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第1章 突入! エベレストダンジョン!

第37話 ユウト対ガンダー。

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「ぶっ潰ーす!!」
「来い!」

 まずは、刀に《マテリアルブースト》と《エンチャント・ストーム》。
 俺自身に《フィジカルブースト》と《ストームフィルム》。

「うぉーーーー!」

 ガンダーがそのまま来ている。
 グンダリデと同じパターンか?
 もう1歩、2歩で完全に同じパターンだぞ?

 だが、ガンダーは槍投げの選手の様に振りかぶり、金属の巨槌を投げてきた。
 ぶわんぶわん回転しながら巨槌が飛んでくる。

「うわぉ!」

 そんな使い方ありかよ!
 少し重心を落とし、上体をずらして巨槌をかわす。

 ガンダーはそのまま突っ走って来ていて、一瞬槌に気を取られていた俺の顔面に膝を突き刺しにきた。
 その膝が目の前に迫る。

 俺は刀を支えに重心をずらし、空いている手で防御するのではなく、手の平をガンダーの膝に押し当て、反動を利用して大きくのけ反った。
 刀さえ支えにしていなければ、まるでマトリックスの主人公の様な避け方だな。

 ブオン!

 膝が空を切る音が威力の凄まじさを物語っている。

 ドガーーーーン!

 後ろからは槌が壁にぶち当たった音が響いた。

「ふ~、間一髪ってところか」
「ほー? 吾輩の今の攻めを避けるか。……なかなかやるではないか」

 俺もガンダーも体勢を立て直し、改めて向かい合う。

「得物は大事にするように習わなかったか?」
「ふん! 弱き者共は皆ことごとく武器に頼り過ぎなのだ。故に武器を持つ相手は武器で攻めてくると思っておる。大抵の者は槌をくらうか、避けても吾輩の膝の餌食となるのだがな」

 ガンダーは少し嬉しそうにしている。

「膝をも避ける者に出会ったのは40数年振り……メルガン様以来か」

 やっぱり前魔王亡き後に戦っていたんだ……。それはまぁいいか。

「次は俺から行くぞ!」

 ストレージから、ダンジョン入り口の登山家の遺体から拝借した、氷にぶっ刺すようなピッケルを取り出してガンダーめがけて投げる。

「ふんっ」
「こんな小さな斧で何が出来ると言うのだ。」

 ガンダーはハエでも払うかのように手でピッケルを振り払う。
 それで十分。
 ガンダーが自分の手で自らの視界を遮る、その瞬間を逃さず《トランジション》でガンダーの後ろを取る。

「ん? ……そこかっ!」

 ガンダーは自分の真後ろに肘を突き出し、そのまま強引に裏拳につなげた。

 ブウンッ!

 だが俺はいない。
 方向は合っているが、高さが間違っている。空中に転移したのだ。《フライ》を使っていない俺は自由落下に合わせて剣を振り下ろす。
 標的は、裏拳の空振りによって露わになった手首。

「せいっ」

 ズバン!

 ……ヒットした感触はある。あるが、骨を断つ事はできなかった。まあ、手首と言っても俺の頭ほどの太さだから仕方ない。

「なかなか固いな」

 《センスブースト》を使うべきだったか? いや、この相手に使っているようでは魔王には敵うまい。
 それに、両断はできなかったが、血管は切った。ダメージはあるはずだ。

「吾輩に傷をつけるか、やるな!」

 ガンダーは、血管を切られて出血してもお構いなしに、自らの懐に落ちて来た俺を捕らえに掛かる。
 こんなのに捕まえられたら一貫の終わりだ。
 前方からは出血している腕、後方からはもう片腕が迫る。
 選択肢は2つだが……こっちだ!
 ガンダーの股下をくぐり、再び背後を取り、今度は両断を狙うなんて贅沢は言わない。

 アキレス腱を頂く!

 骨に当たらないように、切っ先を精密に走らせ、アキレス腱をスッと切断した。

 バンッ

「グゥフッ」

 流石にアキレス腱が断裂すれば、衝撃があるか……

「ぐぉぉおおおお! 小癪な~」

 おいおい、人間なら倒れ込んだり、しゃがみこんだりするものだが、踏ん張るか……
 ガンダーはアキレス腱を切られた方の足を強引に引きずり、俺に向き直ろうとする。
 機動力は元から俺の方が上だ。
 地面を蹴り、一気にガンダーの背に回り込む。

「もう一本頂くぞ」

 バンッ!

 さっきと同じようにアキレス腱を切り裂いた。これでしばらくは動けないだろう。

 ……決して油断した訳ではない、慢心もしていない。
 だが、アキレス腱への攻撃に集中してしまった俺には見えていなかった。
 アキレス腱を斬って、後ろに送り足で引こうとしたその場所には、開始の合図に使われて砕けた岩の破片があった。

「おわっ!」

 丁度いい場所に丁度いい大きさであった岩は、さながら俺の足を足払いしたかのようになり、俺は尻もちをついた。

 両足のアキレス腱を切断されたガンダーは、たまらず膝をついた。
 膝をついたが、上体は起きていた。
 俺が尻もちをついたところを見たガンダーは、膝下以外全身の力、バネを使って俺に飛びついてくる。

「マズい! 捕まる?」

 ガンダーが思いっきり両腕を伸ばし、俺を掴みにくる。

《ロックウォール》

 これまで、攻撃でも防御でも無く、幾度も幾度もただ蓋をする為に使ってきた魔法。

 ゴゴゴゴゴッ!

 とっさに出したこの魔法で、地面から岩壁が立ち上がり、ガンダーの両腕を跳ねあげ、アゴをかち上げ、俺とガンダーを隔てた。

「……ロックウォールは俺の守り神だな」

 岩壁をさすって感謝する。
 なんとかピンチを乗り切った俺は、体勢を立て直し、ガンダーの元へ急ぐ。

「ぐぅぅううおおおお!」

 ロックウォールに脳を揺らされたガンダーは、膝立ちのまま岩壁を睨みつけ、歯を食いしばって倒れる事に抵抗している。
 その口元からは血が滴っている。

「ガンダー……」

 お前の執念、尊敬に値する。
 今なら闇系統魔法の状態異常や精神操作の類を使えば掛かるだろうが、使わない。
 刀へのエンチャントも要らない。
 ガラ空きの背中も斬らない。
 非効率だが、正面から斬る。

「俺はこっちだ、ガンダー」

 ガンダーはゆっくりと、膝をずらしながらこちらに向き直った。
 刀を構えてガンダーの間合いに入る。

「お、おのれ~」

 少しずつ意識がはっきりしてきたガンダーが、俺を目がけて拳を振るってくる。
 右をいなし、左をかわし、頸動脈を狙って刀を打ち込む。
 一発で決まらないのは解っている。


 そして3度目の打ち込みで頸動脈が切れ、心臓の拍動御に合わせて鮮やかな紅色の血が噴き出す。
 ガンダーは大量の血を失いながらも拳を止めない。だが、その拳は徐々にスピードとパワーを失っていく。

「ガンダー……もう終わりだ」
「そ、そうか、終わりか。……敵に背を討たれるのではなく、向こう傷で死ぬるは本望なり! ……感謝するぞヒト族のユウトよ……」

 そして、動脈からの出血は止まり、ガンダーの両腕はダラリと垂れた。
 死してなお地に倒れないガンダーの顔には満足感さえ漂っていた……
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