異世界幻想曲《ファンタジア》

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アルトレイラル(迷宮攻略篇)

四方魔法陣 1

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 なぜだろう、胸騒ぎがする。レオ・グラディウスは攻略が始まる前から感じていた。今、再びゴーレムと対峙しているのは、最初に突入した人数の三分の二。敗走した時よりも多いとはいえ、兵力は充分ではない。だが、それ以上に問題なことが別にある。

《ヴォォオオオ――――ッ‼》

 ゴーレムが咆えた。とたんに、先ほどまで削ってできていた傷が見る見るうちに修復されていく。無機物でできた巨体は、本来の状態へと戻っていく。

「ああもう! 埒が明かない」

 隣に、細身の少女が着地する。バルマスクを着けフードを被り、完全防備をしている。しかし、ぐもったその声は聞き覚えがある。フードの隙間からは、人間にはない耳がピクピクと動いている。

「下が戦闘を始めたみたいだね。ゴーレムは防御に徹してる。イツキの言う通りだ」

「あとどれくらいなんだろう」

「さあ? とにかく、僕たちはこいつを削っていこう」

 どちらかが合図をしたわけでもない。だがそうとしか言えないほど同期した動作で、レオとルナは走り出した。ルナは自身の双剣を、レオは大剣を引き抜きゴーレムへと接近する。それを確認し、前に出ていた遊撃隊がすぐさま後退。代わりに重装兵が前に出て盾を構える。

 倒せるかどうかと訊かれれば、レオ一人でも倒すことはできる。簡単だ、精霊の力を借りて風の魔法を放てばいい。そうすればさっきと同じことができる。

 しかし、そういうわけにもいかないのだ。あの魔法をもう一度はなったところで、ゴーレムは何度でも再生してしまう。それに引き換え、マナが回復するしばらくの間は、アレどころか全ての魔法が使用不可能になってしまう。精霊たちが自身を吸収されてしまわないように逃げてしまうのだ。そうなれば、大気中のマナが回復する速度は極端に落ちる。割に合わない。

「僕が切り崩す」

「了解。その後に続く」

 ルナが一気に減速。それをしり目に、足にオドを込め一気に跳躍、全てを抜き去り加速する。先にゴーレムの警戒範囲に入ったからだろう。意識がこちらに向かい、案の定振り上げたこぶしは攻略隊ではなくこちらへと牙をむく。鉄ではないと言っても、あの質量の石だ。強度は鉄以上と考えていい。だとすると、まともに打ち合えば刃こぼれどころかこちらの剣が一撃で折れてしまう。

 ならば、

「残念。的の大きさを考えた方がいい」

 真面目に受けてやる理由などない。

 ひらりと、寸でのところで真横に跳躍する。拳の叩きつけられた地面は大きく亀裂が走り、拳の形にえぐり取られる。衝撃で、ゴーレム自体の動きが鈍る。続いて拳を引く、運動の方向が真逆になり、動きが一瞬だけ完全に止まる。時間にして、一秒もない。

 しかしそれだけあれば、間合いのさらに内側へと入るには十分だ。
 跳躍したその足で、ゴーレムの腕に着地する。ゴーレムが視認する前にレオは再び跳躍、腹を通り過ぎ足へと向かう。がら空きになっている足周り。右足を軸として、そのつま先で体重を支えている。

 わずかにひび割れたその足の可動部分は《魔法陣》。その場所を――、

「高すぎるんだ。少し合わせてくれないかい?」

 たたき壊した。

 キィィィ――ンッツ‼

 という、金属を断ち切ったかのような鋭い悲鳴が耳を突いた。
 足の先――人間で言えば指の付け根にあたる部分だろう――五か所の小さな魔法陣は、それらが繋がる根元が破壊されたことによって輝きを失う。そして、そこから先が朽ちて崩れ落ちる。それはまるで、その場所だけ何百年も時間を早送りさせた様だ。

 ずるりと、踏ん張っていた右足が支点を失って滑り出す。ぐらりと、支えを崩された巨体が大きく前に傾く。そうはなるまいと、ゴーレムが攻撃を中止し両手と両膝をつく。

 高さがちょうど、人間の頭上に来る。

「突撃!」

 わああああ! という雄叫びとともに、前衛がゴーレムへと突進する。それを隠すように魔法が飛来、炸裂する。風属性が砂を巻き上げ、ゴーレムの視界をふさぐ。煙幕が立ち込める中、砂が、水が、火が風が、武器に乗ってゴーレムへと直撃する。魔法を武器にまとわせ、物理攻撃に魔法の効果を付与する……王国騎士団に伝わる秘奥義だ。

 魔法をまとう魔剣が、ゴーレムの身体を容赦なく削っていく。ひときわ大きな衝突音が石を砕き、先ほどと同様の音が鳴り響く。頭上の右腕が、音を立てて崩れ落ちた。

 いままでにない悲鳴が、広間を震わせる。残った左腕がめちゃくちゃに振り回され、回避行動を取り損ねた前衛数人が吹き飛ばされる。「退避!」という命令がかかり、それと同時に全員がゴーレムの間合いから姿を消す。

 十分に間合いを取り、ゴーレムの姿に注目する。それは、あることが起こっているか見るためだ。イツキの言いうことが本当ならば、いまこの攻撃で、体のどこかにその証拠が現れていても不思議じゃない。

 ゴーレムが再び咆えた。煙幕を振り払い、ゴーレムが完全にその巨体が露わになる。煙幕の中で感じた通り、ゴーレムの体はひどいありさまだ。腕は半分千切れているし、足も片方が欠損している。いまは、残った腕と足で無理やり体勢を立て直しているような状況だ。もう一撃喰らわせてしまえば、すぐにバランスを崩すだろう。だが、ゴーレムの恐ろしさはそこではない。

 また咆えた。すると、広間の床が光を帯びる。割れ目にはまった透明な水晶が紫の光を放ち、壁に埋まった発光石も同様の光を湛える。以前の戦闘で起こっていたのだ。あの時は魔獣の乱入などであまり余裕がなかったが、この光景ははっきりと脳裏に刻まれている。

 足元の石が、小刻みに動いた――そうかと思えば、まるで磁石に引き付けられているかのように宙を舞い空間を直進する。飛んでいく先は、もちろん岩でできた巨体。大小さまざまな石ころが追従し、くっつき、砕け、ひとつに固まっていく。

 むき出しの肩口から腕が生えた。まずは肘先まで、その次は手首まで。そして最後にごつごつとした腕が再生される。気が付けば、足の指先も何事もなかったかのように修復されている。生き残っている魔法陣から輝線が伸び、修復部位全体に広がる。

「……どこだよ」

 後ろからそんな声が耳に入る。
 全て、元通りになった。

 魔法陣には、すぐに解るような欠損部分はない。手足の指の本数も、腕の長さも細さも、全てが元通り。いくら中止しようとも、イツキの言っていた印が見つからない。もしや、本当に思い違いだったとでもいうのか。

 いや――、

「――――あった‼」

 すぐ横で、ルナが叫んだ。

「左わき腹と右足のふくらはぎ。傷が消えてない」

 よく見ると、それは確かに見つかった。ルナの言ったとおりの場所に。しかも、左わき腹の部分は魔法陣同士をつなぐ魔力回路が一部だが切れている。目を凝らさなければ解らないほどの傷。しかし、それは確かにさっきまではなかった。

 イツキが言っていたことがよみがえる。

 ――俺の記憶が正しいなら、奴らは命以外のすべてを同期してるはずだ。
 ――攻略が始まったらできるだけ広範囲に攻撃を当ててくれ。俺たちも同時に攻撃する。もし、俺の言ってることが正しいなら……、
 ――どこかに必ず、治らない傷ができるはずだ。

「びんご……でいいのかな?」

 彼に聞いたお国言葉を口に出す。確か意味は『成功』とか、『正解』とかそういう意味だったはず。だとするなら、いま使っても間違いないはずだ。

 気が付けば、笑みが浮かんでいた。いつも浮かべているような人当たりのいい笑顔ではない。もっと強烈で暴力的な笑み。いままで出さないようにしてきたものだ。騎士になると誓った時から、封印してきた笑み。

 いや、いまはそんなことどうでもいい。そう考えなおし、いらぬ思考を排除する。イツキの言っていることが正しいということはほぼ証明された。だとするならば、することは決まっている。

 今はとにかく、ゴーレムに攻撃を当て続ける。こっちの体力が続く限り、延々と。ゴーレムが動けなくなるまで淡々と。止めは、イツキたちがしてくれる。

「そっちは頼むよ。イツキ」

 初めて会ったという気がしない少年へと、届かない声をかける。

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