/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.08.1 囚われの盗賊

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 20日目──艦船隊旗艦、上甲板にて。

 雲一つ無い炎天下で、キースはマストを抱きしめるような形で拘束され、尋問を受けていた。
「ぅ"、ッ~…!」
 …否、拷問を受けていた。朝から始まった鞭打ちはもう数時間も続いている。
 只管に歯を食い縛り、時には血が滲むほど唇を噛み締め耐え続ける。上半身は裸にさせられ、背中は幾筋もの傷ができ皮膚が裂け、襟足から垂れた汗が血を滲ませ流れ落ちた。脚は限界がきていて痺れ出し、手枷の鎖をマストに括られているせいで膝を付くことも出来ず、枷も手首にピッタリのものに変わり鎖にしがみ付き堪えるしかなく…打たれるタイミングも読めてきて、瞬間息を止め力み、また耐えた。
「いい加減吐け!」
 高官であろう軍兵が怒鳴り鞭を振る。何回目だ馬鹿野郎、飽きもせず同じこと言いやがって…
「地図で何をしていた!?赤い光とは何のことだ!?」
 髪を引っ張り耳元で怒鳴られる。ジュリーから盗み見た内容を詳しく聞いたのだろう。ただ赤い光としかわかっていないようで、完全にバレていなかったことに内心安堵した。
 ジェラルドに言われた言葉を思い出す。口を破らず耐えているのはラッカムの為ではない。上手く逃がせたとはいえ、地図と赤い石を託したビアンカがまた狙われてしまうと思い、あとは反抗心というか、己の意地が拒み続けている状態だった。
「!いっで…ッ!く…ッ」
 鞭の先端が頭を掠め、痛みと一緒に目眩が起こる。後頭部まで傷つき血が流れようとも、鞭打ちは続く。
(んなの、平気だ…大丈夫、ッ…)
 昔も、同じようなことがあった…今のがちょっとキツいっつかウザいだけ。大丈夫。耐えられる…
 キースは己に言い聞かせ、耐え続けた。


 25日目──

 今日も拷問。手当てされ一日休んでも、また鞭打ちされ、また手当て。そして繰り返し。綺麗に巻き直された包帯は千切れ傷が開き赤が滲む。まだ航海は続くだろうに無駄ばかりしてと、つい思う。
 天気は曇天でやや荒波。雲のお陰で焼けるような暑さにはならず、身体への負担は幾分か減っていた。鞭打ちもいつもと違い下手くそで、時折自打をしていて面白い。しかししつこく続くそれは背中だけでなく脚や頭まで狙ってきて、余計に苛立ちが募る。
 何十回目かの鞭が止み、振るっていたソロウが大きく息を吐き顔を覗き込んできた。
「…どうだ?話す気になったか?」
 視線を逸らそうとするが切れているほうの左耳を引っ張られ、思わず呻いてしまう。ソロウは甚振れて満足でもしているのか上機嫌だ。言えだの吐けだの怒鳴られ逃れようと首を振る。だがある考えが頭を過り、カサついた唇を動かす。
「なん、で…」
「!何だ?ハッキリ言え!」
「…なんで、<王族の時計>を狙う?」
 てっきり白状するとでも思ったのだろう、ソロウは嬉しそうな顔になるが、睨み問いかけてきたキースとしっかり目が合うと気分は急降下して、
「聴いているのは私だッ!」
 乱暴に頭を放られ、さらに拳が振られる。反動でマストに額をぶつけてしまうがキースは話を続けた。
「ッ…こんな、船造って!んなに欲しい、のか!?ぁ"ッ…」
 うるさいとソロウが怒鳴り無理矢理正面を向かされる。捻れた鎖が腕に食い込み痛い。腹まで殴られ吐き気が込み上げる。周りに控える軍兵達が顔色を変えたが、誰も止めに入らず…
「テメ…禿げ狸!っ、い"ッ…ぃ、つ…、狙ってる!?」
 舌を噛んでしまい、血が跳ね飛ぶ。当然だがソロウは答えず聞く耳も持たず、地図や赤い光のことを喚き散らしている。やがて執拗なソロウに根負けし身体を逸らせ項垂れてしまう。
「さぁ、言え!!」
 乱暴に髪を掴まれ顔を上げさせられるが、意識が朦朧として視点が定まらない。目の前のソロウの後ろ、少し離れたところから此方を見ている人物が目に入る…ジェラルドとラッカム。尋問(高齢だからと手荒なことはしないらしく、知った時は全く納得いかなかった)をしていたのか、檻に戻るところのようで…見せもんじゃねぇんだよ…
 近づいたソロウの顔に思い切り唾を吐いてやる。血も混ざっていたそれは見事に顔を汚し、黙らせてくれた。が、
「この…ッ、このこのごのぉお"!忌々しいッ'こそ泥'がぁ!!」
「ゔ…がぁッ!はっ、ぁ"ぁ"…!」
 ソロウは怒りに震え叫び、キースの頭を何度もマストに打ち付けた。どこか切れたのか顔にまで血が垂れてくるが、降り出した雨が洗い流してくれて、全身痛いはずなのにすっきりしてく、気持ちいい…ちょっとヤベェわ。
 キースが途中で意識を失おうともソロウの暴行は続き、軍兵達が漸く止めに入りこの日は終わった。


 26日目──

 晴天。夏の熱い太陽が戻り、身体を焼く。
 今日も拷問…昨日唾をかけてやったせいか手当てや休みは無い。
「ッゔぁあ!や"っ…!」
 マストに括られた途端脚に衝撃が走り声を上げてしまう。今までで一番キツい鞭打ち。ズボンごと腿がパックリと切れたようで、ドロドロと血が滴り落ちる。
 早くも呻き悶えるキースを眺めながらソロウは満足気に笑い、隣へ視線を向けた。今日鞭を握っているのはオーウェンで、久々に姿を現した彼はキースと目が合うと笑ってみせ、
「よぉ、大分粘ってんだって?」
「…ッ…」
「なに我慢してんだか知らねぇけど…ずっと打たれっ放しじゃ疲れるだろ?気分転換しようぜ」
 そう言うと一緒に来ていた仲間に指示を出し、水抜き用の桶を持って来させる。この時キースは何が起こるのかわからず、ニヤニヤしはじめたソロウを睨んでいたのだが、
「?!ん"ッ、ぐああぁぁッ!!」
 桶いっぱいに汲まれた海水を頭から浴びせられ、思わず絶叫する。剥き出しの傷に潮水が滲み激痛と苦痛が身体を襲う。
「ぷっ、はははは!水浴びは気持ちいいだろキース!アジトでもやったよなぁ」
 笑いながら顔を覗くオーウェン。痛みから声が出せず目も開けられず、また海水をかけられる。
 これまでとは比べものにならない叫び声を上げ仰け反るキースを、オーウェンだけでなく裏切り者達やソロウまでもが笑いものにし、憎悪が増していく。
「ざ、げんな…!ぅ"ぅ、ンぐぅ…」
 食い縛った歯の隙間から声をもらし荒い呼吸を繰り返す。殺意剥き出しで睨むキースに対しオーウェンは愉しげで、アジトでよく見ていた人の好さそうな笑顔を向けてきた。
「ジジィはずっと黙っててよぉ、お前が頼りなんだ…地図のこと教えてくれ」
「じ、らね…知らねぇ!ッ!」
「言ったら終わるぞ、ラクになる」
「…くタ、バレッ、クソ野郎ぉ!」
 耳元で囁かれ腿の傷を弄られる。強い日差しも相まって、少し触れただけでも肌がジンジンとし痛む。痛いどころじゃない、全身剣で刺されたような…頭を振りなんとか逃れようとするが…視界の隅にまた桶を捉え、血の気が引く。
「ツ"ぁ!…や、め"ろ"ぉ!オ"ぉア"ぁ!!」
 また海水を浴び、耐えることなどできず泣き叫ぶ。逃げたい一心で踠き暴れるが枷が食い込むばかりで、傷や痣が増えていく…
「文句なら頑固なテメェに言えよ…!」
 オーウェンは鞭を振り上げると、血と海水で濡れたキースの背を強かに打った。
「!ッ!!…ひっ、ィっ"!…ャぁ…!」
 言葉に出来ぬ強烈な痛み──一瞬目の前が暗くなり、そして眩しくなる。
 ぶるりと身体が震え情けなくも尿を漏らしてしまうが、それどころではなく。ほんのひと時意識が飛んでは現実に引き戻される。痛みに燃える背中を悪戯に弄られたり、無理矢理海水を飲まされたり。まるで虐めのような拷問に生理的な涙が溢れ膝が震える。手も限界でガタガタと震え、必死にマストに爪を立て縋り付く。
「ゃ…やだ、やめろっよせ…い"!ぃイ"ア"アぁッ、あ"あ"ぁぁ…!!」
 近づいてくる桶に恐怖し壊れたように首を振るが止めてくれるはずもなく、意地悪くゆっくりと背中を流され、また鞭が振り上げられる……が。
「…なに?邪魔すんなよ」
「止めろ…これ以上は死ぬ」
 振り上げられたオーウェンの腕をジェラルドが掴み止めた。二人共囁き程度に言葉を交わし睨み合いになる。
「貴様ッ、何の権限があって、」
「将軍'閣下'、彼は大事な手がかりのはずでは?」
 ソロウが割って入るがジェラルドは一歩も引かず、殺気を顕に二人を睨みつけた。オーウェンは彼の力の強さに一瞬眉を寄せ、鞭を放してみせると手も離れすぐさま身を引いた。
「ラッカムが黙り続けてる今、こいつは貴重な情報源です。こんな雑なで、死なせるつもりですか?」
「む…ぐぅ…ッ」
 単調な喋り方。鋭い眼差しには怒りの色が見え、抑え切れていない感情がソロウを圧倒していた。甲板が緊迫した空気に包まれる。
 キースは辛うじて意識を保っていたが、身体を誰かに支えられた途端脱力してしまう。
「…それに、高額首ですから。生きたまま元首にお届けしなくては」
 ハリソンがキースの助けに入り、ジェラルドはソロウから視線を外し床に転がった鞭を拾った。ソロウはジェラルドの圧に完全に臆し固まっていたのだが、鞭を差し出されると思わずビクりとし、漸くいつもの調子に戻った。
「…フンッ、あんな無能に…次邪魔立てしたら!貴様の首を刎ねるからなッ!」
 捨て台詞を吐いたソロウは鞭を引っ手繰り、船室へ戻って行った。
 ジェラルドは未だ睨んでくるオーウェンを一瞥し、軍兵と一緒にキースを運ぶハリソンを追いかけた。
「代わる、船医に報せてくれ」
 兵と代わり身体を支える。キースは気絶したのかぐったりとしていて、虚げに開いたままの瞳と目が合い、また怒りに苛まれる…
「早く手当てしないと…!」
 ハリソンが焦った様子で言い梯子口を開けた。


「キース」
(…また、夢か…)
 ──今のは、誰だ…ジェラルド?
 んなわけねぇ…あいつは、もう…
(あれ…俺、いま、何してた?此処は…?)
 これはまた夢。キースの夢。
 深く長い、底無しの闇に在る夢だ。

 ──身体が軽い…俺、死んだのか?
 さっきまで…なんか、すげぇ痛かった気が…やっぱ死んだ?
(…ハリソン?どこ…ッ!い、て…)
「おい、死ぬなよ!…こっちは俺が…」
 本当に夢なのか、わからない。目の前にハリソンの顔が現れ、消える…この夢はいつもと違う。
(…あつ、ッ…熱い、熱い熱ぃいッ!いやだ!痛ぇやめろ!!ッ!)
「邪魔すんなよ」
 鞭で打たれて、
「水浴びは気持ちいいだろキース」
 潮水で焼かれて、
「ラクになる」
 ウザい声が、耳に…
 やだ…ヤダッ、やめろ!やめろぉ!!──

「!…暴れるな、大丈夫だからッ」
 怖い…手や足を掴まれ、引っ張られる。うまく動けない、息が…まるで海のなか…
「落ち着けッ…おい、聞こえるか?俺を見ろ!見ろッ!もう大丈夫だ!」
 頭の中なのか目の前なのか、わからない。
 今度はジェラルドの顔が映って、海の味がして、必死に胸を動かし息をする。
(っなん、だよ…やめろ、やめてくれ…!もう…やだ…ッ…)

「…殺してくれ」
「…できねぇ」
「キース」
 そして聞こえる懐かしい声。
 この声を聞いて、やはり己は死んだのかと思い込む。




「それ美味しい?」
「ん。もーっと酒が欲しくなるぞ」
(……?……)

 ──ビアンカ?スタン…?
 此処は、ドウェインの店…あの時の記憶?
 いや、ロムが一緒だった、よな?ローズとドウェインも…
 いつだろ?覚えてねぇ…

「あんたは飲んでばかりだな」
(あれ…?)
「いやだねぇ、お腹がブクブクになるよ」
 ジェラルド?キアまで…
(なんで??)

「うっせ。いいだろ別に」
「スタンは中毒者だもんね」
「…おいコラ、お前が吹き込んだのか?」
「???」
 カウンターを皆で囲って座り、眉を寄せたスタンに睨まれる。隣で笑い声が聞こえ首を動かすと、口元を押さえ堪えているジェラルドと目が合った。
 …なぁ…いつだこれ…?──
「お前は相変わらず、呑めねぇんだな」
「…ジェラルド…」


 掠れ声が聞こえはっとし振り返るが、空耳だったのかキースはぐったりと目を瞑ったままで、ジェラルドは眉間の皺を深くした。
「大丈夫なのか!?」
「彼の生命力に賭けるしかない。昨日は手当てもせずで、暫く安静にしないと…」
 傍らのハリソンと船医は聞こえなかったのかキースの容態について話していて、ジェラルドはまた視線を向ける。
 旗艦の小さな救護室。其処の唯一のベッドに横たえられ、真っ白なシーツを赤に染めながら眠るキースは…このまま死んでしまいそうなほど傷だらけで、ボロボロだった。
(このバカッ、なんで言わない!?犬死するつもりか…!)
 胸の内で咎め睨みつける。暫く安静も何も、あんな惨い仕打ちをまた受けたら、確実に死ぬ…!!
 船医の言う通り、あとはキースの生命力次第だった。


「ガキ、お子ちゃま。どうせ今も一口飲んだらあれだろ」
「そーそ、あれな」
「ぅ…せぇッ」
「キースの下戸って、ホントいつから?」
「デュレー君にも相当面倒かけてそうだなぁ?」
「あんたも被害者か」
「うっせぇなテメェら!黙れ!」
「あたしは見たことないねぇ、どうなるんだい?」
「へへっ、あのね、一口飲んだら、」
「おいッ!やめ、」
「「ブッ倒れる」」
 スタンとジェラルドが口を揃え、笑いが起こる。自身が怒鳴り声を上げ、ガシャン!と何かが割れ、また笑われる。
 怒っているはずなのに、楽しい。心地好くて温かい。
(笑ってんじゃ、ねぇ……)

 キースは記憶なのか定かではない夢に溺れ、囚われていった。
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