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第一章

第37話 バンデル先生の独白

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 ――数日前に遡る


 我が家系はネクロマンサーとして、かつてこの国が王政だったころに栄華を極めたという。


 まあ、それも先祖の愚かな行いによって自ら滅んだのだ。
 それがツインズに滅ぼされたといっても、それも4000年前の我が国の英雄に恨みなどない。

 両親もそうだろう。本心は知らないが。そんな昔のことを代々恨みに思えといっても正直そんな感情など湧くはずもない。


 先祖から伝わる教えも義務的であって本気で実現させようとするものなどいないだろう。


 僕は歴代で最も優れているネクロマンサーの素質を持っていると幼少の頃に祖父から知らされた。

 もしかしたら一族の悲願を俺の代で叶えることが出来るかもしれないと。

 僕もその気になっていた。若いころはドラゴンも倒せると随分といい気になっていたな。

 だが大人になるにつれて。それも愚かなことだと気づいた。


 わが一族にのみ伝わる秘術が何なのかを知るとそんな気持ちは失せたのだ。


 ――ネクロマンサーの秘術。血の継承。

 もっとも強い素質を持って生まれた子にのみ継承される力。

 呪いともいっていいだろう。4000年前にツインズによって倒された派閥の生き残りや子孫によって生み出されたという秘術だ。


 その本質は二つの魂を結合させ二重魔法を発動させることにある。これなら二重魔法を使いこなしていたと呼ばれるツインズに対抗することが出来ると思ったのだろう。


 馬鹿な話だ。強力な力を持ち、かつ波長の合う個体が生まれるまで途方もない実験を繰り返したのだろう。


 だが最後の最後でこれは不可能だと諦めた家系がほとんどだったが。

 それもそうだろう。偶然に同じ時代に条件のあう子供が二人現れるなど。運まかせもすぎる。

 それを未だに代々伝える家は我がバンデル家のみだろう。


 今の各家の当主たちはみな、ネクロマンサーの末裔だけということしか知らない。しかもそれすら外部に秘匿しているありさまだ。


 僕も諦めていた。

 だが、ここでまさか血をわけた半身に出会うとは思わなかった。

 もはや4000年もかかるとはご先祖たちも思っていなかったのだろうな。



 だから驚いた。まさかローゼ・ヨハンソン。僕の生徒の一人がそれだったと知ったときには。


 運命を呪う。もし出会わなければ、僕はこの愚かな先祖の悲願、いや呪いを実行することなどなかったのだから。


 彼女にはすまないが4000年にわたる我が一族の未練は僕たちの代で終わらせてやろう。

 彼女自身もうすうす気づいているだろう。他人をねたむ気持ち。憎悪をどこかで感じているはずだ。

 それは男女の色恋による葛藤ではないのだ。その嫉妬心は血の継承によるもの。


 まだ幼いから気づいていないが。それは時間が経つにつれ大きくなり、やがて身を亡ぼすだろう。

 僕たちはいずれ闇に飲まれて自滅する。僕も理性を保つのに限界がきている。

 そう、この間のキャンプで僕は生徒を殺しかけてしまった。

 彼が特別に強靭な肉体であったから無事だったが、彼以外の生徒が受けたら助からなかったかもしれない。


 僕も限界だろう、一族の怨念は僕達で終わらせようじゃないか。……本当にすまないと思っている。ローゼ・ヨハンソン。


「さて、父上、あなたの息子は一族の悲願を叶えるために行動するのです、あなたくらいは付き合ってもらいますよ」


「…………。」

 アンデッドと化した父だったそれは僕の声を聞くとその場に跪いた。


 唯一の救いは、母はすでにこの世にいないことか。この一族の愚かな行為に付き合う必要のない善良な人だったのだ。

 まあ無事終わったらあなたも解放してあげます。せいぜいあの世で母に詫びるといい。


 使用人は随分前に暇を与えている。それなりの給金を払っておいた。路頭に迷うことはないだろう。




「ローゼ・ヨハンソン、気が付いたか」

「せ、先生。私は……ここはいったい……」

 彼女は今、バンデル家の邸宅の地下室にいる。両手両足は縛られているが、ここは拷問部屋ではない。儀式のための部屋だ。

 しかし歴代のネクロマンサーは父を含めてそうだった、死者に思いをはせるあまり生者に無慈悲なところがある。

「先生、私は……どうしてここに……」

「それは……。我ら一族の悲願の為。その質問をするということは君は知らされていないのだろうな……すまないと思っている」

 彼女にはできるだけ短い時間で済ませたい。恐怖の感情など魔力に関係ない。それを愉悦としている変質者がいたのが我ら一族の汚点だ。


「ひっ! 先生、何をしてるんですか!」

 何をしているのか。彼女はこの意味もわからないのか。もう一族でこの魔法を継承したのはわが一族のみだったのだと改めて認識した。

 ネクロマンサーが【血の短剣】を用いて自身の手首を切り裂く。これの意味は一つしかないのだ。


「ローゼ、すまない。君の魂をいただく。すまない。何度も言う。本当にすまない」

 ローゼのまわりに血の魔法陣が赤い光を放つ。彼女は意識を失った。いや魂は失われてしまった。それが死というなら彼女は死んだのだ。


「この記憶は何だ、これはバカバカしい、じつに愚かだ、ゆるせない。ならば、ならばどうする? 私は? 俺は? 僕は誰だ…………」


 …………。

 許せない、兄弟だったのに、兄さまは僕をだました。いやお父様が。


 許せない、おじい様は私に才能があったといったのに――――。


 許せない――――。許せない――――。

 

 ――――どうして私を殺したの?。


 これはそうか、先祖の記憶が蘇ったのか。本当にくだらないな。くだらない。

 この憎悪の渦に飲まれてしまう。これがわが一族の悲願だというのか……くだらない。

 意識は薄くなっていく、これが………。
 

 そうだ、僕は許せない、母上はバンデル家に尽くしてきたのに。なぜ殺した!


 許せない、カール、あなたは私を裏切ったのに今さらそんなこと言って私を困らせる、許せない!


 そうか、ローゼの意識がある。おかげで僕はかろうじで意識を保つことが出来ている。

 ならば、 個としての意識が無くなる前に余計な魂は分離するしかない。


「上位アンデッド召喚、【不死の万能兵士】」 

 広大な魔法陣が広がる、周囲には数十体の不死の万能兵士が召喚された。

 先祖の怨念はそれぞれに肉体を得たのか聞こえなくなっていた。


 血の継承の副作用か……愚かなことだ。これでは自我が無くなる。それにこいつらはただのアンデッドではないか。生者への妄執にとらわれている。

 これがご先祖様だとは……愚かなのか、いや、そうとはいえない、この数だ。国くらいは落とせるだろう。

 わが一族の悲願か、やはり愚かだ。だが後には引けない、やるしかない。最後の一人として一族の有終の美を飾ろう。


 ローゼの声は聞こえない。彼女の魂は僕と完全に融合したのだろうか。

 ……なるほど。融合に適する魂か、有象無象の先祖の魂と違って反発することなく融合するのだろう。僕は僕の意思をもっている。

 そもそもこれこそが魂の融合、二重魔法の絶対条件なのだろう。
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