上 下
38 / 109
第一章

第38話 勇者とドラゴン

しおりを挟む

 俺たちはバンデル家の邸宅から離れる、すっかり日が暮れてしまって暗闇が森を支配している。


 アンデッドの追手はない。

 先生の様子がおかしかったせいだろうか。しかし明確な敵意はあった。


 ――どうすべきか。

 カール氏の傷はほぼ治ったが精神状態はよくないだろう。

 ショックな出来事が重なりかなりボロボロだ。ローゼさんの件もあるし……。

 皆もそうだ。比較的ハンス君とドルフ君はまだまともだろう。アンネさんもかろうじで正気を保ってる。けが人がいるしそっちに気を使っているのだろうか。

 シルビアさんはまだショックから立ち直ってない。



「上位アンデッド召喚、ボーンプリズン!」


 ――――!


 後方から呪文詠唱が聞こえる。先ほどのスケルトンメイジか、やつも相当なアンデッドだ。

 地面からゴゴゴゴゴ、と地響きを立てながら無数の骨の壁が出現し、森よりも高くそびえたつ。

 白い骨が月明かりに照らされて不気味さとどこか神秘的な光景が広がっている。


 ボーンプリズン、その名のとおり邸宅を中心に森一帯が骨の牢獄になってしまった。

 完全に閉じ込められたか。やはり俺達を見逃す気はないのだろう。

 バンデル先生は正気じゃなかったが、明確な敵意はあった。追いつかれるのは時間の問題だろう。


 ドルフ君は気絶していた。迫りくる骨の壁からアンネさんをかばって頭を打ったようだ。

 アンネさんは今度はドルフ君に回復魔法を掛けている。


 ハンス君はカール氏を励ましているようだ。言葉ではなく肩に手を置き寄り添いながらじっとしている。


 シルビアさんは座り込んでいた。

「そんな、先生、どうして……」

 俺とシルビアさんは先生には個別に魔法の指導をお願いしたこともあった。

 近接戦闘についてのアドバイスもいくつか教わっていたのだ。だから今のこの状況が理解できないのだろう。

 でも現実を見なければ。でないと皆ここで先生に殺されてしまう。そんなことがあっていいわけない。

「シルビア! しっかしりて、バンデル先生はもう私たちの知ってる先生じゃない」

 なんとか正気を取り戻した、ように見せていたのだろう。まだ動揺しているが状況は理解しているようだ。


 俺はシルビアさんに拳銃を渡す。火炎弾を詰めたマガジンも数本渡しながら。この火炎弾は範囲こそ狭いが着弾と同時に高温に発火する。

 ファイアーボールが着弾地点からある程度の範囲に火炎をまき散らすのに対して。これは弾丸自体が青白く発火し鉄すら溶かす高温となるため、どんなに強力なアンデッドでも確実に倒せるはずである。 


「いい? 使い方は前に教えたよね。でもできるなら逃げることを優先して、皆もいいね!」

 俺は皆にはここから何とか逃げ出すように指示をだす。骨の牢獄とはいえ逃げ道はあるはずだ。

 それに彼らは魔法使いなのだ、それくらいは切り開けるだろう。


 俺はショットガンを取り出し中に弾丸を込めると。来た道を振り返る。

「……アール、どこにいくの?」

「私に考えがある。説明はあとでするから。こんなことも有ろうかと故郷から援軍をよんでるから」

 俺は空を眺める、そこから飛行機が空気を切り裂くような音と共に低空飛行をし上空を通り過ぎる。

 俺が手を振ると俺を中心に旋回飛行をしながら、また上空に消えた。


 これから先は俺の仕事だろう。それに彼らに人殺しをさせるわけにはいかない。

 卒業したらいずれは経験するだろうが。それは今じゃなくていい。それに初めての経験が恩師だなんてあんまりだ。


「あれは、ドラゴン? アールさん、君は一体何者なんだ?」

 ハンス君は俺に聞き返した。

「実は俺は勇者なんだ。クラスのみんなには内緒だよ!」

 笑って見せる、そうだここで力の出し惜しみはなしだ。

 全力で対応する。シルビアさんは何かを言おうとしたが。その前におれは来た道を引き返した。



 そこには先ほどのスケルトンメイジとバンデル先生、それに数十人ほどのユニソル、その後ろには武装したスケルトンが数百体はいるだろうか。


「先生、どういうことだ。それにローゼさんは本当に死んだのか? 顔くらい見せてくれてもいいだろ?」

 バンデル先生は俺がこの場に現れたことにやや驚きを見せていたが。すぐに頭を押さえると感情が消えたような無表情な顔に戻った。

「お前は……、だれだ、いやそんなことはどうでもいい、どうせ死ぬのだ。そうだなローゼの魂は俺の中、そして空の肉体は地下に保存している。
 なぜそうしたのだろうな。憶えていないが。まあどちらにせよ貴様には関係のない話だ」

 俺のことが分かっていない? さっきとは様子がまた違う。それに先生は自分のことを俺とは言わない。

「ロボさん、先生の魂をスキャンしてくれ。情報が欲しい」

(了解しました。…………マスター、解析の結果、彼の中にローゼの魂の存在を確認しました。何らかの方法で魂が融合しているものと思われます。
人格の破綻もおそらくそれの影響があるかと思われます)

「……そうか、なら問題ない。ローゼさんを助けるぞ」


 バンデル先生。何があったか知らないが手加減しない。反撃開始だ。

 ショットガンを構え前方上空に照明弾を放つ。

 空に打ちあがった火の玉は上空で光を放ち、一瞬だけ昼間のようにあたりを照らした。

「デュラハン、聞こえるか!」

『はい上空で待機しています』

「航空支援を頼む、俺のいる位置と照明弾の中間点を機銃掃射!」

『了解しました。バルカン砲による航空支援を開始します。距離を保ってください』 

 バババババ! と連続的な破裂音が響き、アンデッドの軍団は一瞬で無数の爆炎と煙に包まれる。その数秒後に遠くからブーンという発砲音とともに、空気を切り裂くジェットエンジンの音が近づいてきて俺の真上を通り過ぎていった。

 デルタ翼が特徴的な俺が作った飛行機だ。

「あれは! ドラゴンか? まさか実物をこの目で見るとは思わなかった」

 そこには穴だらけになった骨のドームから這い出てきた数名のユニソルとバンデル先生がいた。

 バンデル先生は飛行機が飛び去った空を見つめながら言葉を続ける。

「父上、あなたの言ってたこともあながち嘘ではなかったようですね。ドラゴンを使役する勇者の伝説は本物だった」

 まあ、この際なにも言うまい、あれはドラゴンではないが。たしかに勇者である俺の使役物だ。

「バンデル先生、この辺で降参してくれないか? これ以上は無理だと思う」

 バンデル先生はにやりと笑う。いつものバンデル先生に戻ったように思われた。
 かつて俺にドラゴンの物語を語ってくれた時の少年のような表情をして。 

「ふ、僕の教え子がまさか勇者の末裔とは思わなかった。……ならば余計に挑むべきだろう。我が一族の悲願としての国崩しよりも余程ふさわしい。
 ……それに悪の存在として勇者に滅ぼされるのも悪くないしな。父上!――」

 スケルトンメイジは新たな魔法を発動させる。

「上位アンデッド召喚、ボーンフォートレス!」


 どうやらあのスケルトンメイジはバンデル先生の父親らしい。正確には父親だった者だ。

 主導権は先生にある、つまりそういう事だろう、先生はもう後には引けないのだ……。

 骨が地面から湧き上がり要塞を築く。これでドラゴンを迎え撃つつもりなのだろう。

 ――望むところだ。 
しおりを挟む

処理中です...