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第二章 世界樹と咎人
第2章-4 礼ぐらい言わせろよ 1
しおりを挟む――リンクスの鍛冶屋・裏口――
「これで、注文した品物は全部ですか?」
「おうよ。サンキューな、樹」
荷台から降ろされた物の中身を確認し、後藤は頷く。運ばれてきたのは大小さまざまな鉱物に何かの部品。それらが陽光を反射し、鈍い金属光沢を放っている。
荷下ろしの証明にするための受け取明書を手渡し、それに後藤がサインをする。それを手渡せば、仕事は終わったとばかりに他の冒険者たちは空になった荷台へと乗り込み、報酬をもらいに出発していった。
俺と後藤で、それを見送る。俺が残ったのは、後藤と二人でやることがあるからだ。
路地角の向こうへと冒険者たちが姿を消すと、「入ってこいよ」と後藤が倉庫の中から手招きをする。「お邪魔します」と返して裏口の扉をくぐり、少し薄暗いその場所を突っ切る。倉庫になっているその場所を抜けた廊下の突き当りが後藤の仕事部屋兼寝室だ。
あけ放たれているその部屋に一歩踏み込むと、こもった機械油のにおいが尾行を刺激した。ドアを含む壁三方にはいたるところに作業工具が取り付けられている。そして一番水車に近い壁には壁と一体化している広い作業机。その上には水車の動力を利用した小型研磨機などが置かれている。
後藤がしゃがんでいたのは、作業台の真後ろにある、椅子を兼ねた直方体の収納箱の場所。開閉式になっている上部の板は開けられており、その中には他の鍛冶屋ではまず見ることのない装備品がきれいに整列している。他でもない。俺たちのための装備品だ。
「それでどうだ? そのベルト」
「すごく重宝しています。でも、刀の方向を縦にも固定できるともっと便利なんですけど……」
「あー、確かにな。今のままじゃ狭い場所で引っ掛かるのか」
外したベルトを受け取った後藤が、どうすっかなぁー、と言いながら頭をかいている。きっと、いま後藤の頭の中では、思い当たる構造から実現可能なものを思案しているのだろう。
どんなにいい機構だとしても、技術的に不可能ならその時点では無価値だと前に言っていた。それから、その部分をできるようにするのが技術者のだいご味だとも。その言葉の通り、部品を見つめる後藤の顔には、俺と話す時とはまた別種の笑みが浮かんでいる。
後藤と再会してからずっと続いている俺たちの関係だ。後藤が渡してくれる製品を使い、定期的にここに来てその感想と要望を述べる。その時はお世辞を言わないでくれと言われているため、俺は遠慮なく使い難い点を言っている。
そのおかげなのか、試作品の使い心地は更新するたびにどんどんとよくなっているし、種類も多くなっている。刀を固定するベルトに始まり、刀の安全装置、そしてベルトに着けるタイプのポーションホルダー。先の迷宮攻略でもすごくお世話になったものたちは、みんな彼が作成したものだ。雨宮もそう言っている。
俺たちは、本当にすごい専属技師と知り合えたんだ。
「お、そういや渡すのを忘れてた」
「新作ですか?」
「おうよ。今回は少し毛色を変えてみた」
不意に、後藤が顔を上げる。そして収納箱の中を漁り、その中から一つのものを取り出して俺へと投げ渡した。
受け取ると、手にはっきりと解る重さが右手の中でもなお放物運動を続けようとした。少し力を込めて慣性を殺しきると、「それ」はよほど自身の存在を主張したいのか、今度は皮膚を地面へと押し付ける。
「これは……リール?」
に、見える装備だった。
円筒状の部品を核にして、その周りには鈍く黒光りする糸のようなものが巻き付けられている。さらにその側面には、明らかに巻取りが目的と思われるハンドルが。見た限りでの使い方は、この糸のようなものを引き出してそれを使う――まさに、釣り糸を巻き取るリールというイメージが一番近いように思えた。
「――を元にした降下装置だ。部品は全部削り出しだから一個しか作れなかったが、性能は保証するぜ?」
「使い方は……リールと同じですか?」
「まあ、そうだな。そいつに付属させる熊手みてぇなヤツを先端に付けて、あとはそのハンドルを回せばワイヤが伸びる。リールとは役割が逆だな」
詳しく話を聞くと、これに使われているワイヤーは銀絹という特殊な糸らしい。それを数本編み合わせて強度を得ているのだとか。それから、どうやらこれは降下専用らしい。
「試作品一号だ。使ってやってくれよ」
「はい。いつもありがとうございます、俺たちのために」
「気にすんなって。俺が好きでやってんだから」
お礼を言い、肩から掛けていたバッグの中にそれを放り込む。それを見て後藤が笑い、バコンという音を立てて収納箱を閉じた。
「さてっと、」
そして、ふたを閉めたそれの上へと腰を下ろす。
「最近どうだ? この間まで来てくれなかったからよ」
決して、好奇心で訊いている目には見えなかった。いや、もしかしたらそれもあるのかもしれない。それでも俺には、彼が本気で俺たちの身を案じてくれている風に映った。この人には、嘘をつきたくないと思った。
口を開く。
正直に話した。
この地区一帯が、一歩間違えば迷宮に飲まれてしまっていたかもしれないということ。しかしその心配はもうないということ。ボスモンスターが思いのほか強力であったこと。迷宮内で見つかった人為的な魔法陣のこと。
そして、俺たちもそこに参加していたということ。
「…………そうか」
たった一言、それだけだった。
それだけ言った後、後藤は口をふさぎ、俺から視線を離して少しだけうつむいた。
「あー……、なにから言えばいいんだろうな」
そう言って、油で汚れているのも構わず手を頭に当ててガリガリと掻く。うつむいたその表情は、俺には言葉にし難い何とも形容しがたいもの。しばらくそんな複雑な表情を浮かべ、たっぷり十秒後に、後藤は顔を上げた。
「まずは、『ありがとう』って言うべきだよな。ありがとな。俺たちのために戦ってくれて」
「いえ、そんな――、」
「礼ぐらい言わせろよ。お前はこの町を守ったんだ」
水臭ぇぞ? と苦笑し、立ち上がって俺の前へと立つ。光を受けて揺れるその瞳は、いつも俺をからかってくる時のものではなかった。時折見せる、慈愛と不安が混ざったような不思議な色だ。
「俺たちの代わりに傷だらけで戦ったんだろ? そのことについては完全に俺たちは外野だ。礼以外でどうこう言うことなんてできねえし、言うつもりもねぇ」
「だけどよ、」と、後藤は俺の瞳を見つめ返す。
「無茶だけはするなよ?」
有無を言わさない一言だった。
「ここはゲームじゃねぇんだ。死んだら終わり、命は一個しかねぇ。何にも解ってない外野がこんなこと言っても響かねぇかもしれないけどよ。それだけは言わせてくれ」
持ち上がった右手が、俺の肩に乗っていた。そのまま、しわができるほどに俺の肩を掴んで離さない。
後から聞いた話だ。後藤は、それを側で見てしまったのだという。
俺たちも、飯田という男が死んでいく様子を見た。後藤も同じ経験をし、死にかけはしなかったもののそれを俺たちよりも間近で見たらしい。再開したあの日の夜、深夜の酒場で教えてくれた。
目の前で、仲間が死んでいくのを見ているしかなかった。動こうにも、そうすれば自分が見つかって死んでしまっていた。手を掴むのがやっとだった。段々と冷たくなっていくその手を、見ていることしかできなかった。
誰一人として、助けることができなかった。
その時の彼の目は、よく覚えている。
目が据わる――いや、どこか吹っ切れた様子に感じた。何かを決心したような、そんな瞳をしていた。
「誰かのため――なんてことは思うな。それができるのは漫画の中だけだ。お前は、自分のために動け」
俺は、絶対生き延びてやる――あの日、後藤が言った言葉だ。
仲間の命を犠牲にして助かった命だ、あいつら以外になんか使ってやるものか。知らない誰かのためにせっかく救ってくれた命を燃やす。そんなことしてやるものか。そう言っていた。
ヒーローになれるのは漫画やアニメの中だけ。現実はもっと厳しく、残酷で、救いがない。
死んだ仲間は生き返らない。ご都合主義な展開は絶対に起こらない。いつも、起こるときは最悪のことが起きる。そんな現実で、自分がヒーローになれるなんて幻想を抱くのは馬鹿馬鹿しいと。
なぜなら、
その幻想は、命を賭けるには軽すぎるから。
「……解っています」
ならいいんだけどよ、そう言って、後藤は表情を崩し気まずそうに笑った。
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