蛸まで釣った時は驚いたけど、スタンがビビってた。嫌いなんだろうか。
 今夜でライムのジャムが無くなった。塩漬け肉はあと一週間分、それで最後。ジャム、美味しかったな。あの島で作ってるのかな。また食べたい。また、まただ。
 またがあるかはお前次第。しっかりしろ、キャプテン。』


『 39日目、晴れ。風強し。
 風のお陰で速い。けど島影見つからず。焦っちゃダメだ…けど、不安なのは誤魔化せない。ここでだけ弱音を吐く。情けない…
 塩漬け肉の減りが思ってたより少ない。食べてるんだけどな?数え間違えたかも。
 明日には'雷神島'を見つけたい、そしたらもうすぐだ。着いたら、二人にいっぱい食べてもらいたいな。

 今日、'青色の海賊'について語った。主にキースへ。
 未だによくわからないとのこと。親父や皆に教わったことを伝えたら、ちょっと素っ気なかった。もう慣れたけど。あたし達の誇りのことも話した。素っ気なかったけど、ちゃんと聞いてくれた。
 着いたら、リン辺りに語ってもらおう。あたし達のこと…キースのうんざり顔が想像できる。』


『 …42日目
 晴れ時々曇り。風やや強め。
 着かない…食糧もヤバい。キースが気を遣って、ここ数日絶食してたとわかる。怒りそうになったけど、怒れなかった。
 ごめん。あたしのせいだ。

 方角、南南西。おおぐま座は見えてる…合ってるはずなのに、'海峡'どころか'雷神島'も見当たらない。'魔法の鳥'も帰ってこない。あの鳥は夢だったのかな…
 もし位置が合ってるなら、東に行けば無人島がある。食糧補給できる、けど、今から向かって何日かかる?
 …わからない。六分儀、間違えた?もっと勉強しとけばよかった…
 あたしじゃわかんないよ、親父…』

 夜になり風が止んで、穏やかな海が広がる。
「交代だ、おやすみ」
「おぅ…おやすみ」
 キースは現れたスタンに甲板を任せ、梯口に手をかけた。肩越しに見遣ったスタンの顔がランプに照らされていて、少し心配になる…三人の中で一番痩せた。酒で膨れた腹は大分引っ込んだので、いい気もするが。
 真っ暗な船室を進む。船室というか、ハッキリ言えば船倉みたいな所だが、もうすっかり慣れた。長い船倉の一番端、布一枚で仕切られたそこから灯りがもれていた。ゆっくり歩み寄れば音がし、やはり起きているようで。
 船首に近いそこには唯一窓があり、航海が始まってすぐキャプテン専用の寝床となった。その寝床の灯りはいつも点いていて、見る度に思うことがあり、キースは今夜初めて声をかける。
「…ビアンカ、起きてるか?」
「…どうした?何かあった?」
 声に反応し瞬く間に布が捲れる。何事か警戒するビアンカを尻目に、キースは彼女の奥を見遣る。木箱のテーブルに散乱した海図やコンパス、六分儀に紙っぺら。特に海図には線が何本も引かれていて、思わず溜息を吐いた。
「なんもねぇ。夜更かしキャプテン見に来た」
「え…あはは、夜更かしって、」
「お前いつも何時に、っつか、ホント寝てるか?夜お前が此処に居ると、いつも点いてる」
「ごめんな、眩しかった?もうけし、」
「違ぇ。そうじゃねぇよ…」
 苦笑いするビアンカにキースは頭を振り、また溜息をもらす。そういえばこいつも髪が伸びてきた。金の後ろ髪は男装エドの時のように隠さずただ結われていて、雑さが目につく。
 ビアンカが首を傾げたので、つい苛立ち眉を寄せてしまう。どう伝えようか迷ったが、しゃがんで彼女と目線を合わせ、
「…その、あれだ…焦ってんの、俺もスタンもわかってる。けどちゃんと休め。この間みたく具合悪くなるぞ」
 表情とは異なり優しい言葉。キースの珍しい一面にビアンカの顔が綻ぶ。
「ありがとう。でもあれは、うーん…時期というか、」
「あの時ケガもしてたよな?」
「え??」
「血。あの日お前とすれ違った時、血が、」
「あー!そうそうっ、ケガも!うん。でもちゃんと治ったから」
 慌てて口を挟み誤魔化す。彼は一瞬怪訝な表情になったが、納得したようで短く息を吐いた。
 ビアンカもほっとする。そういえばスタンが言ってたな…キースは鈍いというか疎い。兎角女のことは。内面のことも、他のことも…

 二人はそのまま寝床に座り込み話を続けた。
「航路変えんのか?」
「ん…迷って、あ、えっと。補給できる島、寄ろうかなって」
「気持ちが迷ってるって言いてぇんだろ?」
「…それ。ありがと、ごめん」
「キャプテンが謝んな」
「でも…迷惑かけてる」
 また、と付け足して、ビアンカは何度も航路を書いた海図を手に取り溜息した。
 キースは苦笑いすると蝋燭の火を吹き消した。何かと思えば、窓の外が明るくなったように感じ振り返る。
「わっ…今日こんな見えてたんだ」
「月が隠れてるからな。陸よりすげぇ見える」
 そして気晴らしだと聞こえ、ビアンカは彼の意図がわかり嬉しくなる。
 二人は星空を見上げた。小窓からでも見える、満天の星。細やかに明減を繰り返し、不意に光が疾り流れていく。月は雲に隠れていて、お陰で辺りは星の瞬き以外真っ暗だ。ビアンカが目を輝かせながら指を差す。
「あの星から繋げて、うしかい座。その左上がりゅうとこぐま…右に少し見えるのが、おおぐま座」
「詳しいな」
「海賊だし。キャプテンだから」
「お前はすげぇな…つーか、海賊がすげぇのか。俺は未だに覚えらんねぇし、ただじーっと見ちまう」
「キースが?盗賊が星見?」
「…悪ぃかよ」
「悪くない、ごめん。ただ、珍しいとは思った」
「今も昔も、眺めてると気持ちが落ち着く」
「ふぅん…キースの昔って?どんな子だった?」
 珍しく素直なキースにビアンカは悪戯っ子のように笑った。彼は少し言い淀むが、表情は穏やかで、
「俺、親とか家族いねぇんだ。覚えてるのは、俺みてぇなガキと…兄貴代わりの二人と一緒にいた。三人で必死に生きてた」
「…そっか」
「その兄貴達ももういねぇ。病気と戦争で、死んじまった」
「…ごめん、辛いこと聞いたな」
「気にしてねぇよ、大分前のことだし」
 そういえばロムとも話したと思い、キースはくすりと笑った。
「今日みたいな夜は、兄貴達と一緒に星見てた。腹減ってもケガしても、見てると気持ちが楽になってさ…なんも怖くなかった」
「キースも、怖いって思うんだ?」
「ガキの頃はな…今は……」
 キースは何かを思い出し言葉を詰まらせた。今の彼の怖いものは別で、それは未だに追いかけてくる。
 また辛いことを思い出させたかと思い、ビアンカが顔を覗くが、
「「……ぁ」」
 窓の外がより明るくなり、二人は顔を上げ声を揃えた。雲が流れ月が姿を現したのだ。それもハッキリとではなく、薄ら残る雲をベールにぼんやりと輝いて。
「あの月」「綺麗だ」
 また声が重なり顔を見合わせる。
 どうやら二人共感性が一致しているようで、自然と笑みも重なる。
「あれ、綺麗だよな」
「わかる。ハッキリ見えてる時より好き」
「雲のせい、だよな?けどなんであーなるのかわかんね」
「雲って水分があるんだ。海水が蒸発して出来てるんだって」
「へぇ」
「だから、あんなふうに見えるのは、雲の水分のお陰」
「なるほど…あ、虹!」
「あぁっ、好きなやつ!綺麗!」
「マジで綺麗だ…もっと真ん丸の時あれだと、余計テンション上がる」
「わかる!中々見れないよなぁ」
 月トークで盛り上がる二人。雲の絶妙な具合で月の光とは別に虹のような輪が出来、淡く煌めいている…二人はその姿が好きなのだ。
 好きなものを見て、気の合う話をしていたら、気持ちが晴れやかになった。ビアンカは先ほどまでの不安を思い出すが、頭は冷静で、海図を月明かりに翳し見つめる。
「明日、一日でいい。もう少し進みたい…本当にもうすぐなんだ」
「了解。どこまでもお伴します…」
「…あっ、コラまた!」
「今夜くらいいいだろキャプテン。月に免じてくださーい」
「もう…しょうがないなぁ」
 こっそりと煙草に火を点け吸うのだが、速攻でバレる。だが今夜のキャプテンは機嫌がよかった。キースもビアンカの表情が変わったとわかり、顔を綻ばせる。もう寝ろよと言い、自身の寝床へ行こうとした──その時。

 二人の耳が異音を拾う。徐々に近づいてくる甲高い音。正体を察知し顔を見合わせたのと同時、甲板からスタンの怒声が聞こえ、さらに爆音とともに船が揺れた。
 水柱が上がり船が左右に揺れる中、スタンは急いで錨を上げていた。キャプテンの指示ではないが自身でもわかるこの状況。ヤバい。月が出たせいでこっちが見えたんだろう、そして襲ってきた。
 スタンは眼鏡を引っぺがし、裸眼でも見えるそれを忌々しげに睨む。真っ直ぐこちらへ向かってくる大きな船…海賊旗を掲げる海賊船を。


*Illustration by Aoi Nakamura
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