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第7章
第7章
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「陽希…陽希…」
自分の名前を呼ぶ声に薄っすらと瞼を開ける。そこに見えたのは白。だが、先ほど見た景色とは違う、天井の白さだった。少しの間ぼんやりとその天井を見つめたあと、ゆっくりと視線を横へと動かす。そこには陽希の手を祈るように握り締めながら陽希の名前を繰り返し呼ぶ暁斗の姿があった。
……ああ、戻ってこられたんだ。
ピッ、ピッ、と心臓の鼓動を示す機械音が鳴る部屋の中、暁斗は陽希が戻ってくるのを待っていてくれていた。じんわりと浮かび上がりそうになる涙を堪えながら陽希は唇を動かした。
「……あ、きと……」
掠れた声で彼の名前を呼ぶ。すると、彼は下げていた頭をバッと上げて陽希の顔を見た。その瞳は涙で濡れており、陽希は彼を安心させるように小さく笑みを浮かべる。
「……た、だいま…暁斗…」
暁斗の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。本当ならその場で抱き締めたかったのであろう。だが、彼はそれをぐっと堪え、握っていた陽希の手に口付けを落とした。
手の甲から彼の唇の柔らかさと温かさが伝わり、陽希の瞳からも堪えきれずに涙が零れ落ちた。
「おかえり、陽希」
陽希は三日ほど昏睡状態に陥っていたそうだ。
目覚めた後、刺してきた人物について尋ねられたが、陽希にも暁斗にも面識のない人物だった。その後、警察から聞いた話では、犯人は自分の人生が上手くいかないことに腹を立てて誰でも良いから傷つけたかったということらしい。
まさかそんな理由で刺されたのかと思うとやりきれない気持ちもあったが、これも昏睡状態の中で教えられた前世からの罰が原因だったのかもしれない。
不幸中の幸いだったのは、刺された時の出血量は多かったものの、命に関わる臓器の損傷などはなかったことだ。おかげで傷の治りも早く、予定よりも早めに退院できることとなった。
そして退院の日、暁斗が迎えに来てくれて一緒に陽希の家へと帰った。すると、玄関を開けた瞬間に暁斗が陽希のことを強く抱き締めてきた。少しびっくりしたが、病院では周りの目もあって抱き合うことができず、久しぶりの暁斗の香りと温もりに笑みを浮かべる。
陽希も暁斗の背中へと手を回し、身体をより密着させたのだが、そこで違和感に気付いてしまった。身体に当たっているのだ、硬いものが。
「暁斗…当たってる…」
「悪い、久しぶりに陽希の匂い嗅いだから」
「ふふっ…する?」
「身体は大丈夫なのか?」
陽希は顔を上げ、少し背伸びをしながら暁斗の唇へとキスをした。頬を僅かに赤らめながら彼に笑みを向ける。
「うん、大丈夫。けど、久しぶりだからゆっくり、ね?」
ゆっくりとは言いつつもお互いがお互いを求めていたように、寝室に着くなりキスをしながら性急に互いの服を脱がし合った。まるで一分、一秒でも離れていたくないと思わせるような口付けは二人の身体の熱を上げ、互いにしっとりと汗を掻き始めていく。
「んっ…ぁっ…あきっ…んぅっ」
喋る暇さえも与えてくれないような口付けは、それだけで酸欠状態になりそうで、陽希は暁斗の両腕を両手でぎゅっと掴んだ。瞼を薄っすらと開け、生理的な涙が浮かんできてしまった瞳で彼のことを見つめる。すると、彼も同じタイミングで瞼を開け、一度ぢゅっと舌を吸われてから唇が離れていった。
「は、ぁっ…んっ…ゆっくりって、言ったのに…んっ…」
荒い呼吸を繰り返しながら軽く文句を言うと暁斗は少しだけ申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、陽希の頭を撫でた。
「悪い、やっぱお前に触れるって思ったら我慢できなかったわ」
「……俺、壊れちゃわないか心配になってきた」
「ははっ、さすがにそんなことしないから安心しろ。けど、本当にやばそうな時はちゃんと言ってくれ。俺はお前のこと抱いてるとどうにも抑えが効かなくなるから」
「じゃあ…こうするのはどう?」
そう言って陽希は暁斗の身体をベッドに仰向けになるように押した。そして、自分はその上へと跨り、上から暁斗のことを見下ろす。
正直、今からやろうとしていることは内心ではものすごく恥ずかしかった。だが、暁斗にいろんな自分の姿を見てほしいと思ったのだ。それは一度死にかけたからかもしれない。暁斗にまだまだ見せてない姿がたくさんあると思ったからかもしれない。事件の前夜、もっと素直になろうと誓った自分を思い出し、一度瞼を閉じてから暁斗の瞳を見つめる。
「暁斗、俺は暁斗に俺のいろんな姿を見せたい。恥ずかしいところもカッコ悪いところも含めて全部、暁斗に好きになってもらいたい……わがまま、かな?」
最後のほうは少し自信がなくなってしまった。だが、正直な気持ちを伝えると暁斗は一瞬驚いたあと、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、跨っている陽希の左手を自身の唇へと近付けさせた。
「わがままなんかじゃない。陽希がそう思ってくれたことすごく嬉しい。もちろん、お前のいろんな姿を俺も見たいし、全部好きになる自信がある」
そう言いながら暁斗は誓いのキスのように陽希の左手薬指へと口付けを落とした。慈しむような瞳にドキッと心臓が高鳴り、唇が触れた箇所から熱が広がっていくような感覚に頬まで熱くなってしまう。
陽希の顔が赤くなったのを見た暁斗は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「けど、お前が刺されたあの時、意識がなくなる前にキスしてくれただろ。手での目隠し付きで。夢の中の俺も同じことをしてたから理由はなんとなくわかるけど、あれが最後になるかもしれないって思ったら、俺はお前のキスする顔が見れなくて一生後悔するところだったんだぞ」
「えっと、それは……ごめん」
自分に縛られてほしくないと思ってやった目隠しが、まさか逆効果になりそうだったなんて。
陽希が若干気まずげに視線を下げると暁斗はその気まずさを吹き飛ばすように陽希の手をぐいっと引っ張り、自分の顔に彼の顔を近付けさせた。
「いいよ。今からお前の恥ずかしいところもいっぱい見せてくれるんだろ。それで許してやる。俺の上に乗ったってことは、そういうことなんだろ?」
「……うん」
恥じらいながらもこくっと頷き、一瞬視線を彷徨わせてからすぐそばにあった暁斗の唇へと自分の唇を触れさせる。それは先程の激しい口付けとは違い、軽く数回落とすだけの口付け。
「上手くできるかわからないけど、頑張る」
「ああ、俺も動かないように頑張るよ」
陽希はローションを手に取り、暁斗の身体の上に身を横たえたまま自分で後孔を解し始めた。最初は恐る恐るといった感じだったが、要領が掴めたのか、次第に指の動きは大胆になり、腰もぴくぴくと小さく跳ねていく。二本の指で後孔を広げるように動かし、そろそろ良いだろうと指を引き抜こうとした瞬間。
「ぁあっ!」
大人しくしていた暁斗が突然、陽希の指がまだ入っている後孔に彼の指を入れてきたのだ。圧迫感が増すとともに陽希の指を上からぐっと押してくる。
「陽希、ここだ」
「えっ?あ、あぁっ!ゃ、あっ…そこっ、あぁっ!」
ぐっぐっと押してきたところは陽希の弱い場所、前立腺だ。触った感覚が他の場所とは明らかに違っており、陽希は無意識にそこを避けていたのだが、暁斗の指に押されて一気に狂おしいほどの快感に襲われてしまう。そのうえ、そこを押される度にきゅうきゅうと内壁が締まり、まるで二人の指をそこから逃がさないようにしているかのようだった。
「あきとっ、もういいっ…もういいからぁっ」
このまま続けられたら果ててしまいそうで、首を横にふるふると振る。すると、意外にも素直に暁斗は指を引き抜いてくれた。同時に陽希の指も引き抜かれ、三本の指が抜かれた後孔はひくひくと収縮し、隙間から微量のローションを垂れ流している。
「はぁっ…は、ぁ…んっ…」
陽希は荒い呼吸を繰り返しながらのろのろと起き上がった。時間を置いたらその分動けなくなってしまいそうで、膝立ちをして暁斗の陰茎へと視線を移す。そこはすでに硬く勃ち上がり、触れてみるとまるで熱い杭のようで陽希はぼんやりとした状態のままそこを軽く上下に擦ってみた。
「んっ…陽希…」
「…気持ち良い?」
暁斗の零した吐息に何故か嬉しくなり、更に数度擦ると先端から薄っすらと先走りの液が溢れ出た。その液体を指に付け、亀頭をくるくると撫でると暁斗からは切羽詰まったような息が零れた。
「陽希っ、そこはいいから、早くお前の中に入りたい」
「…ふふっ、焦ってる暁斗ってなんか珍しい」
「お前が焦らすからだろ」
「だってゆっくりって言ったじゃん?」
翻弄されていたところから一変、陽希は自分主導で動けることの余裕にニコニコと笑みを浮かべる。もう少し暁斗のことを焦らそうかとも思ったが、陽希自身も先ほど前立腺を弄られたからなのか、中が疼いているような感覚がなかなか拭えずにいた。チラッとベッドサイドのテーブルの引き出しに目をやり、一瞬考えたあとに陽希は暁斗の熱い杭の先へと自身の濡れた蕾を近付けた。
「ゴム、しなくて良いのか?」
「んっ、このままが良い」
片手を彼の腹の上に付き、もう片方の手で彼の陰茎を支える。そして、ゆっくりと腰を降ろしていき、彼の熱い杭を体内へと飲み込んだ。
「んぁっ…ふっ…ぅっ…」
ずぷっと先端が入り込み、指とは違うその質量に一瞬腰を上げてしまいそうになる。しかし、ここで止めてしまったら余計辛くなる気がして、陽希は自身の身体の重みも借りながら腰を降ろした。
半分ほどまで飲み込み、ふぅーっと息を吐いた時、暁斗の両手が陽希の腰に触れた。そのまま彼に掴まれて一気に下げられるのではないかと危惧し、彼の瞳をじっと見つめる。
「無理矢理入れたりしないよ。触っただけ」
「んっ…ほんと?」
「ああ、本当だ。それと、この前のこと思い出してな」
「この前?」
一体いつのことを言っているのか皆目見当がつかず、疑問の表情を向けると、彼はニヤリと口角を上げた。
この顔は、何か良くないことを企んでいる気がする。
陽希の直感がそう告げると、案の定、彼は陽希の腰に触れていた手をお腹のほうへと動かし、刺された場所は避けるようにしてそこを撫でた。そして、その手は下腹部を通って陰茎にも触れそうになるが、その手前で止まった。
「この前、ナマでヤったときにお前意識飛ばしただろ?そのあとどうしたと思う?」
「……」
あの時、陽希が目覚めたときには身体もベッドも全て綺麗になっていた。大体の予想はついていたが、それを考えるのはあまりにも恥ずかしく、記憶の中から消し去っていた。まさか、このタイミングで持ち出されるとは思わずに無意識に半分まで入った彼の陰茎をきゅっと締め付けてしまう。すると、ちょうど位置が良かったというべきか、悪かったというべきか、彼の張った亀頭が前立腺を押し上げてしまい、ビクンッと身体が跳ね上がった。
「あぁっ…!」
「ふっ…あの時の意識のないお前も可愛かったよ。風呂場に連れて行って掻き出してるときも可愛い声出してぴくぴく震えてた」
暁斗の言葉にそのシーンを想像してしまい、カーッと顔が熱くなる。意識をそっちに引っ張られてしまったせいなのか、一瞬にして力のコントロールを失い、半分まで飲み込んでいた陰茎を一気に飲み込んでしまった。
「ひっ、あぁっ…!」
ぐちゅんっと濡れた音と肌と肌がぶつかる音が響き、目の前にチカチカと光が飛び散る。背中を仰け反らせてはくはくと唇を動かしていると暁斗が先ほどは触れなかった陰茎に触れ、陽希がやったのと同じように亀頭をくるくると撫でてきた。
「ゃ、あっ…だ、めっ…動かないって…あっ、ぁっ」
「腰は動かしてない」
「うぅっ…屁理屈…」
「ははっ、ほら、陽希が動いてくれるんだろ?頑張って」
促すように亀頭の先端をくちゅっと押され、甘い痺れが腰に広がり、彼の陰茎をきゅうっと締め付ける。彼の悪戯な手はゆるゆると柔い刺激を繰り返し陽希に与え、そのもどかしい刺激に耐え切れず、陽希は両手を彼の逞しい腹筋の上に置いて腰を動かし始めた。
最初はどうするのが気持ち良いかわからずにゆっくりと前後に動かし、次第に上下に動かしたほうが気持ち良いことに気付いて軽く上げたり下げたりを繰り返す。だが、前回暁斗に抱かれたときのような快感には程遠く、動きにくい気もした。すると、暁斗の両手が陽希の両膝へと触れた。
「陽希、動きにくい?」
「んっ…ごめん、上手く動けなくて…」
「謝らなくて良いよ。ちょっと姿勢変えてみようか。膝立ててみて」
その言い方が仕事中に優しく教えてくれるときの言い方そっくりで少し笑いそうになる。
陽希は条件反射のように言われた通り両膝を立てた。彼の上でM字開脚をしていることに気付いたのはその体勢になったあとだった。確かに足裏がベッドについていることで先ほどよりは動きやすくなったが、これではまるで結合部を見せつけているかのようだ。
「…暁斗、この姿勢はちょっと…」
「恥ずかしいところも全部見せてくれるんだろ?それに、こっちのほうが動きやすい」
もっともなことを言われてしまったうえに、自分の発言を少し後悔してきた。
陽希が動きを停止していると背中側で何かが動いた。チラッとそちらのほうを見ると暁斗が両膝を立てており、陽希が後ろ側に少し傾けばそこに寄りかかれるような状態になっている。
「陽希、どっちの手でも良いから俺の膝掴んで、それで腰を上下に動かしてみて」
膝を掴む、そう言われて陽希は右手で彼の膝を掴んだ。必然的に身体が若干後ろに反れ、それが余計に結合部を彼に見せつけることになってしまった。それに加え、ただ座っていたときよりも彼の亀頭が前立腺を押し上げてくる。軽く上下に動かしただけで物足りなかった快感が爆発的に広がり、なけなしの理性が崩壊していくような気がした。
「ひ、ぁっ…あっ、これ、だめっ…!」
「だめじゃないよ。ほら、動かして」
暁斗の膝を片手でぎゅっと掴んだまま陽希は先程よりも大きく腰を上下に動かし始めた。自分で自分の気持ち良いところに彼の陰茎が当たるように動かすと腰の動きはより大胆になり、声も抑えることができなくなっていく。
「あぁっ…!きもちいっ…あきとっ…あっ、あぁっ、とまらなっ…んぁっ」
ぐちゅっぐちゅっと結合部から響く音が大きくなり、前立腺を擦るように、最奥を叩くように、恥じらいも全て忘れ、陽希は快感を追い求めるように腰を動かした。
「陽希」
「ふっ、ぁ…?」
知らぬ間に閉じてしまっていた瞼を薄く開け、暁斗のほうへと視線を向ける。その表情はまた何か企んでいるかのように笑みを浮かべており、彼の視線が下を見るようにと促してきた。
「ん…?」
「すごく、えろいぞ、お前」
「ッ…!」
視線の先にあったのは陽希自身の陰茎であり、それは爆発寸前であるかのように勃ち上がって大量の液体を垂れ流している。その液体は陽希の陰茎を伝って二人の繋がっている部分にも落ちており、それが余計に粘着質な水音を増している原因でもあった。
「俺に食いついてるとこ、内側のピンク色が見えたりしてる」
「や、ぁっ…言わなっ…」
「中もすごく締め付けてる」
「ぁっ…まっ、まって…だめっ…」
「陽希の動きで、何処が気持ち良いのかもわかる。ここ、好きでしょ?」
その瞬間、暁斗が僅かに腰を上げた。それは小さな動きだったが、的確に陽希の好きな部分を突き上げてきた。
「あぁぁっ!」
びゅくっと陽希の陰茎から精液が飛び散る。暁斗に言われたことを考えてしまった時点で達してしまいそうになっていたが、小さな一突きでそれは限界を迎えた。
びくびくっと身体が震え、暁斗の陰茎をぎゅうっと締め付ける。絶頂に脳がフリーズしていると、暁斗がゆっくりと下から突き上げてきた。激しくはないその突き上げは、まるで陽希の絶頂をより長引かせるようであり、激しくされるのよりも陽希を絶頂の中に引き止めているようでもある。
快感に溺れて戻ってこられなくなるのではないかと頭の何処かで考えていると、突然ぐいっと身体が前に引っ張られた。もちろんそれに抵抗する力など残っているわけもなく、陽希は暁斗の身体の上に倒れ込む。そして、熱い唇同士が触れ合った。
「んぅっ…ふっ…ぁっ…あきっ…んぁっ!」
口付けを交わしながらずちゅっずちゅっと下から何度も突き上げられ、陽希は自分がイっているのかどうなのかもわからなくなっていく。身体の奥深くまで暁斗で満たされていく感覚に溺れていると、彼がひと際大きく最奥を突き上げた。
「――ッ!」
ビクビクッと身体が震え、彼の陰茎を締め付けた瞬間、身体の奥深くに熱いものが叩きつけられるのを感じた。ドクドクと注がれていく彼の精液を感じながら互いの舌を絡め合わせ、熱さと心地良さを全身で受け止める。
「んっ…陽希…」
「は、ぁ…っ…んっ…あき、とっ…」
「…悪い、やっぱ止められなかった」
「……ふっ、ふふっ…いいよ、きもちよかったから」
身体のふわふわとした感じが抜けないまま陽希は暁斗に満足気な笑みを向けた。
◆
「暁斗、言ってなかったことがあって」
事後の気怠くも甘い雰囲気の中、陽希は暁斗の腕に抱かれたまま呟いた。
刺された後の昏睡状態の中で見た夢。そのことを伝えるタイミングがなかなかなく、今日まで言えずにいた。陽希は顔を上げて暁斗の瞳を見つめながら口を開いた。
「刺された後、夢の中で前世の俺たちに会ったんだ」
「前世の俺たち?」
「うん。ずっと前から夢の中で見てた俺たち。その夢の中で俺が死の匂いを感じ取れるのは前世の俺が自死したことによる罰だって言われた」
何度も繰り返し見た夢の中で、陽希は自身の心臓を貫いていた。きっと暁斗が身を挺して守ってくれた命を陽希は自らの手で終わりにしてしまい、それが罰に繋がったのだろう。
陽希はこの匂いに対して良い思い出なんて一度もなかった。だってそれは死という別れを意味しているのだから。しかし、今はその気持ちが変わっていた。
「最初はこんな匂いわからないほうが良いのにって思ってた。けど、今は罰なんかじゃないと思ってる。この匂いのおかげで暁斗のことを守れたから。それに、死の運命は変えられるって暁斗が教えてくれたから、俺は諦めずに戻ってくることができた。暁斗、ありがとう」
素直にお礼を告げると暁斗は陽希の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、優しく額へと一つ口付けを落とす。
「陽希、これから先、何年、何十年経っても一緒にいよう」
その言葉にこくりと頷き、陽希の顔には笑みが浮かんだ。
運命は変えられると教えてくれた愛しい人。彼と人生を共に、長く一緒にいられることを願い、陽希は彼の瞳を見つめながら告げた。
「俺たちが一緒にいることは変えたくない運命だからね」
自分の名前を呼ぶ声に薄っすらと瞼を開ける。そこに見えたのは白。だが、先ほど見た景色とは違う、天井の白さだった。少しの間ぼんやりとその天井を見つめたあと、ゆっくりと視線を横へと動かす。そこには陽希の手を祈るように握り締めながら陽希の名前を繰り返し呼ぶ暁斗の姿があった。
……ああ、戻ってこられたんだ。
ピッ、ピッ、と心臓の鼓動を示す機械音が鳴る部屋の中、暁斗は陽希が戻ってくるのを待っていてくれていた。じんわりと浮かび上がりそうになる涙を堪えながら陽希は唇を動かした。
「……あ、きと……」
掠れた声で彼の名前を呼ぶ。すると、彼は下げていた頭をバッと上げて陽希の顔を見た。その瞳は涙で濡れており、陽希は彼を安心させるように小さく笑みを浮かべる。
「……た、だいま…暁斗…」
暁斗の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。本当ならその場で抱き締めたかったのであろう。だが、彼はそれをぐっと堪え、握っていた陽希の手に口付けを落とした。
手の甲から彼の唇の柔らかさと温かさが伝わり、陽希の瞳からも堪えきれずに涙が零れ落ちた。
「おかえり、陽希」
陽希は三日ほど昏睡状態に陥っていたそうだ。
目覚めた後、刺してきた人物について尋ねられたが、陽希にも暁斗にも面識のない人物だった。その後、警察から聞いた話では、犯人は自分の人生が上手くいかないことに腹を立てて誰でも良いから傷つけたかったということらしい。
まさかそんな理由で刺されたのかと思うとやりきれない気持ちもあったが、これも昏睡状態の中で教えられた前世からの罰が原因だったのかもしれない。
不幸中の幸いだったのは、刺された時の出血量は多かったものの、命に関わる臓器の損傷などはなかったことだ。おかげで傷の治りも早く、予定よりも早めに退院できることとなった。
そして退院の日、暁斗が迎えに来てくれて一緒に陽希の家へと帰った。すると、玄関を開けた瞬間に暁斗が陽希のことを強く抱き締めてきた。少しびっくりしたが、病院では周りの目もあって抱き合うことができず、久しぶりの暁斗の香りと温もりに笑みを浮かべる。
陽希も暁斗の背中へと手を回し、身体をより密着させたのだが、そこで違和感に気付いてしまった。身体に当たっているのだ、硬いものが。
「暁斗…当たってる…」
「悪い、久しぶりに陽希の匂い嗅いだから」
「ふふっ…する?」
「身体は大丈夫なのか?」
陽希は顔を上げ、少し背伸びをしながら暁斗の唇へとキスをした。頬を僅かに赤らめながら彼に笑みを向ける。
「うん、大丈夫。けど、久しぶりだからゆっくり、ね?」
ゆっくりとは言いつつもお互いがお互いを求めていたように、寝室に着くなりキスをしながら性急に互いの服を脱がし合った。まるで一分、一秒でも離れていたくないと思わせるような口付けは二人の身体の熱を上げ、互いにしっとりと汗を掻き始めていく。
「んっ…ぁっ…あきっ…んぅっ」
喋る暇さえも与えてくれないような口付けは、それだけで酸欠状態になりそうで、陽希は暁斗の両腕を両手でぎゅっと掴んだ。瞼を薄っすらと開け、生理的な涙が浮かんできてしまった瞳で彼のことを見つめる。すると、彼も同じタイミングで瞼を開け、一度ぢゅっと舌を吸われてから唇が離れていった。
「は、ぁっ…んっ…ゆっくりって、言ったのに…んっ…」
荒い呼吸を繰り返しながら軽く文句を言うと暁斗は少しだけ申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、陽希の頭を撫でた。
「悪い、やっぱお前に触れるって思ったら我慢できなかったわ」
「……俺、壊れちゃわないか心配になってきた」
「ははっ、さすがにそんなことしないから安心しろ。けど、本当にやばそうな時はちゃんと言ってくれ。俺はお前のこと抱いてるとどうにも抑えが効かなくなるから」
「じゃあ…こうするのはどう?」
そう言って陽希は暁斗の身体をベッドに仰向けになるように押した。そして、自分はその上へと跨り、上から暁斗のことを見下ろす。
正直、今からやろうとしていることは内心ではものすごく恥ずかしかった。だが、暁斗にいろんな自分の姿を見てほしいと思ったのだ。それは一度死にかけたからかもしれない。暁斗にまだまだ見せてない姿がたくさんあると思ったからかもしれない。事件の前夜、もっと素直になろうと誓った自分を思い出し、一度瞼を閉じてから暁斗の瞳を見つめる。
「暁斗、俺は暁斗に俺のいろんな姿を見せたい。恥ずかしいところもカッコ悪いところも含めて全部、暁斗に好きになってもらいたい……わがまま、かな?」
最後のほうは少し自信がなくなってしまった。だが、正直な気持ちを伝えると暁斗は一瞬驚いたあと、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、跨っている陽希の左手を自身の唇へと近付けさせた。
「わがままなんかじゃない。陽希がそう思ってくれたことすごく嬉しい。もちろん、お前のいろんな姿を俺も見たいし、全部好きになる自信がある」
そう言いながら暁斗は誓いのキスのように陽希の左手薬指へと口付けを落とした。慈しむような瞳にドキッと心臓が高鳴り、唇が触れた箇所から熱が広がっていくような感覚に頬まで熱くなってしまう。
陽希の顔が赤くなったのを見た暁斗は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「けど、お前が刺されたあの時、意識がなくなる前にキスしてくれただろ。手での目隠し付きで。夢の中の俺も同じことをしてたから理由はなんとなくわかるけど、あれが最後になるかもしれないって思ったら、俺はお前のキスする顔が見れなくて一生後悔するところだったんだぞ」
「えっと、それは……ごめん」
自分に縛られてほしくないと思ってやった目隠しが、まさか逆効果になりそうだったなんて。
陽希が若干気まずげに視線を下げると暁斗はその気まずさを吹き飛ばすように陽希の手をぐいっと引っ張り、自分の顔に彼の顔を近付けさせた。
「いいよ。今からお前の恥ずかしいところもいっぱい見せてくれるんだろ。それで許してやる。俺の上に乗ったってことは、そういうことなんだろ?」
「……うん」
恥じらいながらもこくっと頷き、一瞬視線を彷徨わせてからすぐそばにあった暁斗の唇へと自分の唇を触れさせる。それは先程の激しい口付けとは違い、軽く数回落とすだけの口付け。
「上手くできるかわからないけど、頑張る」
「ああ、俺も動かないように頑張るよ」
陽希はローションを手に取り、暁斗の身体の上に身を横たえたまま自分で後孔を解し始めた。最初は恐る恐るといった感じだったが、要領が掴めたのか、次第に指の動きは大胆になり、腰もぴくぴくと小さく跳ねていく。二本の指で後孔を広げるように動かし、そろそろ良いだろうと指を引き抜こうとした瞬間。
「ぁあっ!」
大人しくしていた暁斗が突然、陽希の指がまだ入っている後孔に彼の指を入れてきたのだ。圧迫感が増すとともに陽希の指を上からぐっと押してくる。
「陽希、ここだ」
「えっ?あ、あぁっ!ゃ、あっ…そこっ、あぁっ!」
ぐっぐっと押してきたところは陽希の弱い場所、前立腺だ。触った感覚が他の場所とは明らかに違っており、陽希は無意識にそこを避けていたのだが、暁斗の指に押されて一気に狂おしいほどの快感に襲われてしまう。そのうえ、そこを押される度にきゅうきゅうと内壁が締まり、まるで二人の指をそこから逃がさないようにしているかのようだった。
「あきとっ、もういいっ…もういいからぁっ」
このまま続けられたら果ててしまいそうで、首を横にふるふると振る。すると、意外にも素直に暁斗は指を引き抜いてくれた。同時に陽希の指も引き抜かれ、三本の指が抜かれた後孔はひくひくと収縮し、隙間から微量のローションを垂れ流している。
「はぁっ…は、ぁ…んっ…」
陽希は荒い呼吸を繰り返しながらのろのろと起き上がった。時間を置いたらその分動けなくなってしまいそうで、膝立ちをして暁斗の陰茎へと視線を移す。そこはすでに硬く勃ち上がり、触れてみるとまるで熱い杭のようで陽希はぼんやりとした状態のままそこを軽く上下に擦ってみた。
「んっ…陽希…」
「…気持ち良い?」
暁斗の零した吐息に何故か嬉しくなり、更に数度擦ると先端から薄っすらと先走りの液が溢れ出た。その液体を指に付け、亀頭をくるくると撫でると暁斗からは切羽詰まったような息が零れた。
「陽希っ、そこはいいから、早くお前の中に入りたい」
「…ふふっ、焦ってる暁斗ってなんか珍しい」
「お前が焦らすからだろ」
「だってゆっくりって言ったじゃん?」
翻弄されていたところから一変、陽希は自分主導で動けることの余裕にニコニコと笑みを浮かべる。もう少し暁斗のことを焦らそうかとも思ったが、陽希自身も先ほど前立腺を弄られたからなのか、中が疼いているような感覚がなかなか拭えずにいた。チラッとベッドサイドのテーブルの引き出しに目をやり、一瞬考えたあとに陽希は暁斗の熱い杭の先へと自身の濡れた蕾を近付けた。
「ゴム、しなくて良いのか?」
「んっ、このままが良い」
片手を彼の腹の上に付き、もう片方の手で彼の陰茎を支える。そして、ゆっくりと腰を降ろしていき、彼の熱い杭を体内へと飲み込んだ。
「んぁっ…ふっ…ぅっ…」
ずぷっと先端が入り込み、指とは違うその質量に一瞬腰を上げてしまいそうになる。しかし、ここで止めてしまったら余計辛くなる気がして、陽希は自身の身体の重みも借りながら腰を降ろした。
半分ほどまで飲み込み、ふぅーっと息を吐いた時、暁斗の両手が陽希の腰に触れた。そのまま彼に掴まれて一気に下げられるのではないかと危惧し、彼の瞳をじっと見つめる。
「無理矢理入れたりしないよ。触っただけ」
「んっ…ほんと?」
「ああ、本当だ。それと、この前のこと思い出してな」
「この前?」
一体いつのことを言っているのか皆目見当がつかず、疑問の表情を向けると、彼はニヤリと口角を上げた。
この顔は、何か良くないことを企んでいる気がする。
陽希の直感がそう告げると、案の定、彼は陽希の腰に触れていた手をお腹のほうへと動かし、刺された場所は避けるようにしてそこを撫でた。そして、その手は下腹部を通って陰茎にも触れそうになるが、その手前で止まった。
「この前、ナマでヤったときにお前意識飛ばしただろ?そのあとどうしたと思う?」
「……」
あの時、陽希が目覚めたときには身体もベッドも全て綺麗になっていた。大体の予想はついていたが、それを考えるのはあまりにも恥ずかしく、記憶の中から消し去っていた。まさか、このタイミングで持ち出されるとは思わずに無意識に半分まで入った彼の陰茎をきゅっと締め付けてしまう。すると、ちょうど位置が良かったというべきか、悪かったというべきか、彼の張った亀頭が前立腺を押し上げてしまい、ビクンッと身体が跳ね上がった。
「あぁっ…!」
「ふっ…あの時の意識のないお前も可愛かったよ。風呂場に連れて行って掻き出してるときも可愛い声出してぴくぴく震えてた」
暁斗の言葉にそのシーンを想像してしまい、カーッと顔が熱くなる。意識をそっちに引っ張られてしまったせいなのか、一瞬にして力のコントロールを失い、半分まで飲み込んでいた陰茎を一気に飲み込んでしまった。
「ひっ、あぁっ…!」
ぐちゅんっと濡れた音と肌と肌がぶつかる音が響き、目の前にチカチカと光が飛び散る。背中を仰け反らせてはくはくと唇を動かしていると暁斗が先ほどは触れなかった陰茎に触れ、陽希がやったのと同じように亀頭をくるくると撫でてきた。
「ゃ、あっ…だ、めっ…動かないって…あっ、ぁっ」
「腰は動かしてない」
「うぅっ…屁理屈…」
「ははっ、ほら、陽希が動いてくれるんだろ?頑張って」
促すように亀頭の先端をくちゅっと押され、甘い痺れが腰に広がり、彼の陰茎をきゅうっと締め付ける。彼の悪戯な手はゆるゆると柔い刺激を繰り返し陽希に与え、そのもどかしい刺激に耐え切れず、陽希は両手を彼の逞しい腹筋の上に置いて腰を動かし始めた。
最初はどうするのが気持ち良いかわからずにゆっくりと前後に動かし、次第に上下に動かしたほうが気持ち良いことに気付いて軽く上げたり下げたりを繰り返す。だが、前回暁斗に抱かれたときのような快感には程遠く、動きにくい気もした。すると、暁斗の両手が陽希の両膝へと触れた。
「陽希、動きにくい?」
「んっ…ごめん、上手く動けなくて…」
「謝らなくて良いよ。ちょっと姿勢変えてみようか。膝立ててみて」
その言い方が仕事中に優しく教えてくれるときの言い方そっくりで少し笑いそうになる。
陽希は条件反射のように言われた通り両膝を立てた。彼の上でM字開脚をしていることに気付いたのはその体勢になったあとだった。確かに足裏がベッドについていることで先ほどよりは動きやすくなったが、これではまるで結合部を見せつけているかのようだ。
「…暁斗、この姿勢はちょっと…」
「恥ずかしいところも全部見せてくれるんだろ?それに、こっちのほうが動きやすい」
もっともなことを言われてしまったうえに、自分の発言を少し後悔してきた。
陽希が動きを停止していると背中側で何かが動いた。チラッとそちらのほうを見ると暁斗が両膝を立てており、陽希が後ろ側に少し傾けばそこに寄りかかれるような状態になっている。
「陽希、どっちの手でも良いから俺の膝掴んで、それで腰を上下に動かしてみて」
膝を掴む、そう言われて陽希は右手で彼の膝を掴んだ。必然的に身体が若干後ろに反れ、それが余計に結合部を彼に見せつけることになってしまった。それに加え、ただ座っていたときよりも彼の亀頭が前立腺を押し上げてくる。軽く上下に動かしただけで物足りなかった快感が爆発的に広がり、なけなしの理性が崩壊していくような気がした。
「ひ、ぁっ…あっ、これ、だめっ…!」
「だめじゃないよ。ほら、動かして」
暁斗の膝を片手でぎゅっと掴んだまま陽希は先程よりも大きく腰を上下に動かし始めた。自分で自分の気持ち良いところに彼の陰茎が当たるように動かすと腰の動きはより大胆になり、声も抑えることができなくなっていく。
「あぁっ…!きもちいっ…あきとっ…あっ、あぁっ、とまらなっ…んぁっ」
ぐちゅっぐちゅっと結合部から響く音が大きくなり、前立腺を擦るように、最奥を叩くように、恥じらいも全て忘れ、陽希は快感を追い求めるように腰を動かした。
「陽希」
「ふっ、ぁ…?」
知らぬ間に閉じてしまっていた瞼を薄く開け、暁斗のほうへと視線を向ける。その表情はまた何か企んでいるかのように笑みを浮かべており、彼の視線が下を見るようにと促してきた。
「ん…?」
「すごく、えろいぞ、お前」
「ッ…!」
視線の先にあったのは陽希自身の陰茎であり、それは爆発寸前であるかのように勃ち上がって大量の液体を垂れ流している。その液体は陽希の陰茎を伝って二人の繋がっている部分にも落ちており、それが余計に粘着質な水音を増している原因でもあった。
「俺に食いついてるとこ、内側のピンク色が見えたりしてる」
「や、ぁっ…言わなっ…」
「中もすごく締め付けてる」
「ぁっ…まっ、まって…だめっ…」
「陽希の動きで、何処が気持ち良いのかもわかる。ここ、好きでしょ?」
その瞬間、暁斗が僅かに腰を上げた。それは小さな動きだったが、的確に陽希の好きな部分を突き上げてきた。
「あぁぁっ!」
びゅくっと陽希の陰茎から精液が飛び散る。暁斗に言われたことを考えてしまった時点で達してしまいそうになっていたが、小さな一突きでそれは限界を迎えた。
びくびくっと身体が震え、暁斗の陰茎をぎゅうっと締め付ける。絶頂に脳がフリーズしていると、暁斗がゆっくりと下から突き上げてきた。激しくはないその突き上げは、まるで陽希の絶頂をより長引かせるようであり、激しくされるのよりも陽希を絶頂の中に引き止めているようでもある。
快感に溺れて戻ってこられなくなるのではないかと頭の何処かで考えていると、突然ぐいっと身体が前に引っ張られた。もちろんそれに抵抗する力など残っているわけもなく、陽希は暁斗の身体の上に倒れ込む。そして、熱い唇同士が触れ合った。
「んぅっ…ふっ…ぁっ…あきっ…んぁっ!」
口付けを交わしながらずちゅっずちゅっと下から何度も突き上げられ、陽希は自分がイっているのかどうなのかもわからなくなっていく。身体の奥深くまで暁斗で満たされていく感覚に溺れていると、彼がひと際大きく最奥を突き上げた。
「――ッ!」
ビクビクッと身体が震え、彼の陰茎を締め付けた瞬間、身体の奥深くに熱いものが叩きつけられるのを感じた。ドクドクと注がれていく彼の精液を感じながら互いの舌を絡め合わせ、熱さと心地良さを全身で受け止める。
「んっ…陽希…」
「は、ぁ…っ…んっ…あき、とっ…」
「…悪い、やっぱ止められなかった」
「……ふっ、ふふっ…いいよ、きもちよかったから」
身体のふわふわとした感じが抜けないまま陽希は暁斗に満足気な笑みを向けた。
◆
「暁斗、言ってなかったことがあって」
事後の気怠くも甘い雰囲気の中、陽希は暁斗の腕に抱かれたまま呟いた。
刺された後の昏睡状態の中で見た夢。そのことを伝えるタイミングがなかなかなく、今日まで言えずにいた。陽希は顔を上げて暁斗の瞳を見つめながら口を開いた。
「刺された後、夢の中で前世の俺たちに会ったんだ」
「前世の俺たち?」
「うん。ずっと前から夢の中で見てた俺たち。その夢の中で俺が死の匂いを感じ取れるのは前世の俺が自死したことによる罰だって言われた」
何度も繰り返し見た夢の中で、陽希は自身の心臓を貫いていた。きっと暁斗が身を挺して守ってくれた命を陽希は自らの手で終わりにしてしまい、それが罰に繋がったのだろう。
陽希はこの匂いに対して良い思い出なんて一度もなかった。だってそれは死という別れを意味しているのだから。しかし、今はその気持ちが変わっていた。
「最初はこんな匂いわからないほうが良いのにって思ってた。けど、今は罰なんかじゃないと思ってる。この匂いのおかげで暁斗のことを守れたから。それに、死の運命は変えられるって暁斗が教えてくれたから、俺は諦めずに戻ってくることができた。暁斗、ありがとう」
素直にお礼を告げると暁斗は陽希の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、優しく額へと一つ口付けを落とす。
「陽希、これから先、何年、何十年経っても一緒にいよう」
その言葉にこくりと頷き、陽希の顔には笑みが浮かんだ。
運命は変えられると教えてくれた愛しい人。彼と人生を共に、長く一緒にいられることを願い、陽希は彼の瞳を見つめながら告げた。
「俺たちが一緒にいることは変えたくない運命だからね」
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