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第二章

第75話 来る、きっと来る

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「シルビア、無事か!」

「ええ、アール、私は無事よ、でもあれはいったい何だったの? まさか本当に氷結の魔女だったのかしら」

「ちょっと、勇者様、私のが無事じゃなかったのかしら。大事な服が氷漬けになってしまったのだわさ」

「師匠、そういえば氷漬けにされたのによく無事でしたね」

「ふふーん。私の魔法防御力の前には現存する魔法は聞かないのよ。それこそ、そこにいる勇者様か、魔王様でないと殺せのよさ! ディフェンスに定評のあるワンド様とお呼びなさい」

 うーん、それは何かのフラグか? 次ページであっさりとディフェンスが破られる未来が見える。

「ところで、さっきの幽体は消えたのかい?」

「さあ、そのはずだけど、……なにせ私もリザレクションの魔法は成功したことがないのよさ」

 その瞬間、突然、エルフの森の大木の側にあった墓石が吹っ飛ぶ! 圧力釜の蓋が圧力に耐えられなくなったかのような勢いで天高く飛んでいった。

 その墓石の下から手が生えてきた。ホラー映画のワンシーンのようだ。

「ひっ!」

 思わず俺の口から恐怖の声が漏れてしまった。墓石の下の地面から、もがくように這い出てきた二本の腕の間から、長い髪の毛の頭部が地面から生えてきたのだ。

 これは来る、きっと来るやつだ。

「皆、やつの目を見るな! 呪い殺されるぞ!」

 俺は前世の知識からこの手の化け物の知識がある。そうだ、あれはどうしたら解決したっけ? 
 あれ、井戸から出てきたら確実に殺されるんじゃ……。終わった……。

 ついに上半身が出てくる。そのまま這い寄るように土をかきながら全身があらわになる。

 身長よりも長い髪の毛が裸体を覆い隠しているが女性であることは分かる。金髪である以外は全てが例の某有名ホラー映画のあのシーンにそっくりだ。

「ううぅぅぅー、あああぁああ、くるしぃぃー」

 俺達三人はそのあまりのおぞましさに硬直してしまった。

 シルビアさんは腰を抜かしている。俺も人のこと言えない、足が震えて動けない。これは。いよいよ来るのか。サダ的な子が。

 目の前の金髪のサダ的な何かが、ゆっくりと立ち上がるとこちらを睨んでいるようだ。髪の毛で顔が隠れているため表情は確認できないが、ふらふらと頭を揺らしながらこちらを睨んでる様な気がした。

「うううう、見るなー、私を見るなぁぁああ!」


「ひぃぃ! サダ様、どうぞ、お帰り下さい!」

 あ、これはこっくりさんの帰し方だった。

「おい、ワンドさん、これはどうしたらいい! お前は呪術のエキスパートだろう!」

「そんなの分からない、どうしよう、どうしたら、私はいったい何を。どうしたらこうなったのかしら。わからない……」

 まずい、ワンドさんも錯乱している。どうしたらいいんだ。

「おい、お前だけが頼りだ、勇者でもトラウマってのがある。これは怖すぎだ! なんとかしろよ!」

「うううぅううー、苦しいぃぃ、焼けるようだ、貴様ら、私を見るなぁああ」

「そんな、馬鹿な、でも、これは、もしかしたら、もしかしたら、リザレクションが成功したって事かしら」

「え?」

 その瞬間、目の前のサダ様は四つん這いになり。

「オロロロー、オェー!」

 大量の泥を吐き出していた。あ、見ちゃった。なるほど、見るなってこういうことか。

 目の前のサダさんはどうやら、リザレクションによって生き返った氷結の魔女その人だった。

「ああ、泥を飲んでたのね、よしよし、全部吐いちゃいましょう。シルビアちゃん、お水もってきて、あとさすがに裸だと可哀そうだし、勇者様、なにか着るものを持ってきてくださいまし」

「お、おう、頼んだよ」

 俺は氷結の魔女の背中をさすってるワンドをしり目に服を探しに魔王城へ向かったのだった。

 ◆

「少年よ、大変だ、地面から女の子が生えてきた」

「え? 異世界さん、女の子は空からくるんじゃないんですか?」

「おう、さすがは少年、俺の好きなファンタジー作品を覚えていたか、あれは面白い、願わくばもう一回見てみたいな」

(お二人とも、話がそれてますよ、魔王様、フリージアが生き返ったんですよ。それで、彼女の服がまだありましたね。アラクネクイーンの糸で作った衣服はまだ残ってると思いますが)

「え? フリージア? ああ、エルフさんの名前でしたね、それに生き返ったって……僕も行きます。この場合は仕事は後回しでいいですよね?」

(仕方ありませんね、今は緊急事態です。では参りましょう)

 この二人、さすがのコンビネーションだな、阿吽の呼吸というやつだろうか。

 というわけで、俺たちは衣服とある程度の食料や医療キットをもって再び森へ戻った。


◆◆

「あ、エルフさん目が覚めたみたいです」

「ここは……どこ?」

「ここは魔法都市ミスリルです。確認ですが、あなたは氷結の魔女フリージアで間違いないですか?」

「氷結の魔女、……私は、はっ! おのれ、人間ども。いや、この女、私を閉じ込めたこの女が憎い!」

 自分の身体をひっかくが、とっさに魔王は彼女の両手を掴む。

「フリージア、エルフさんを許してあげてください」

「そうよ、それにその身体は貴方のものよ、私のリザレクションは不完全だけど、どうやら今回は貴方の強力な魂に反応してあなたを蘇生させることに成功した。
 あなたが言う、エルフさんってとっくに成仏してるから。正真正銘あなたの身体よ、それでも自傷行為をしたいなら私は止めないかしら」

 ワンドさんがそういうと、フリージアはおとなしくなった。

「……そう、なら復讐することもできないわ……では私は何のために蘇ったというの」

 説明しないとな、今回は俺が切っ掛けみたいなもんだし。

「ああー、フリージアさんよ、実は魔力の回収作業をしてたんだが。それで、この森に霧散していた怨念をかき集めたんだ、そしたら……」

「怨念ですって? まあ、そうね、私は怨んでた、私の存在を否定したあの女、氷結の魔女の義務を放棄して自分だけ幸せに暮らしたあの女が許せなかった」

 そういうことか、フリージアは魔王の奥さんであったエルフさんとは二重人格の存在だった。

 エルフさんは自分のもう一つの人格を、氷結の魔女の力を否定し天寿を全うしてしまった。しかし強力な魔力と意識はこの世に漂い続けていたと。

 これは根が深そうだ。数千年の呪いが具現化してしまったのだ。

 どうしたものか。少年よ、君はどうするつもりだろうか。

「魔王様! あの女にばかり千年も寵愛を与えて! 私こそ、私の方が魔王様をお慕いしておりました。許せない、なぜ私ばかりが不幸なのですか?」

 ああ、修羅場かな、俺はこういう場面は苦手だ。少年も考え込んでいる様子だ。

 そして何か閃いたのかポンと手を叩く。

「あー、そういうことですか、ごめんなさい。気づきませんでした。でしたら、フリージアさん、僕と結婚してください。貴方が不幸なのは僕も嫌ですから、幸せになってもらいたいです、どうでしょうか?」


「えっ? え? うそ? え?」

 先ほどまでの怒りに満ちたフリージアの表情は、突然のプロポーズで驚きとも戸惑いともとれる表情へ変わり、みるみる赤くなっていった。

 そして両手を頬に当てながら、まんざらでもないような態度に変わり。独り言をぶつぶつ言いだした。

「どうしよう、魔王様にプロポーズされちゃった。えへ、えへへ。どうしよう、どうしよう、えへへへ」

 あまりの展開に周りは反応できない。俺もだ。

 さすがは魔王なのか、氷結の魔女はちょろいのか、どっちだろうか。

(さすがは魔王様といいたいところですが。エルフさんもちょろかったので。後者だと思います。基本的な性格は似ているようですね) 

「いやー、最近仕事が忙しすぎて、誰か優秀な人が欲しいと思ってたんですよ。エルフさんがいてくれて良かったです」

「おい! 少年、それはあんまりだ。さすがに幻滅だぞ!」

 少年は、人材として配偶者を得ようとしているのか? それは、だめだろう、愛がない、いや愛って何だっけ。

 少なくとも、それは相手が了承して成立する。愛とは難しい……。おっといかん氷結の魔女はどうだろう、怨念がおんねんって……あれ? さっきまでベッドで寝てたのに今は少年の手前で片膝をついている。

 背筋がピンと伸びて凛々しい。ついさっきまでサダさんだったとは思えない。美しいエルフの女性がそこにあった。

「は! 光栄です。かつて魔王軍最高幹部であった氷結の魔女として、このフリージア、御身に全てを捧げることを誓います」


 あれ? まんざらでもない? むしろ嬉しそうだな。そういう生き方もあるのかと思うことにした。


 こうして、氷結の魔女は魔王の嫁となったのだった。
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