3×歳(アラフォー)、奔放。

まる

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本編

脱出2。

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似たようなバスローブ姿で三人、向かい合い座っていた。
ドーモと猫背な医師が手を挙げて登場し、じろりと見上げる雪妃に照れ笑いを浮かべてみせた。

「エヘ、そう怖い顔をしないで欲しいデス」
「オホホ…そうさせてるのは、どこの誰ですかねえ」
「説明不足は謝るデス。でもユキチャン、いつも聞き流すデスネ」
「おう、分かるように話さないからでしょうが」

隣に座る痩せた腕をべしりと殴っておく。苦笑しながらアルフォンスは頬をかいた。

「お話とはどれデスカネ、モリノウチサンが刻んだ話デスカ」
「ぶえ、刻んだって何を…」

早々に物騒な話を持ち出すので、雪妃は口元を強張らせた。呑気な男はにこりとして首を傾げた。

「それのご報告もありました。女王様とお話してきましたよ」
「ふむ」
「王様との面会を望む声と、記憶を返せとの話です。それで少し斬ったんですが、良かったですかね」
「おいおい、良かないでしょうよ」
「構わぬ。こちらの申し入れは受けぬか」
「おいおい、構って。美少女に何て事を」
「ええ。こちらも喰われてますからね。毒素なんでしょうか」
「ふむ。喰らい、気を奪うものだとは聞いておるが。如何様か、アルよ」
「西の侍女サンまでではないようデスガ、干渉はあるはずデスネ」
「胸の辺りの嫌な感じですかね、これは斬っても晴れませんでしたよ」

むぐうと口を噤む雪妃に守ノ内は笑みを向ける。どことなくまだ違和感は感じるものの、見慣れた呑気な男の姿のようだった。

「全て戻すには記憶を返せとの事です。王様も少し、話でもしてやってはどうですかね」
「ふむ」
「執念デスネ、ナナミサンの願いを叶えてやっても良いと思うデスガ」
「あれとひとつにはなれぬ。協力であれば、被検体となれと伝えよ」
「ウゥン…確実ではないデスガ、可能性は深まるデスガネ」
「なれぬ。使えぬなら封じ、斬れ」
「マアマア、急く事もないデスネ」

口を挟もうとする雪妃の頭をポンと叩いて、アルフォンスは胡座に組み替えた。ふたりの確執は深い。
どちらの言い分も捨て置けず、ただ苦く笑んでその場は収める事とした。

「それで、ユキチャンの件デスネ」
「ええ。聞いていたのと違うようですが、それだと合意は出来ませんよ」
「ふむ」
「療養の為ならばと譲ったんです。そもそも、お嬢さんの了承も得てないんでしょう」
「確かに修復があった。了承は得ずとも、それで十分ではないか」
「勘弁してくださいよ。私のです」
「分かっておる。だが世界の為だ」
「王様とは争いたくないんですが、そういう事でしたら、私も譲りませんよ」

静まり返る室内に、アルフォンスは肩を竦める。微笑む顔に冷ややかさが戻っていた。
顎に手をやり光の君も逡巡する。

(勝永、戻ってるのか?というか、本人そっちのけで話を進めすぎでないか?)

大まかには把握できたものの、当の本人の意思は汲んでくれないのか。雪妃は憮然として正座をやめ、脚を崩す。 
光の君のお相手なら光栄極まりないが、こちらにも心の準備というものがある。舞い上がってふたつ返事で、という訳にもいかなかった。

(それより早よ仲直りして、みんな住み良い世界にせんのかい)

今まで互いに多く失ってきたのだろうが、また戦をすればその繰り返しである。亡くなった皆を偲ぶ事はできても、もう戻ってはこないのだ。

「そうデスネ、争いは何も生まないデス。それが人の常だとしても、止めるのもまた人デスネ」
「そうか。なれば今回で終わりにすれば良い」
「ンフフ。終わりにはなるデスガ、始まりもしないデスネ。無常なものデス」
「仕掛けるは紫庵、迎えるは中枢よ。甘んじて降伏せよと申すか」
「イエ、手札は揃っているデスヨ。全面戦争ではなく、狙い撃ちするデス」
「ふむ」
「シアンサン、派手に全部潰して終わりにするデスネ。後々の事は考慮しないデス。それに付き合う事もないデスヨ」

真柏の迫力のある幹芸を眺め、お見事デスネとアルフォンスは微笑む。
多忙な中でも毎日手をかけ、まるで子どものようだと見つめる光の君のガラス玉のような双眸は、柔らかくも物憂げだった。

「狙い撃ちですか。悪くないですね」
「エエ。各々思う所もあるはずデスガ、終わらせるというのであれば、それがオススメデスネ」
「これ以上の勝手も困りますし、良いと思いますよ」
「ふむ」
「決めるのはヒカリサンデス、ゆっくり考えると良いデスネ」

欠伸を噛み殺し、アルフォンスはふらりと立ち上がった。難しい顔をしている雪妃に微笑んで、不服そうに見返してくるその髪を撫でた。

「跡継ぎは兎も角、手は貸してやって欲しいデス」
「うむう…出来る事はやるよ、出来る事ならね」
「ンフフ。それで良いデス」

ひらひらと手を振り、気怠げに退室していく。
畳を見つめ逡巡する光の君から、雪妃は気まずくも守ノ内の微笑みへと視線を移した。

「その顔は、やっぱり戻ってるの?」
「ふふ。概ねです、寂しかったですか」
「ふふん、知らんがな」
「私は寂しかったですよ、お嬢さんはすぐ背を向けるんだから」
「むう、そりゃあすまんかったね」
「良いんです。少し、反省も出来ましたから」

頬に触れようとする指を雪妃は憮然として掴んだ。戻ったからといって、そのまま以前のようにとはいかなかった。

「勝永みたいに、変わらず居られなかったのはごめんなさいをするけど。でも君、分かってるね?」
「ええ。弁解の余地はありますか」
「ちゃんと話してよ、わたしも話すし。揉めるのは嫌だよ」

しなやかな指の温もりが今は辛かった。
素直になれない自分も良くないとは思う。理由をつけて逃げ腰になってしまうのは悪い癖だった。

「王様、私も今夜はこちらで休んで良いですか」
「ふむ。構わぬが、閨は別にせよ」
「心得ました。今は堪えます」
「床の用意を。暫し考える」
「ええ。席を外しましょうかね」
「うむ。また後程参れ」

雪妃は曖昧に頷き、開かれる障子から縁側へと出た。冷えた風に目も覚めるようだった。

「どこか部屋を借りて話しましょうか」

羽織を、と控えた白服に伝え守ノ内は磨かれた廊下を歩く。大人しく後に従い、途中手渡される肉厚な羽織りものを礼を言って背にかけた。
いくつ部屋があるんだろう、と似たような障子の並ぶ側を通り過ぎていく。
勝手知った足取りの、ゆったりと進む背に揺れる空色の髪を眺めた。我ながら単純だと雪妃は思う。

(いつもの、なのかな)

物足りなさをまた、埋めてくれるのだろうか。ソワソワする手で羽織をかき寄せて、空いたひとつの部屋へと誘われていった。


***


「警備が厚いのか薄いのか、戸惑ってしまうんだよね」

そこに座していたのは、銀糸の硬そうな髪をした男だった。
ギョッとしつつも、慌てて中へと入り障子を閉める。蒼念はお邪魔してます、と苦笑していた。

「蒼ちゃん?何でここに」
「簡単に入れちゃうものだからさ、罠かなとは思いつつ待ってたよ」
「そうなのか。王さまのおうちなのに」
「出入りこそ厳しいんですが、入ってしまえば自由な空間ですからね」

座布団を勧められて、やや戸惑いつつもそこに座った。明かりの落とされていた室内に、行灯が仄かに揺れつく。

「女王はそのままなんですね。守ノ内中佐は、戻るまで斬るつもりなのかな」
「ふふ。根比べですかね」
「手伝うよう言われてるので。僕はどうしましょうか」
「おや、こちらをです?」
「大陸に戻ってもらわないとですからね。あくまでも自らの意思で、です」
「成る程、そうですか」

ことりと刀を畳に置いて、守ノ内も胡座をかく。いつでも斬れると、その意思表示を認めて蒼念は苦くも笑い両手を挙げた。

「僕は勝てない喧嘩はしない主義ですよ。手助けするだけです」
「そうしてもらいたいですね。紫庵さんは何と?」
「お手伝いの事しか言われてないんですよ。昔から丸投げなんです」
「大陸へ戻せと、それだけですか」
「はい。記憶も、先生に頼めばすぐだと思いますけど」
「あまり弄られたくはないですね。お嬢さんも女王様とひとつ、目的があるかと。それを終えないとです」
「え?う、うん。そうだね」

ぼんやりと上の空だった雪妃は、取り繕うように頷き居住まいを正した。話をしていなくても、その辺りはお見通しらしい。

「目的?雪妃さん、何かあるの?」
「うん…記憶をさ、どうしたら返してあげられるのかな」
「ああ、女王の?返してあげるんだ」
「そりゃ、あれだけ返せと言ってるんだし。王さまとの思い出なんでしょ?」
「そうらしいね。確かに少し、可哀想ではあるけど」
「それで女王さまも落ち着くんじゃないかね。でも何でだろね、かわいこちゃん同士お似合いなのに」

頑なに拒絶する光の君を思う。
あまり表情の動かないあの御身も、奈々実の話となると暗い影も差すようだった。

「さあ?女王の腹から生まれたとか聞くから、その辺なのかな?真相は濁されてるようだけど」
「うお、そうなのか。親子なの?確かに可愛い所は同じだけども」
「代理出産ってやつだよね。君主が不能とは、一大事なんだろうなあ」
「ははあ、そういや子に恵まれないと言ってた気がする」

あれで不能なのか、と先刻浴場でドギマギしていた事を思い出し、雪妃はぺちぺちと頬を叩いた。

「な、成る程ね。何か色々とあるのね」
「いけませんよお嬢さん、記憶から抹消してください」
「抹消って、あのね」
「フフ、雪妃さんもあちこちから大変だね」
「もうさ、有難いような申し訳ないようなよ。それより蒼ちゃん、何かないの?また刺せば戻せるとか?」
「どうかなあ、先生も知らないと言うし」
「嘘だあ、知らない事はないでしょうに」
「うん、僕もそう思うよ」

苦笑して、蒼念は不意に姿を霞ませる。
廊下を歩く音と小さく話す声。そして無遠慮にも障子は開かれた。

「おい、密談か。大陸の匂いを撒きやがって」
「ホホ…大佐殿、相変わらず耳がよろしくて」
「喧しい。蒼念はどこだ」
「もう行ってしまいましたよ。羨ましい逃げ足ですね」
「本丸で妙な真似をするな。おまえらでも引っ捕らえるぞ」

じろと睨み真田は行ってしまう。
共に連れた黒髪の細面も、あからさまに嫌な顔を見せて戸を閉める。肩を竦め、守ノ内は雪妃に苦笑を向けた。

「慌ただしいですね、話が出来るかな」
「場所が場所だもんなあ」
「明日には出ましょう。お嬢さんをこちらには置けませんし」
「出るって、勝永のおうちに?」
「それも良いですが、王様の命で連れ戻されちゃいますかね」
「むむ、まあ良いじゃないか。王さま眺め放題だし」
「嫌ですよ、他と床を共にするなんて」
「おいおい、何もせんがな」

雪妃も胡座をかいて、仄かに明るい天井を見上げた。長く伸びる影が揺れていた。
ふうと息を吐いて守ノ内も向きなおる。

「参っちゃいますね、皆斬ってしまいたいな」
「やめたまえよ、極悪人じゃないか」
「私は、お嬢さんと余生をのんびり過ごしたいだけなのに。どうしてこうも邪魔が入るのか」
「のんびり過ごしたいですよ、わたくしめも」

やれやれと壁際まで下がり、ひやりとするそこにもたれかかった。隣に座りなおす守ノ内の触れる肩は温かい。

「そんで、どうなってるんですかね」

膝を抱え顎を乗せる。
殺風景な部屋の中、畳に落ちる影が揺れる様を眺めた。

「サザナミの爺ちゃんは熱下がったの?」
「ええ。微熱でしたし、元々健常な方なんです」
「そりゃ良かった。また世話焼きに行こうかな」
「そうしてやってください。ご一緒します」
「運んでもらえるのは助かるけども。その、シロちゃんは?」
「漣さんを安心させる為にと打診されたんです。でも、不要です」
「成る程ね。良い感じだったのに」
「私は特に何も。お嬢さん以外には無なんですからね」
「そうかあ?シロちゃん、嬉しそうに見えたし。勝永がそうだとしても、相手の事も考えてさあ」
「不要です。他がどうなろうと知った事ではありませんから」
「あのね、君のそういう所よ。イチャコラしといて投げる所。あかんよ」
「してませんよ、皆普通にです」
「ははん、普通にね。視察の時だってさ、あんなにべったりしといて」
「おや、視察です?」
「おん?視察?」

守ノ内と顔を見合わせ、目を瞬かせる。
ぱっと脳裏にたおやかな美少女たちの姿と、それに寄り添う空色の男がよぎった。

「あれ、何だっけこれ」
「離れて少し戻ってきましたかね。何とも不可抗力なものばかりのようですが」
「不可抗力なの?かわいこちゃん侍らせといて、贅沢な」
「任務上やむなくです。それよりもっと私との、濃厚な日々を思い出してくださいよ」
「ううむ…これ、かわいこちゃんズなら気合いで思い出せそう」

南国の夕陽を受けて笑む日に焼けた美少女と、雪国の淡く儚げな美少女と。雪妃はニンマリとしてその輪郭を描き、懐かしくも目を閉じた。

「そうだよ、こんな美少女たちを忘れるなんて。勿体ない事を」
「そんなのより、私との思い出です」
「わはは、勝永とのは別に良いでしょ。今も一緒に居るのに」

整理するように、浮かぶ情景をひとつずつ噛みしめていった。視察で向かった先で出会った可憐な聖女たちを主に、急に思い出も色付くようで、心地良く余韻に浸る。

「そっか、沢山出会ったんだよね」

ほんの半年ほどの事でも、長い夢の中の物語のようだった。
元の世界では有り得ない多くの出来事を大事に受け止めて、夢ではないんだと雪妃は目を開いた。

「どんな事でも、思い出って良いものだね」
「確かに、良いように脳内で解釈されるとは聞きますけどね」
「うむ。辛かったのも次こそはと活力になるのかなあ、わたしは良い思いしかしてきてないみたいだけども」
「ふふ。お嬢さんが撒いた種が開く、徳というものですかね」
「ほほう、お得っちゃお得よね。周りには恵まれてるもの」
「引き寄せるのも縁ですよ、先生の得意な巡りというやつでしょう」

トンと壁に置かれる手に、ほんわかしていた雪妃は眉根を寄せる。近い距離で整った顔がにこりとした。

「もう良いですか、お嬢さん」
「何がよ、良くないよ」
「私はそろそろ限界です。お嬢さん不足だと言いましたよね」
「知らんがな。幼馴染ちゃんと誓いが云々じゃないのかい」
「あれは幼い頃の話です。シロが言い出した事ですし、私は知りませんよ」
「無責任じゃのう、ちゃんとシロちゃんと話したの?」
「話にならないので知りません。私はお嬢さんがこちらを向いてくれたら、それで良いんです」
「話さんかい。中途半端にするでないよ」
「もう関わるなと言えば良いですか、邪魔をするなら斬ると」
「あのねえ、何でも斬りゃあ良いってもんじゃないですからね」
「言って分からないのは斬るしかないんです。平和的解決です」
「物騒ですわい、どこが平和なの」
「私はお嬢さんです。お嬢さんでないと無理なんです」
「分かったから、わたしもそうですから。物騒なのはやめんしゃい」

迫る顎先を押しやって、雪妃は溜息混じりに項垂れた。久しぶりのやり取りだったがどこか新鮮で、胸も温かくじんわりと滲むようだった。

「そうなんです?そうとはどうなんですか」
「あのね、もうそういうのは良いから」
「大事な事なんです、雪妃」
「ぐう…」

腕では敵わず脚まで出す雪妃は、低く唸りながら壁に頭をぶつけた。悔しいから絶対に言うまいと決めていた言葉を、渋い顔で絞り出した。

「寂しかったんじゃい、馬鹿者」
「え…?」
「離れてると辛かったんじゃい、早く埋めてよ。背骨折らせやがれい」

目を瞬かせる守ノ内の顔を抱え込んで、雪妃は渾身の力を込めた。
ぱさりと羽織が肩から落ち冷えを感じたが、抱き返してくる力強さは痛い程で、涙も少し浮かんだかもしれない。

「嬉しいな、存分に折ってください。ご褒美になります」
「ちょい待って、こっちが折れるわ」
「ふふ、丹念に埋め合わせます。愛してますよ、雪妃」
「ぎゃ、折れるってば。怪力魔神なんだから」

軋む背骨に悲鳴が上がる。
一先ず落ち着いて良かったという思いよりも、恨めしげな呻き声の方が先行して、雪妃は守ノ内の晴れやかな表情のその額を掌で叩き続けた。


***


「えっと、そろそろ良いのかな」

姿を眩ませていた蒼念は、遠慮がちに再び畳の上へと降り立った。
肩で息を吐く雪妃がそそくさと羽織を掴む。膝の上に抱えなおして、守ノ内はにこりと蒼念を見上げた。

「まだ何かありましたかね、続きをしたいんですが」
「あはは…すいません、気が利かないもので」
「続かないから。どうなってんの、この果てなしは」
「愛故にです。お嬢さんだってまだまだ」
「やめんか。蒼ちゃんよ、女王さまの話?」
「えっと、そうだね。その話の続きだ」

蒼念は苦笑を深め、ちらと障子の方を窺った。人気のない静かな夜に戻ったようだった。

「記憶を返して、だったよね。先生にはやっぱり知らないと言われたよ」
「うぬう、どうすりゃ良いんだ」
「刺してみます?あれに封じられてるのなら、女王様も自力で取り戻すんじゃありませんかね」
「刺すのかあ…少し話をしに行けないかな」
「行きましょうか。駄目とは言われないでしょう」
「王さまがダメって言うんじゃないの?」
「では、後程こっそり忍び込みますか」
「承知の助。大佐殿の大目玉が想像できますなあ」

髪を整えてくれる守ノ内は好きにさせておいて、雪妃は蒼念の心配そうな顔を見上げた。

「何かマズい?」
「ううん、良いと思うよ。僕も構えておくね」
「へい。大陸に戻るのはちょっと待ってね」
「あれ、戻るんじゃないの?」
「まだどっちにしようか決めかねておりまして」
「そうなのか。このまま居たら雪妃さん、跡継ぎ問題に巻き込まれるのに?」
「それは困る。でも、王さまの役には立ちたいしなあ」
「紫庵さんを討つ役に立ちましょう。それ以外は私も見過ごせませんよ」
「先生を討つ、かあ。聞いてない事にしとくよ」

ふわりと笑みを残して蒼念は光の残滓となった。障子越しに声がかかり、柔和な容貌が会釈をした。

「陛下が間もなく閨に。お戻りいただけますか」
「おう、お休みの時間?」
「別と言われましたが、三人で川の字で寝ますか」
「守ノ内殿、これは国の存続の問題でございます。お気持ちはお察し致しますが」
「国よりお嬢さんなんです。王様には悪いんですが、譲れませんよ」
「左様でございますか。何よりお戻りを」

聡明そうな宰相の顔は笑みを崩さずに促す。
ひとつ息を吐いて、守ノ内は微笑みを返し腰を上げた。

「話せば分かるお人です、お力添えは別でしましょう」
「う、うむ」

磨かれた廊下をペタペタと歩く。
当たり前のようにあった温もりが隣に戻り、雪妃はやや不服そうにその手を握り返した。大変喜ばしい事なのだが、素直になれないのは仕方がないと諦めもある。

(好き、なんだけど。何だろなあ)

及び腰になってしまうのは、夫とのトラウマが大きいのかもしれない。
どんなに気持ちが盛り上がっても、離れていく時は一瞬なのだ。移ろい行く想いを知っているが故につい余計な心配をしてしまう。もう傷つきたくないという、勝手で卑屈な思いもあった。

(勝永の周りは、かわいこちゃんばかりだしなあ)

他に良い子が居れば、と言い切るのも情けなくも自己防衛だと思う。本当は誰よりも執着してしまう、表には出したくない自分の嫌な面だった。

「お嬢さんは寂しがりやさんなんですね」
「はい?」
「ご心配なく。私がもう離しませんから」
「へい。そいつは助かりますよ、多謝」
「ふふ。素直になれない所も愛してますよ」

前を行くプロテアの背が、笑っているのか揺れていた。いつも侍っているお付きの皆様の中で見た姿だと思うが、宰相というポジションがどのようなものなのか、よく知らない。

「陛下、お連れ致しました」
「うむ」
「また明朝窺います」

おやすみなさいませ、と笑んだプロテアに会釈をして、薄暗い寝室へと入った。
長い髪を解き正座で中央に居た光の君の双眸が行灯に揺れる。臆面なくも側に歩み寄り、守ノ内は苦笑を浮かべた。

「離れられないのでご一緒しますよ」
「そうか。構わぬ」
「助かります」
「卿に手ほどきを受けるのも良いと申しておった」
「おや、そうなんです?」
「フ、卿の稀有な遺伝子も欲しいのう。思い通りにはいかぬものよ」

確かに川の字になって、その夜は眠りについた。囁くように会話を交わすふたりの声を聞きながら、雪妃は早々に夢の世界へと落ちていった。
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