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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.
2.04.3 アジトでの日々(1)
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──朝。
オーウェンとジュリーが集会場へ行くと、昨夜そのままだったはずの散らかり様は跡形もなく片付いていて、樽のテーブルの一席にはスタンとフランツの姿があった。
「「…おはよう」」
「…おはよ…っ、ふふ」
「笑うな」
「いや、それは無理だな…く、はは!」
振り返り声も揃った二人の顔を見て、二人共笑ってしまう。フランツが顰め顔になるが無理もなく、二人の顔は見事に青痣だらけになっていた。スタンに至っては拙い縫い方をした右目は殆ど閉じていて、暫く顔を合わす度笑ってしまいそうな様子だった。
テーブルを覗くと伝書鳩の手紙書きの続きをしているようで、スタンが書いたであろう手紙を真似て、東言語の読み書きが苦手なはずのフランツが一生懸命書いているようだった。
「お前ら二人ってのが奇妙だなぁ、仲直りでもしたか?」
「…まぁ…そうなるかな」
「うそっ!フランツと?」
「…色々あんだよ、別にいいだろ」
「決着は?どうする?今夜辺り続きかと思ってたんだが」
冗談半分で言った仲直りはどうやら当たっているらしい。ジュリーは雪でも降るのかと思い、外を振り返り見る。フランツはさらにらしくない発言を続け、
「俺の負けだ…最後の一発、すげぇ効いた」
「だからあのタイミングじゃノックアウトにならねぇって。お前のが有利だったんだから、お前の勝ちだよ」
「いやダメだ。昨日の自体、無効にしてぇ」
「それこそダメだろ。頑固だねぇお前も…」
勝ちを譲り合う二人に今度こそ言葉を失う…本当にどうしたのか?フランツは喧嘩が手古摺ったせいでおかしくなったのかもしれない。スタンは…元からなのか、どうなのか。
「で、何しに来た?お前ら今日は非番だろ」
フランツは話を逸らそうと二人を睨み上げる。すると間を置いてジュリーが顔を赤くし、オーウェンは苦笑いして、
「…人が居ねぇとこ、探してたんだ」
気まずそうな台詞にフランツは呆れ顔で、スタンは察してしまい目を丸くする。
「…ちょい待て……お前ら、そうなの??」
声を潜め尋ねるスタンはにやけ顔で、オーウェンは目を逸らし、ジュリーはますます赤くなるがこくんと頷いた。
男社会な海賊に女がいる時点で色々と想像してしまうところだが、ラッカム一味に関してはきっちりしていて、掟遵守前提で収まってきているらしい。といってもこの二人くらいで、一味公認の事実婚だと、後でフランツが教えてくれた。
「邪魔したな。手紙、頼んだぞ」
そう言うと二人はそそくさと集会場から出て行ってしまった。スタンはまだニヤニヤが止まらずだったが、
「書けた。次も写しでいいのか?」
一枚写し終えたフランツが催促する。右目が開かず眼鏡も痣が邪魔して掛けられず、昨夜しつこく手伝うと申し出たフランツに甘えて代筆してもらっているのだが…代筆屋が代筆してもらうとは、これいかに。
「次のは一言付け加えてぇ」
「またラブレターか」
「いいだろ、ちょっとだけ。とりあえず写して…」
視界にフランツの手が映り込む。指の付け根、関節に彫られた刺青。両拳合わせて西世界のことわざ。何故か照れ臭くなり誤魔化すように話題を逸らす。
「掟といい畑といい、本当面白ぇ一味だな」
「?まぁな…他の海賊共はやらねぇだろうし、やれもしねぇ」
「つーかさ、お前はなんで入ったの?こっちじゃ賞金稼ぎだったろ?それが海賊??」
「……色々あんだよ」
気まずそうにそっぽを向いたフランツにスタンは好奇心を擽られる。だが彼も話題を逸らし、
「あんたが言ってた薬、スコットならわかるかも。あったら飲むだろ?」
「そりゃあ助かる。これじゃ暫く、眼鏡無理そうだし」
「けど、痛み止めが'目薬'ってよぉ、」
「要らねぇ奴はいいの。ワルーいお薬だから」
言葉の終わりに目を細め何かの化け物みたく呻いてみせれば、フランツは面白そうに笑って、初めて見る彼のあどけない表情にスタンも顔を綻ばせた。
…昨夜、本当に何があったのかは不明だが、二人は喧嘩など無かったような仲の良さで、手紙を書いていった。
その頃、キースとネロは鍛冶場にいた。
島の水源近くの木立の中、石壁と屋根一枚のそこは陸の鍛治職人の工房よりも小さな造りで、それでも炉は幾つかあるので全て稼働させれば何とかなりそうだった。
火薬があっても肝心の外殻が無ければ。本当よく引き受けたなとキースは今更ながら思ってしまう。物を直したり造り変えたりは得意だが、鍛治や炉のことは齧った程度。パールでも別の職人に仕事を頼んでいた。
「俺らは他のことでも使ってる、頼れよ」
「…そうする、悪ぃ。作った弾って残ってるか?」
「ああ、見るか?改良とかはあんまり出来ねぇかも」
正直に不安を白状したキースにネロは笑って返す。
薪をくべ水車の力で空気を送り火の勢いを上げる。鍛治が得意な仲間にも助けてもらい、全ての炉の火を起こす。それぞれの煙突から煙が出てきて、鍛冶場周辺の温度も増していった。
さらに二人は火薬庫近くの空き家へ向かう。今日から此処は砲弾庫になる。キースは運び入れた火薬を素手で掬い、
「炭あるか?炉で使っちまうかな?」
「?冬の残りがあるし、足りるとは思うけど…使うのか?」
「混ぜ物にな。他にも欲しいもんがある」
「…まぜもの」
「詳しいな」「大したもんだ」
首を傾げたネロにキースは調合すると付け足し、欲しい物を伝えていく。材料や分量まで述べる彼に、ネロも仲間達も舌を巻いた。
「やっぱすげぇな…軍兵皆、そうなのか?」
「いや、わかってんのは火薬守りくらいだ」
「キースは、火薬守りだったのか??」
「だったわけじゃねぇけど…ガキの頃に入って色々やってきたから、嫌でも覚えちまった」
ネロはさらに目を丸くするがキースは苦笑いするだけで、火薬を測り空の砲弾に入れる。混ぜたい物が揃い分量を守れば、それなりに使える弾になるはずだ。出航までどのくらい時間があるかわからぬが、出来る限り作るしかない。
「助けてくれて、ありがとな」
「早ぇよ。まだ一個も作ってねぇ」
「ふはっ、確かに」
「…全部、成功させよう」
互いに目配せする二人。
それから暫く鍛冶場に付きっきりで、作戦の要を進めていった。
その頃。
ビアンカはラッカムのもとを訪れていた。
炊事当番(なのだが全く仕事をさせてもらえない)で大頭へ朝飯を届けるお遣いを頼まれた。一日一食程度の大頭が、彼専用の朝飯もここ数日抜いているらしい。具合が悪いわけではなく、それでもまともに食べない大頭を皆もビアンカも心配していた。
「親父…何してんの?」
ノックをしても返事は無く、だが扉に鍵はかかっておらず入ってみれば、ラッカムは机に向かっていた。
彼は一瞬チラりと振り返ったが構わず手元に視線を戻し、何やら一心に書き込んでいて…何処のものかはわからないが海図だった。
「おはよう。最近食べてないって…ねぇまさか、徹夜?」
「…うるせぇ、騒ぐな」
ビアンカは小言を言いつつ中へ入るが、燭台の最後まで溶け切った蝋燭を見つけもしやと思う。老眼鏡をかけた目が嫌々そうに細くなったが、目の下に皺だけでなく隈もできていて、思わず溜息を吐く。
「何やってんだ、いい歳して!」
「騒ぐなっつったろ」
「最近ずーっとやってたのか?身体壊すぞ!」
「飯は食う、置いとけ」
「そういう問題じゃないッ、皆も心配してんのに!大頭が自分勝手でどうすんだ!?」
遂にラッカムがペンを置き、溜息をもらしながらビアンカを睨む。他の仲間達やキースなんかが見ればビビってしまう鋭い目つきだが、こういう時のビアンカは手強く、大頭の睨みも彼女にだけは効果が無い。
「そんな顔したってダメだぞ!書きたいなら書いていいから、ちゃんと寝ろ!ご飯も食べろッ、皆に心配かけるな!」
「……徹夜じゃねぇ、寝てる」
「じゃあ食べてッ」
「ったくテメェは…じゃじゃ馬が…」
睨まれようとズカズカと前に出て、乱暴な手付きで朝飯を机に置く。書き途中だった海図は下敷きになる寸前でラッカムが救助し、ビアンカはそれも見越していたのか、フン!と鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「じゃじゃ馬って言うな。当たり前だ」
「陸の友達にも呼ばれてたじゃねぇか」
「キースは口が悪いだけ!」
「そのうちに手懐けそうな奴だ、じゃじゃ馬を」
「うるさいなぁ…!」
ラッカムは観念したように老眼鏡を外し、朝飯を口に運ぶ。ビアンカも言い返しながらラッカムのグラスを取り、冷茶を注いでやる。もう口煩く言わずとも大丈夫だと思い部屋から出て行こうとするが、ラッカムに呼び止められ、何故か手招きされ隣に座らせられた。
何かと思えば大きなパン(大頭専用のふっくらパンだ)を千切って差し出され、まだ焼き立ての匂いがするそれに腹が耐え切れず、鳴いてしまう。ビアンカはニヤニヤと笑うラッカムの視線から逃れながら、素直にパン切れを頬張った。
「陸はどうだった?」
「…たいへん、だった。楽しいこともあったけど」
「お前、ちゃんと働けたのか?」
「働いたっ…さかばで、雇ってもらった…料理、は、あんまり上手くなかったけど…頑張って稼いだよ」
「…言う事聞かねぇで、バルハラなんざ行きやがって」
「だって、リンもオーウェンもジュリーも、バルハラだったのに!なんであたしだけテオディアなのッ」
「世間知らずの極みだからだ、お前は」
「言い過ぎ!…そんなことない」
「結果、巻き込まれた奴二人、いんだろ」
「あれ、は…あたしも、巻き込まれたって言うか…」
いつの間にかお喋りの時間になり、ラッカムはさり気なく果物も差し出してやる。ビアンカは答えるのに夢中なのか食べることが無意識なのか、差し出されるままにむしゃむしゃと頬張り食す。本人には黙っているが、ラッカムは彼女の食べる姿を眺めるのが好きだった。食べる時まで表情豊かで、頬を膨らませている姿はリスかスズメか、小動物のようだ。
ビアンカは答えて思い出す、二人との出会いを。ローザディ・ミホーレスで盗み聞きしていなければ、一緒に旅をしたり此処まで来ることもなかった──自身も無事に戻れていたかどうか。ロムにすら再会出来ていなかっただろう。
「あいつは面白い奴だな」
「…どっち?二人とも?」
「どちらかというと、茶髪のほう」
「キースは…無愛想で口悪くって、でも結局優しい。修理の腕は凄いし銃も百発百中で、いっぱい助けてくれた…逃げるのも速くて得意だな。屋根の上を飛ぶんだ。強いけど、違う意味で強い」
「……確かに。すばしっこい野郎だ」
「あっ、そうだ!キースの物盗ったんだって?なんでまた?」
「俺のもんを返してもらっただけだ」
「それって、地図のこと?やっぱり親父が書いたのか…けどダメだろ、泥棒だぞ!」
「……」
いつの間にかキースの話題になり、ラッカムはまたビアンカをチラ見するが、何やら考え込み窓のほうへ視線を移した。
ビアンカはよくわからず片眉を持ち上げたが、朝飯は綺麗に平らげてくれたので片付けようと手を伸ばすが、
「あいつのことを、もっと教えろ」
「?」
「キース・エフライム…お前の知ってることでいい、話せ」
「……どうしたの、急に」
珍しい…親父は物や人に固執しないのに、キースを気に入ったんだろうか?
薄っすらと笑みを浮かべたラッカムに、ビアンカは一瞬たじろいでしまう。睨まれるよりも怖い顔に見えた。
「盗人なんだろ…何か、狙ってんのか?」
「……」
ぼそりと呟くと、ラッカムはまた老眼鏡を掛け、実の娘同然のビアンカを探りはじめた。
同刻、ラッカムの家の前にて。
リンは扉をノックしかけ、止めてしまう。中からラッカムとは別の、ビアンカの声が聞こえてきたからだ。
今朝は大頭と会う約束をしていたのだが、どうやら先を越されたらしい。自身も入ればいいものを、辛うじて聞こえる会話が躊躇わせた。内容は彼女が連れて来た男のことで…リンは思わず眉を寄せた。
昨日の喧嘩は未決着となり、一夜明けたらあろうことかフランツは無効試合だの言い出した。オーウェンもネロも他の仲間達も、あの二人を受け入れはじめている。扉の先にいるビアンカは勿論、親父までもが…リンはこの状況が全く理解出来ずにいた。
(本当に信じるのかよ…まだ、…)
頭を過ぎった考えをすぐさま切り捨てる。違う。そんな筈ないと己に言い聞かせ、眉間の皺をさらに深くし、出直そうと思いその場を離れる。
リンは協力的な二人よりも、家族である一味の皆を信じていた。だがそれが今揺らいでいるのを、彼は頑なに認めずにいた。
アジト、某所にて──
「この状況、ヤベぇんじゃねぇか?」
「さっき鳩飛ばしてやがった」
「盗人は炉も使うってよ」
「どうする?このままじゃドンパチだ」
一味の者が数人、声を潜め話していた。その中でただ一人は笑みを浮かべていて、
「ビビんな。問題ねぇ」
「けど、連中まだ来ねぇんだろ?」
「タイミング合わせりゃいい」
「上手くいくかな?」
「決まってんだろ……」
笑っている人物こそ、先日陸にいた'協力者'──彼はさらに笑みを深めてみせ、
「何をどう足掻こうが、決まってる」
この一味は終わりだと、付け足した。
オーウェンとジュリーが集会場へ行くと、昨夜そのままだったはずの散らかり様は跡形もなく片付いていて、樽のテーブルの一席にはスタンとフランツの姿があった。
「「…おはよう」」
「…おはよ…っ、ふふ」
「笑うな」
「いや、それは無理だな…く、はは!」
振り返り声も揃った二人の顔を見て、二人共笑ってしまう。フランツが顰め顔になるが無理もなく、二人の顔は見事に青痣だらけになっていた。スタンに至っては拙い縫い方をした右目は殆ど閉じていて、暫く顔を合わす度笑ってしまいそうな様子だった。
テーブルを覗くと伝書鳩の手紙書きの続きをしているようで、スタンが書いたであろう手紙を真似て、東言語の読み書きが苦手なはずのフランツが一生懸命書いているようだった。
「お前ら二人ってのが奇妙だなぁ、仲直りでもしたか?」
「…まぁ…そうなるかな」
「うそっ!フランツと?」
「…色々あんだよ、別にいいだろ」
「決着は?どうする?今夜辺り続きかと思ってたんだが」
冗談半分で言った仲直りはどうやら当たっているらしい。ジュリーは雪でも降るのかと思い、外を振り返り見る。フランツはさらにらしくない発言を続け、
「俺の負けだ…最後の一発、すげぇ効いた」
「だからあのタイミングじゃノックアウトにならねぇって。お前のが有利だったんだから、お前の勝ちだよ」
「いやダメだ。昨日の自体、無効にしてぇ」
「それこそダメだろ。頑固だねぇお前も…」
勝ちを譲り合う二人に今度こそ言葉を失う…本当にどうしたのか?フランツは喧嘩が手古摺ったせいでおかしくなったのかもしれない。スタンは…元からなのか、どうなのか。
「で、何しに来た?お前ら今日は非番だろ」
フランツは話を逸らそうと二人を睨み上げる。すると間を置いてジュリーが顔を赤くし、オーウェンは苦笑いして、
「…人が居ねぇとこ、探してたんだ」
気まずそうな台詞にフランツは呆れ顔で、スタンは察してしまい目を丸くする。
「…ちょい待て……お前ら、そうなの??」
声を潜め尋ねるスタンはにやけ顔で、オーウェンは目を逸らし、ジュリーはますます赤くなるがこくんと頷いた。
男社会な海賊に女がいる時点で色々と想像してしまうところだが、ラッカム一味に関してはきっちりしていて、掟遵守前提で収まってきているらしい。といってもこの二人くらいで、一味公認の事実婚だと、後でフランツが教えてくれた。
「邪魔したな。手紙、頼んだぞ」
そう言うと二人はそそくさと集会場から出て行ってしまった。スタンはまだニヤニヤが止まらずだったが、
「書けた。次も写しでいいのか?」
一枚写し終えたフランツが催促する。右目が開かず眼鏡も痣が邪魔して掛けられず、昨夜しつこく手伝うと申し出たフランツに甘えて代筆してもらっているのだが…代筆屋が代筆してもらうとは、これいかに。
「次のは一言付け加えてぇ」
「またラブレターか」
「いいだろ、ちょっとだけ。とりあえず写して…」
視界にフランツの手が映り込む。指の付け根、関節に彫られた刺青。両拳合わせて西世界のことわざ。何故か照れ臭くなり誤魔化すように話題を逸らす。
「掟といい畑といい、本当面白ぇ一味だな」
「?まぁな…他の海賊共はやらねぇだろうし、やれもしねぇ」
「つーかさ、お前はなんで入ったの?こっちじゃ賞金稼ぎだったろ?それが海賊??」
「……色々あんだよ」
気まずそうにそっぽを向いたフランツにスタンは好奇心を擽られる。だが彼も話題を逸らし、
「あんたが言ってた薬、スコットならわかるかも。あったら飲むだろ?」
「そりゃあ助かる。これじゃ暫く、眼鏡無理そうだし」
「けど、痛み止めが'目薬'ってよぉ、」
「要らねぇ奴はいいの。ワルーいお薬だから」
言葉の終わりに目を細め何かの化け物みたく呻いてみせれば、フランツは面白そうに笑って、初めて見る彼のあどけない表情にスタンも顔を綻ばせた。
…昨夜、本当に何があったのかは不明だが、二人は喧嘩など無かったような仲の良さで、手紙を書いていった。
その頃、キースとネロは鍛冶場にいた。
島の水源近くの木立の中、石壁と屋根一枚のそこは陸の鍛治職人の工房よりも小さな造りで、それでも炉は幾つかあるので全て稼働させれば何とかなりそうだった。
火薬があっても肝心の外殻が無ければ。本当よく引き受けたなとキースは今更ながら思ってしまう。物を直したり造り変えたりは得意だが、鍛治や炉のことは齧った程度。パールでも別の職人に仕事を頼んでいた。
「俺らは他のことでも使ってる、頼れよ」
「…そうする、悪ぃ。作った弾って残ってるか?」
「ああ、見るか?改良とかはあんまり出来ねぇかも」
正直に不安を白状したキースにネロは笑って返す。
薪をくべ水車の力で空気を送り火の勢いを上げる。鍛治が得意な仲間にも助けてもらい、全ての炉の火を起こす。それぞれの煙突から煙が出てきて、鍛冶場周辺の温度も増していった。
さらに二人は火薬庫近くの空き家へ向かう。今日から此処は砲弾庫になる。キースは運び入れた火薬を素手で掬い、
「炭あるか?炉で使っちまうかな?」
「?冬の残りがあるし、足りるとは思うけど…使うのか?」
「混ぜ物にな。他にも欲しいもんがある」
「…まぜもの」
「詳しいな」「大したもんだ」
首を傾げたネロにキースは調合すると付け足し、欲しい物を伝えていく。材料や分量まで述べる彼に、ネロも仲間達も舌を巻いた。
「やっぱすげぇな…軍兵皆、そうなのか?」
「いや、わかってんのは火薬守りくらいだ」
「キースは、火薬守りだったのか??」
「だったわけじゃねぇけど…ガキの頃に入って色々やってきたから、嫌でも覚えちまった」
ネロはさらに目を丸くするがキースは苦笑いするだけで、火薬を測り空の砲弾に入れる。混ぜたい物が揃い分量を守れば、それなりに使える弾になるはずだ。出航までどのくらい時間があるかわからぬが、出来る限り作るしかない。
「助けてくれて、ありがとな」
「早ぇよ。まだ一個も作ってねぇ」
「ふはっ、確かに」
「…全部、成功させよう」
互いに目配せする二人。
それから暫く鍛冶場に付きっきりで、作戦の要を進めていった。
その頃。
ビアンカはラッカムのもとを訪れていた。
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「親父…何してんの?」
ノックをしても返事は無く、だが扉に鍵はかかっておらず入ってみれば、ラッカムは机に向かっていた。
彼は一瞬チラりと振り返ったが構わず手元に視線を戻し、何やら一心に書き込んでいて…何処のものかはわからないが海図だった。
「おはよう。最近食べてないって…ねぇまさか、徹夜?」
「…うるせぇ、騒ぐな」
ビアンカは小言を言いつつ中へ入るが、燭台の最後まで溶け切った蝋燭を見つけもしやと思う。老眼鏡をかけた目が嫌々そうに細くなったが、目の下に皺だけでなく隈もできていて、思わず溜息を吐く。
「何やってんだ、いい歳して!」
「騒ぐなっつったろ」
「最近ずーっとやってたのか?身体壊すぞ!」
「飯は食う、置いとけ」
「そういう問題じゃないッ、皆も心配してんのに!大頭が自分勝手でどうすんだ!?」
遂にラッカムがペンを置き、溜息をもらしながらビアンカを睨む。他の仲間達やキースなんかが見ればビビってしまう鋭い目つきだが、こういう時のビアンカは手強く、大頭の睨みも彼女にだけは効果が無い。
「そんな顔したってダメだぞ!書きたいなら書いていいから、ちゃんと寝ろ!ご飯も食べろッ、皆に心配かけるな!」
「……徹夜じゃねぇ、寝てる」
「じゃあ食べてッ」
「ったくテメェは…じゃじゃ馬が…」
睨まれようとズカズカと前に出て、乱暴な手付きで朝飯を机に置く。書き途中だった海図は下敷きになる寸前でラッカムが救助し、ビアンカはそれも見越していたのか、フン!と鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「じゃじゃ馬って言うな。当たり前だ」
「陸の友達にも呼ばれてたじゃねぇか」
「キースは口が悪いだけ!」
「そのうちに手懐けそうな奴だ、じゃじゃ馬を」
「うるさいなぁ…!」
ラッカムは観念したように老眼鏡を外し、朝飯を口に運ぶ。ビアンカも言い返しながらラッカムのグラスを取り、冷茶を注いでやる。もう口煩く言わずとも大丈夫だと思い部屋から出て行こうとするが、ラッカムに呼び止められ、何故か手招きされ隣に座らせられた。
何かと思えば大きなパン(大頭専用のふっくらパンだ)を千切って差し出され、まだ焼き立ての匂いがするそれに腹が耐え切れず、鳴いてしまう。ビアンカはニヤニヤと笑うラッカムの視線から逃れながら、素直にパン切れを頬張った。
「陸はどうだった?」
「…たいへん、だった。楽しいこともあったけど」
「お前、ちゃんと働けたのか?」
「働いたっ…さかばで、雇ってもらった…料理、は、あんまり上手くなかったけど…頑張って稼いだよ」
「…言う事聞かねぇで、バルハラなんざ行きやがって」
「だって、リンもオーウェンもジュリーも、バルハラだったのに!なんであたしだけテオディアなのッ」
「世間知らずの極みだからだ、お前は」
「言い過ぎ!…そんなことない」
「結果、巻き込まれた奴二人、いんだろ」
「あれ、は…あたしも、巻き込まれたって言うか…」
いつの間にかお喋りの時間になり、ラッカムはさり気なく果物も差し出してやる。ビアンカは答えるのに夢中なのか食べることが無意識なのか、差し出されるままにむしゃむしゃと頬張り食す。本人には黙っているが、ラッカムは彼女の食べる姿を眺めるのが好きだった。食べる時まで表情豊かで、頬を膨らませている姿はリスかスズメか、小動物のようだ。
ビアンカは答えて思い出す、二人との出会いを。ローザディ・ミホーレスで盗み聞きしていなければ、一緒に旅をしたり此処まで来ることもなかった──自身も無事に戻れていたかどうか。ロムにすら再会出来ていなかっただろう。
「あいつは面白い奴だな」
「…どっち?二人とも?」
「どちらかというと、茶髪のほう」
「キースは…無愛想で口悪くって、でも結局優しい。修理の腕は凄いし銃も百発百中で、いっぱい助けてくれた…逃げるのも速くて得意だな。屋根の上を飛ぶんだ。強いけど、違う意味で強い」
「……確かに。すばしっこい野郎だ」
「あっ、そうだ!キースの物盗ったんだって?なんでまた?」
「俺のもんを返してもらっただけだ」
「それって、地図のこと?やっぱり親父が書いたのか…けどダメだろ、泥棒だぞ!」
「……」
いつの間にかキースの話題になり、ラッカムはまたビアンカをチラ見するが、何やら考え込み窓のほうへ視線を移した。
ビアンカはよくわからず片眉を持ち上げたが、朝飯は綺麗に平らげてくれたので片付けようと手を伸ばすが、
「あいつのことを、もっと教えろ」
「?」
「キース・エフライム…お前の知ってることでいい、話せ」
「……どうしたの、急に」
珍しい…親父は物や人に固執しないのに、キースを気に入ったんだろうか?
薄っすらと笑みを浮かべたラッカムに、ビアンカは一瞬たじろいでしまう。睨まれるよりも怖い顔に見えた。
「盗人なんだろ…何か、狙ってんのか?」
「……」
ぼそりと呟くと、ラッカムはまた老眼鏡を掛け、実の娘同然のビアンカを探りはじめた。
同刻、ラッカムの家の前にて。
リンは扉をノックしかけ、止めてしまう。中からラッカムとは別の、ビアンカの声が聞こえてきたからだ。
今朝は大頭と会う約束をしていたのだが、どうやら先を越されたらしい。自身も入ればいいものを、辛うじて聞こえる会話が躊躇わせた。内容は彼女が連れて来た男のことで…リンは思わず眉を寄せた。
昨日の喧嘩は未決着となり、一夜明けたらあろうことかフランツは無効試合だの言い出した。オーウェンもネロも他の仲間達も、あの二人を受け入れはじめている。扉の先にいるビアンカは勿論、親父までもが…リンはこの状況が全く理解出来ずにいた。
(本当に信じるのかよ…まだ、…)
頭を過ぎった考えをすぐさま切り捨てる。違う。そんな筈ないと己に言い聞かせ、眉間の皺をさらに深くし、出直そうと思いその場を離れる。
リンは協力的な二人よりも、家族である一味の皆を信じていた。だがそれが今揺らいでいるのを、彼は頑なに認めずにいた。
アジト、某所にて──
「この状況、ヤベぇんじゃねぇか?」
「さっき鳩飛ばしてやがった」
「盗人は炉も使うってよ」
「どうする?このままじゃドンパチだ」
一味の者が数人、声を潜め話していた。その中でただ一人は笑みを浮かべていて、
「ビビんな。問題ねぇ」
「けど、連中まだ来ねぇんだろ?」
「タイミング合わせりゃいい」
「上手くいくかな?」
「決まってんだろ……」
笑っている人物こそ、先日陸にいた'協力者'──彼はさらに笑みを深めてみせ、
「何をどう足掻こうが、決まってる」
この一味は終わりだと、付け足した。
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
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