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第一章

第9話 ケチャップ

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 俺、いや私、ロボットメイドのアール。 今は魔法学院の入学試験を受けている。

 俺のミスでとんでもないことになってしまった。事前に試験内容について調べるべきだったのだ。

 そうすればこんな実技試験で勇者ばれのピンチになることなどなかった。

 しかも、俺が余計なことを試験官に言ってしまったので、皆の注目を集めてしまった。 近くにいたツインドリルなんてとても興味津々である。

 まずい、このプレッシャーは、額から汗がにじむ。 汗だと、ロボットである俺に汗など出るものかと思ったが。そうだった。そういう機能があった。

 このメイドロボット三号機は高負荷の情報処理をする場合、発熱から守るために冷却水がでるしくみになっている。

 二号機の爆発事故の教訓からそうしたのだが。プレッシャーでもそうなるのか、ふ、丁度いい、本当に汗をかいてるみたいじゃないか。これならロボットばれしなくて済みそうだ。

 だから皆さん俺を見るな。どんどん汗がでるじゃないか。こんなに注目されるなんて。勇者時代でもなかった。

 いやあったのだが。あれは勇者として堂々としていたからそんなにプレッシャーではなかった。それでも緊張していたが。

 それに比べて今回の注目具合はなんだ、みんな興味津々というか奇妙な生き物をみるような目じゃないか。まずい、何とかしないと


 俺は覚悟を決める。標的の魔導人形をにらみながら、おや5000年前から比べると随分と進歩してるな、割と人間味が出ているようだ。

 前に見たときは、ただのカカシですな、と魔導人形の造形を馬鹿にしたものだった。まあデコイでしかないからな。

 それにここは魔法学院だからか。使用する魔道具も軍用というよりはデザイン性も気を使われているといったところだろうか。

 俺はこの魔導人形に向かって出来るだけ最弱に、そう最弱に、やってしまわないように。勇者ばれしませんようにと何度も集中する。

 周りからみたら思いっきり集中しているため、さぞ巨大な魔法がでるのだろうと思っているかもしれない。残念だったなまったく逆だ。

 だが、いい加減俺を見るのをやめてくれ。汗が止まらないじゃないか。そうして、できるだけ最弱に放った無詠唱魔法は小さな氷のダーツを射出する。

 標的の真ん中に突き刺さった。

 ふう、やりきった、俺はプレッシャーから解放されたのか地べたにひざまずいてしまった。

「アール嬢、大丈夫かね。
 今のは確かに無詠唱魔法だった。……だがそうだね、それだけ消耗してしまうのは無理もないよ。
 我が学院でも無詠唱魔法を使えるのは一握りの人間だけなのだから。
 だが落ち込むことはない、君にはちゃんと才能がある。それを育てるのが我々の使命なのだから」

 よし、なんとかなった。天才現るは回避できたようだ。

 周りも関心が薄れたのか、それぞれ自分のやるべきことに戻っていった。

「ほら、あなた汗びっしょりよ、これを使いなさいな」

 ツインドリルさんも俺にハンカチを差し出している。よし悪役令嬢に嫉妬されるフラグを回避できただろう。

 まあ、彼女が悪役だとは言い切れない。ツインドリルだからといってそう思うのは偏見が過ぎるというものだ。

 彼女とは友達になれるといいなと思ったのだった。

 こうして無事、入学試験は終わった。まあ合格間違いないだろう。


 俺は意気揚々と宿へと帰った。ツインドリルさんとはお互いに自己紹介をした。いつまでもツインドリルと呼ぶのは失礼だろう。

 彼女はシルビアと名乗った。可愛い名前じゃないか。

 俺が一人でこの町にいると言ったら。今度お買い物でもしましょうというながれになった。ぐいぐいこられても戸惑ってしまうが。

 これも試練だ。いつまでも陰キャではいられない。それにシルビアさんは貴族の出身だと言っていたので俺の目的とも合致している。

 まあ、最初からそういう目的で彼女と接したくはない。純粋に友達ができるのはいいことだと思うだけで今は充分なのだ。

 宿に帰ると大宴会、は流石になかった。ここは高級宿である。どちらかと言えばホテルに近い。一階が酒場などという訳ではないのでそういう展開は回避できた。

 ああいうのはコミュ障の俺では無理だ。そう俺はもう自覚した。自分はかなりのコミュ障だということに。

 とりあえずカウンターに向かい。今朝のお弁当のお礼をして。試験は問題なく終わったと言うと。わがことのように喜んでくれたのでこちらも嬉しくなった。

 いつのまにやらチェックインの時にいた支配人さんと、女将さんポジションの女性も顔を出してきた。俺の試験の話が伝わったのかみんな歓声をあげていた。

 やはりここはアットホームな宿なのかとおもったが悪い気はしない。俺は自然と頬が緩んだ。

 笑顔がとても素敵だと言われ、ドキッとしたが、男の俺にそんなことを言うもんじゃないと思いながら挨拶を済ませ部屋へと向かった。



「さてとロボさんや。とりあえず入学試験は問題なく終わった。問題なく終わったんだ、いいね?」

(はあ、マスターがそうおっしゃるならそうなのでしょう。ですが一つ問題があります)

「む、なんかやらかしたか? 心当たりがありすぎてどれのことやら」

(ご自覚があったのですか、少し安心しました。で、それは今回は置いときまして。とても重大なことです)

「な、なんだ。そんなやらかし俺はしたか? うまくいっただろう」

(いいえ、食事の仕方が汚すぎです。お弁当のサンドイッチの食べ方が汚すぎです。口からはみ出してボロボロとこぼしていましたよ)

「む? そのことか、それはしょうがない。君の口が小さすぎるのだ。生前の俺の口のサイズとの違いであって決してマナーがなってないわけではない」

(それでも、はぁ……口の周りにケチャップをつけているのは流石に引きます。なんども注意したではありませんか、入学前に直しておいてくださいね)

「む、むう、そうだな、今度シルビアさんと買い物をする約束をしたし、気を付けるとしよう」

(そうですよ、まあ逆に子供っぽいところを見せつけて敵意がないことをアピールするならありかもしれませんが)

「ぬ、さすがにそれは恥ずかしすぎる。そんなことにはならないよ、安心するがいい」

 そうして、反省会はテーブルマナーの復習に始まり、やがてお弁当の味についての評価に変わり一日は過ぎた。ちなみにお弁当の評価は95点だった。食べにくいの理由でマイナス5点だ。
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