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第二章

第74話 氷結の魔女との戦い

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「シルビー君よ、先程から魔力が集まってくる気配はないのだが、失敗したかな?」

『いいえ、魔力は集まりました、しかし残念ながら、どこかにとどまっているようですね。 私も初めてのことですので不明ですが、回収装置に不具合があるのかもしれません』

 シルビーが言うには、強力な魔力は一か所に集まっているが、魔王城の外のどこかで漂っているらしい。それって幽霊じゃないか。

「なあ、その魔力って怨念の塊って言ってたよな、早いところ回収しないと大変なことになるかもしれない。探せるか?」

『もちろんです。魔力探知開始します――』

 だが魔力探知を完了するまでもなく俺にもその魔力は感じ取れた。

「シルビーよ、トラブル発生だ。その魔力の塊とやらは暴走しているようだ」

『はい、場所の特定はできました。どうやらエルフの森の中心にある大きな木の下で戦闘が起きているようです』

 大きな木? エルフさんのお墓があるっていってた。樹齢は数千年はあるというこの森で最古の大木か。

 いや、それよりも重要なのはそこにはシルビアさんがいる。まずいぞ、トラブルに巻き込まれた可能性がある。

(私も同感です。シルビアは戦闘中のようです。それにどういうわけかワンドの動きが止まっています。彼女がやられたとは思いませんが、急いだほうがいいかもしれません)

 だとすると相手は強力な何かということだ。

「急ごう、デュラハンは少年を呼んできてくれ、仕事中だと思うが、エルフの森で緊急事態が起こったと伝えるんだ、頼んだぞ」

 俺は、迷うことなく目的に向かって走り出した。


 ◆


「ははは! どうした小娘、貴様も魔法使いなのだろう? 少しは打ち返したらどうだ?」

 氷結の魔女は、シルビアに対して氷の魔法を撃ち込んでくる。矢のようにとがった氷が複数出現してはシルビアに向かって高速で射出される。

 シルビアは紙一重でかわす。氷の矢が地面に突き刺さる。

「なるほど、お前は人間の魔法使いにしては身体を鍛えているようだな。センスも悪くない、そこの氷漬けのおチビさんよりは見どころがあるようだ」

 近接戦闘訓練のおかげで、防御魔法に頼ることなく、魔力を温存しながらここぞというときに強力な一撃を放つ、シルビアが自身の魔力量の少なさを補うために考えた戦闘スタイルだ。

「師匠のこと何も知らないで、よくも! ファイアーボール!」

 シルビアの突き出した人差し指から、青白い火の玉が高速で放たれる。

 しかし、紙一重で氷結の魔女は首を捻り、火の玉は彼女の髪をかすめる。後方にそれた火の玉は木に命中すると、人差し指程度の穴を空けて、さらに後方の木に貫通していく。

「なるほど、あなたを馬鹿にしていたわね、それは私の魔力でも防ぐのは難しい。なーんだ、あんた結構強いのね、なら少しは本気になってあげましょうか」

 氷結の魔女は両手を広げる。周囲の空気の温度が下がっていくのを数メートル先のシルビアの位置でも感じ取れる。

「さっきの魔法だけど、あなたは勤勉だから特別に教えてあげる。
 そうねぇ、あなたのファイアーボールは魔力の圧縮によってもはや本来の魔法とは全く別物になってるわね」

 氷結の魔女は話を続けるが、魔力の高まりとともに、空気は凍り、周囲にはダイヤモンドダストが起こる。

「圧縮した魔法は威力を高める、それは当然なのだけど、あなたは知ってたかしら? 氷の魔法はね、その逆よ、魔力を解放させて、もちろん術式を組まないと霧散するだけだから、そうね、空間を自分の魔法で満たすといったところかしら。
 さて、では実践といきましょう、生きてたらもっと詳しく教えてあげるわ。エターナルブリザード!」

 瞬間、巨大な氷の柱がそびえる。

「ふふふ、生意気な小娘だったけど、氷漬けになってしまえば関係ないわ、どれあなたの最期の姿はどんなものかしら。
 ……え? いない!」

「ファイアーボール!」

 突如、背後に現れたシルビアは氷結の魔女の背中にファイアーボールを放つ。

「ぐふっ、ははは、やってくれるわね、テレポートか、あなた、無詠唱魔法が使えたのね」

 氷結の魔女の腹部にはファイアーボールに貫かれた穴が開いているはずだった。

「あら、これは、そうか、私は幽体だったってことかしら。正直今の一撃で死んだかと思ったわ。
 これはこれは、残念だったわね、でも約束通りエターナルブリザードをかわしたご褒美にもう一つレクチャーしてあげる。そうねぇ、あなたは相当優秀だから、何を教えてあげましょう。
 氷の魔法の真の恐ろしさをじっくりとその綺麗な体に刻んであげましょうか。
 いえ、それでは趣味の悪いおっさんどもと同じね、……あなたも氷の彫刻になるのがいいのかしら。悩んじゃうわ」

「……そんな、どうやって倒したらいいの?」

 肉体のない幽体である彼女は無敵である。意思を持ち実体化した幽霊はアンデッドでも最高位に当たる存在であり自然界では存在しないはずの神に次ぐ存在。
 
 本来ならターンアンデッドなどの魔法でアンデッドは倒せるのだが幽体は別である。
 一般的なアンデッドは希薄な魂の残滓と肉体とのつながりでこの世にとどまることが出来る存在である。
 ターンアンデッドの効果はその希薄な魂と肉体との繋がりを断つことで浄化する魔法である。
 しかし魂そのものともいえる幽体にはそもそも効果がない。

 つまり幽体とは災害そのものであり、人類には手出しできない存在である。

「だと、思うでしょ? シルビアちゃん、あとは私にまっかせなさーい」

「師匠! 生きてたんですか?」

「あったりまえでしょう、氷漬けってのはね、いわゆる、やったか? フラグそのものでしょうが、それに私が氷の魔法程度で死ぬわけなーい」

 全身は所々氷が付着しているが、ワンド自身に影響がないのか両手を腰に当てながら胸を突き出して余裕のポーズを取っている。

「さてさて、幽体のあなたを倒す方法って考えたんだけど、どうかしら? 精神攻撃とかかしら? 私、呪いの魔法は得意なのよ?」

「ちっ! 呪術師か、おぞましい、先にお前を倒さなくてはな」

「ちがーう、ちがうの、私は呪術師じゃなーい、それにあんたもシルビアちゃんに随分甘いことだし、それに魔法に関して結構教えてくれるじゃない。テレポートの無詠唱とそこからの攻撃が成功したのは貴方のおかげよ」

「ふ、お前も口数が多い、まあ悪くないか、私とて久しぶりに話をした。久しぶりに話ができた。だからか、私は思う、お前、ムカつくな!」

「はい、はーい、ムカつきついでに、幽体であるあなたを倒す方法を思いついたわ。私ってば天才ね、うふふふ、そう、そうねぇ。あんた死んでるんでしょ? 亡霊なんでしょ、成仏したいと思わない?」

「ふ、煽るな小娘、いや、貴様も人間ではないようだ、その身体は魔導人形だな? お前はお前で禁忌を犯しているじゃないか、人のことを言えたものか。
 私を亡霊といったな? 馬鹿にするな! 私だって生きてた頃の誇りも願いもある、あったのだ、それが叶わなかったから、叶わなかったから。私はお前たちが憎いんじゃないか!」

「はい、了解です、シルビアちゃん、私が、いや私たちが研究してた魔法、見せてあげる、リザレクション!」

「は! え? 私が、消える、ああ、これは、貴様ぁあ!」

「シルビアちゃん、この手の化け物はね、切っ掛けをくじけばいいのよ、生前にああだった、こうだった、生きてた頃の妄執があるなら、生き返らせればいいのよ。まあ、リザレクションは簡単じゃないけどね」

「リザレクションって、それは、伝説の魔法ですよ。一人の人間を生かすのに数人の高位の魔法使いの命を犠牲にするといわれた禁忌指定の、師匠は本当にすごいです」

「あったりまえでしょ、私は天才なのよ、でもね、私のリザレクションは成功したことがない。せいぜい今みたいに怨念を消失させるだけ……、伝説の魔法はね、結局私たちが研究しても完成しなかった不完全な魔法なのよ、伝説じゃない、のちの歴史で歪曲しただけ、私たちは数人でもできなかったの……」
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