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|unknown territory《未知の領域》
ビビッドな愛をくれ
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どこからかピアノの音が聞える。
聞いたことのないメロディー。ドラマティックな演奏はクラッシックにも思えるけれど、多分ポップスだ。
低く何かを暗示させるような始まりから展開して、溜まったプレッシャーや恐怖を激しく発散させるエモーショナルな音楽。
激しい戦いをイメージさせるパートが終わったあとに訪れる静けさ。
旋律が印象的で耳に残り、起伏に富んでいる構成が素晴らしい。
けれど、もしこれに歌詞がついていたならば、並みの歌い手では自分の能力に限界を感じるはず。声の質から始まって、音を自由自在に操れるかなり高レベルの技術と表現力、喉の強さが必要だろう。
編曲しているのかピアノの音は、止まっては弾くを繰り返し、少しずつ音を調整しながら、エンドに向けてクールダウンしていく。
曲を聞いていたら、優吾の心の中に挑戦したいという気持ちが湧いてきた。
止んでしまったピアノを追い求めるように、優吾は手を伸ばそうとしたが、ぴくりとも動かない腕に焦りを覚える。浮上しかけた意識が、身体はまだベッドに横たわったまま眠っている状態だと認識した。
外側に開いた木製のルーバに影が差し、一羽の小鳥が窓枠に舞い降りた。小鳥のチチチッとさえずった声が、室内に大きく反響したのに驚き、優吾はパチッと瞼を開けた。
「ここ、どこだ?」
起き上がろうとしたが、腰の奥に鈍痛を感じて、身体を支えていた腕の力が抜ける。再びベッドに沈んだ衝撃で腰が痛み、優吾はうめき声を漏らした。
何だこの痛みは? と思った瞬間、優吾の脳裏に昨夜の記憶がまざまざと蘇り、やっちまった感がどっと押し寄せて居たたまれなくなる。優吾は両手で顔を覆った。
「わぁ~、俺、お持ち帰りされちゃったよ」
優吾は人差し指と中指を開けて恐る恐るベッドを見回し、汚れの無いシーツと、何も着ていない自分の身体を確認した。
ところどころ赤くなっている部分は、リアムが情熱的に口づけた痕だ。
あんなに激しく求められたにも関わらず、肌がさらりとしているのは、優吾の意識が無い時にリアムが拭いてくれたからだろう。
されるがままに処置をされたと思うと、余計に恥ずかしさが込み上げる。
「ありえね~。旅の恥はかき捨てっていうのは、まさにこのことだな」
今まで優吾は律以外の男に肩入れしたことがないから、自分の性的志向に疑問を持っていた。
それでも自分がゲイかどうか知るためにとか、律に失恋した反動でヤケになって男と寝るなんてことは、日本にいたら絶対にやらなかったろう。というか、やれなかった。
なぜなら優吾は、律と一緒に音楽をプレイするために、次々と英語の歌をマスターしなければならず、二、三週間で十曲以上を総入れ替えしてライブに挑む日々を続けてるという超多忙な日々を送っていたから。
何度も来てくれるファンの前で、持ち歌でもない曲を何度も歌うわけにはいかないのが、コピーバンドのつらいところだ。
楽器演奏者は楽譜を見られるが、ボーカルは歌詞を丸暗記して歌いこなさなければならず、その上優吾はギターの練習も欠かさずにしていたから、精神的にも肉体的にも、音楽にかける以外の時間など持ち合わせていなかったのだ。
音楽と言えば、さっきから聞こえてくるこの曲は何だろう?
耳を澄ましながら周囲を見渡せば、優吾の足先から数メートル離れた壁にあるウォークインクローゼットの折戸が開いているのに気が付いた。
結構中は広そうだ。他人のものを勝手に見てはいけないと思っても、ギターケースらしきものが目に入ってしまったせいで好奇心が抑えられず、優吾は鈍痛に顔をしかめながら裸のままベッドから降りて、クローゼットの中に入っていく。
左手の壁にある古びたポスターが目に飛び込んできた。
「あっ、これ知ってる。unknown territoryだ」
確か小学校の給食の時間に、このグループのアップテンポな曲が流れて、女子も男子もノリノリで聞いていた。
その頃既に楽器演奏に興味があった優吾は、どんな奴らがプレイしているのか気になって調べたのだ。
バンドメンバーたちはお互いをイニシャルで呼び合っていた。
ボーカルはO、ギタリストはLiというように。ファンにはそれがクールに映ったようだ。
音楽記者が由来を尋ねたところ、科学元素記号だと答えが返ってきて、それがまた若い世代にウケたらしい。
もちろん人気があった理由は、外見や呼び名だけではない。ティーンエイジャーたちで結成されたunknown territoryは、Houseやロック、歌い上げるバラードに至るまで、ジャンルに関わらずアグリッシブに攻めていたからだ。
彼らの持ち味は、卓越した演奏技術だけでなく、パワフルなボーカルの声にもある。
音域の広さと声量を駆使して、自由自在にフェイクするボーカルの才能は、驚異的だと評価されていた。
洋楽を好んで聞いていた優吾も、衝撃を受けた一人だ。
十年前に小学五年生だった優吾は、メンバーに夢中になるほどの色気はなかったため、今の優吾の記憶にも、曲は残っているがメンバーの顔は定かではない。優吾は近づいてポスターのボーカルとリードギターの男の顔を見つめた。
「うっそ! リアムだ!」
アイメイクをしているからリアムだとは分かりづらいが、鼻や口の形はごまかせない。
今より若いリアムが、ぴったりと身体にはりつくような光沢のあるタンクトップと長い脚を強調する革のパンツの衣装で、ステージライトに照らされながらエレキギターを弾いている。
ハイスピードで弦を弾く指にピントが合わずにブレていて、振り払った髪が宙に舞う姿は、今にも動き出しそうだ。
若いリアムの絞られた身体としなやかな筋肉に、思わず喉がなる。あらぬ場所が昨夜の行為をなぞるように収縮した。
視線をリアムから引き剥がして、リアムより華奢な金髪のボーカルへと向ける。そちらに意識を集中させて身体に灯った熱を散らすつもりだったのだが、そんな思惑はボーカルを見た途端に吹き飛んだ。
昨日エトワールにライブを聞きに来た男は、金髪ではなくアッシュブラウンの髪で顔を半分覆っていたが、グリーンアイと金茶のバイアイは同じだ。
「びっくり! こいつオーウェンだ! そうか、ボーカルのOは、oxygen(オキシジェン)の元素記号じゃなくて、Owen(オーウェン)の頭文字だったんだ。LiはLithiium(リチウム)じゃなくてLiamの二文字からとった名前だったんだな」
「お前、どうしてオーウェンの名前を知っている? どこかで会ったのか?」
急に後ろから声をかけられ、優吾は跳び上がりそうになった。何とか堪えて、平静を装いながらリアムに向き直る。
「昨日エトワールで会った。ライブ前にマイケルという名前のイギリス人と一緒に入ってきて、リアムの演奏が終わった後、すぐに姿を消したらしい。あの不愛想な奴は、リアムが演奏するのを知っていたよ。元バンド仲間なら、挨拶ぐらいすればいいのに」
一瞬、リアムの表情が苦し気に歪んだように感じたのは気のせいだろうか?
じっと見つめる優吾に相づちも打たず、リアムはクローゼットの奥にある棚から白いTシャツとカーキー色のハーフパンツを掴んで、優吾に投げてよこした。
落ちないように慌ててキャッチした優吾の横を通り過ぎ、足早にクウォークインクローゼットから出ていこうとする。
振り向きざまにリアムが、シャワーを浴びたら昼飯だと告げた。
「えっ? もうそんな時間」
優吾が言い終わらないうちに、正直な胃袋が空腹の合図を盛大に鳴らしてしまい、それを聞いたリアムがクックッと笑う。反射で腹を押さえながら優吾がしどろもどろに言い訳をしようとするのを、リアムが遮った。
「あれだけハードな運動をしたんだから、腹は減るさ。飢え死にする前に、さっさと仕度してダイニングに来い」
「な、何言って……思い出させるなよ、バカ!」
赤くなった優吾の頬をするりと撫で、リアムが笑いながら去っていった。
リアムにからかわれたのは癪だが空腹には勝てず、優吾は昨日ベッドに入る前に使った寝室の奥にあるシャワールームに入った。
湯を浴びながら、恐る恐る後ろに触れてみると、熱っぽく腫れてはいるものの、傷ついてはいないようでホッとする。
「上手かったもんな。どれだけ恋愛経を験積んでるんだか」
経験のない優吾でも、あれだけすんなり絶頂へ追い上げられたのだから、リアムの手管がどれだけ上手いかはよく分かる。
ともするとまた身体の奥にやっかいな熱を孕みそうで、優吾は頭を切り替えるために、オーウェンたちが語ったことを整理して、リアムが何者なのか考えることにした。
オーウェンは確かこう言っていた。
『彼はもう何年も表舞台には立ってないし、素性を秘密にしてるから、僕の口からは言えない』
なぜ素性を秘密にしなくっちゃいけないのだろうと深く考える前に、マイケルとジョージの会話が蘇る。
『そいつはこの店のオーナーの甥っ子で、リアムって名前なのは分かってる。両親の離婚後にイギリスにいる父親に引き取られ、十代の時にバンドで成功したそうだ。でも途中で解散して、今はアメリカで音楽をやってるって話だ』
『本人が秘密にしている割には、情報が駄々洩れじゃないか? でも有名なミュージシャンにしては、リアムなんて名前は聞かないな』
『ステージネームがあるかもな‥‥‥』
洋楽に詳しい優吾の耳でさえも、アメリカで活躍しているミュージシャンの中に、リアムという名前を捉えたことはない。ミュージシャンは有名になるためにみんな必死になって名前を売ろうとする。
売り出す作成の一つとして、素性も名前も隠してミステリアスな印象でリスナーに興味を持たせる手もあるが、初めのうちは功を奏しても、売れ始めたら露出していかなければファンの支持を保てないだろう。
絶頂期に姿を消したバンド。
メンバー同士が連絡を取り合うこともなく、他国で名前を変えての活動。
どう考えてもおかしいよな。リアムとオーウェンの間に何があったんだ?
ひょっとして二人は付き合っていて、別れたのが原因で解散したとか……
でも、素性を隠すって、よっぽどのことがないとしないはずだ。
別れ話で殺傷事件とか?
「アホか! そんなことがあったら、大ニュースになって、絶対耳に入るはずだ」
アホかと言いながら、あのバンドの曲を耳にしなくなったのはいつだろう? と考える。
中学三年生の受験の時には、音楽を聴くのを自制してたから定かではないけれど、高校に入ったときには、もう名前も聞かなくなっていた。
「いま俺は二十一歳だから、解散してすでに六年以上経っているということか」
そんなに長い年月が経っているのに、リアムとオーウェンは和解してないってことか。
「あ~。寝起きに謎解きはきつい。リアムの様子からすると、聞いても教えてくれないだろうしな」
バスタオルで身体を拭いてから、膝まであるハーフパンツを穿き、大きめのTシャツの裾を片方をウェスト部分に突っ込んで紐をギュッと絞る。
二十cm近く身長差のあるリアムには、きっとこのハーフパンツは短パンなんだろと思うと、男として少し劣等感を感じた。
聞いたことのないメロディー。ドラマティックな演奏はクラッシックにも思えるけれど、多分ポップスだ。
低く何かを暗示させるような始まりから展開して、溜まったプレッシャーや恐怖を激しく発散させるエモーショナルな音楽。
激しい戦いをイメージさせるパートが終わったあとに訪れる静けさ。
旋律が印象的で耳に残り、起伏に富んでいる構成が素晴らしい。
けれど、もしこれに歌詞がついていたならば、並みの歌い手では自分の能力に限界を感じるはず。声の質から始まって、音を自由自在に操れるかなり高レベルの技術と表現力、喉の強さが必要だろう。
編曲しているのかピアノの音は、止まっては弾くを繰り返し、少しずつ音を調整しながら、エンドに向けてクールダウンしていく。
曲を聞いていたら、優吾の心の中に挑戦したいという気持ちが湧いてきた。
止んでしまったピアノを追い求めるように、優吾は手を伸ばそうとしたが、ぴくりとも動かない腕に焦りを覚える。浮上しかけた意識が、身体はまだベッドに横たわったまま眠っている状態だと認識した。
外側に開いた木製のルーバに影が差し、一羽の小鳥が窓枠に舞い降りた。小鳥のチチチッとさえずった声が、室内に大きく反響したのに驚き、優吾はパチッと瞼を開けた。
「ここ、どこだ?」
起き上がろうとしたが、腰の奥に鈍痛を感じて、身体を支えていた腕の力が抜ける。再びベッドに沈んだ衝撃で腰が痛み、優吾はうめき声を漏らした。
何だこの痛みは? と思った瞬間、優吾の脳裏に昨夜の記憶がまざまざと蘇り、やっちまった感がどっと押し寄せて居たたまれなくなる。優吾は両手で顔を覆った。
「わぁ~、俺、お持ち帰りされちゃったよ」
優吾は人差し指と中指を開けて恐る恐るベッドを見回し、汚れの無いシーツと、何も着ていない自分の身体を確認した。
ところどころ赤くなっている部分は、リアムが情熱的に口づけた痕だ。
あんなに激しく求められたにも関わらず、肌がさらりとしているのは、優吾の意識が無い時にリアムが拭いてくれたからだろう。
されるがままに処置をされたと思うと、余計に恥ずかしさが込み上げる。
「ありえね~。旅の恥はかき捨てっていうのは、まさにこのことだな」
今まで優吾は律以外の男に肩入れしたことがないから、自分の性的志向に疑問を持っていた。
それでも自分がゲイかどうか知るためにとか、律に失恋した反動でヤケになって男と寝るなんてことは、日本にいたら絶対にやらなかったろう。というか、やれなかった。
なぜなら優吾は、律と一緒に音楽をプレイするために、次々と英語の歌をマスターしなければならず、二、三週間で十曲以上を総入れ替えしてライブに挑む日々を続けてるという超多忙な日々を送っていたから。
何度も来てくれるファンの前で、持ち歌でもない曲を何度も歌うわけにはいかないのが、コピーバンドのつらいところだ。
楽器演奏者は楽譜を見られるが、ボーカルは歌詞を丸暗記して歌いこなさなければならず、その上優吾はギターの練習も欠かさずにしていたから、精神的にも肉体的にも、音楽にかける以外の時間など持ち合わせていなかったのだ。
音楽と言えば、さっきから聞こえてくるこの曲は何だろう?
耳を澄ましながら周囲を見渡せば、優吾の足先から数メートル離れた壁にあるウォークインクローゼットの折戸が開いているのに気が付いた。
結構中は広そうだ。他人のものを勝手に見てはいけないと思っても、ギターケースらしきものが目に入ってしまったせいで好奇心が抑えられず、優吾は鈍痛に顔をしかめながら裸のままベッドから降りて、クローゼットの中に入っていく。
左手の壁にある古びたポスターが目に飛び込んできた。
「あっ、これ知ってる。unknown territoryだ」
確か小学校の給食の時間に、このグループのアップテンポな曲が流れて、女子も男子もノリノリで聞いていた。
その頃既に楽器演奏に興味があった優吾は、どんな奴らがプレイしているのか気になって調べたのだ。
バンドメンバーたちはお互いをイニシャルで呼び合っていた。
ボーカルはO、ギタリストはLiというように。ファンにはそれがクールに映ったようだ。
音楽記者が由来を尋ねたところ、科学元素記号だと答えが返ってきて、それがまた若い世代にウケたらしい。
もちろん人気があった理由は、外見や呼び名だけではない。ティーンエイジャーたちで結成されたunknown territoryは、Houseやロック、歌い上げるバラードに至るまで、ジャンルに関わらずアグリッシブに攻めていたからだ。
彼らの持ち味は、卓越した演奏技術だけでなく、パワフルなボーカルの声にもある。
音域の広さと声量を駆使して、自由自在にフェイクするボーカルの才能は、驚異的だと評価されていた。
洋楽を好んで聞いていた優吾も、衝撃を受けた一人だ。
十年前に小学五年生だった優吾は、メンバーに夢中になるほどの色気はなかったため、今の優吾の記憶にも、曲は残っているがメンバーの顔は定かではない。優吾は近づいてポスターのボーカルとリードギターの男の顔を見つめた。
「うっそ! リアムだ!」
アイメイクをしているからリアムだとは分かりづらいが、鼻や口の形はごまかせない。
今より若いリアムが、ぴったりと身体にはりつくような光沢のあるタンクトップと長い脚を強調する革のパンツの衣装で、ステージライトに照らされながらエレキギターを弾いている。
ハイスピードで弦を弾く指にピントが合わずにブレていて、振り払った髪が宙に舞う姿は、今にも動き出しそうだ。
若いリアムの絞られた身体としなやかな筋肉に、思わず喉がなる。あらぬ場所が昨夜の行為をなぞるように収縮した。
視線をリアムから引き剥がして、リアムより華奢な金髪のボーカルへと向ける。そちらに意識を集中させて身体に灯った熱を散らすつもりだったのだが、そんな思惑はボーカルを見た途端に吹き飛んだ。
昨日エトワールにライブを聞きに来た男は、金髪ではなくアッシュブラウンの髪で顔を半分覆っていたが、グリーンアイと金茶のバイアイは同じだ。
「びっくり! こいつオーウェンだ! そうか、ボーカルのOは、oxygen(オキシジェン)の元素記号じゃなくて、Owen(オーウェン)の頭文字だったんだ。LiはLithiium(リチウム)じゃなくてLiamの二文字からとった名前だったんだな」
「お前、どうしてオーウェンの名前を知っている? どこかで会ったのか?」
急に後ろから声をかけられ、優吾は跳び上がりそうになった。何とか堪えて、平静を装いながらリアムに向き直る。
「昨日エトワールで会った。ライブ前にマイケルという名前のイギリス人と一緒に入ってきて、リアムの演奏が終わった後、すぐに姿を消したらしい。あの不愛想な奴は、リアムが演奏するのを知っていたよ。元バンド仲間なら、挨拶ぐらいすればいいのに」
一瞬、リアムの表情が苦し気に歪んだように感じたのは気のせいだろうか?
じっと見つめる優吾に相づちも打たず、リアムはクローゼットの奥にある棚から白いTシャツとカーキー色のハーフパンツを掴んで、優吾に投げてよこした。
落ちないように慌ててキャッチした優吾の横を通り過ぎ、足早にクウォークインクローゼットから出ていこうとする。
振り向きざまにリアムが、シャワーを浴びたら昼飯だと告げた。
「えっ? もうそんな時間」
優吾が言い終わらないうちに、正直な胃袋が空腹の合図を盛大に鳴らしてしまい、それを聞いたリアムがクックッと笑う。反射で腹を押さえながら優吾がしどろもどろに言い訳をしようとするのを、リアムが遮った。
「あれだけハードな運動をしたんだから、腹は減るさ。飢え死にする前に、さっさと仕度してダイニングに来い」
「な、何言って……思い出させるなよ、バカ!」
赤くなった優吾の頬をするりと撫で、リアムが笑いながら去っていった。
リアムにからかわれたのは癪だが空腹には勝てず、優吾は昨日ベッドに入る前に使った寝室の奥にあるシャワールームに入った。
湯を浴びながら、恐る恐る後ろに触れてみると、熱っぽく腫れてはいるものの、傷ついてはいないようでホッとする。
「上手かったもんな。どれだけ恋愛経を験積んでるんだか」
経験のない優吾でも、あれだけすんなり絶頂へ追い上げられたのだから、リアムの手管がどれだけ上手いかはよく分かる。
ともするとまた身体の奥にやっかいな熱を孕みそうで、優吾は頭を切り替えるために、オーウェンたちが語ったことを整理して、リアムが何者なのか考えることにした。
オーウェンは確かこう言っていた。
『彼はもう何年も表舞台には立ってないし、素性を秘密にしてるから、僕の口からは言えない』
なぜ素性を秘密にしなくっちゃいけないのだろうと深く考える前に、マイケルとジョージの会話が蘇る。
『そいつはこの店のオーナーの甥っ子で、リアムって名前なのは分かってる。両親の離婚後にイギリスにいる父親に引き取られ、十代の時にバンドで成功したそうだ。でも途中で解散して、今はアメリカで音楽をやってるって話だ』
『本人が秘密にしている割には、情報が駄々洩れじゃないか? でも有名なミュージシャンにしては、リアムなんて名前は聞かないな』
『ステージネームがあるかもな‥‥‥』
洋楽に詳しい優吾の耳でさえも、アメリカで活躍しているミュージシャンの中に、リアムという名前を捉えたことはない。ミュージシャンは有名になるためにみんな必死になって名前を売ろうとする。
売り出す作成の一つとして、素性も名前も隠してミステリアスな印象でリスナーに興味を持たせる手もあるが、初めのうちは功を奏しても、売れ始めたら露出していかなければファンの支持を保てないだろう。
絶頂期に姿を消したバンド。
メンバー同士が連絡を取り合うこともなく、他国で名前を変えての活動。
どう考えてもおかしいよな。リアムとオーウェンの間に何があったんだ?
ひょっとして二人は付き合っていて、別れたのが原因で解散したとか……
でも、素性を隠すって、よっぽどのことがないとしないはずだ。
別れ話で殺傷事件とか?
「アホか! そんなことがあったら、大ニュースになって、絶対耳に入るはずだ」
アホかと言いながら、あのバンドの曲を耳にしなくなったのはいつだろう? と考える。
中学三年生の受験の時には、音楽を聴くのを自制してたから定かではないけれど、高校に入ったときには、もう名前も聞かなくなっていた。
「いま俺は二十一歳だから、解散してすでに六年以上経っているということか」
そんなに長い年月が経っているのに、リアムとオーウェンは和解してないってことか。
「あ~。寝起きに謎解きはきつい。リアムの様子からすると、聞いても教えてくれないだろうしな」
バスタオルで身体を拭いてから、膝まであるハーフパンツを穿き、大きめのTシャツの裾を片方をウェスト部分に突っ込んで紐をギュッと絞る。
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