/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.02.4 毒

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 クロヒゲの船から戦利品を積み、小型船を繋げ、ヘルブラウ号が海を進みはじめたのは水平線から太陽が姿を現した頃だった。

 クロヒゲ達は船の帆を張られ、風のまま何処かへ流されて行った。何やらギャーギャー喚いていたが、ビアンカもリンも一味全員が無視を決め込み、海はまた穏やかになった。
 小型船は沈没は免れたものの船底が傷つき浸水してきていて、ヘルブラウに引っ張られながら一緒に進んではいたが、アジトに着くまで保つかビアンカとスタンは心配になった。
 海賊達が忙しなく働く中で、二人は船尾に座り込み休ませてもらっていた。操舵はフランツ。リンが湯気立つカップを持って戻ってくる。バンダナを外した彼の髪は瞳と同じ赤色で、とても鮮やかな紅のような赤だった。蜂蜜入りの温かい麦酒にスタンは顔を綻ばせゴクゴクと呑み、ビアンカは笑ってしまう。
「親父がさ、返事は出すなってずっと止めてやがったんだ」
「え、なんで?」
「…伝書鳩のことで、ちょっとな。親父も黙りだし。けど居ても立っても居られなくて、あいつに頼んだら飛んでったもんだから、迎えに来た」
 一緒に酒を呑みながらリンはマストを見上げた。丸くなって座る'魔法の鳥'。含みのある言い方にビアンカとスタンはロムの言葉を思い出すが、一先ずなんとかなり良かったと安堵する。
「ありがと、助かったよ。'雷神島'も見つからなくて、ちょっと困ってた」
「お前バカか、島ならすぐそこだ」
「えっ」
 呆れた様子で言い放ったフランツにビアンカは目を丸くした。彼が指も差すので立ち上がり見てみれば、太陽とは反対方向に薄ら島が見え、尖った山の姿は'雷神島'の愛称の無人島だった。
 傍らのスタンが吹き出し笑い、思わず睨み返す。クロヒゲに出食わさず朝を迎えていれば、無事にアジトへ辿り着いていたのだ。
「妹が世話に…つか、迷惑かけたよな?ありがとな」
「いやいや。しっかり者で頼りになったぜ。キャプテン・ビアンカ」
「キャプテン・ビアンカねぇ?」
「…なんだよ、お前がキャプテンならあたしだってなれるッ」
「兄ちゃんに向かってそんな口利くな」
「あたしが姉ちゃんだ!」
 姉弟(兄妹?)喧嘩の末、お礼を言い手を差し伸べるリンにスタンも笑いながら握り返す。ビアンカは眉を寄せてあたしが姉だ!と言い続けていた。
「それで…セディに、会ったって?」
「…うん、バルハラのノクシアってとこ。オフィーリアがいて…」
「…ビアンカのこと襲ってた」
「!スタン、」
「危なっかしいなお前は。わかってんだろ…あいつは裏切ったんだ」
「……」
「……あいつだけじゃねぇ」
「…え?」
 またフランツが口を挟みビアンカは目を丸くする。リンは眉を寄せ振り返って、
「フランツ止めろ。まだ決まって、」
「だからお前は甘ぇんだ。あいつ一人でやれることじゃねぇだろ」
「だからッ、まだわかんねぇだろ!…皆ピリピリしてんだから、止せよ」
 口論になりかけ、ビアンカがリンの袖を掴み止めさせる。フランツも前に視線を戻し眉間の皺を深めた。甲板で働く仲間が聞いていたようで、皆視線を逸らし口を閉ざした。
 思っていたより深刻そうな一味の内情にスタンも眉を寄せ頭を巡らせる。が、船尾と甲板を繋ぐ階段で何やら呻き声が聞こえ、腰を持ち上げ見てみると、キースが嘔吐きながら海へ吐瀉しているところだった。ビアンカも気がつき駆け寄る。彼は足元も覚束ない状態で、階段に座り込んでしまった。
「大丈夫?酔った?」
「ゎ、かんね、急に…きもちわりぃ…」
「お前今まで平気だったろ?」
 スタンも苦笑いしながら寄ってきて背中を摩ってやる。キースは嫌がったりせずされるがままで、虚ろな目は生理的な涙で潤んでいた。
「今日だけは客だ。着くまで寝てな」
 リンが苦笑いしながら声をかける。ビアンカも頷きキースを支え起こし船室へ戻るべく連れて行って、スタンも続こうとするが…ふと気になり足を止める。
「…今日だけ?」
「当たり前だ。どんな縁か知らねぇけど、あいつに付いて来たんだろ?」
「来たからにゃあ働け!働かざる者食うべからずだッ」
「あー…そういう、ね…」
 ニヤりと笑ったリンに続き、フランツが苛立った様子でトドメを刺してきて、スタンはこれからのことを想像し頬を引き攣らせた。


 太陽も昇り、時刻は間もなく正午。
 ヘルブラウは'雷神島'や幾つかの小島を通り過ぎ、岩礁地帯へ入る。'雷神島'(この愛称にも由来があるらしい)からアジトの島まで無人島が並んでいるようで、ラッカム一味は海峡と呼び道代わりにしていた。
 帆を幾つか畳み減速。船底近くの左右の舷が開き、何やら板状の鋼のような物が下されていく。手漕ぎでもするのかと思いきや違い、初めて見る奇妙なそれにスタンは目を丸くしたが、ビアンカが装甲だと説明する。ラッカム一味のアジトは海峡の中央で、岩礁で敵の侵入を防ぐ為に敢えてそこを選んでいた。航路に近い岩礁は装甲で防ぎ、さらに海峡の詳細な深浅も独自に測量し、海図化しているらしい。
 装甲と正確な舵取りで座礁することなく、ヘルブラウはゆっくり進んでいく。
「すっげぇなぁ、ラッカム一味」
「大海賊は伊達じゃないから」
 素直に関心するスタンにビアンカは得意気だ。しかし傍らにいたリンは一瞬眉を顰め、代弁するようにフランツが口を開いた。
「あんまり言い振り回すな。どこの馬の骨かもわかんねぇのに」
「!フランツ、そんな言いかた、」
「そいつの言う通りだよ」
 ビアンカが思わず言い返そうとするが、あろうことかスタンが遮り苦笑いしながら二人に目配せする。
「裏切り者の協力者、かもしれねぇし?可愛い姉ちゃんを誑かしてる…かもしれねぇ。そりゃあ疑われてもしょうがねぇさ」
 堂々と言ってのける彼にリンもフランツも警戒心を抱くが、リンは俺が兄ちゃんだとしっかりぼやき返した。
 ビアンカは何故スタンが挑発紛いなことを言うのかわからなかった。

 間もなくして大きな島が見え、海賊達が帆数や向きを調整する。島は高く長く続く岩壁に囲まれ、岩壁の一角には大きな穴が空いていた。穴はギリギリ船が通れる高さで、ヘルブラウが吸い込まれるように入っていく。
 潮騒が響く空洞では巣を作っている海鳥達が飛び鳴き、船全体が影に包まれる。ゆっくりと穴を抜け光のもとへ出ると、船首の先は大きな入り江で港のように整備されており、ヘルブラウと同等の船がもう一隻着けられていた。砂浜から長く伸びる桟橋では誰かがこちらへ手を振っていて…子供のようだ。
 子供を目にした途端ビアンカが船縁を越え海に飛び込む。子供もビアンカだとわかり、砂浜のほうへ駆け、浅瀬に上がった彼女に飛び付いた。
「おかえりビアンカ!」
「ヴァン!ただいま!」
 水飛沫を上げながらしっかりと抱き合う二人。少年ヴァンは心待ちにしていたビアンカの帰還に大いに喜んで、ビアンカもまた半年以上ぶりの彼を懐かしみ、満面の笑みを返した。
「ボサっとしてねぇで働け、新入り」
「えぇ…もう?」
「着いたんだから客は終わりだ」
 二人を眺めていたスタンに、リンはニヤりと笑い告げてやる。どうやら本当に海賊にされてしまうようで、これからのことを想像しつい顔を顰める。
 ヘルブラウが桟橋に着けられ、背後の岩壁から音が鳴り響く。仲間の帰還を報せる鐘だ。どうやら岩壁の内部は見張り台になっているようで、複数ある穴には窓代わりの板が取り付けられていた。その一つから人が顔を覗かせヘルブラウに手を振っていた。鐘の音を聞きつけ、入り江の先の道からわらわらと人がやって来る。皆ラッカム一味の海賊で、ビアンカやヴァンも桟橋に戻り、荷下ろしが始まった。
 スタンは荷下ろしを手伝いながら島を見渡す。入り江から先は森で、何があるかはわからなかったが、よく見れば森の奥から煙が上がっている。荷運びのためのロバまで姿を現し、確かに人の営みがあるのだとわかる。情報屋として知っているのは'大海賊ラッカムとその一味'というざっくりなネタくらいで…初めて目の当たりにする彼らと、彼らの規模は未知数で、好奇心が湧いた。
 不意に背後で物凄い音がし振り返ると、ロープで降りていたはずのキースが桟橋に倒れていた。彼は途中で落ちたらしく、後から続いていたスコットが慌てて降り様子を窺う。スタンやビアンカも驚き駆け寄ると、キースはまた嘔吐いて、小刻みに震えながら桟橋から頭を伸ばし、唾液ばかりの吐瀉物を海に垂れ流した。
「おいおい、どうした…!」
「キース…ねぇ、大丈夫?!」
 見ただけでわかる…今朝よりも悪化している。
 只事ではないと思い、二人は身体を支え摩ってやる。スコットが先を行くリンを呼び止め、そして気がつく──キースの左手に紫斑が出ているのを。
「ッ毒だ!」
「ぇ…」「!?」
 思わず声を上げたスコットに二人共動揺する。聞こえたのかキースは必死に手を伸ばし、左腕を支えるビアンカを押し退けようとするが、
「!待って、やめろ!平気だから!」
 ビアンカは彼のしたい事がわかり、引っ張り抱きしめその場に寝かし付ける。俯いていてわからなかったがキースの顔は真っ赤で、辛そうな表情で肩で息をしている状態だった。
「キース!!おいッ、しっかりしろ!」
 スタンが珍しく狼狽え何度も呼びかける。キースは返事をしようとするが声が出せず、嘔吐きが咳となってしまう。
「どうした!?」
「毒の斑が出てる!船で飲み食いした物じゃないとは思う、けど…!」
「毒って、いつそんな…」
 戻ってきたリンにスコットが症状を伝える。医学の知識がある彼でさえわからぬ状態で、リンも困惑するが、
「思い出したッ、クロヒゲだ!あの野郎武器に毒塗りやがる!!」
 甲板から様子を見ていたフランツが声を上げる。低額ながら札付きのクロヒゲは毒を使い名を上げたと。
 二人ははっとし、キースの左腕を見た。クロヒゲに斬られた傷は手当てされたはずなのに、包帯も上着もまた黒く染めていた…リンの傍らで覗いていたヴァンが事態の深刻さに後退りする。
「キースッ、脱がすよ!!」
「止せ、染るぞ!」「!待てビアンカッ」
 キースの服を脱がそうとするビアンカをリンとスタンが止める。スタンまで止めるのは何故だろうと一瞬思ったが、構わずに上半身を裸にさせて、
「…ゃ、め、」
「こんな時に嫌がるな!」
 キースも止めさせようとするが、ビアンカは無理矢理左腕を掴み、包帯を全て取ってしまう──彼が以前から巻いていたものも。
 包帯の下にあったものを見て、ビアンカは言葉を失った。
「…おい…なんだこれ?」
 リンが呟き、スコットは逃げるようにキースから離れ、咄嗟にスタンが振り返るが、いつの間にか船から降りたフランツが彼の頭に銃を突きつける。
「だから言ったろ、簡単に信じやがって…ッ!」
 スタンは開きかけた口を閉じ、大人しく両手を挙げ、自身らを囲み睨み見てくる全員を一瞥した。
「…どういうこと…?」
 ビアンカは呆然としたまま、だが何度も首を振り無意識に睨んでしまう。キースは観念したように目を瞑り、彼女の視線から逃れた。


 一時騒然とした桟橋に他の海賊達も集まってくる。彼らの視線の先は、縫われたばかりのキースの左腕の傷。の、少し上。
 そこにはバルハラ共和国の国章によく似た──バルハラ軍の紋が彫られていた。
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